謝罪
夜来初三の肉体の支配権を握ったサタンは、現在、七色寺へ鉈内の肩を借りながら向かっている最中だった。周りには七色夕那や速水玲まできちんと揃っているが、何よりもサタンは夜来初三のことを気にかけていた。
もしも彼が精神世界で『あれ』と戦っているのならば、早急に自分が代わってやりたい。しかし、ここでサタンが夜来初三という肉体から精神へ戻ることで、再び『あれ』が肉体の支配権を握るかもしれない。
よって、
「クソ……!!」
夜来初三の姿をしている彼女は何度と吐き捨てていた。
肩を貸している鉈内は、フラフラとしていてまだ体力が回復していない彼女に何も言えなかった。気の利いた言葉など、結局は何の効果も発揮しないからである。ただサタンに同情するようで、何のプラスにもならないからである。
と、そこで目的地だった七色寺が見えた。長い長い階段を上がっていくと、そこには大きな入口である門がある。それを潜り、境内へ入っていくと―――
「どういう状況なのさ……これ……」
何やら境内の地面は大きな亀裂が走っていたりズレていたり、様々な箇所が燃え跡を残していたりして、破壊の爪痕がそこらじゅうに充満していた。
七色夕那はプルプルと肩を震わせていて、それはもうカンカンだろう。プンプンではなくカンカンだろう。プンプンなどと生易しい表現は彼女の抱いている怒りを表すには不適用すぎる。
しかし。
そこで、ふと、視界に入った少女の群れ。正体は唯神天奈、世ノ華雪花、秋羽伊那、そして―――涙を流してうずくまっている雪白千蘭。
雪白に笑いかけている三人の様子からして、大体の想像はついた全員。
「なーんだ、あっちは解決したってわけかい」
「ま、雪白の奴が改心してくれて一安心じゃのう。……こっちを除いては」
七色がチラリと夜来初三の体を操っているサタンに視線を向ける。
息が荒いサタンはその場に座り込む。しかし忘れてはいけないが、その姿は夜来初三そのものだ。赤い瞳に黒い白目。さらには全身を覆う『サタンの皮膚』は実に目立つが……。
だが結局は姿は夜来初三。
よって、こちらに気づいた唯神達は夜来が衰弱していると勘違いをして走ってきた。驚きの形相で夜来の肉体を支配しているサタンに声をかけるが、そこでようやく正体がサタンだと気づく。
だがしかし。
彼女だけは違った。
ゆっくりと歩き寄ってきた、前髪が乱れて表情が見えない雪白千蘭だけは―――
「サタン、初三は、どうした」
一瞬で正体がサタンだと見抜いていた。
対し、サタンは吐き捨てるように言い返す。
「……我輩の中で妙な奴と殴り合っているのだろう。我輩も詳しくは知らん。それよりも貴様、どのツラ下げて我輩に―――」
「本当にすまなかった」
いつの間にか。
地面に張っている長い白髪。
そう、気づけば雪白千蘭はサタンの前で深々と土下座をしていた。七色達にも送られた謝罪の言葉だったのだろうが、何よりもサタンに対するものが感じられた。
さすがに土下座までするとは予想外だったようで。
サタンはしばし沈黙する。
「……お前には特に、迷惑をかけてしまった。謝って済まないならば、腕の一本や二本折ってくれていい。もちろん、そんな仕方で納得できないのならば、私は許されるまで頭を下げる。本当に―――ごめんさい」
「……ここで子供を産めない体にしてやっても納得できるか?」
「ああ、させてもらう」
一同がギョッとするサタンの言葉。
しかし雪白はそれをすんなりと受け入れた。躊躇いなく、臆することなく受け入れた。
その反応にサタンを鼻を鳴らす。
「いい。分かった、許そう」
「っ!?」
「何を意外そうな顔をしている? 我輩は今回の貴様の騒動に関しては、あまり説教できる立場ではない。我輩も貴様と少し違うだけの嫉妬クソ女だ。故に説教できる資格はない」
「どういう、意味だ……?」
ゆっくりと顔を上げた雪白千蘭。
その視線にロックされているサタンは悔やむように口を開く。
「我輩は貴様の気持ちを少なからず理解できるということだ。―――我輩も貴様と本質では同じ。いつかは小僧を、誰にも触れせない、認識させないどこか遠くに監禁して、何とかして我輩だけのモノにしようと、結構本気で考えるときがしょっちゅうある」
「……」
「だが我輩はそれを『絶対に実行しない』ことだけは確かだ。分かるか? 『ああ、アイツ殺してやりたい』だの『ぶん殴ってやりたい』と誰だって思う時があるだろう? 憎んだり野望を燃やしたりするだろう? しかしそれを実行に移すか移さないかが我輩と貴様の差だ。―――だが、それを『実行に移してしまった』ら法で罰せられることがほとんどだ。―――気に入らない、だから殴る。これは即効で傷害罪。―――気に入らない、けど殴ってはいけないから殴らない。これは罪にならないのだ。法律とやらでもそうだろう。―――つまり『理性をコントロールできるかどうか』が問題なのだ。気に入らないから殴る、というのが貴様。気に入らないけど殴らない、というのが我輩。貴様は、小僧が何としてでも欲しいという感情に負けた。我輩は、小僧が何としてでも欲しいという感情に勝っている。違いはそこだけだ」
つまり、と付け足して、
「我輩も貴様の心情は理解できるということ。我輩も、一歩間違えれば貴様と同じ女になる予備軍といったところの小虫だからだ。もちろん、それを実行に移すか移さないかの、我輩と貴様の違いは『重要』なところだとは思うが」
「……すまなかった」
「くどいぞ蛇女。そもそも、我輩は一度貴様をボコボコにしていた。あれで妥協してやる。今回の件に関しては、我輩も貴様と近い人間だから許すしかないということだ。まぁ言っておくが、次やったら本当にガキが産めない体にしてやるから、注意しておけ。―――次からは理性を保て。感情に負けるな。我輩はそれしか言わん」
そう言い残し、虫を払うように雪白へ手を振った。
すると雪白もようやく正座をやめて、立ち上がろうとした―――瞬間。
ドン!! と、いきなり小さな物体が雪白の胸へ飛び込んできた。突然の事態だったが、反射的にそれを受け止める。
すると。
その正体は。
長い銀髪を輝かせている大悪魔サタン本人だった。
待て、と誰もが思った。
いまサタンが飛び出てきたということは、一体だれが―――夜来初三の支配権を握っている?
しかし、その疑問はあっさりと崩れ去ることになる。
なぜなら。
「小僧おおおお!!!!」
雪白の胸から夜来初三の体へ飛び込んだサタンが安堵によって笑っていたからだ。まるで彼女自身が自分から飛び出てきたような状況。
となれば。
自ずと答えは出るわけで。
「いきなり飛び込むなクソ悪魔が」
その少年の顔には既に『サタン』と化した跡が全て消え去っていた。目も髪も漆黒の色へ治っているところからして、
『夜来初三』だということが分かった。