白に飲まれる黒
「何度言わせりゃ分かンだよドクソ。俺ァ善なんて認めて―――」
「だっタら、苦しンでイる子羊を助けるだの可哀想なヤツを救うだの――こレらの『常識の中の善』を『善』だト仮定して考えロよ」
「……」
夜来初三は沈黙する。それもそうだろう。『自分を悪と肯定して生きている』彼は悪という存在に対しては深い深い価値観や考え方を持っているが、善という存在には関しては理解すらできない。
善なんてものは何一つ分からない。
例えそれが、一般的に見て『善』だと認識できるようなことにしても。
「悪と善の絶対的な違いッテなァナぁ―――」
『悪』は右手から白い力を溢れ出させながら答えを提示する。
嗜虐的に笑って言い放つ。
「―――『悪意』ダ……!!」
「……な、に……?」
眉を潜めた夜来を鼻で笑い、
『悪』は構わずに続ける。
「苦しんでイるヤツを助けル―――こレがなぜ世界かラ『善』だト認識されルんだ? 答えハ『悪意』だヨ!! 『悪意がない行動で客観的に見て助けてる』カら『善』だト認識される!! 『悪意が皆無』故に『悪』だト認識されネェ!! 逆に『悪意が混じった行動』ってナァ絶対に『悪』だト認識さレる!! ―――物語の悪役がソウダ!! 悪役は必ズ『世界を滅ぼす』だの『世界征服』だノと『悪意が篭った』故の考えで『暴力』を実行しテイる!! 逆にヒーローってナァ『仲間を守る』だノ『世界を救う』だノと『悪意が篭ってない』考えで『暴力』を実行シている!! その結果ドッチが『悪』になってる? もチろン答えは悪役ダ!! 『悪意を含んだ暴力』を振るっタ悪役は『悪』と認識さレる!! 『悪意を含んでいない暴力』を振ルうヒーローは『善』だト認識さレル!! つマリ善と悪の絶対的な違いトは悪意なンだヨ!! 『悪意の有無』にヨッて基本的に善と悪に分別さレるンだよ!!!!」
白い化物はブチリと口を裂いて笑っている。
その恐ろしい笑顔に対して夜来は静かに言い放つ。
「……それがなんだってんだ?」
「ジャあ問題―――」
気づけば。
ぐちゃり、と嫌な音が自分の胸から聞こえた。
夜来初三はゆっくりと視線を下に下げてみる。
「……あ、っが……っ!!?!?」
そして見てしまった。
そして認識してしまった。
自身の胸に深々と突き刺さっている真っ白な化物の片腕を。
目と鼻の先で。
白い化物は笑みを浮かべながらこう尋ねた。
「『絶対的な悪』の全体像とハ一体なんナンでショーかァ?」
瞬間。
白い化物は勢いよく胸に突き刺した手を抜き取った。ブッシャアアアアアアアアアアアアア!!!! という鮮血と共に姿を現したその手には―――
ドクンドクンと脈打つ『心臓』が握られている。
ギョッとした夜来。
しかし化物は止まらない。
「正解ハァ―――」
グシャ!! と、握っている夜来の心臓を思い切り握りつぶしてこう言った。
笑いながら言った。
「『悪意』で善を塗り潰す悪行こソが『絶対的な悪』の全体像ダ」
瞬きをした瞬間。
胸から飛び出ていた噴水のような血液全てが『白』い激流に代わり、
『黒』を『白』が染め上げていく。
「テメェはソういう『絶対的な悪』が足りネェ!! 『悪意』を持っテ、ただ視界に入っタ全ての存在を殺し尽くソうとスる『膨大な悪意』ガ!! だカらテメェは俺に現在進行形で殺らレてンだヨ!!!! ―――『悪意』ッツー『絶対的な悪』が足りネェからテメェはどこまでモ『悪に成りきれてない』ンだよ!!『本物の悪』だナンツー『中途半端な悪』に染まっテンだよ!! 弱ェんダヨ!! 三下なンだヨ!! 青二才の小悪党なンだよォ!!!!」
「っが……っはっ……!!??!」
呆然としている夜来初三は徐々に胸の中央部から溢れてくる白い色に体も服も塗りつぶされている。
『絶対的な悪』に塗りつぶされていく。
化物の色へ、化物の一部に取り込まれていく。
そして。
白は黒に笑みを浮かべながら告げた。
「ダからオレが代わってヤるヨ―――夜来初三を『絶対的な悪』に染め変エる為にナぁ」