希少価値
本日は休日だ。
故に活用可能な時間は無限大。具体的に述べれば24時間寝ていようと、24時間ゲームしようと、24時間ぐーたらしていようと問題はない。
だが。
そんな自由を彼は朝一番から与えられることはなかった。
「……今、何て言った?」
「え、ええと、ですから『お届け物』を届けに参りました」
夜来初三は朝の九時に鳴ったインターホンによって、低血圧のためイライラしながらも玄関のドアを渋々開けたのだ。しかし、その結果、目の前には見知らぬ男―――というか宅急便の男が何やらめちゃくちゃデカイ荷物を抱えて突っ立っている。
つまり結論を言えば。
夜来初三は通販なんてしていないのに、なぜか巨大な荷物が到着しているということ。
「購入したのは……?」
「えーっと、『女神アマーナ』さんですね」
「……間違いとかじゃねェのかよ? あ?」
「は、はい!! ぜ、ぜぜぜ絶対住所は間違えてませんはい!!!!」
夜来初三のドスの効いた声に盛大にビビル宅急便の男は、コクコクと首が折れそうになるほど頷きまくる。対して夜来初三は、ピクピクとこめかみを動かしているところからして―――キレかける寸前だろう。
なぜ彼がこんなにも怒っているかは単純だ。
届けられた商品が―――大量の『豊胸器具セット』だったから。
(あのクソ女あああああああああああああああああ!!!! 何でこの俺がテメェの小せェ胸を増幅させるモン受け取るために朝からこうして動いてんだよ!?)
まず第一に、これを受け取らねばならない為に自分は無理して朝から起きたのか。そしてなぜ、自分が朝っぱらから豊胸器具なんて代物を受け取らねばならないのか。
その理不尽に。
彼は心で怒りを爆発させていた。
というわけで。
「テメェは俺に朝っぱらから何やらせてんだよコラ」
「なぜ私を犯人だと断定する?」
「お前以外に誰がいる、まな板娘。つーか『女神アマーナ』ってネーミングセンスくそレベルだろ」
胸がスレンダーである犯人候補として一番有力な唯神天奈を問い詰めていた。白ソファの上で座り込んでいる彼女の前にドサリと荷物を置く。
さらには中を開けて、大量の器具を取り出し、それの一つを証拠とするように唯神の前で見せびらかすように持ち上げて、
「一応聞こう……いくらした」
「三万」
「金遣い荒すぎんだろうがアアアアアア!!」
しれっと高額だった事実を口にした唯神。
さすがに堪忍袋がビッグバン並の規模で大爆発した夜来初三は大声を上げる。
対し、唯神天奈は相変わらずの冷静さを維持したまま、
「君は乙女の心情を何一つ理解できていないみたいだね」
「少なくとも、何十もの器具を三万で買いやがる、まな板娘のことはな」
「まな板は失礼。私にだって胸はある」
「いくつ?」
「Bカップ」
「そりゃ世間じゃまな板っつーんだよ!!」
ムッとした顔になった唯神はジト目で夜来を見上げて、
「君は女性の胸のサイズを平然と聞く。ハレンチ極まりない」
「素直に答えたテメェはハレンチじゃねーってか? あ? 女神アマーナさんよォ」
ふてくされたのか、唯神はぷいっと顔を背ける。
そして胸に手を添えて、
「もういい。どうせ女は胸よりも、もっと努力を向ける場所がある」
「どこ?」
「下の―――ぼふっ!?」
どうしてこう、自分の周りには下ネタ好きの女や悪魔ばかりが集まっているのだと夜来は歯噛みしながら、クッションを唯神の顔面に投げつけた。
しかしそれでも彼女は止まらず、クッションに埋もれていた顔をひょいと出し、
「ひどい。朝からいきなりSMプレイだなんて」
「頭ァピンクすぎるだろテメェ!!」
「ピンクは下―――」
「黙れ発情期がああああああああああ!!」
もう一度クッションを投擲した夜来。しかし唯神はさっと首を振るだけでその一撃を回避し、
「暴力反対」
「そこはSMプレイじゃねーの!?」
「SM……君は発情期らしいね、仕方ない」
「喧嘩売ってんだろテメェエエエエエエ!!!」
手のひらで弄ばれている事実に気づいた夜来は今度こそブチギレる。しかしそこでリビングのドアが開き、幼い子供が入出してきた。
寝起きで目を可愛くこすっている秋羽伊那は、即効で夜来のそばへ近寄り、
「お兄ちゃーん。寝癖、寝癖なおして~」
「っく……!! 今思ったが、この家で一番汚れていないのお前だけじゃねぇか……」
どっかの銀髪逆セクハラ悪魔と、どっかの万年発情期まな板娘とは真逆の存在である、清らかさが唯一豊富な秋羽伊那という希少価値に気づいた夜来。
彼はその事実に心で盛大に安堵し、
「お前だけは絶対にこの俺が清く清純に育て上げてみせる……」
環境が環境だけに固い決意を見せた夜来。
唯神は首をひねって、
「親子教育プレイ?」
「何でもプレイ付けりゃ良いと思ってんじゃねぇぞゴラアアアアアア!!」
「ま、無駄だね。どうせ伊那にも思春期がくる。きっとその内、厨二病やエッチなネタにも興味が出てくる。故に清純なんて無駄。はかない夢。絶対に無理。完全に不可能な行為」
「そりゃそうだろうが……。少なくとも、テメェとあの悪魔みたいなどこでもかんでも羞恥心もってねぇ奴にゃさせねぇよ」
「私にだって羞恥心はある」
「……どこに?」
「下の―――」
「どんだけ下に持ってきてぇんだよテメエエエエエ!!」
再びクッションを投げつける夜来とそれを平然と回避する唯神の戦いは朝から始まった。その近くでは、唯一純粋無垢な秋羽伊那という天使が可愛いあくびをしている。
唯神に前回のように妙な知識を吹き込まれていないか不安を抱くが、その可能性はないことを祈りながら夜来は朝食を作ることにした。
こうして一日は始まる。
ここにサタンちゃんを入れたらどうなるか・・・夜になったら日常パートでやりたいですね・・・って夜来くん突っ込みで死んじゃうか