蛇の豪炎
炎を纏った拳が世ノ華の顔面を捉えようとする。しかし直撃する直前に漆黒の金棒が盾がわりとなって雪白の一撃は何の効果も発揮することなく受け止められた。
鬼は雪白の様を鼻で笑って、
「馬鹿力相手になに力勝負挑んでンだよヒョロヒョロ蛇女ぁああアアアアアアア!!」
ゴガン!!!! と、雪白の額には鬼の頭突きがこれまた爆発的な速度で激突した。周囲一体には『頭突きだけ』の衝撃音で鼓膜を突き破るような轟音が炸裂する。
まるでその威力は大砲だ。
破壊音といい攻撃力といい、あれはもはや頭突きではない。雪白がただの人間だったならば脳みそが飛び出てきてもおかしくないレベルだ。
「―――ッがっっ!?!?」
しかし。
脳みそは落ちなかったが、意識だけははっきりと揺さぶられた雪白。彼女は視界が真っ白に染め上がりそうになりながら爆風に巻き込まれたように吹っ飛んでいく。
明らかに世ノ華の力を正確に把握できていなかった。
額を押さえながら呻く雪白はそう自覚した。
(こ、れだけ……!! 鬼とは力が莫大なのか……!?)
クラクラと途切れそうになる意識。ぼやけていく視界。力が根こそぎ奪われるようになり、震える膝はすぐさま折れそうになる。それら全てが『頭突き』をされただけの結果だ。
想像以上に強い。
身近に、夜来初三という最強レベルの怪物を宿した最強レベルの悪人を見ていたからか、世ノ華の戦闘能力を測り間違えていた。彼女にも『羅刹鬼の呪い』という鬼神の力が宿っている。その力を甘く見すぎていた。
「っく……がッ……!! なめ、るなよ……!! パツ金元ヤン女がッ!!」
「白髪ババァのお前よりは金髪のほうが幾分かマシだろーが」
「―――ッ!! き、さま……!!!!」
フラリと立ち上がった雪白は呼吸を整える。
そして炎に体を包み、世ノ華をギロリと睨みつけた。
そして。
絶叫する。
「この、髪を侮辱するなああああアアアアアアアアアアアアアア!!!! 私の髪を……!! 初三が『綺麗』だと評価してくれた私の髪を……!! ―――初三が褒めてくれたこの髪を侮辱するなああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「ッ!?」
ゴオッ!! と、雪白の体から炎がさらに燃えがった。まるで大噴火した火山のように飛び出た豪炎は、雪白が右手を無造作に振ったと同時に襲いかかってくる。まるで津波のように広がった紅蓮の炎。それは世ノ華どころか七色寺そのものを燃やし潰そうとする。
世ノ華は厄介な広範囲攻撃に舌打ちし、
「髪ごときで吠えてンじゃねぇよクソばばァが!! 年取ってっから高血圧なのかよオイ!!」
ダン!! と、鬼の脚力を駆使して勢いよく跳躍する。しかし燃え盛る大波は地上から狙いを変更して空中の世ノ華のもとへ進行方向を変更してきた。
まるで追尾ミサイルだ。
「女の良さってなァ中身で決まるって事ォ知ンねェのかよ老人ババァ!!」
対し、世ノ華は羅刹鬼の力を全力で解き放つ。すると額に浮かんでいた『羅刹鬼の目』を表した紋様が大きくなり、一対の灰色の角が徐々に長さを増す。まるで鬼に近づいたその姿は、間違いなく呪いの侵食だろう。夜来初三と同様に、呪いの力を引き出しすぎてしまったのだ。
しかしその分―――扱える『筋力』は増大する。
「うおおおオオオオオあああああアアアアアアアアアアアアア!!」
絶叫と共にスイングされた金棒はあまりの力と速度によって突風を作り上げる。その風圧に押し返された炎の群れは、一瞬でロウソクの火を吹き消すようにかき消された。
地上に降り立った世ノ華。
そこで雪白の異変にも気づく。
「あ?」
見れば雪白千蘭も『清姫の鱗』を表した紋様に肌を侵食されていた。だが確かに、あれだけ莫大な量の豪炎を一気に操ってしまえば呪いに喰われる速度も比例するだろう。
世ノ華は金棒の先を雪白に向けて、
「どォしたよその趣味の悪いタトゥーは。新手のイメチェンかぁオイ」
「貴様こそ何だその角は。コスプレイヤーの趣味ならばどうぞ勝手にだが、いるべき場所を間違っているのではないか? 仏教の聖地だぞここは。早急に失せろ」
「秋葉原ァ行くほど金がねぇんだよ。お、何ならテメェちっと跳んでみろよコラ」
「カツアゲの仕方が古臭い女だ。―――いい加減にしろ。貴様はどこまで私の怒りに油を注ぎ込めば気が済むんだ」
「そりゃこっちのセリフだっつーの!!」
飛び出した世ノ華は雪白の懐に入り込む。即座に金棒をフルスイングして、雪白の細い腰を砕こうとする。しかし全てを見抜かれていたのか、
「貴様は本当に知能の足りない女だな」
「ッ!!」
まるで世ノ華の攻撃を先読みしていたかのように、雪白は大きく上へ飛び上がって回避する。結果、振るわれた金棒はすかっと空気を切り裂くだけで空振りになった。
「お前の攻撃方法は一体どんなバリエーションがある? それはもちろん、その純粋な筋力しか使い道がない。つまりは直接的な殴り合いしか貴様は攻撃方法を持っていないだろう。精々、先ほどのようにそのデカイ原始的な武器を振って突風を生み出させる程度だ。ならば直接ぶつかってくるくらいの予想はつく」
雪白の拳が胸に叩き込まれる。しかし彼女の腕力では世ノ華の『鬼の筋力』には到底及ばない。つまり大したダメージにはならないことは明白。
……だったのだが。
「ガッッ!?」
世ノ華は胸に襲いかかった強大な衝撃に苦痛の声を上げた。
そう。雪白は純粋な力では世ノ華には足元にも届かない。だが彼女には火を扱う能力がある。つまりそれを利用した攻撃―――『直撃する寸前に拳の先で爆発を起こすことで爆風の威力が加算された』パンチを放ったのだ。
胸を襲ってくる熱い激痛。
世ノ華は歯を食いしばって地面を転がっていった。
雪白と世ノ華の激突・・・女の子同士を殴合わせるのは心が痛みますが、うまく書いていけたらなと思います