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封印  作者: よしき
2/3

2幕


「アキ。」

背後から控えめな優しい声。

振り返るとユリが立っている。

小柄な彼女には大きすぎるほどの籠を抱えている。

「わざわざ持って来てくれたのかい?私が取りに行くと何度も言っているのに…。」

ユリは静かに顔を横に振る。

それもそうだ。

封印師など村の人々に忌み嫌われている存在なのだから。

それに誰もこの封印の地には近寄ろうともしない。

それ程悪魔ルードの名は人々の心を震え上がらせる。

潜在的に、村の誡めとなるほどに、悪魔の腐臭は封印から染み出し人の心を汚染していた。

穢れを恐れ、呪いを恐れ、誰も触れようとはしない。

ただ一人、ユリを除いては。

「ありがとう。もう村に帰った方が良いよ。」

ユリは頷くが一向に帰ろうとはしない。

多分。

彼女にとってもあの村には居場所が無いのだろう。

出戻りの女に世間は冷たい。

例えそれが彼女の所為ではなくても、だ。

「…そうだ、ユリ。ちょっと待っててくれるかい?」

ユリの返事も待たず、一人で暮らす粗末な小屋へと走り出す。

これ以上は耐えられない。

ユリの顔を見ていると心がおかしくなってしまいそうだ。

私は、ユリの事を…。

暫らく考えないようにしていた想いが心の中を駆け巡る。

たまらなくなり私はその場を逃げ出した。







私が封印師としての修行の最中。

ユリの婚礼の話が進められていた。

隣の村の豪商の息子との結婚。

容姿、性格ともに問題は無く、誰もが幸せな結婚だと思った。

でも実際のところ回りの人間にユリは強要されていたらしい。

理由も言わず、ただひたすらに断り続けるユリ。

しかし回りはそれを認めない。

そして理由が無いのならば、と半ば無理やり推し進められてしまったのだと聞いた。

隣の村での華やかな結婚式。

盛大な互いの村の祝福。

彼女の本心とは裏腹に幸せな結婚になるはずだった。

でも、悲劇はその夜に起こった。

聖なるアウラの神秘の香に刺激された魔獣が村を荒らした。

手当たり次第に27人を食い漁ったのだ。

その中には彼女の伴侶となった男の姿もあった。

幸福なはずの夜は、魔獣により引き裂かれてしまったのだ。

そしてユリは元の村に戻る事になる。

人々は囁きあう。

「結婚を快く思わなかったユリの仕業じゃないのだろうか…。」と。

私がその事を知るのは、事件後1ヶ月も過ぎての事だった。

子供の頃から密かに想いを寄せていたユリ。

彼女がそんな目に会っていた時、私は何をしていた?

俗世を捨て、修行に明け暮れ、先生の死に悲しんでいただけだ。

私が封印師を目指したのは、世界を、ユリを守りたいと思ったからではなかったのか…。大事な物を守れない不甲斐なさ。

私は無力感に打ちのめされた。

封印師としての使命を投げてもユリの傍に行きたかった。

でも、それは叶わぬ出来事。

神の前で夫婦になる事を誓ったユリは、断じて私などに身も心も許すはずが無い事を理解していたから。

なのに…。

それなのに彼女は私の前に現れた。

封印師となった私の身を案じての事だと思った。

逃げ場が何処にも無かった事もあるのだろう。

幾度となくユリは此処を訪れた。

食べる物や身の回りの必需品を手に、多くを語るわけでもなく、ただ静かに微笑みながら私の顔を見つめる。

ただそれだけの事だった。

私はそのつど淡い希望を断ち切り、彼女に当り障りの無い返事をするので一杯だった。






だから、それも何気ない事だと思っていた。






修行の合間の時間で、私は思いついた副業に手を染めていた。

木片を削って作った髪飾りや腕輪など。

少しでも生計を立てられればと思い、作り始めたところだった。

初めての完成品をユリに手渡した。

木にもたれかかる少女を模したこぶし大の髪留め。

自分では上手く出来てると思うし、何より彼女の心がそんなもので少しでも安らげば、との想いもあった。

ユリは髪留めを両の手で握り締める。

小さな声で「ありがとう」と呟き、村へと続く坂を下り帰ってゆく。

そんな何気ない事だった。

しかし後に彼女の秘めた想いを知ることとなる。

狂気はすでに始まっていた…。






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