スカウト
これまた目立つ野郎が登場してきた。金色のスーツを着用していて、金髪の混じったオールバックをしている若い男がナチュラルに話しかけてきたため、急遽座席順を変更。サタンと夜来は隣同士で座り、対面には上岡真がニコニコと笑顔を向けてきていた。
しかし夜来は、その笑顔を見て眉をピクリと動かし。
開口一番。
「おちょくってんのか? 殺すぞ」
「夜来さんって絶対Sですよねー」
「いちいち吠えンなクソが。―――テメェ、マジで何のようだよ。内容次第じゃ足の一本はもぎ取ンぞ?」
上岡はそのドスの効いた声には微塵も動揺しない。
そして笑顔のまま、
「夜来さん。あなたは、つい先日に祓魔師・由堂清という男と死闘を繰り広げましたよね?」
「……だったら何だ」
「由堂清の所属している組織の名は『エンジェル』といいます。もちろん由堂清以上に危険な輩もうじゃうじゃいるでしょうね」
「だから何なんだよ」
夜来の隣にいるサタンは話に興味が一切ないようで、バクバクとハンバーガーを食い続けている。おそらく彼女にとっては『夜来初三の敵』となった者を即座に始末すればいいだけの問題なのだろう。故に上岡の話にはまったくもって関心を見せない。
「夜来さん。あなたに問います」
上岡はにっこりと微笑んで、
「雪白千蘭を含めた『自分の世界』を守りたいですか?」
夜来初三はしばし反応を見せなかった。
しかし、テーブルを人差し指の先でトントンと叩き、
「その守るって意味は俺の嫌いな『善』による守るか? それとも―――『本物の悪』として守る気があるのかって意味か?」
「後者です」
「なら答えは『イエス』だ。んで? 具体的に何を言いてぇんだテメェ」
「―――『エンジェル』はまたあなたの『世界』を巻き込むでしょう」
その言葉に。
夜来の眉が僅かに動き、目つきの鋭さが増す。
「『エンジェル』の目的はいまだに浮上していませんが、間違いなく狙いは―――『あなた達』です」
「ここのクソ悪魔も、だと?」
モグモグと、すぐ隣で呆れるほどハンバーガーを口に含んでいるサタンを視線で示す。
上岡は小さく頷いた。
「ええ。あなたとサタンさんは、それでなくても『存在が貴重』です。悪魔の神に憑依された悪人。この時点で、まぁ何らかの目的に利用されそうではありますよねー」
「結局のところ何が言いてぇんだお前」
「―――私達のもとへ下りなさい」
今度こそ。
夜来初三に薄い笑みが浮かび上がった。
「随分と理解できねぇこと吠える犬みてぇだな。テメェらの下につくことで、その『エンジェル』っつーメルヘン集団に対抗できる力が俺に加算されるとでもいう気か?」
「その通りです」
「っ!?」
「そんな意外そうな顔をしないでくださいよー。ま、僕たちの軍門に下る……と言っても、別に下っ端とか部下にするわけではないですけどね。とりあえず―――僕らと共に歩むことがあなたにとってメリットになることは約束しましょう」
「……理由は?」
「さぁ? それは―――あなたが『こちら側の闇』に堕ちてからお教えしましょう」
なんとも納得がいかない話だった。しかし上岡真は夜来の怪訝で一杯の視線に笑顔を返すだけで、何の追加話も行わない。
だが。
「あ、そうそう。その『エンジェル』なんですけど、夜来さんが由堂清と死闘を繰り広げられた後に、豹栄さんをあの廃ビルに向かわせて、直接叩きに行かせたんですけど……どうやら逃げられちゃったみたいです」
「……あのシスコン野郎が……?」
そのとき。
上岡が仕方ないなと言ったふうにゆっくりと立ち上がった。
「ま、いいです。どうせ―――嫌でも僕達のもとへ来ますよあなたは」
「ほう。その舐めた口叩く根拠ってなァ何だよ?」
「『エンジェル』のたった一人である由堂にあそこまでボロ負けしてちゃ、嫌でも戦力になる僕達を頼るでしょう? ―――あなた一人じゃ力不足なんです。いくら悪魔の神に憑かれている悪人だとしても、あなた一人では限界がある」
「……」
反論を夜来初三はしなかった。もちろん、その言葉には何も反論できる部分がなかったからである。実際、夜来初三は『アイツ』が出てこなければ確実に由堂清に殺されていた。あの存在自体が不明である『アイツ』のおかげで運良く生き残れた、と言っても過言ではない。
だからこそ。
夜来初三は何も反論しなかった。
「ですからまぁ、気が変わったら連絡してくださいよ」
そんな彼の態度を気に入ったのか、上岡は笑顔を十倍増ししてポケットから紙切れを取り出す。それをテーブルに置いて、
「それじゃ僕は帰りまーす。また会いましょう夜来さん」
去り際の上岡真は。
先程までの笑顔ではなく。
どこか黒い笑顔とオーラを纏っていた。
その事実から。
彼もやはり闇サイドの人間なのだろうなと夜来は鼻を鳴らす。
ファーストフード店から消えた上岡真。彼から送られたテーブルにあった紙切れを掴み、
「……くっだらねぇ」
吐き捨てた彼は紙切れの中に示された電話番号を視界に収めて。
口を引き裂いて―――背筋が凍る笑みを浮かべた。
「今更どれだけ悪に染まったところで―――俺の黒は薄れねーっつの」