見捨てない
「ほう。私がバカ、か。説明してみろ」
「第一に、君は『初三以外に恐怖を覚えて初三にすがっている』だけ。この時点で―――」
「違う!! 私は本当に初三が好きだ!! ふざけたことを言う―――」
「ほらね。そこで過剰に否定する時点で君は『本当に初三が好き』だという証拠。なのに、君は『異常』なやり方を取った。『本当に好き』と思えるほど―――そこまで『正常』な判断が可能なら、『正常なやり方』で初三を奪うはず」
「っく……!! ふざけるな!! そんな考えは押しつけ同然だろう!!」
「そう? 実際、君は『正常』だったよ? 初三に対する愛は異常だったけど、それ以外は正常。これは断言できる事実。―――私の手を狙って炎を飛ばした時も、その後に伊那に向かって襲いかかった時もおかしなとこばかり。本当に私を殺したいと第一に思っているのなら、なぜ『手』を狙うの? 真っ先に心臓を燃やせばいい。その後に初三に触れてる手を燃やせばいい。よって明らかに優先事項がおかしい。―――そして伊那が初三に抱きつく前に、私も伊那も初三を抱きしめたり触れていた。ほら、何でこのときに攻撃しなかったの? それはもちろん―――その時の初三は混乱が残ってて今攻撃しても対処できないと予想してたから。まぁ、あの時は妙な男が割り込んできたけど」
反論ができないのか、雪白はせめてもの反抗をするように唯神を睨みつける。しかし唯神は一切動じず、ただ口を動かし続けた。
「だからバカ。ここまで視点を変えてみればすぐに答えがでるような行動ばかりしてる。バカ以外に表現が不可能なレベルの浅はかさ。つまりバカ」
「……貴様になにが分かる」
唸るように雪白は言った。
妬むように雪白は告げた。
さらに。
涙を流しながら、最後の希望にすがりつくような必死さと恐怖が混じった顔で瞳から透明な液体を流しながら、絶叫するように大声を上げた。
「貴様に何が分かる!! 私が、私が今まで男にどれだけひどい目に遭わされか分かるか!? 服を脱がされそうになった!! 大人数で襲われそうになった!! 実の父親からもだぞ!! ―――ずっとずっと男にどこに行っても囲まれて襲われそうになって……!! 家族すらも信用できなくなって……!! ―――そんな時だ!! 初三に出会ったのはそんな時だ!! 初めて作り笑顔も、妙な気遣いも、下種な笑顔も、下心さえも含まれていない扱いを受けたんだぞ!? どれだけ嬉しかったか分かるか!!??? さらには私の味方で有り続けてくれて、救ってくれた初三がどれだけ美しかったか分かるか!!?!?? 分からないだろう!!!! 男を寄せ付ける『淫魔の呪い』も解けて、これからは徐々に初三と関係を深めようと思っていた……!! ―――でも、それでも、私と仲良くしているという理由だけで、初三はいろいろな男から嫉妬されたんだぞ!? ―――どれだけ私が自己嫌悪したか分かるか!? 私のせいで!! 私の見た目がただ良いせいで初三はいろいろな者から嫉妬故に嫌われて憎まれている!! ―――いっそのこと自分の顔に傷でもつけてやろうかと考えた!! 命をかけてまで私に下心なしで助けてくれた初三に、これ以上の迷惑なんてかけたくなかった……!!!! だから本当に顔に傷を付けようかと思案した!!!! ―――でもだ!! それでもだ!! それでも初三は『気にしてない』と言って私と一緒にいてくれるのだぞ!!? 嫉妬されることを承知の上で一緒に登下校して、常に一緒に過ごしてくれるんだぞ!? ―――どれだけ嬉しかったか分からないだろう!!!! どれだけ初三の美しさに引き込まれたかお前には分からないだろう!!!! 分かってたまるか!!!! ―――分かられてたまるかああああああああああ!!!! 初三は……!! 初三は本当は優しいはずなんだ……!! きっと誰よりも優しいはずなんだ……!! ―――優しいんだ!! あんなにも『本当の意味で優しい』人間を私は知らない!!!! あんなにも素晴らしい『男』を私は知らない!!! 知りたくもない!!!! 私は初三が好きなんだ……!! 大好きなんだ……!! なのに、なのに初三の家には貴様達が住まうようになって……!! もう、どうしたらいいか分からなくて……!! ―――いつでも初三を取られてもおかしくない状況になった!! もう、もう……!! ―――怖かった!!!! もう怖かった!!!!! 初三が取られたらと思うと、本当に私は何もわからなくなった!! 初三が好きなんだ!! 初三よりも容姿が優れた男などいらん!! 初三よりも優しい男などいらん!!!! ―――『夜来初三』が大好きなんだっ!!! だから初三を取られて初三の隣の居場所を取られてしまったら……!! どうすればいい!?!? 初三以外の男と添い遂げろと!?!? 一人で生きろと!!??! ―――嫌だ!!! 初三が、初三じゃないと嫌なんだ!! 初三の隣にいたいんだ!!! ―――『夜来初三』を本当に愛しているんだ!!!!」
泣きながら吐き出した心情。号泣しながら叫んだ『愛』の深さ。雪白千蘭にとって、夜来初三という存在は、決して依存しているわけでもなく、きっと『本当の好き』を抱いている相手なのだろう。
泣きながら、雪白は崩れ落ちた。
絶叫を上げながらただただ号泣する。
彼女にとって夜来初三とは夜来初三でなければいけない。絶対に離れてはいけない、唯一無二の恋愛対象であり絶対的な存在なのだ。
彼女はただ涙をこぼす。
もう、彼女自身なぜ泣いているかすら分からなかった。
「やっぱり」
ザッ、と足音がすぐ傍で響いた。しかし雪白は溢れ出てくる涙が止まらない故に顔を上げることはできない。
しかし。
少女の声だけは耳に入ってきた。
「君は初三が大好きなだけで―――別に『私達を憎んでいる』わけじゃない。初三を私達に取られるという不安から私達を恐怖しているだけ。初三を取られたくない恐怖から君は今回の騒動を巻き起こした」
今度は背中をさすってくる感触が伝わってきた。
さらに新しい声も響いてくる。
「言ったでしょ? 私達はアンタを見捨てないことにしてるの。アンタは結局―――その気持ちをみんなに伝えれば良かっただけなのよ。唯神にきちんと、兄様を家で取るような反則はしないでくれって言えば良かったのよ。―――もちろん、それだけでアンタの気持ちが安定するとは思えない。でも、兄様を取られる不安を解くために―――『自分の不安を解くために兄様を監禁して巻き込んだ』のは絶対に間違ってる。だから兄様に頭を下げて謝りなさい。そして―――兄様を勝手に奪おうとした非礼についても、私達に謝りなさい。―――問題というのは、『双方が納得することで幕を下ろす』ものなのよ。だから、もしもまた、『兄様とも私達とも普段通りに生活したい』のなら―――何をすればいいか分かるわね?」
ここで雪白が夜来初三を監禁して一緒にいること以外の気持ちを抱いていないのならば、この説得は無駄になる。だがしかし―――
なぜ雪白千蘭は、泣いている?
本当に後悔も何もしていないのならば、なぜ泣く必要がある? 笑うはずだ。満足しているのならば笑って自慢でもするはずだ。だが、今まさに彼女は号泣している。
ではなぜ?
なぜ彼女は涙を流している?
当然、答えは簡単だ。
世ノ華達を巻き込んで夜来初三を監禁したことを後悔しているから。
まったくもって、子供のような状態だ。悪いことだとわかってても、やってしまう。怒られることだと知っていても、尚やってしまう。
夜来初三を監禁してはいけないことだと理解していた上で、不安という恐怖を取り除くためにやってしまった。
ただそれだけ。
雪白千蘭を狂わせたのはただそれだけ。
恋と恐怖。
その二つが同時に彼女の心を支配しただけだ。
雪白千蘭は泣いている。ただうずくまって泣いている。ずっとずっと絶叫するように泣き声を上げている。
そんな彼女の手を握った小さな手。
と、同時にこんな言葉が鳴り響いた。
「じゃあ、綺麗なお姉ちゃんも好きな時にお家くればいいんだよ。泊まればいいんだよ。一緒にご飯たべればいいんだよ」
何てタイミングだ、と雪白は思った。
泣きながら、まさかこんな弱っている時に『そこまで単純な解決方法』を提示されてしまっては、自分がやった全てのことが本当に無意味になってしまう。
だかしかし。
雪白千蘭は泣きながら、嗚咽しながら。
それでも。
言うべきことを告げる。
「ご、め……んな……さ、い……!!!!」
ただそれだけ。
ただそれだけの言葉で。
三人の少女は頷いてくれた。
きっと三人とも。
その『喧嘩した後に仲直りする』のに必要な言葉を聞きたいだけだったのだ。彼女たちは彼女を許すといった。ならば、後は彼女が許して欲しいと意味を込めた『ごめんなさい』を告げればいいだけだったのだ。
それだけで。
この問題は幕を下ろす。
『ごめんなさい』という意味に込められた彼女の思いによって。
・・・すいません。
不評サイドの皆さん、できれば優しくコメントください(悲)
雪白ちゃんの最後に不満をぶつけられるかもと思うと、ちょっと怖いので・・・・・かなりこわいので、できれば皆さん、優しくコメントください。