絶対的な悪
「は……?」
小さく首をひねった夜来。
対し、化物は構わずに続ける。
「例えば、オ前が『雪白千蘭を助けたい』と思っタ―――つまり『善』の動機を俺が『悪』に変えテヤったカラだ。テメェの『助けたい・救いたい・手伝いたいっつー「善」を俺が奪い取ったからだ』よ。オレが全部奪った。全部ナぁ」
「……つ、まり? 俺は雪白も世ノ華も唯神も誰もかれもを一度は『助けたい』と思ったってのか……!? 普通に、『本物の悪』なんて考えに至る前に、その『助けたい』っつー誰にでも芽生える常識的な感情をお前が『消した』ってのか……!?」
「大正解」
「は、はは!! バカバカしい屁理屈述べてンじゃねぇよコラ!! そんな面倒くせぇ突飛なクソ話を信じられるわけ―――」
「ジャあ何でテメぇは『たった一度も助けたいとも救いたいとも手伝いたいとも思わなかった』んだ? どうして『些細な「善」すら抱けなかった』んだァオイ? あマりにも、オ前、『善を抱いてなさすぎ』だッタんジャネーノか?」
反論できなかった。
確かに一度も人を助けたつもりなんてなかった。助けることは『相手に劣等感を与えるリスクを背負う悪行』だと思っていたから、『本物の悪』という思考で判断していた。
しかし。
それはおかしい。
雪白千蘭も、世ノ華雪花も、唯神天奈も、秋羽伊那も、全部全部結果的には救っていた。ならばなぜ救えた? 救おうと考えずに、『助けたいと思考すらせずにどうして彼女たちを助けられた』のだろう? 走ろうと思っていないのに走っていた。旅行に行こうとしていないのに旅行に行っていた。そのくらい不可思議なことだった。
だがもしも。
本当に白い化物が言うとおり。
夜来初三が困っている人を見て『助けたい』と思った『善』を化物が削除していたのならば納得がいく。
雪白千蘭を助けたのは彼女が困っていたから。
世ノ華雪花を救ったのは彼女が苦しんでいたから。
と、夜来初三はなんの変哲もない『動機』を抱く。
しかしそれらを『悪』に変換されて、『助けたいと思って行動している』こと自体を忘れさせられていたら? 善を奪われていたとしたら? 本当は夜来初三だって困っている人を見たら即座に『助けたい』と思って『善人として助けようとしていた』というのに『その善性自体を消されて』しまったら?
それならば説明がつく。
夜来初三が。
今まで誰も助けているつもり何てないのに結果的に助けていたという事実に。
「だカらテメェは俺に感謝すルべキナんだよナぁ?」
化物は真っ白な謎の力を体から流出させた。ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!! と暴れまわるように放出されている白の力は、化物の体を竜巻のようになって覆っていく。
「誇リなンだろ? ―――悪ってモンが!! 善なンてクソったれナもンを『思考すらできず』にただただ悪とシテ行動できルその存在に満足シテんだろ!? そリャ全部俺様のオカゲだッツーノ!!!!」
「ふざ、けんなよ……!! 何でテメェみてぇなクソにこの俺が―――」
「言っとクが俺は『助けたい』だの『救いたい』だの『だけ』を奪っテルんジャネーゾ? ―――テメェに宿っタ全ての善を!! 光を!! アリとあらユル全ての色を真っ黒に染め直しテやってイルのがこの俺だ!!!! 善とイう存在の価値すら見いだセナくしテイルのが俺だ!!!! 悪に染まルことを誇りニ思えヨ!! 胸を張レ!! 視界に映っタ全テを殺す悪に染まリきレ!!」
その真っ白な瞳と真っ黒な眼球を見開いて笑っている『悪』は。
ゴガッッ!! と片足を地面へ叩きつける。
瞬間。
白い力が発動し、莫大な衝撃が生まれて地面をクッキーを真っ二つに割るように砕き割った。まるで力のレベルを確かめているような仕草。
「初三」
化物は―――笑顔とは言えないレベルの嗜虐的な表情を咲かせて。
言い放つ。
「テメェを今ここデ殺しテ、俺が『絶対悪』とシテ君臨してヤル……!! テメェが誇りに思っテル『悪』そのモノの俺がこの肉体ヲ『悪』に染め上げテやる……!! ―――だカら俺に染まレ!! テメェは未だに『助けたい』だのト『善』を抱いタ腰抜けクソ野郎だ!! だカラ俺がオ前を支配すルことで『絶対的な悪』とシて降臨さセテやる!! 悪ってモンの本質を教え込ンでヤる!!」
冷や汗が流れ落ちた。
それでも夜来初三は目の前の『悪』を睨みつけて、
「『絶対悪』だと……? 今度はこっちの番だクソ。具体的に説明させてみせろ」
「言っタろ? 悪があっテこそ全てがあル。コの世を善と悪に分別すルというノなら『悪が無ければ善は生まれない』んダ。犯罪者とイう『悪』がいなキャ警察っつー『善』が生まレネぇわけ。だカら自ずと答えハ出る。善と悪のミを視野に入れタナら『悪』は全てノ『原点』だ」
つまり、と付け足して。
「悪にヨって善が生まレルのなラば『善も理も世界すらも木っ端微塵にぶち殺す』ことで『悪のみ』ヲ存在さセル行為こそガ『絶対悪』だ!!!!」
『絶対悪』という存在はきっと。
ただ全てを殺し尽くすことで『善を生ませない』ことを目標にした、殺戮本能に近いものだろう。
その事実に。
夜来初三はゴクリと生唾を飲み込んだ。
「オイ」
すると。
『悪』は膨大な真っ白な力で体を包まれたまま、
こう宣言する。
「授業の時間だァ小悪党。絶対悪ってモンを教えてやンよ」
「――――――っ!?!?」
その言葉に。
ビクリと肩が跳ね上がった時には既に遅い。
『悪』は口を引き裂いて笑い、
「これガ絶対悪だ」
全てを喰らう異質な白い閃光と全てを壊す漆黒の閃光が放たれて衝突する。
この瞬間。
絶対を信じる悪と本物を信じる悪の激突が始まった。
次は世ノ華のほうに回りたいなぁ、と思っています
今回のお話で少し夜来くんのことが分かりましたね。まぁ『悪』のことも少しは分かりました! 謎は腐る程ありまくりですが(笑)
極めつけは
『授業の時間だ~』という決め台詞を取られたところでしょうかねw実はこの夜来初三が白い夜来初三に決め台詞取られるのは前からやりたい展開でした