第二話「昨夜はお楽しみでしたね」
前話のあらすじ!
「俺たちは冒険者の街、ベルクストへやって来た。ようやく一息つけるかと思いきや、チビッ子リーシャが早速問題を起こしやがったんだ。お陰で今夜も野宿になるか、と思いきや、妙なオッサンが声をかけて来た。どうやら依頼のようで、俺たちは話を聞くことに。しかし、話を聞くとこによるとどうやらこのオッサンの親父は、魔導具を一人で使い切っちまったらしい。で、その魔導具を探し出して持ってこい、とのことだが……こいつはきな臭くなってきやがったぞ。さて、リーシャ。この依頼、どうする?」
「魔導具を……使い切った?あんたの親父さんが?」
信じられない、という顔でロジャーが聞き返す。
「ええ。とは言っても、中身の魔力を直接使ったわけではありません。私の父は、どうやら魔導具を使ったとある実験をしていたようです。何の実験をしていたかは知りませんし、父も既に他界してしまいました。遺跡で実験をしていた、という事だけは分かっているのですが……つまるところ、この魔導具は父の形見なのです」
なるほど、という顔でうなずくリーシャ。依頼の内容は分かった。しかし、冒険者が依頼を受けるにあたって、最も重要な事が話されていない。
「……報酬は?」
「金貨3枚と、遺跡で見つけた宝の半分をお譲り致しましょう。依頼の期限としては、三日依頼以内とさせて頂きます」
ただアイテムを持ってこい、という依頼にしては、破格の報酬である。
「……」
「おい、リーシャ、ちょっと来い。……この依頼、どーにもきな臭い。確かに報酬は魅力的だが……」
「確かに、「お使い」の報酬にしちゃあ豪勢よね」
「怪しすぎるぜ。なんか裏があると見て間違いねえな」
「……受けるわ」
「!?おい、リーシャ!」
呼び止めるロジャーを無視して、ルーデの元へと歩み寄るリーシャ。
「この依頼、受けさせてもらうわ」
ほっとした様子のルーデ。しかし、
「ただし!報酬の金貨は10枚。遺跡で見つけた宝も全部頂くわ」
「な……ッ!」
「こんなお使いにそんな報酬は、あまりに不自然だわ。貴方、今回の依頼は私たちに頼んだのが初めてじゃないでしょう?でも、今まで誰一人依頼を成功させたものは居なかった。そして、貴方はできるだけ早くこの魔導具を手に入れたい。しかし、生半可な冒険者ではとてもできるものではない……だから、私たちに声をかけた。違う?」
「……」
どうやら図星だったらしく、押し黙るルーデ。
「私たちなら、絶対に成功させるわ。私の魔力も、ロジャーの身のこなしも見ていた筈よね。でも、金貨3枚じゃやる気が出なくて失敗しちゃうかも……」
「……」
「あら、ダメなの?だったら良いわ、行きましょロジャー」
つまり、絶対に成功させる代わりに報酬を増やせ、ということだ。
「……お待ち下され」
帰ろうとするリーシャの背中に、声がかかる。
「……分かりました。報酬は、そのように……」
苦々しげな顔で呟くルーデ。
「あぁら、良い商談が出来て良かったわ!リーシャ嬉しい!」
依頼の同意書にサインをすると、リーシャは颯爽と踵を返す。
「ほら、ロジャー。ボケッと突っ立ってないで、さっさと行くわよ!遺跡探索の準備をしなきゃなんないんだからね」
鬼だ、とロジャーは思う。元の報酬の2倍以上である。こんな守銭奴に依頼をするから……怒りか悲しみか、体を震わせる彼に同情の視線を向けて、リーシャの後を追うのだった。
「さて、ロジャー。遺跡の探索なんて久しぶりね。どんなものを持って行くか、覚えてる?」
商店街へ向かう最中、リーシャが声をかけてくる。さすがに遺跡の街だけあって、辺りには冒険者らしき姿が沢山見られる。
「ああ、ばっちりだ。お前こそ覚えてるんだろうな」
商人、冒険者、様々な声が飛び交う中での会話だ。周囲の喧噪に負けぬよう、お互い大きな声で会話する。
「当たり前じゃない!丈夫なロープに、たっぷりの油とカンテラ。携帯食料とか、小型爆薬も必要よね」
ふむふむ。
「あと、お腹が空いた時の為にお菓子も欲しいわね。休憩の時にお尻を痛めたくないし、座布団も。それに……」
「ちょっと待て、後半部分は明らかにいらねえだろ!」
慌てて静止の声をとばす。貴重な費用を、そんなものに使われてはたまらない。
「なによぅ。乙女には遺跡の中でも安らぎを忘れない、そんなハートが大事なの」
「……乙女…ね……」
「むっ。なによその顔は、なんか言いたい事でもあるの?」
「いえいえ全くこれっぽっちも。ほら、着いたぜリーシャ」
ずらりと並んだ冒険者道具。街の看板である遺跡の為のものだ、他の店とは比べ物にならない大きさを誇っている。
「ほら、リーシャ。余計な物は買うなよ」
リーシャに銀貨をいくつか渡すと、鼻歌混じりに店の奥へと消えて行くロジャー。
「……ロジャーって、買い物好きよねぇ……」
なんとも言えない表情でその背中を見送って、自分も直ぐに店へ入る。二人の買い物が終わったのは、実にとっぷりと日が暮れた後のことであった。
「……すっかり遅くなっちまったな。早いとこ宿を探すか」
「誰のせいだと思ってんのよ。あんたが似たような道具持って、「どっちがいいかな?」なんていちいちいちいち聞いてくるのが原因じゃない」
「その意見には納得いかねえな。どこかのだれかさんが、買って来た道具をぜぇんぶ川に落っことしたせいだろ?あんな何も無い所で転ぶとは、ありゃ一種の芸術だね、全く」
「だからぁ、あれは事故よ事故!ちっちゃい子がいきなりぶつかって来たせいなの!」
「おお、自分のミスを子どもに押し付けるとは……やだやだ。お陰で手持ちは銀貨1枚、銅貨40枚か」
「もー!」
膨れるリーシャを無視して、暗い町並みに目をこらす。すると、ぼんやりとした明かりの漏れる一軒の建物を見つけた。
「お、ようやく宿屋だな。とっとと休もうぜ」
中に入ると、毛むくじゃらの動物人間ーーー獣人がカウンターに立っている。
「いらっしゃい。明日の朝までで銅貨30枚だ」
「飯と湯は?」
「朝夕ついてる。1階の食堂で食べてくれ。夕飯ならすぐに食べられるぞ」
「よし、金もないし、一人部屋でいい。今日と明日、泊めてくれ」
その事を伝えた途端、獣人がニヤリと笑う。
「……なるほどな。あまり激しくしないでくれよ」
なんのことだ、とは思うが、あまり追求せずに料金を支払う。
案内された部屋に入った途端、獣人の言葉を理解した。
「……あンの野郎」
ベッドが一つしか無い。当然、敷き布団もない。
「いきなり立ち止まって、どうしたの?さっさ……と……」
ボン!と、音が聞こえそうなくらい早く、リーシャの顔が真っ赤になる。
「えっ、なっ、えっ!?ちょ、ちょっとロジャー……ええっ!?」
一人部屋ということは、当然寝る場所も一つ。実に当たり前である。
「ま、しょうがないか。俺は飯を食ってくる。その間に湯浴みをしてるといい」
「ちょ、ちょっとロジャぁ〜……」
意外なほど冷静なロジャーを見て、一人で赤くなった自分が恥ずかしくなってくる。部屋の前で立ち尽くしていると、湯を持って来た店主に気づかれた。益々恥ずかしくなって、湯をひったくると早々に部屋の中に引っ込んだ。
湯浴みをしながら、自分の体を確認してみる。背は大きいとはいえない。顔は小さく、目は大きい。 手足はすらりとして、お腹も出ていないが……胸が、言わずもがな。……自分で確認してみると、どんどん悲しくなってくる。なんという幼児体系だろうか。自分の女としての魅力がどれほどのものかなど、考えたくもない。別にロジャーと恋仲になりたい訳ではないし、彼も自分のことは単なる仲間として捉えているだろう。そういう意味では、ロジャーの反応はそこまでおかしいものではない。でも、だけど……もう少しどぎまぎしてくれても、罰は当たらないんじゃなかろーか。
「はぁ……」
溜息をついて、湯浴みを終える。のたのたと着替えて、鏡の前へ。ふむ……でも、そう悲観するほどじゃないかもしれない。ちょっとポーズをとってみる。これは……なかなか……可愛いかも。
「……なにやってんだ、お前」
「へっ!?」
いつの間にか、ロジャーが戻って来た。
「ひゃあぁあああぁ!?」
声にならない声を上げて、ばばっと距離をとる。
「いっ、いやっ!?なんでもないのよ、なんでも……おほほ、おほほほほ……さ、さーて!あたしもご飯食べて来よっかなー!」
だっしゅ!
夜。ランプの火も消えて、ベッドの中。明日は丸一日、遺跡探索の為に情報を集めることになるだろう。その次の日にはいよいよ遺跡探索だ。両方とも体力を使うため、固い床の上で眠って無理に体力を使う必要はない。結局、二人共ベッドで寝ることになった。幸い大きなベッドだったので、のびのびと眠ることができる。
「……ねえ、ロジャー」
「……」
「もう、寝ちゃった?」
「……いや、まだ起きてる」
「……そっか」
別に、何か特別話すことがある訳ではない。ただ、何となく眠れないのだ。
「……なあ、リーシャ」
「……なに?」
「……や、別に」
それは、ロジャーも同じだった。背中合わせのまま、なんとなく相棒に話しかける。
「……」
「……」
ただただ、静かに。昼間はあれほど騒がしかったのに、今はこんなにも静かだ。窓から差し込む月の光が、部屋を照らす。
「……ねえ、なんで月って二つもあるのかな?」
「……さあな。神様と魔王が、それぞれ一個ずつ作ったんじゃないのか」
「あはは、なにそれ。以外とロマンチストね、ロジャー」
「うるせえよ、リアリスト」
なんとも中身のない、しょうもない話。心地良い、と感じた。
いつの間にか、朝が来ていた。昨晩の優しく照らしていた月はもう居らず、今はぎらつく太陽が顔を照らす。あまりの眩しさに再び目を瞑ると、がやがやとした喧噪が耳に入ってくる。ロジャーは未だ眠っていて、いつものハンサムな顔は見られない。少年のようなその顔にどこか安心して、仕度をする。
「……ん……」
「おはよ、ロジャー」
「……」
もそもそとベッドから這い出す彼を見て、思わず吹き出す。
「……なんだよ」
「別に。ほら、とっとと仕度しなさい。情報を集めなきゃね」
そういって、部屋から出る。あいつの分の食事も貰っておいてやろうか、などと考えて、キャラじゃない、とかぶりをふった。と、そこで獣人の店主と目が合う。彼はにやりと口角をつり上げて、
「昨夜はお楽しみでしたね」
「死ねぇぇーッ!!」
一階から響く爆音で、ロジャーは完全に覚醒した。
次回予告!
「俺たちは遺跡探索と金貨10枚の為に、情報を集めることにした。
だが、情報は中々思うようには集まらない。
段々と迫るタイムリミットに、ぎらつく太陽。
そんな中でいつまでも冷静に行動できるはずもなく、ふとしたことから俺とリーシャは口論を初めてしまう。
半ば喧嘩別れのように、別々に情報を集めることとなった。
だが、日が落ち、夜になってもリーシャは宿に帰って来ない!
畜生、あいつはどこにいったんだ!?
まさか何かあったんじゃ……!?
次回、第三話「そいつは、俺のッ!」
無事でいろよ、リーシャ……ッ!!」