第三話「そいつは、俺のッ!」
あらすじ
「結局、私たちはルーデの依頼を受けることにしたわ。なんてったって、金貨10枚と遺跡のお宝全部よ?受けないワケがないわよね!それで、探索の準備をしてから宿へと向かったんだけど、ロジャーったら一人部屋を頼んだのよ?なのに、ロジャーと来たらとっても冷静なの!!この「すーぱーないすばでぃ」の私と一緒に寝るって言うのに!ま、まあ、冷静じゃなかったら困るんだけど……。それで、今日は明日に備えての情報収集。トラップの種類とか、どんなモンスターが出るのかとか……調べなきゃいけないことは山ほどあるわ。ロジャー、頑張ってね!」
「……あっづい……しんじゃう……」
燦々と輝く太陽が、今は恨めしい。溢れんばかりの冒険者達が、暑さを益々助長させている。
「なんであたしがこんなことしなきゃなんないのよぅ……」
「依頼を受けるって言ったのはお前だろ……ほら、さっさと集めて、宿に戻ろうぜ」
しかし、中々思うようには集まらない。当然である、誰だって、自分が楽をするために情報を集めるのだから。自分の情報で宝を先に取られる様なことがあっては、泣くに泣けない。冒険者にとって情報とは、時として金貨よりも価値のあるものとなる。
一向に情報の集まらないまま、時間だけが過ぎて行く。もしも明日までに満足の行く情報が得られなければ、この依頼はキャンセルする必要があるだろう。何も分からぬまま遺跡へ赴くなど、まさしく自殺行為である。
「マズイな……思ったより捗らない。こりゃ、キャンセルすることも考えなきゃならないかもな」
「キャンセルですってぇ?じょーだんじゃないわ!金貨が10枚あれば、どれだけ楽が出来ると思ってるのよ」
昼食のサンドイッチを口に詰め込みながら、リーシャは吐き捨てる。
「だからって、情報を持たないまま行くってのか?俺は御免だぜ、死にに行く様なもんだ」
「そうは言ってないでしょ。その為に今、必死こいて情報を集めてるんじゃない」
「つっても、全然集まらないじゃないか。キャンセルするなら早い方がいいぜ。なんなら、今からでも……」
「……ロジャー、貴方ひょっとして、遺跡に行きたくないの?」
「……何?」
「だって、なんだか全然やる気が見えないもの。情報収集だって、手を抜いてるんじゃない?」
「手を抜いてる、だとぉ?それこそ冗談じゃないぜ!俺だって命は惜しい……お前こそ、手を抜いてるんじゃないか?」
「あぁら、白状したようなものじゃない!命が惜しいから、遺跡に行きたくないんでしょう?とんだ臆病者ね!」
「臆病者だと!?ふざけるな!四六時中金のことしか考えられない守銭奴に言われたかぁねーな!」
「……ッ!守銭奴、ですって……!!もーいいわ!あんたなんか知らない!部屋の隅っこでガタガタ震えてるのがお似合いよっ!」
一瞬言葉を詰まらせた後、激しく言い捨てて、リーシャはずんずんと離れていく。
「……フン」
ロジャーもまた、憮然とした表情で彼女とは反対の方向へと歩き始めてしまった。
しばらく後。日が暮れた後、ロジャーは宿へと戻って来た。大分遅くなってしまったが、リーシャはもう戻っているだろうか。集められた情報は僅かで、特に危険なトラップの情報は然程得られなかった。いくら魔物の事が分かっても、トラップの対策が取れなければ意味はないーーーと、そこまで考えて、気づく。
「……部屋が、暗い?」
照明魔法を使っていないだけだろうか?実際に部屋を確認してみても、やはりそこにリーシャの姿は無かった。まさか、まだ戻っていないのか。もしかして、昼間のことをまだ怒っているのだろうか。
「……ガキじゃあるまいし、しばらくしたら戻ってくんだろ」
湯浴みをしてから、少し経った。リーシャはまだ戻って来ない。まだ情報を探しているのだろうか。それとも、まだどこかで膨れているのだろうか。
「……」
服を着替えようと寝間着に手を伸ばし、ふと、考える。もしかして、何らかの事件に巻き込まれでもしたのだろうか。それとも、強盗か何かに絡まれているんじゃないだろうか。いや、まさかーーー。
「……あーもう、くそッ!」
考えた後に掴んだモノは、戦闘用のプレートメイルと「鉄塊」だった。
闇夜の街を駆ける。昼間とは打って変わって、不気味なまでに静かだ。その静けさがより、嫌な想像を引き立てる。頭をぶんぶんと振り、その想像を吹き飛ばす。そして同時に、彼女の居場所を推理する。
彼女はなんだかんだといいつつも、有能な冒険者であることに変わりはない。決して頭脳明晰という訳ではないが、いざというときの勘の冴えには驚異的なものがあった。今回の目的は情報収集。そして、街の冒険者からはほとんど情報は得られず、酒場などで得られる情報も大した物ではない。では、どこならば情報を得られるか?
ーーー恐らく、スラム街だ。
街の北端にある、無法のエリア。そこならば確かに、表の街には転がっていない情報もあるだろう。だが……あまりに、危険すぎる。
「…ちッ!」
毒づき、その足を速めた。
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ロジャーと別れてから、数分後。リーシャは未だ憤慨していた。
「ーーーたくっ!ロジャーのばか!あほ!おたんこなす!」
大声で暴言を吐きながら歩く彼女に、周囲の人々は何も言わずに道を空ける。
「直ぐにでっかい情報を見つけて、おもっくそばかにしてやるわ!……つっても、どうしようかしら」
何かアテがある訳ではない。街の主要な施設への聞き込みは既にロジャーと二人で終わらせていたし、自分一人で得られたものといえばトラップ関連の物だけだ。いくらトラップへの対策が分かっても、魔物の事が分からなければ意味は無いーーーと、そこまで考えて、気付く。もとい、気付いてしまった。
「……スラムに行くしか、ないか……」
貴重な情報は得られるかもしれないが、一人で行くのは危険すぎる。しかし、今更ロジャーに頼むのもかっこわるい。そもそも、ロジャーの鼻を明かすのにロジャーを頼ってどうするのか。自分だってそこらの山賊やらその他大勢よりはよっぽど強い自信はある。狙うはスラムの主!がーっと飛び込んでどかーっと魔法を放てば、それで決着だ。情報と、ついでにお宝をがっぽり頂こう。
「……でも、『守銭奴』ってひどくないかなぁ……私だって、別に好きでお金を集めてるわけじゃないのに……ぶつぶつ……」
ロジャーの愚痴を言いながら、スラム街へと歩みを進めた。
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スラム街の入り口に立っていた男と「お話」したところ、昼間に赤髪の女がやってきたらしい。やはり、リーシャはここに来ていたようだ。
「リーシャッ!聞こえていたら返事をしろッ!」
叫びながらスラム街を走り回る。ガラの悪そうな男に睨まれるが、無視してリーシャを探す。しかし、一向に見つからない。なにしろ、迷路のように入り組んでいるのだ。明かりもない、道も分からないでは自分の居場所すら忘れそうになる。と、その時。
「……助けてッ、ロジャぁぁッ!」
瞬間、駆け出した。ほぼ無意識のうちに体が反応しながらも、思考は冷静だ。腰の「鉄塊」に手を伸ばし、集中、咆哮する!
「おおおおおおおおッ!」
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油断していた。負ける筈がないと。
油断していた。勝つに決まっていると。
忘れていた。ここはスラム街なのだと。
忘れていた。相手はここの住人なのだと。
「あうっ!」
腕を縛られたまま、地面に叩き付けられた。そして、幾人かの声が聞こえてくる。
「こいつかぁ?ここに一人でカチコミかけて来たマヌケってのは」
「ここがどこだか分かってんのかぁ?スラムだぞ、ここはスラムなんだッ!」
「く……」
どかんどかんと一直線にスラムの主を目指したのはまあ良かった。だが、まさかあらかじめ部屋の中に毒の香を炊いているとは。スラムの情報伝達力を舐めていた。魔法を唱える間もなく体が痺れ、気を失ってしまった。
「わ……私をどうするつもりっ!?」
精一杯の虚勢を貼ったつもりが、声が震えてしまう。
「おいおい……決まってるじゃねえか。男と、女と、揃えばやるこた一つだろう?嬢ちゃんの可愛い顔がどんな風に歪むのか、今から楽しみだぜ」
その発言に、下卑た笑い声がいくつも聞こえてくる。もしかして……この後の展開を想像して、サッと血の気が引いた。
「や……やだ、まさかっ……嫌ぁっ、放して、放しなさいよっ!!」
「そぅら……やれッ!」
一斉に手が伸びてくる。まず、ローブが引き裂かれた。ローブの下には、薄い肌着しか着ていない。
「やぁっ……んっ、やめ、やめてっ……」
静止の声など当然聞かれるはずもなく、彼らの手は休まるどころか益々激しくなる。
「嫌ぁ……嫌よこんなの……」
「んぅぅ…や、んぅっ!」
「助けて……」
「助けてっ、ロジャぁぁッ!!」
振り絞るように、いつも側に居た相方の名前を叫ぶ。来てくれる筈がない。口喧嘩の発端は私だったし、勝手にスラム街へ来たのだって私だ。
そう、来てくれる筈がない。
「…………ぉぉぉッ!」
来てくれる筈がないのだ。
「……おおぉぉぉッ!」
来てくれる筈がーーー。
「おおおおおおおぉッ!!」
凄まじい音と共に、扉が吹き飛んだ。巻き上がる埃に覗くのは、金色の髪と、青い瞳。
「……あ……」
「テメェ等ッ、そいつを放せッ!」
「なっ、なんだ貴様ッ……うぐっ」
「てめぇ、ここがどこだかわかって……がふっ」
入り口近くに居た男二人が、一瞬の内に叩きのめされる。
何をしたのかすら分からない。
「……ャー……」来て、くれた。
「そいつはッ!」
「おっ、おいっお前等ッ!そいつをひっ捕らえろ!」
スラムの主の声で、私の周りに居た男達が彼へと飛びかかる。
「……ジャー……」来て、くれたんだ。
「そいつは、俺のッ!」
「何を、ゴチャゴチャとッ!」
男の一人が殴り掛かるが、その拳の勢いを利用され、逆に地面へと叩き伏せられる。
「うぐぁっ!」
「ごほっ!」
「ぎゃあぁっ!」
正面から突進する男の顔面を蹴り上げ、その勢いで宙返る。空中で腰の鉄塊を振るい、左右から襲いかかるうちの一人の首へと叩き付けると、嫌な音がして男が吹き飛んだ。着地と同時に足払いをかけ、残った男がひっくり返る。その男に鉄塊を向けると爆音が響き渡り、男はぴくりとも動かなくなった。
「ロジャぁぁッ!!」
「俺の、仲間だぁぁッ!!」
「「「ぎゃああああぁぁぁーっ!」」」
その鉄塊から続けざまに閃光、爆音。部屋の中に居た男達が残らずなぎ倒される。
「残るはお前だけだぞ……ッ!!」
「ひぃっ……!」
ぎろり、と音が聞こえそうなくらいに、強く。スラムの主は、蛇に睨まれた蛙のように、動けなくなった。
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ーーーこうして、スラムでの騒動は幕を閉じた。スラムから出て来た時、周囲は真っ暗で。娼館ですら明かりを消して、二人を照らすものは優しく光る二つの月だけだ。
「……」
「……」
宿への帰り道、二人は何も喋らなかった。宿に入り、湯浴みをして、ベッドに入る。
「……」
「……無事で良かったぜ、ほんと」
ぼそりと、呟くように。その言葉が、自分は彼に助けられたのだ、と再認識させる。自分は何をやっているのだろう?恥ずかしくなって、つい誤摩化してしまう。
「……べ、別に……」
「……」
「……別に、怖くなんてなかったんだからね……!」
「ぶはっ」
思わず吹き出す。
「な、なによぅ!ほんとよ!嘘じゃないわ!」
「はいはい、そーゆう事にしといてやるよ。それと……悪かったな、昼間は。暑い上に情報も集まらなくて、イライラしてた」
「あ……別に、いいけど……」
ずるい、と思う。私が引き金を引いたのに、どうして先に謝るのか。本当に、この男は、どこまで……。
「わ、私もっ……わ、悪かったわ……ほんと」
「……おうおう、気にしてねーよ」
何に対しての謝罪なのか。昼間の口論か、勝手にスラムに行ったことか、それとも別の何かか。あえて聞かない。
「……」
「……」
「……すごいわよね、ロジャーの、それ、なんていったっけ」
「……V.S.A?」
Variavle Situation Arms-可変する状況の為の武器。 魔力を注ぎ込んで起動し、その分魔力を自由な形で具現・変換させられるというものである。あらゆる状況に対応できる事を目的に作られた武器だったが、その性質上極めて緻密かつ繊細な魔力コントロール技術が必要なため、現代で使う物は居ないに等しい。先ほどは、注いだ魔力を大砲のように打ち出したのだ。
「そうそう、それそれ!相変わらず何やってんのかよくわかんなかったけど……やっぱり、ロジャーは強いのね」
そう、ロジャーは強い。それこそ、一人でも充分なくらいに。
「……」
しかし、それでもロジャーはリーシャと一緒にいる。その理由は、消えた記憶の中にあるのだろうか?
「……俺は、強くなんかない。今日は運が良かったんだ。俺も、お前も」
「……あ、そ。相変わらず捻くれてるわねぇ、ロジャー。こういう時は、素直に『どーだ!すごいだろ!』って言っとけばいいのよ」
「どーだ、すごいだろ」
「あはっ。そうそう、それでいいの」
急に真面目な声を出すロジャーに驚いて、思わずこっちが明るい声を出してしまう。でもそのすぐ後には、いつもの高音と低音の狭間の様な、心地良い声色に戻る。それに安心して、同時に眠気が襲って来て、それでもこれだけは言っておきたくて。
「……いつもありがと」
「……」
もう眠ってしまったのだろうか?ならば今日だけは、と。スラムでの出来事。彼には強がってみせたが、正直怖くてたまらなかった。思い出すだけで体が震える。今日だけは、背中合わせで眠らなくてもいいだろう。体の向きを変えて彼の柔らかい金髪を見ると、それだけで心が落ち着いた。声には出さず、胸の中だけで呟く。
おやすみ、ロジャー。
次回予告!
「いろいろあったけど、私たちは遂に遺跡探索を始めることになったわ。
驚いた事に、私とロジャー、それぞれで
トラップとモンスターの情報を集めてたの。
スラムに行く必要、無かったわね……。がっくし。
遺跡に蔓延る無数のモンスター。行く手を阻む数多のトラップ!
それらを超えて、辿り着いた遺跡の最奥部!
そこで知ることになる超古代文明の真実とは!?
そして現れるもう一人のV.S.A所有者!?
次回、第四話「そいつは『王』のモンだッ!」
読んでくれなきゃ、怒っちゃうぞ!」