狂っているが狂っていない
世ノ華雪花はゆらりと立ち上がる。
先程に受けた雪白千蘭の爆発という効果を纏った一撃は確かに強力なものだ。しかしながら、その程度で鬼神の力を宿している悪人・世ノ華雪花に勝てるわけもない。
鬼と化している少女は静かに言った。
「おい雪白……」
「黙れ。貴様と話す必要性がない。私が話すのは初三だけで、私に話しかけていいのは初三だけだ」
その拒絶で満タンの返答に世ノ華は軽く溜め息を吐いた。
そして。
構えていた金棒をダラリと脱力するように下げる。
まるで戦闘の意思をなくしたかのような仕草だ。もちろん雪白は眉を潜めて、世ノ華の考えを推測しようとしている。
しかし。
少女はこう言った。
「ねぇ雪白。あなた、本当に何があったの?」
女の子らしい口調に戻った世ノ華は、特に怒るわけでも、責めるわけでもなく、心底心配をするように尋ねる。当然、混乱が激しくなる雪白は、油断を作らせようとしている作戦かと思い腰を落として回避行動をいつでも取れるように構えながら、
「……何を急に言って―――」
「あなたに何があって、そんなことになったのか聞きたいのよ。どうして、あなたは兄様を監禁したの? 私はそこが不思議でならない」
「初三を愛しているからに決まっているだろう。他の生き物にも存在にも私は興味がない。初三に関わった輩には憎しみしか抱け―――」
「それは嘘ね」
遮るように世ノ華は言った。
眉根を寄せた雪白に笑い、続ける。
「憎しみしか抱けない。なら、あなたは私達のことも少なからず憎んでいるの? 兄様だけが傍に居て欲しいの?」
「……なにが言いたい?」
「あなたは私達のことを憎んでいないってことよ」
はっ、と雪白は思わず笑う。まるで間抜けなアホを眺めるような笑顔で、
「貴様、ついに脳まで筋肉と化したか? 正常な思考が不可能になったか? どこをどう見れば私がお前達に憎しみや怒りを覚えていないというんだ? 今すぐにでも殺してやろうか?」
「あーあー、そういう嘘いいから。アンタ―――『本当は正常』なままでしょ? そうやって『狂ったふり』をしてるだけでしょ?」
世ノ華は金棒の先を雪白に向けて告げた。
無表情になっている雪白に追い打ちをかけるように続けて、
「いい加減『狂ったふり』はやめてくれない? そーいう演技うざいだけだから」
「意味が理解できん。貴様、本当に大丈夫か? 薬でもやったのか?」
「アンタが兄様のことを好きすぎて狂ったのは事実でしょうね。でも―――アンタは私達のことを殺したいなんて思っていないわ。『そこ』は狂ってない」
「……説明してみろ」
「まず第一に、さっきも言ったけど何で兄様を監禁したの? サタンっていう巨大なバックも常に息を潜めてて、兄様本人だってその気になれば最強クラスの力を使って暴れられる、あの無敵コンビよ? 『監禁するリスク』が高すぎる。私なら―――『周りにいる女』を全員殺すわ。兄様っていう強大な存在を拘束する前に、ライバルになる人間を皆殺しにする。―――そっちのほうが成功確率も高いでしょ? 隙を突いたら一発よ。なのにアンタは何で『一番危険性の高い方法』で兄様を第一に監禁したの?」
雪白の返答を待たずに。
答えは簡単、と付け足して、
「アンタは私達を傷つけたくなかったから」
前髪で表情が見えない雪白は何の反応もしない。
しかし世ノ華は止まることがない。
「ね? おかしいでしょ? 頭のいいアンタなら、普通『確実』な方法を取るわよね? なのに、何で監禁なんて一番失敗するリスクも、サタンに反逆されて殺されるリスクも高い方法を取ったの?」
「……」
「アンタはきっと、兄様には狂うぐらい好意を持っているのでしょうね。でも、『仲間を殺すほど狂ってはいない』はずよ?」
「……私は唯神を殺そうとしたの―――」
「はいそれも嘘ね。じゃあ聞くけど、アンタ、『目の前で家族が殺される』のを見て兄様が動かないはずがないことくらい気づかなかったの? アンタ―――兄様が必ず唯神達を守るって知ってて攻撃したんじゃないの? あの兄様を完全監禁できるほど頭のいいアンタが、『そんなこと』すら分からないわけないわよね?」
ぎりり!! と奥歯を噛み締める音が聞こえた。
その発生源は俯いている雪白千蘭。彼女はしばし沈黙し、鼻で笑うように言った。
「……おい世ノ華」
「なによ」
「それは唯神天奈の入れ知恵か?」
うっ! とバツが悪そうな顔をした世ノ華はゆっくりと振り返る。その視線の先には唯神天奈が立っていて、『バレちゃいました』と意味が込められた引きつった笑みを世ノ華は作った。
唯神は溜め息をこぼして世ノ華と代わるように雪白へ近づいていく。世ノ華とのすれ違いざまに小さく頷き、ここからは任せろという意思を示した。
雪白はギロリと唯神を睨む。
二人は静かに対峙しする。意外にも、先に口火を切ったのは雪白だ。
「あの脳筋女の不良女があそこまで注意深くものを捉えられるとは到底思えん。貴様以外に誰がそこまで視点を変えて状況を把握できる。バレバレだ」
さりげなく馬鹿にされた世ノ華が暴れそうになっているのを、秋羽が必死になだめていた。一方、唯神は唯神で無表情のまま口を開く。
「君はバカ。聡明ではない、ただのバカ」