ごめんなさいとありがとう
気づけば、今度は白い少女に抱きつかれていた。それも勢いを殺さずに必死すぎるほどの抱擁だったので、思わず後ろに倒れそうになる。
それでも夜来初三は転倒を防ぎ、
「ど、どうした」
「ごめん!! ごめんなさい!! もう、もう、二度としない、から……!! 本当、にっ……ごめん、なさい……!!」
まるで壊れたように謝り続ける雪白千蘭。その謝罪が何に対してなのかは言われなくとも分かっていた夜来初三は、特に許すも許さないも言わずに、しばし沈黙する。
そして。
ごめんなさいごめんなさい、と必死に涙を流しながら連呼し続ける雪白をぎゅっと抱きしめ返して、こう言った。
「ありがとう」
瞬間。
雪白は涙を流したまま、はっきりと動揺の色を表情に現した。
「な、なん、で……?」
ほぼ呆然としながら、耳元で聞こえた少年の言葉に驚きを隠せなかった。なぜお礼を言われるのか、なぜ『ありがとう』と告げられたのか、少年の行動の全てに皆目見当がつかない彼女。
そんな雪白をさらに夜来は抱きしめて、
「俺には謝らなくていい。謝るのは俺以外の連中で十分だ。俺はこれっぽっちも、お前にキレちゃいねぇよ」
「なん、で……? 怒って……な、い……?」
意味がわからない。それは他の者達も同様の心情を抱いていただろう。あそこまで精神的に追い詰められて、監禁されて、拘束されて、さんざんな目に遭ったというのに、なぜか少年は気にしていない。
意味がわからなくて当然だ。
きっと、ほとんどの者が少年の『気持ち』は分からない。
それは夜来自身が自覚している。
だから。
だからこそ。
彼は雪白をさらに抱きしめて。
耳元で『お礼』だけを言った。
「愛してくれて、本当に、ありがとう」
ただそれだけ。
ただそれだけの言葉。
きっと誰もがその意味を理解できない。おそらく誰もが首を傾げて疑問を抱く。しかしそれでも、雪白千蘭だけは違った。彼女だけは、『夜来初三に嫌われていない』という事実のみで、他の思考に頭が回らなくなった。
ただ泣く。
ただ号泣して彼を抱きしめる。
自分自身に痛みが走るくらい抱きしめる。
夜来初三も小さく笑って付き合ってやった。いや、付き合わせてもらった。自分に愛をくれた彼女に感謝していることだけは忘れていない彼は、
「答えは……まだ、でねぇ。そもそも俺は俺が嫌いだ。やっぱり、これはお前を傷つけるんだろう。だが、それでも―――お前に答えられるほど自分自身の気持ちがわかったら、きっと伝えるから。その答えがお前の望むものかどうかは分からないけど、絶対伝えるから」
泣き続ける少女。
彼女はただ少年にすがりついて、こくこくと頷いた。
対して、
少年は言った。
「俺が『そういう』資格を手に入れられる人間になったときに答えを出すから。だから、今は何も言えない。―――中途半端な俺のほうこそ……本当にゴメン」
もはや語るべきまでもないことだろう。
自分を愛する少女に対して、少年は自分の気持ちが分からなかった。少女の『愛』と同等なレベルの『愛』を抱いているのかも、釣り合うほどの恋愛感情を宿しているかも不明だった。
さらに言えば。
『そういう』関係になっていいほどの資格さえない―――悪人が自分だ。
自分のことが誰よりも嫌いな悪人は、『そういう』幸せを手に入れてはいけないと思っていた。自分のようなクソ野郎が、『そういう』幸せは手にしてはいけないと理解していた。
いや。
理解していてしまった、か。
結果。
少年は少女と『元の関係』へ戻ることになる。
ただし。
それが。
『ひとまず』なのかは分からない。