最終決戦
「……まったく答えになっていないわね」
夜来初三の幼少期から中学三年生までの出来事を、ある程度聞かされて理解した清姫は、目の前で腕を組んでいる小さな少女を睨みつける。
「私が聞きたいことは、雪白千蘭を助けた理由と私の居場所が天山高校だと何で分かったのか、という二つのことだけよ。今の話には私の問に対する答えが一切なかったわ」
七色は清姫の言葉を無視して、
「……そのあと、夜来には怪物のことや呪いのことを儂が一から百まで教えてやって、今日まで過ごしてきた。しかし、ここで疑問が残った。それは、サタンが夜来の体へ戻っただけで、なぜ夜来は日光を恐れなくなったと思う?」
と、無理やり話を元に戻した。
「理由は単純じゃ。サタンが夜来の体へ戻ることで、夜来は『絶対破壊』を使って日光を遮断することが出来る状態になったからじゃよ」
「……納得はいくわね」
「じゃろ? じゃからサタンは夜来の体へ戻って、極力人間界へは実体化してこないのじゃよ。サタンが夜来の体から出てしまっては、『絶対破壊』を夜来が使用できなくなって、また日光に照らされてトラウマが発生するからじゃ」
「で? いい加減私の質問に答えてくれない?」
聞きたいことが分からないという状態にイライラが募ったのか、清姫は語気を荒げてそう言った。
すると、七色夕那は小さく笑って、
「そのトラウマ自体とも言える存在、弟の夜来終三は―――女のような顔立ちに中性的な体格をしていて、髪は白く、瞳は赤かったそうじゃ」
「だからそれが何―――え?」
「もう一度言おう。弟、夜来終三の容姿は、髪が真っ白で瞳はルビーのような赤、顔や体は女のようだったそうじゃ。確かアルビノという奴だったらしい。ああ、まるでどこかの誰かさんみたいな容姿じゃのう」
わざとらしく演技がかった口調で喋る七色は、ようやく『夜来初三が雪白千蘭を助けた理由』を察したことで呆然としている清姫に小さな指を突き立てた。
「まるで、どこかの美少女にそっくりな弟だったそうじゃよ」
「嘘……でしょ? たったそれだけ……? 昔仲が良かったとか、特別な関係だったとか、生き別れの兄と妹みたいな大きい理由じゃなくて、たった……それ、だけ……?」
「それだけじゃ」
夜来終三とは、美しい白髪に輝く赤い瞳をした美少女のような美少年だった。
雪白千蘭とは、美しい白髪に輝く赤い瞳をした絶世の美少女そのものだった。
つまり、夜来初三が雪白千蘭を助けた理由とは、
単純に、似ていただけだ。
守りきれなかった弟に、困っていた雪白千蘭が似ていただけだった。
ただ、それだけだったのだ。
特別大きな事情があったわけでも、実は雪白千蘭と深い関係があったなどの、アニメや漫画などで使われるようなフラグがあったわけじゃない。
ただ、純粋に、
守りきれなかった弟と雪白千蘭が重なってしまったため、雪白千蘭を救っただけなのだ。
今思い返せば、確かに気にかかる点はあった。
例えば電車。
痴漢されていた雪白千蘭を助けたときの夜来初三が取った行動は、明らかにやり過ぎなレベルだった。
なぜなら、
痴漢していた男の首を、窒息死する寸前まで締め上げていたのだから。
普通ならば、痴漢している男がいたらその場で拘束するなり、大声で「この人痴漢です!」と周囲にバラせば、後で駅員や警察が来てそれで終わる。
しかし、夜来初三は痴漢男を殺しかけた。
それほどまでに、怒りを覚えたのだろう。
痴漢されていた雪白が自分の弟のように見えてしまったため、自分の弟が痴漢されているようで激怒してしまったのだろう。
他にも、今の時期はそこまで日差しが強いわけでもないのに常に日傘をさしているのが夜来初三の格好だった。
まぁ、もちろん。
日傘を常にさしている理由が、こんなにも複雑な事情が原因になっていたとは誰も思わわないだろうが。
「兄様に、そんなことがあったなんて……」
「……」
世ノ華雪花と鉈内翔縁は、どうやら初耳な話だったらしく、大層仰天している。
七色は鼻で笑ってから、
「分かったじゃろ? 実に単純な理由じゃ。夜来が雪白を助けた動機は『守りきれなかった弟に雪白千蘭が重なってしまった』からじゃ。それ以上でも以下でもない」
「だ、だけど、私の居場所はどうやって分かって―――」
見て分かるほど動揺している清姫の質問には、
一人の少年が答えを返した。
「言ったろ? お前が『男を憎む』悪を抱いてる『怪物』だから分かったってよ」
ドアを乱暴に足で開けて入ってきた刺青のような紋様が顔の右半分にある夜来初三は、どこか居心地悪そうに、いつもの不機嫌顔を三倍増ししたような表情になっている。
おそらく、自分の過去を他人に知られてしまったことが気に入らないのであろう。
「清姫は今まで雪白千蘭の体の中に息を潜めてたんだよな?」
「そ、そうよ」
「やっぱな。……って事ァだ。お前は雪白千蘭と同じ時間、場所、出来事を雪白と一緒に経験しているわけだ。じゃあ聞くが……」
私立天山高校が存在している方向を顎でくいっと示し、夜来はニヤニヤと意地の悪い笑顔を作って、
「雪白千蘭が一番『男と関わった場所』はどこだったんだ? 男嫌いのお嬢さんよ」
「ッ!! そ、それは……」
「簡単な話だドクソ女。男を憎んでやがるテメェが雪白の中にいたって事は『雪白千蘭の中にいたときに一番深く関わった男』を特に憎むはずだ。ンで、あとはさらに簡単。共学に通ってる女子高校生が一番男と関わる場所っつったらどーこでしょうかぁ?」
その質問に答えたのは、
「……自分が通っている高校、というわけか」
感心するように目を丸くしている七色だった。
清姫は知りたいことが全て分かったというのに、犯人だとバレてしまったサスペンスドラマの殺人犯のように苦い顔をしている。
しかし、
「ああそう、分かった分かりましたよ! もう聞きたいことは全部聞けたんだし、アンタ達はもう用済みよねぇ!!」
獰猛に口を引き裂いて笑った清姫は、その長い白蛇の下半身を地面に叩きつける。
その衝撃によって下から上へ走る突風が周りに生み出された。
「さてと、んじゃまぁ始めますか」
その脅しに少しも屈しない夜来は、首の関節をコキコキと鳴らし、
ニタリ、と怪物よりも怪物らしい怪物そのものである邪悪な笑顔を開花させた。
「授業の時間だァ小悪党。本物の悪ってモンを教えてやンよ」
そして、
自分の中でずっと自分を守り続けてくれた悪魔の神、サタンに同意を求めるように、自身の胸部へ片手を添えて、
「これでいいンだよな、クソ悪魔。これが、『雪白千蘭を救う』自己満足野郎じゃなくて、『清姫を成敗する』本物で本当な『一流の悪人』なんだよな」
そう、小声で言った。
今回も夜来初三は、
―――誰かを救うことはせず、ちっぽけな小悪党をただ成敗する。
なぜなら。
それが。
それこそが。
『本物の悪』で『一流の悪人』だと、とある悪魔の神様に教えられたから。
「死んどけボケがァァああああああああああああああッッ!!」
口調も喋り方も一変し、ただ虐殺を目的にしただけの攻撃体勢へ移った清姫と、最強最悪で最凶最悪な最狂最悪の大悪魔サタンの力を扱える悪人が真正面から激突した。
その影響によって衝撃波が周囲一体に生まれ、ボロボロの家具は吹き飛び、周りにいた七色達を薙ぎ払いかけた。
その結果。
夜来の一撃を喰らった清姫は轟音と共に後方の壁に吹っ飛んでしまう。腐りかけていた壁だったおかげで、全身を襲う激痛に苦悶の声を漏らし、予想よりは軽い怪我だけで済んだ。
「どういうことかしら、これは」
「あぁ?」
口から血をぺっと吐き出した清姫。
彼女は周囲を一通り見渡してからクレームをつけるように言った。
「なぜ、あなた以外の人間がここから消えてるの? と言ってるのよ」
先ほどまでは共にこの部屋で睨み合っていたはずの七色達の姿がないことに違和感を感じたのか、清姫は説明を要求する目を夜来に向けてくる。
「ああ、これも俺の指示だ。やっぱ、リンチってなァあんま気が進むモンでもねぇしな」
「あらあら、一体一でタイマンしようだなんて随分と漢なのね」
「そりゃどーも」
適当に言葉を返した後、夜来は靴の裏にある床を狙って、バァン!! という爆発音を炸裂させる小規模な爆破を『絶対破壊』を使って引き起こした。結果、その爆風を利用して一瞬で清姫との間合いを詰めた。
その異常にも程がある移動速度に目を見開いた清姫だったが、気づけば彼女の腹部にはドス黒い魔力を纏った強烈なボディブローが炸裂していた。
ドム!! と、内蔵にまでダメージがいった証拠になる音が生まれる。
「っぷはァ!?」
汚く、血の塊を口から吐き出した。
しかし、
「ったくよぉ、クソ如きが調子に乗ってんじゃねーよぉ面倒くせぇなあ!!」
慈悲の一欠片もないことを残念な笑顔で言い放った夜来。彼はさらに清姫を追い込むため、彼女の腕を適当に掴んでハンマー投げの要領で投げ飛ばしてやった。
壁を突き破って飛んでいった清姫は、無様に転がって呻きながら殺意で満タンの視線をぶつける。両手を広げながら口を引き裂いて笑い、己の身体から莫大な魔力を漏れ出させている悪魔のような少年に向かってぶつける。
「ぎゃッハハハはハハハははハはははは!! なになになになになになになにぃ? なんだ? なんだよぉ? その惨めぎる格好は。哀れすぎて爆笑しちまうぜぇクソアマぁアアアア!!」
瞬間、夜来の身体から溢れていた漆黒の魔力が無数の竜巻へと変化し、部屋の床や壁や天井全てを削り取りながら猛突進してくる。
「っ、クズが!!」
清姫は叫び、竜巻の群れの隙間を一直線に進み、憎き『男』の懐へ突撃した。それに対して、夜来は上空へ瞬時に飛ぶことで回避する。
しかし、
「焼失しときなさいよ、カス風情のクズ男が」
「ッ!?」
口から豪炎を巨大な噴水のように吹き出そうとしている清姫にとって、空中にいることで身動きが一切取れない夜来は絶好の的だった。
ゴォォオオオオ!! と空気を燃やすように夜来の肉体へ迫ってくる炎の様子は、始めて清姫と戦った時とデジャブするものがある。
「チッ、ドクソが!!」
吐き捨てた夜来は『絶対破壊』を行使し、直撃した豪炎をバァン!! と、轟音を立ててバラバラにぶち壊してやった。
しかし、その瞬間。
「っぐあ!?」
突如、顔を襲う熱い激痛に意識を奪われそうになってしまう。
サタンの力を連続で多用した後で発生した痛み……これは間違いなく。
『サタンの呪い』に身体を侵食されている証である。
そんな状態で『絶対破壊』を使用し続ければ、一気に身体を呪い飲み込まれてしまう。なので、仕方なく『絶対破壊』という武器を収めた……ときだった。
「あーらら、ピンチみたいねぇ三下くん。ええ? 威勢が良かった割には結局のところ底辺じゃない。なに? もしかして引けないところまでプライド張ってたから、最終的にワンワン泣き喚くパターンなの?」
という声が聞こえたあと、
ゴン!! と、こめかみに重い衝撃が走り抜け、夜来は抵抗することもなく床に叩き飛ばされてしまった。
さらに、
「デザートもついてるわよ、お客様」
「ッ!?」
清姫が投擲した全長五メートルはある瓦礫が夜来の身体を潰そうと飛んできた。おそらく、先ほどの戦闘で出来た産物の一つである瓦礫を利用した攻撃だろう。
「チッ!」
忌々しそうに舌打ちし、瞬時に横へ転がるように緊急回避する。
だが、
「おかわりをどうぞ」
またもや同じサイズの瓦礫が飛んでくる。
しかも、一つや二つだけだはない。
豪雨のように迫ってくる瓦礫の大群は、スピードを落とすことなく進んでくる。
逃げ道は、ない。
ならば、
「……壊すしかねぇよな」
呟き、もう一度『サタンの呪い』を発動させた。
今回は『絶対破壊』の元になっている、全てを壊す漆黒の魔力を壁のように横と縦へ大きく広げた。そうして盾代わりにすることで瓦礫の衝突を防御する。
そのおかげで怪我を負うことはなかったが、代わりに『サタンの皮膚』を表した紋様が顔全体へ広がっていき、瞳は赤くなってその周りは黒く染まり、黒髪はサタンと同じ輝く銀髪へと変色してしまった。
まだ一時的な侵食だが、これ以上呪いの力を行使すれば、あっという間に夜来初三の身体と人格はサタンのものへ入れ替わってしまうだろう。
「……ホント目障りね、あなた。いい加減昇天してくれない?」
いまだに死体へ変わらない『男』をキッと睨みつける。
その視線が捉えている少年、夜来初三は、薄く笑って清姫を見下す。
「クソみてぇな悪だな、テメェ」
「はぁ?」
「だーかーらー」
夜来は溜め息を吐き、面倒くさそうに言って、
「テメェの悪がドクソレベルのカスだっつってんだよ。ドクソが」
「……男を憎んでる私が、クソだと言ってるの?」
「ご名答だクソ女」
「なぜ悪なの? なぜ男に裏切られた私が男を憎んじゃいけないの? なぜ?」
特に怒った様子がない清姫は、純粋な目をして首を傾げている。
夜来は彼女に向けて、溜め息よりも溜め息らしい盛大な溜め息を吐いた。
そして、片手を突き出して五本の指を大きく広げた。
さらに親指を折り曲げて、
「一つ。テメェは関係のねぇ男まで憎しみの対象にしてやがる」
次に人差し指を折って、
「二つ。テメェは雪白の意思を無視して雪白の身体を乗っ取りやがった」
中指も曲げて、
「三つ。そんで関係のねぇ雪白の身体を使って野郎を殺そうとしやがった」
薬指も折り、
「四つ。そして、その行動を悪だと自覚してねえ」
最後に小指をゆっくりと折り曲げて、
「五つ。ってわけで、テメェは小悪党にも程がある小悪党だ」
だから、と付け足し、
「テメェの悪はクソ以外の何ものでもねーんだよ」
『本物の悪』という悪を背負っている少年は、『男を憎む』悪を抱いている『怪物』に向けて、そう告げた。
清姫は表情を一切変えぬまま、
「じゃあ、私はどうすればいいの? あなたは私をどうしてくれるの? 私が取るべき正しい行動を提示してくれるの?」
「いいや。お前も被害者だ。愛した男に裏切られてその男に復讐をした、っつー怪物がお前―――清姫だ。だったら、裏切られた時点でお前も『可哀想な奴』の一員だ。だから、お前が男を憎むことは全然間違っちゃいねぇよ。正しいことだ、っつーか必然的なことだ」
「ますます意味が分からないわ!! 私は正しいの!? 正しくないの!?」
矛盾した言葉に怒りを爆発させる清姫。
夜来は無情な顔になって、口を開いた。
「お前は正しくて正しくねぇよ。『愛した男に裏切られて男って生き物に憎しみを抱いた』ってのは正しい。当たり前のことだ。だが、『その憎しみを関係のねぇ男にまでぶつけようとした』ってのは正しくねぇんだよ。分かるか? テメェの悪はその程度なんだよ。男ってモンが気に入らねぇからって、部外者まで暴力で蹂躙しようとしてる―――『ストレス発散』してるだけの馬鹿だよ馬鹿。おい馬鹿、テメェの頭ァどーなってんだぁオイ。悲劇のヒロイン気取ってるのに、結局は誰も自分を救ってくれねぇからイライラを男に押し付けてるだけだろうが。―――男を憎むなら勝手にしろ。それに雪白と関係のねぇ野郎を巻き込んでんじゃねぇよクソ野郎」
「……」
清姫は何も言い返せなかった。
それほどまでに夜来の言ったことは、正論で当然のことだったからだ。
男に裏切られたから男を憎むことは必然的なことだが、関係のない者を巻き込んだことは間違っている……という正しすぎる言葉には、反論する気力さえも奪われてしまった。
「それに気づけねぇ時点でテメェはクソなんだよ。……憎む相手はお前を裏切った男だけで十分じゃねぇか。復讐する相手はお前を裏切った男だけで良いじゃねぇかよ」
「ち、ち、違う! 男はどいつもコイツも最低でクズよ!! 憎んでいいはずだ!! 殺すことが結果的に正解なはずだ!!」
頭を抱えて取り乱す清姫を、夜来は鼻で笑った。
そして、
「だったら、俺を殺れよ」
誰もが唖然とすることを口にした。
彼は、開いた口が塞がっていない清姫に失笑し、
「お前は男をどうしても殺してぇ。それがお前の悪―――望みだ。それを俺が叶えてやる」
「な、なん、で……」
「やっぱ拳で語り合って和解……みてぇなパターンにゃならなかったか。あーあ、じゃあ何の為に戦ってたんだよ俺ァ。ったく、マジ後悔してんぜクソが」
「な、何で!?」
「あ? 何がだよ?」
清姫の大声でようやく返答を返した夜来。
彼に向けて、怪物はほとんど絶叫に近い声量で尋ねた。
「アンタ、自分がなんて言ったか分かってるの!? 自殺志願してるようなものなのよ!?」
「ああ、自覚してんぜ」
「だったら何で!?」
つまらなさそうに目を細めた夜来は、
「そっちこそ何でそんなこと聞くんだ? 俺っていう『男』を殺せるんだぜ? もっと腹ァ抱えて喜べよ」
「だ、だってアンタ、頭おかしいじゃない!! 何で、そんなことを……」
宇宙人を見ているように激しいパニックを起こす清姫を嘲笑うように見つめる夜来は、面倒くさそうに理由を告げる。
自分から殺されようとしている理由を告げる。
「怪物に憑依される悪人は、その怪物と似てるっつー絶対的な条件がある。ってことはお前と雪白も似ているってことだよな?」
「な、なによ急に。そうよ、その通りよ」
「じゃあ、雪白とお前が半一体化してるその姿は、一体何を意味してんだ?」
「……」
清姫が沈黙したのを見届けてから、夜来は説明を続行する。
「悪人は怪物と似ていなきゃ憑依されねぇ。つまり、怪物と似なくなった悪人からは怪物は自ら離れる。だったら、『男を殺そうとしているお前(清姫)と半一体化してる雪白千蘭』は一体何を望んでンだ? 一体、何をしてぇと思ってんだ?」
彼は続けて言う。
「男を殺そうしてる清姫と雪白は半一体化してる。ってことは……」
無表情の仮面を決して崩さずに、告げる
「雪白は清姫と離れてねぇんだから、雪白も男を殺してぇと思ってんだろ?」
清姫は肯定した。
言葉を使わずに、首を縦に振るという単純で簡単な動作のみで静かに肯定した。
その後、彼女も質問を送る。
「だから、死んでくれるの?」
穴があくほど夜来を見つめて、
「自分の弟に雪白を重ねているから……。弟に似ている雪白を弟と思って、認識して、弟と似ている雪白の為に殺されてくれるの? 弟に似ている雪白の望みを叶えてくれるの? 男を殺したいっていう望みを叶えてくれるの?」
「違ぇ」
速攻で否定した。
弟と似ている雪白の為、という動機に対して強く否定した。
「確かに俺ァ雪白を弟と重ねてた。雪白が痴漢されてときも、呪いに苦しんでるって知ったときも、『弟をまた守ってやれる』って思ってた」
まるで、懺悔するように、後悔するように続けていく。
「だがなぁ、今は違ぇ。今は『弟を守る』っていう動機は欠片も抱いちゃいねぇよ。俺はもう、雪白千蘭を雪白千蘭って認識してンだ」
「……なぜ?」
「雪白千蘭だからだ」
そのまま続ける。
「雪白千蘭は俺の弟、終三じゃねぇ。そう気づいたからだ。単純に、ただ単純に、雪白千蘭は雪白千蘭だってようやく分かったからだ」
「じゃあアンタは、弟の為じゃなくて雪白千蘭の為に死ぬ気なの? 殺されてくれるの?」
「ああ、俺はお前らの為に死んでやるよ。味方だからな」
即答した。
躊躇わず、怖がらず、一切迷うことなく、答えた。
さすがに、夜来の命をかけるまでの行動原理が何か分からない清姫は、怪訝そうに眉根を寄せた。
すると、彼女の気持ちに気づいたのか、夜来は小指を突き立てて言った。
そう、まるで。
雪白千蘭と指きりげんまんをしたときのように。
「約束してんだよ」
「一体……何をよ」
その約束の内容を、雪白の中に潜んでいた清姫は知っている。知っている上で尋ねた。
その約束を行った夜来のことを、
―――偽善者、とバカにしたことを良く覚えている。
そんな、偽善者だと思っていた彼は、
「俺は味方でいるって約束してんだよ。だから俺は、雪白とお前が男を殺したいって思ってる気持ちの味方をすっから、殺されるって言ってんだ。……ただ、約束を守るだけだ。―――雪白が男を殺す道を選ぶなら、俺はその生贄になる。それが約束を守るってことだ、俺なりのな」
そう言って、笑った。
まるで、小学生の宿題を解いたように、当たり前だろと言わんばかりに、笑った。
「だから、殺さなかったのね……私を」
思えば、最初の激突で清姫は夜来の身体と接触してしまっていた。それはつまり、『絶対破壊』という力によって本来なら動けなくなる程度の攻撃を当てられていてもおかしくない瞬間だったのだ。
だが、全然動けている。
清姫はまだ足の一本すら壊されていない。
その事実からして、つまり。
夜来初三は初めから殺されるつもりだったということだ。
その為に七色達というギャラリーを外して、邪魔が入らないようにしたのだ。
清姫は目の前の男をじっと見つめた後、
「いいわ」
と満足そうに言った。
「あなたの意思に感動した」
突如、清姫に身体を乗っ取られていたはずの雪白の中から、
一匹の怪物が出てきた。
白金の髪を肩まで伸ばしていて、爬虫類のように鋭い目の瞳は黄色い。
人型の姿をしているが、その気になればいつでも大蛇の姿へと変化するだろう。
気絶して倒れている雪白千蘭を一瞥してから、安診・清姫伝説の怪物―――清姫は口を開いた。
「だから、雪白の身体は使わないで、私自ら殺してあげる」
「そりゃ嬉しいね」
抵抗の意思がないことを伝えるように、両手を頭より上へ上げる夜来。
その恐怖を感じていない様子に眉を潜めた清姫は、
「あなた、本当に死ぬのね」
と感心するように言った。
夜来はしばし何も返答を返さなかったが、小さく息を吐いた後に、
「当たり前だ。約束は守るためのもんだろ、約束しちまった時点で俺は死んでも守る義務があんだよ。だから絶対にお前らの男を憎む意思を裏切らねぇ」
まだ意識を取り戻していない少女を視線に捉えて、視線を清姫に向け直してから、そう宣言した。
清姫は真下の床を見ながら、
「……そう。分かった。なら―――」
足に力を蓄えて、いつでも一気に飛び出せる準備をし、
「死んで」
「喜んで」
「そう」
短いやり取りをした直後、ドガァン!! という鼓膜を突き破るような轟音が空間自体を揺らすように発生する。
神秘的な月に照らされている怪物の影が、少年の影に衝突したのは一瞬だった。
それだけで、たったそれだけで。
悪人と怪物の勝敗は決定した。