83. アイアイ★こらむ⑦ 永久機関を否定せよ!!
「いま未来の扉を開けるとき!!」
「……、…………」
「記念すべきラッキーセブンな第七回!!
前回掲載から約三週間という、思ったよりもロングスパン気味にやってまいりました今回は、ついにお待ちかねの解・答・編です!!
読者の皆さん、ついに答えを焦らされた鬱憤が晴らされますよ~!!」
「……オレにはそうは思えんがな。
やっと本編が始まると予告した後に、二回も連続でこの毒電波なんだ。
寧ろ溜まりに溜まった鬱憤で、感想欄大炎上の方がしっくりくる」
「や、やめて下さい!! そんなイヤな想像はさせないで下さいよ~!!
だ、だいたいですね!! ここまで読み進めて頂いたくらいの、選ばれし読者の皆さんなら、このくらいならきっと笑って許してくれるくらいの広いお心をですね――!!
……はい。このコラムだけで、もう文庫本が出せるくらいの総量になりつつありますしね~……」
「……まあ、百万字突破だからな」
「……裏では、その本編とほぼ同量の設定資料にあぅあぅ言ってたりしてますしね」
「…………」
「…………」
「まあ、言ってる間にまた文字数が嵩んでも本末転倒だ。
今回は前回に対する後編的な扱いだしな。
前置きはこのくらいにして、早めに本題に移るとしよう」
「そ、そうですよね!! 何気にアイこら、朝マガ本編の十分の一近い文量を占めてたりもしますけど、だったらキビキビ動けばいいだけのお話ですもんね!?
えっと、えっと。はい!! それでは解答編、イッてみましょ~!!」
―――――
永久機関一号!! 重力単振動式永久電磁誘導型発電機!!
「さてさて~♪ いきなりお月様をぶち抜くなんていう、暗○教室ばりのツッコませて感から始まったこの企画!! 果たして一号さんが抱える致命的な弱点とはなんなのか!? パンドラの箱がいま開かれます!!」
「――無駄に盛り上げてくれて感謝する。
さて、それではその疑問に答える為に、先ずは永久機関一号とはどんな物であったのかを見返してみることにしよう。
初めに件の図をもう一度だけ見比べて欲しいのだが――」
「根本的なメカニズムとして、オレは話の初めに“鉄球はトンネルの中を永久に単振動する”ことを上図に於いて示した。同じ原理を用いれば、磁石を永久に単振動させ続けることが出来るから、永久に続く電磁誘導によって永久に電力を取り出すことが出来る=永久機関であると、こういう論法で話を進めたわけだな」
「えっと、はい。確かにそんな感じでした。
――でもでも、わたしソレがちょっぴり不思議だったんですよ~。
だって上の図だと、鉄球さんはずっとトンネルの中をビュンビュン動き続けるんですよね?
だったらソレを磁石さんに変えても、なんかずっとビュンビュン動いて電気さんビリビリ出しそうに見えるんですけど……」
「そう思ってしまったのなら、君はある種のペテンに掛けられたとも言える。
――実はこの装置を永久機関だと錯覚してしまうトリックは、二枚目では無く一枚目の図の方に仕掛けられている。
似たように見せてはいるが、実は上の装置と下の装置は、電磁気学的には全くの別物なのだ」
「へ? ど、どういうコトなんでしょうか!!
だってコレ、見た目スラ○ムさんとス○イムべスさんくらいしか違いありませんよ!?」
「……労力を削減する為に色だけ変えて誤魔化す、という点で言えば非常に親近感を覚える例えではあるが、今はあまり関係が無いのでスルーする。
まあ、そこまで意外な話でも無いだろう。
電磁気学とは文字通りに電場や磁場を扱う学問であるから、磁力や電流が絡んでくる下図は、上記のニュートン力学的運動に加えて電磁気学的な効果も考えなくてはならない、というのは割りと納得して貰える点だとは思う」
「む~。えっと、要するに。
『下の機械は、なんか見えない力がビュンビュン飛び交ってるから、それも全部考えなきゃダメだぜ~』ってこと……ですよね?
でもでも、それってそんなに問題なんですか?
小学校のときの授業とか思い出しますと、磁石さんだけ動いてれば、なんかいくらでも電気さん取り出せちゃいそうな気もするんですけど……」
「その疑問に答える鍵は、(逆説的ではあるが)ニュートン力学の基本的な考え方にある。
まあオレは前回、永久機関を否定する際に
①どんな力が働いて
②どうしてエネルギーが取り出せなくなり
③最終的にどうなるのか
について考察して欲しいと求めたからな。
今回の解説も、このテンプレートに従って進行させるとしよう。
――この永久機関一号に於いてクリティカルとなる①のルールとは、ずばり“レンツの法則”だ」
「? レ――」
「ボケるなよ?」
「……はい。
えっと、でもでも。じゃあその“レンツの法則”っていうのは、結局なんなんですか?」
「“誘導電流の向きは誘導電流の原因を妨げる方向に一致する”、という小難しい定義があるが――まあ簡単に言えば、電磁誘導で取り出せる電流っていうのは、それ自体が磁石の動きを妨げる働きをすると考えてもらえば大体合っている。そもそも磁石の動きを妨げる向きに電流が流れる現象を電磁誘導と言う、と言い換えてもいい」
「む~……。ちょっと混乱してきちゃいました。
えっと。つまり電流さんが流れると、何でか分からないけど磁石さんが動かしにくくなりますよ~ってこと、ですよね?
……でもでも、どうしてそんなコトになっちゃうんですか?」
「……小学生にもお馴染みな電磁誘導だが、電磁気学的に見ると実は中々に複雑な現象でな。この辺りを正確に論じようとすると、電子のスピンから特殊相対性理論まで持ちださなくてはならない為に、少々扱い難い所でもあるのだが……。
誤解を恐れずに言えば、“磁石が電子から受ける反作用”という言い方が一番イメージしやすいと思う」
「? 反作用――っていうと、壁さんをギュッと押すと、壁さんの方もグイグイ押し返してきますよ~っていうアレのこと、ですよね?」
「ニュートン力学的な例を持ち出せばそうだ。
そもそも電流とは、根本的には(導線中を)電子が移動する現象の事だったはずだろう? つまり電磁誘導とは、磁石がコイル周辺の磁界を変化させる事によって、コイル内の電子を押し動かす現象だと言い換えることが出来る。
――そして自然界に於いては、片方だけが一方的に力を受けるという現象はまず無いんだ。電子が磁石によって(間接的に)押し出されるのなら、電子も(最終的に)同じ力で磁石を押し返そうとする働きを持つだろう、というのは感覚的に理解してもらえると思う。
……実際にはもっと、というか遥かに複雑なステップを踏むのだが、結果だけを見ればこんなところで良いだろう」
「へ~、なるほど~。
えっと。つまり下の図の方は、コイルさんの中の電子さんが、なんかグイグイ押し返してくるから、電流を流すたびに磁石さんがどんどん動けなくなっていっちゃいますよ~っていう――って、アレ? 教授、それじゃ……」
「……そうだ。“コイルから押し返される力”というのが微弱過ぎる為に、小学校でやるようなコイルに棒磁石を突っ込む実験ではまず気が付かないのだが……。
小学生がコイルの中に磁石を突っ込むときには、コイルの外で磁石を動かしたときに比べて、実はほんの僅かだけ動かしにくくなっているはずなんだ。
――さて、ここで基本的な事項を思い出して欲しいのだが、」
「この図に於ける磁石の力学的エネルギーの最大値は、即ち月の重心からどれほど離れた位置から磁石を落とすかという位置エネルギーに依存している。
――つまりは、E=mghで表される上限があるワケだな。
最初に我々は、鉄球のケースと同じように磁石が永久に落下し続けることが出来るのなら、永久に電磁誘導を起こす事も出来るだろうという論法を取った。
だが現実には、誘導起電力を発生させる場合には、レンツの法則に従って必ず磁石を止めようとする方向に電磁気的な力が働く。
即ち、磁石はコイルから受ける抵抗によって徐々に運動エネルギーを失っていき、」
「……恐らく、そう遠くない将来にこうなって終わる」
「きゃぁぁぁあああ!?
き、教授!! コレ!! コレどうするんですか~!!
早く取り出して上げないと、なんか絵面的に残念感がモノスゴイですよ!?」
「……ナニを言い出すかと思えば。
この装置を造った目的は、そもそも“エネルギーを取り出す事”だった筈だろう?
――“エネルギー保存則”に従って、月の中心部で停止したこの磁石を引き上げる為には、当然ながらこの磁石から取り出せた総エネルギー量と全く同じエネルギーを消費する。
……つまりな。この装置を本気で実用化するつもりなら、この磁石は絶対に引き上げてはならないのだ。プラマイ0どころかトンネル掘った分余分にエネルギーを消費した事になり、なんの為に造ったんだか全く分からなくなる」
「うぅ……、お月様が……。みんなの大切なお月様が~……。
あ、でもでも!! いつかは止まっちゃうとしてもですよ? 安全に電気が沢山取り出せるなら、ちょっとくらい造ってみてもいいんじゃないかな~、なんて、ちょっぴり思ったりしなくもなくも――」
「……ほう、そうか。では、コレから取り出せるエネルギー量を計算してみる事にしよう。
既に述べた通り、一号から取り出せるエネルギーの総量は磁石が初めに持っていた位置エネルギーにのみ依存している。
ここでは仮に、東京スカイツリーと同じ41000トンの重さを持つ磁石を落下させたとし、最終的に取り出せるであろう総エネルギー量を算出するものとしよう。
――式は至ってシンプルだ。
位置エネルギーとは質量と重力加速度と高さの積であり、この場合の高さとは月の半径と同じ384403km、月の重力加速度が1.622m/s^2だから、
E = 41000000×384403000×1.622 ≒ 2.556×10^16 J
……よって、この装置からは総量約2556万ギガジュールのエネルギーが取り出せるという計算になる」
「? にせんごひゃく――って、へ!? す、スゴいじゃないですか!!
なんだかよく分かりませんけど、なんとなくモノスゴク大きそうなエネルギーですよ~!!」
「……日本の電力総消費量はな、1時間当たり約40万9890ギガジュールなんだ」
「? へ~、(元)永久機関一号さんより、大体二桁少ないくらいなんですね~――って、へ? そ、それって……」
「……まあ、日本がバカみたいに電力を使いすぎだっていうのもあるんだがな。
この機関で取り出せる総エネルギー量は、日本の総電力に換算して僅かに2~3日分程度でしか無い。
コレを多いと見るか少ないと見るかは微妙な所でもあるが……」
「少なくないけど割に合わないですよ!!」
「……同感だな。まあ、割に合わないっていうのにはまた別の理由もあるのだが……。仮にこのエネルギーで満足するとしても、実はまだもう一つ巨大な問題が横たわっている。
――ズバリ、建設費だ。
地球以外でトンネルを掘った前例が無いので、これも結局は推測するしか無くなってしまうのだが――ここではユーロトンネルの例を参考にするとしよう。
ドーバー海峡を貫く全長50.5キロにも及ぶ大トンネルを掘りきったこの大工事には、凡そ一兆八千億円の工費が掛かったとされているのだが――。
……単純に適応するのはあまりにもアレな話だが、今回は宇宙空間での工事の困難さと当時からの技術革新が相殺されると考えて、上記の倍数にて算出するものとする」
「? えっと。五十キロくらいで、大体二兆円くらいなんですよね?
やっぱり、国さんレベルの工事はお高いっていいますか……。
えっと、じゃあお月様の場合は――。
……あの、教授? 一号さんのトンネルの長さって、どのくらいでしたっけ?」
「……月の直径と同じなら、約七十七万キロメートルだな」
「ふ~ん。大体、ユーロトンネルさんの一万倍ちょっとなんですね~。
じゃあじゃあ、きっと工費も一万ば――って、きゃぁぁぁあああ!?
き、教授!? コレ、コレもう、桁がちょっと――」
「……単純計算でアレだがな。
分かりやすく言えば、工費は約2垓7000京円となる試算だ。
ユーロトンネルの工期が四年だった事を考えると、コッチの工期は約六万年だな」
「全然わかりませんよ!!」
「まあ、待て。きっと桁に馴染みが無いから混乱しているだけだろう。
もっと分かりやすく言えば二万七千京円だが――駄目だ、やっぱり分からんな。
……まあ、日本の国家予算の157万年分くらいだと考えてもらえば、大体間違ってないと――」
「だから、だれが払うんですかそんなの~!!
ダメです、教授!! この装置は、人類が手を出しちゃいけない禁断のナニかです!!
だってもうどう見たって、素直に電気代3日分払っちゃった方が安上がりじゃないですか!!」
「……まあ、アレだ。六万年前と言えば、まだ原始人類がようやくアフリカ大陸を出ようかという頃合いだしな。当時は人口も二千人程度と、人類は絶滅の危機に晒されていたらしいのだが――。
……果たしてこの装置が完成する頃、人類は未だ生き残っているのか否か」
「考えたくもないですよ!?」
「はは、このくらいでナニを言っているんだ。
敢えては触れなかった事実ではあるのだが、仮に六万年の工期と二垓円を超える工費に納得したとしても、最も致命的な事実が我々の目の前には横たわっている。
――ズバリ、建設に必要なエネルギーだ。
当然ながらトンネルを掘る為には、削り取った土をトンネルの外に放り出さねばならず、それには月の重力に逆らって土を持ち上げる為のエネルギーを消費しなくてはならない。
そして月の密度はネオジム磁石の約半分もあり、即ち我々がトンネルの中に放り込む磁石の倍程度の土を掘り出せば、それだけでエネルギー的に見ればコストと報酬がイーブンになってしまう。
――余談だが、我々が直径約50メートルのネオジム磁石球を落とす為のトンネルを掘った場合、掘り出されるであろう土の総体積は磁石自身の約一千五百万倍。……大赤字だ」
「じゃあさっきまでのお話は何だったんですか~!!
ほ、本当にダメですこの装置!! 六万年も掛けて二垓円も使って、オマケにエネルギーまで大赤字なんて、ちょっともう本格的に存在意義が分からないですよ!?
……、えっと。なんだかアレな感じになっちゃってますけど、つまり一号さんの結論は――」
「うむ」
①レンツの法則から導かれる、磁石の運動を妨げる方向への力により
②磁石は徐々にその運動エネルギーを無くし、
③最終的に月の中心部で停止する。よって、エネルギーを取り出せなくなる。
「まあ、こんなところだろうな。
自然界に於いては、何かを押し動かそうとすれば、必ず何かからも押し返される力を受ける事になる。電子が動くという現象自体が磁石の持つ力学的エネルギーを減らす働きをする、という点に気付けるかどうかというのがこの設問の肝だった訳だ。
――まあ、上の鉄球バージョンの説明を省けば、もっと簡単にイメージできた筈の問題ではあるが」
「うぅ……。引っ掛け問題だったんですか?
相変わらず、なんともイジワルな出題の仕方って言いますか……」
「引っ掛け問題なんてのはこの世には存在しないそうだ。
同僚曰く――」
「分かってます!! それはもう分かってますよ~!!
でもでも、あの、ですね。
……はい。ぶっちゃけこの問題を学校のみんなに出したときの、あの反応とかも、教授はもうちょっとくらい考慮してくれてもいいんじゃないかな~、なんて思ったり思わなかったりとかも……」
「……、…………」
永久機関二号!! 公転軌道コイル!!
「一発目から悪夢と絶望をわたし達にくれたこの企画♪
チャッチャと気を取り直しつつ、早速二号さんの解答の方にイッてみましょ~!!
……ぶっちゃけ、もう大きさからしてイヤな予感しかしてませんけど」
「……まあ、碌でも無い結末になりそうだというのは否めないがな。
――さて。それでは初めに、例によって件の装置のメカニズムから見返してみたいと思う」
「前回、オレは上図に於いて惑星を磁石代わりに用い、公転を利用する事で永久機関を成立させる事を目論んだワケだが――。
一号が成り立たない事を示した今となっては、コレの何がおかしいのかについてはもう自明だろうと思う」
「へ? そうなんですか?」
「……まあ、なんだ。事前に何人かに上記の問題を解いてもらったところ、“レンツの法則”という前提を示したにも関わらず、二号の否定が上手くいかなかった回答者がチラホラ居たので、一応補足しておくが。
――コレを論理的に否定出来るか否かというのは、惑星なんていう実験室で扱えない物にも既知の法則を応用出来るかという、言わば“思考実験の練度”に掛かっているとも言える」
「はいは~い!! ぶっちゃけ前提があまりにもバカバカしすぎて、みんな呆れて思考を放棄しちゃっただけだと――」
「……何か言ったか?」
「……いえ、なんでもないです。
えっと。でもでも、コレって結局ナニが問題だったんですか?
その、上手く否定出来なかったケース? っていうのも、どんな風に間違いだったのか、ちょっぴりよく分からなかったりもするんですけど……」
「そうだな、具体例を上げると――。
まず一番多かったのが、太陽そのものの寿命について言及した例だった」
「? 太陽さんの寿命、ですか? えっと。お日様も燃えてるから、いつかは燃え尽きちゃうぞ~っていうアレのこと、ですよね?」
「……正確には燃焼ではなく核融合反応なのだが、まあ大体合っている。
知っての通り、太陽の寿命と言えど永遠ではない。太陽も“軽い恒星”である以上は、いつかは爆発して白色矮星へと変貌する運命にあり、その頃まで木星が現在の公転軌道を維持出来るわけではない、というのは確かに真理だろう。
他にもコイルそのものの劣化について言及した例もあったのだが――。
……残念だが、今回の設問に於いてこの種の解答は不適とさせてもらう事にした」
「へ? ど、どういうコトなんでしょうか!!
だって今、太陽さんだっていつかは燃え尽きちゃうって認めましたよね?
コイルさんだっていつかは壊れちゃうんですし、やっぱり永久機関は出来ないぞ~って言うには、けっこう十分過ぎるような気もするんですけど……」
「……理由は前回言ったとおりだ。
いいか? もう一度言及しておくが、今回我々が考察している機器は“一次永久機関”。つまりはエネルギー保存則に例外が無いかどうかという話なのだぞ?
確かに陽子すら崩壊するこの宇宙に於いて、そういった意味での“本当の永久機関”を作る事は不可能だ。上の二号の例にしたって、太陽の代わりにブラックホールを公転軌道の維持に用いようが、ブラックホールがホーキング輻射で蒸発すればいつかはシステムが崩壊してしまうだろう。
――だが、これはあくまでもエントロピー的な考え方を用いた“熱力学の第二法則”的な説明にすぎない。
今回言及しているのは“一次永久機関”なのだから、終始熱力学の第一法則――つまりはエネルギー保存則的な考え方を用いて、無限にエネルギーを取り出す事は不可能だという事実を論理的に示してほしい、というのが前回での約束事だった筈だ」
「うぅ~……。前も思ったんですけど、ぶっちゃけソコがちょっぴりややこしかったんですよ~……。
だってエントロピー、ですか? その、太陽さんとかコイルさんの寿命を考える方法でも、結局は永久機関さん否定出来ちゃうんですよね? だったら、わたしから見ると、それはそれで全然問題が無さそうな気もしちゃいましてですね……」
「まあ、確かに微妙な所ではあるのだが……。
エントロピー的な否定方法を解として採用した場合、敢えて問題点を上げるとすれば装置自体の寿命を考える場合だろうな。
――例えば上記の例で、太陽の寿命を根拠として持ち出した場合には、逆を言えば“太陽が存在している限りは、無限にエネルギーを取り出し続ける事が出来る”という事象の存在について言及がないだろう? エネルギー保存則的に言えばもっと、遥かに限定的なエネルギーしか取り出せない可能性があるにも関わらず、それについての“但し書き”が無い。
……エネルギーについて論じる時に、これは少々マズい誤解を生む事がある。
例えば世間には、磁気浮上で空中回転しているだけのコマを見て、イコール磁石の寿命が切れるまでは永久にエネルギーを取り出せる、なんて錯覚してしまう輩が山ほど居てな……。
そういった“間違った幻想”を根絶するためにも、やはりここはあくまでも“エネルギー保存則”的考え方を用いて二号を否定して欲しかった、というのがオレの意見だったのだが……」
「……、えっと、なんかよく分からないですけど。
つまり“お金を入れなくても小銭がジャラジャラ出てくる両替機の設計図を見て、出来なさそうな理由を“両替機が壊れるから”って答えるのは、やっぱりなんか違うから禁止にしますよ~”ってコトでいいんでしょうか?」
「……身も蓋も無い言い方をすればそうだ。
さて、少々脇道にそれたので話を戻そう。永久機関二号が永久機関にならない理由だが――これは既に大半の方が気づいているであろう通り、一号と全く同じレンツの法則によるものだ。
――例え対象が木星であろうとも、誘導電流が流れるのなら、それは誘導電流の原因を妨げる方向に一致する。
つまりは一号に於いて磁石が止まってしまう理由と何一つ違いは無い。
対象が巨大な質量を持ち、一般的にはあまり磁気の存在を意識されない“惑星”なんて物体であっても、容赦なく小学校で習う“電磁誘導の法則”と結びつけて考えてしまって構わないという事さ」
「うぅ……。り、理屈はわかりますけど……。
――でもでも、なんかちょっぴり卑怯じゃないですか?
だって、おかしいですもん。木星さんみたいな大っきな岩の塊が、まさかコイルさんの中の電子、ですか? そんな小っちゃいのに押し返されたくらいで、どうにかなっちゃうなんて誰も――」
「……木星は水素とヘリウムが主成分のガス天体だ」
「……ゴメンナサイ。
って、いえいえ、問題はそんなトコじゃなくてですね!!
だって、考えてもみて下さい!! あんな大っきな木星さんがですよ? お月様の真ん中の磁石さんみたいに、どんどん遅くなって、しかも最後は止まっちゃうなんてコト、いったい誰が――。
……って、アレ? あの、その……、き、教授?
なんか、ちょっぴりイヤ~な予感がしてきちゃったんですけど……」
「……まあ、そういった固定観念を破棄出来るかを問う問題だったと考えてくれればいい。
――さて。ときに君は、万有引力の法則の由来については知っているな?」
「へ? あ、はい。いちおう……。
えっと。たしかニューハーフのオジサンが、リンゴが木から落ちるのを見て、『知ってるか? 物って、落ちるんだぜ?』っていうのを(やっと)発見したっていうアレ、ですよね?
正直、『え? みんなそんな事も知らなかったの?』っていいますか、当時のヒト達のオツムがちょっと心配になるようなエピソードだったりもするんですけど……」
「……じゃあ、月が落ちてこないのはどうしてだ」
「へ?」
「……当たり前の話ではあるが。アイザック・ニュートンの逸話(史実ではないらしいが)の本質は、“リンゴが木から落ちるのを発見した”なんて次元の低いところには無い。
彼の物理学者を悩ませたのは、“リンゴは木から落ちるのに、どうして月は落ちてこないのか”という点だったんだ」
「……へ? え? あれ?
あ、いえいえ!! 覚えてます!! ソレ覚えてますよ~!!
えっと、えっと、確か確か、お月様はけっこう地球から遠くて、しかもけっこうな速さで動いてるから、遠心力と重力が吊り合って落ちてこないとかなんとかって……。
そ、そうです!! 遠心力なんですよ!! お月様が丁度いいくらいの速さで動いてることに、ホントにホントに感謝――」
「――一度は不安になったが、それが分かっているなら話は早い。
さて。ときに君は今、月が落ちてこないのは遠心力が重力と釣り合うくらい、十分な速度で月が地球の周りを回っているからだと言ったな?
ニュートン力学的な説明ではそれが正しく、また惑星の公転もほぼ同様の理屈で説明出来ると言ってよい。
言い換えると“月が落ちてこないのは月が十分な速度を保っているから”と表現する事も出来るわけだ」
「へ? あ、はい。そうですよね?
でもでも、それがなにか――」
「……ときにオレは既に、永久機関二号でも、木星は一号の磁石と同じようにレンツの法則に従ってその速度を失っていくであろう事を示唆した。
つまりこれは、月に例えるのなら、“月の速度(正しくは運動エネルギー)”を電気的なエネルギーに変換していると言い換えてもいい」
「? はい、そうだと――って、アレ? あ、あの、教授?
なんかもう、ものすご~くイヤな予感しかしないんですけど……。
あの……、その、あの、ソレ以上は、もう――」
「遠心力は円運動する物体の速度の二乗と中心からの距離に比例するから、即ち速度が減衰すれば引力と釣り合わせる為には回転半径を狭める以外に無い。
――以上の理由より。
永久機関二号によって木星からエネルギーを奪い続けた場合、最終的に訪れるであろう帰結は、こうだ――!!」
「お日様になんてことするんですかぁぁぁぁああっ!!」
「……まあ、待て。これは、まあ、コイルが木星の運動エネルギーをよっぽど急速に奪った場合の、言わば最悪のケースにすぎない。恐らくはそこまで運動エネルギーを失う前段階で、木星の公転軌道が小さくなってコイルを引き千切ってしまい、まあよっぽどのコトがない限り火星にもぶつからないはず――」
「ソレで“はいそうですか”とはなりませんよ!?
だって、大惨事じゃないですか!! 永久機関どころか、なんかもういきなり宇宙規模の大災害引き起こしちゃってるじゃないですか!! いくらエネルギーが取り出せそうでも、こんな危ないのは――」
「……危ないかどうかは、まだ断言しにくいところでもあるがな。
例えば、先ずは下図を見て欲しいのだが」
「これは木星と地球の大きさを、大凡の値で比較したものだ。
木星の直径は地球の二十倍以上にもなり、こうして見ると、仮に地球が木星に衝突しても木星はびくともしなさそうに思える」
「へ~。たまに聞きますけど、木星さんってやっぱり大き――ってダメじゃないですか!! こんな、こんなのぶつかったら、太陽さんだってきっと大惨事に――」
「そう見えるだろう?
だが、実際にはそうとも言い切れない可能性がある」
「……、へ?」
「……まあ、先と同じ目で下図を見てほしいのだが――」
「これは太陽系の各惑星の大きさを模したものだ。
見ての通り、太陽の直径は木星の十倍以上。質量にして千倍以上の開きがある。
――まあ、サッカーボールにビー玉がぶつかるような状況をイメージしてもらえば大体あっているだろう」
「? ふ~ん、太陽さんって、思ったよりもかな~り大きいんですね~。
サッカーボールさんにビー玉さんがぶつかったって、よっぽど速くなきゃ別に大したことなさそうですし――って、アレ?」
「……あまりにもスケールが巨大すぎてイメージしにくいかもしれんが、まあそういう事だ。
しかも既に説明した通り、木星の主成分は奇しくも太陽と同じ水素とヘリウム。
地球と太陽の間には一億五千万キロほどの距離があるし、(あくまでも緩やかに吸収された場合だが)太陽の質量が0.1パーセント増えたとして、それが太陽系規模の大惨事に即繋がるかと聞かれれば、少々疑問が残るように思う。
……まあ木星はその莫大な重力で隕石を駆除し、更に太陽系そのものの重心にまで影響を与えているというから、太陽への衝突よりも“木星の消滅”そのものの方が大きな災害を生みそうだという点は否めないが……。
――何にしても、あくまでこの“(偽)永久機関二号”が機能した場合の話だが。
木星の質量を1.8986×10^27 kg。速度を13069.7 m/sとして計算した場合、取り出せる総エネルギー量は1/2mv^2 ≒ 1.62156×10^35 J。
これは日本の総電力の約2160垓年分に相当し、地球のエネルギー問題を一瞬にして解決してしまう程の相当な“資源”となるのはほぼ間違いが無いだろう。
…………地球よりデカいコイルが作れるなら、という前提の話ではあるがな」
「だ、だから、数が大きすぎて全然分からないんですよ~!!
大体ですね!! それでお日様ドーンが許されると思ったら、もうホントに大間違いですからね!?
……、はい。
えっと、その……。なんかだんだん、教授の言葉が悪魔の囁きみたいな感じになってきちゃってますけど、つまり二号さんの結論は――」
「うむ」
①一号と同様、レンツの法則から導かれる木星の運動を妨げる方向への力により
②木星の公転速度が徐々に遅くなり、公転軌道が小さくなってコイルを引き千切り、
③最悪の場合、木星が太陽に直撃する
「……まあ、こんなところだろうな。
SF界隈では有名なダイソン球然り。(永久機関では無いにしても)膨大なエネルギーを取り出せる事は予想されるが、どの道数千年やそこらでは実現しそうに無いっていうのが歯がゆいところだな」
「あ、当たり前じゃないですか!!
うぅ……。こんなバカなコト考えるの、たぶん教授くらいですよ~……」
永久機関三号!! 鏡面歯車!!
「セカイ系な粗大ゴミばかり生み出し続けたこの企画も、いよいよ大詰め!!
一見して、一番まともそうな顔をしてる三号さんの抱える問題とは何なのか!?
合わせ鏡の真実がいま暴かれます!!」
「盛り上げてくれて感謝する……と、言いたい所だがな。
この三号に関して言えば、上の二つに比べてどう足掻いても救いようが無いっていうのがアレなのだが……」
「へ? ど、どういうコトなんでしょうか?
だって三号さん、一号さんとか二号さんに比べると、なんか今の技術でも一番なんとかなりそうですよ?」
「……まあ、先ずは恒例となったメカニズムの見直しから始めるが」
「オレは前回、上記のような装置を考案し、光圧を用いて半永久的に歯車を回し続ける構造を提案した。
仮に反射率100パーセントの鏡が造れたとすれば、それによる合わせ鏡は無限に光を反射し続ける=無限に光圧を及ぼし続けるから、上図の歯車も永久に回転し続けるだろうと、こういう論法で話を進めたワケだな」
「えっと、はい。確かにそんなお話でした。
でもでも――なんかこうして見てても、やっぱりけっこうカンペキっぽくないですか?
だって反射率100パーセントっていうコトは、鏡さんに当たった光は、なんにも減らないまま全部来た方にハネ返されちゃうっていうコトなんですよね?」
「量子論的な効果を無視すればそうだ。
実際、例えば下図は歯車を廃して鏡を固定したケースだが――」
「この場合は半永久的に同じ強さの光が二枚の鏡の間を往復する、という前提には、まず嘘が無いと考えてもらって良いだろう」
「へ~。やっぱり、往復させるだけならなんとかなっちゃうんですね~……って、アレ? あの~、教授?
それじゃやっぱり、三号さんはちゃんと永久機関さんにジョブチェンジできちゃうじゃないですか。
さっきの“救いようがない”っていうのは、一体何だったんですか?」
「その疑問に答える鍵は、“反射”という現象そのもののメカニズムを考える事にある。
――“反射”というと瞬時のような印象を受けるが、勿論そんな事は無い。
正確には反射とは
①光が鏡を構成する電子やイオンに吸収される
②鏡から光が放出される
の二つの行程より成り立っている現象なんだ。
詳しくは下図を見て欲しいが――」
「例えば件の“鏡面歯車”が回るという現象は、細かく見れば“光を受け取り、吸収した時に圧力を受ける”という段階と、“光を放出し、送り返した時に圧力を受ける”という二つのステップの組み合わせで出来ていると言える。
まあ。重要なのは、光が鏡に到達してから反射されるまでには、ほんの僅かだがタイムラグがあるっていう事さ」
「む~、ちょっといいですか?
その、反射するのが一瞬じゃないっていうのは、なんとなく分かったんですけど――。
でもでも、それと永久機関が出来ないコトって、いったい何の関係があるんですか?
だって光さんの速さって、絶対に変わったりしないんですよね?
なんか返すのがちょっとだけ遅れちゃったりしても、同じ光さんが出てくるっていうのは変わらないように思えるんですけど……」
「いや、エネルギーという観点から見た場合には大いに違う。
中身自体は非常にシンプルなので、結論から言わせてもらうが――。
――ズバリ、キーワードとなるのは“ドップラー効果”だ」
「? ドッペルゲンガー効果?
えっと、合わせ鏡なだけあって、やっぱりもう一人の光さんが――」
「……お約束のボケをありがとう。
まあ、敢えて説明するまでも無いとは思うが――。
…………、“救急車”、“サイレン”、“音が違う”」
「――あ、それ知ってます!!
えっと。救急車さんが近づいてくるときには、なんかサイレンの音が高くなって、離れてくときには低くなるっていうアレのこと――ですよね?
よくクイズ番組とかでやってる――」
「……まあ、本質とは別の所で最も一般に認知された物理現象の一つだと言えるな。
――さて。ここで注目して欲しいのは、高校物理で習う通り、観測者から遠ざかる音源から発生した音は低くなる=周波数が小さくなるという点だ。
そして光――つまりは“光子”とは波と粒子の性質を併せ持った“量子”と呼ばれる存在であり、それは観測者から遠ざかる光源から放出された光も、ドップラー効果が適応されて波長が伸び、周波数が小さくなるという事実を示しているとも言える。
――有名所で言えば、宇宙物理学に於ける“赤方偏移”だろうな。
宇宙は全体的に加速膨張し続けていると考えられており、つまりは見た目上、遠くの惑星ほど大きな速度で地球から遠ざかっている為に、遠くの惑星ほど実際の色よりも“赤っぽく”見えるというあの現象だ」
「? えっと、要するに。
そのドップラー効果? っていうのは、“音の元が離れてくときには音が低くなる”っていうルールで、“光の場合には、それが赤っぽくなるってコトですよ~”っていうお話――なんですよね?
でもでも、ソレと永久機関にならないことって、一体何の関係があるんですか?
なんか光さんの色なんか、別に永久機関さんとは何の関係も無いように見えるんですけど……」
「関係も何ももう殆ど結論だ。
いいか? オレは今、“観測者から遠ざかる光源から発せられた光は波長が伸びる”と言ったんだぞ?
もう一度永久機関三号のメカニズムを見て欲しいが」
「この通り、この鏡面歯車に吸収された光が再び放出される時には、鏡はもう一枚の鏡から遠ざかる方向に動いているのだから、つまりは吸収前よりも波長が伸びて観測される事が予想される。
鏡が固定されている場合には、このような変化は起きないのだが……光圧によって鏡が“可動”なように装置を作成した場合には、往復する度にどんどん光の波長が伸びていき、(可視光を使った場合なら)色がどんどん赤っぽくなっていくのが観測出来る筈なんだ。
さて、ここでもう一つの前提を提示するが――。
光のエネルギーとはE=hv=hc/λ(h:プランク定数、v:振動数、c:光速、λ:波長)で表され、つまりは振動数が小さく、波長が長くなるほどに持っているエネルギーが小さくなる。
……要するにな。光圧によって鏡が“可動”であった場合には、例え反射率100パーセントの光を使おうとも、反射の度に微妙にエネルギーが失われてしまうという事なんだ」
「? へ~。えっと、つまり。鏡さんが動かない時と違って、歯車さんを造っちゃった時には、反射するたびに若干光さんが弱くなっていっちゃいますよ~ってこと――って、へ?
そ、ソレって――」
「……そういう事だ。
まあ、詳しくは下図を見て欲しいが。
この鏡面歯車型発電機を造った場合、先ずはどんどん波長が長くなっていく」
「そして重要な点は、一般的に光――つまり電磁波は、波長が長くなる程に回折――つまりは物体を“回りこもう”とする性質が大きくなるということだ。
例えばテレビに使われている電波である“短波”が遮断されてしまうような山の裏側であろうとも、“長波”を使っているラジオだけは使える場合があるが、これも波長が長い電磁波ほど物を回りこむ性質が強いからだと言える。
つまりは我々が考案した鏡面歯車に於いても、どんどんエネルギーが小さく、つまりは波長が長くなっていくに連れて電磁波の鏡を回り込もうとする性質が強くなっていき、やがては波長が鏡自身の許容範囲を超えた辺りで、」
「……こんな風に、見事合わせ鏡を脱出して終わってしまう可能性が高いと結論付ける事が出来る」
「きゃぁぁぁあああ!? だ、ダメです!! それダメですよ~!!
光さん、勝手に閉じ込めて働かせようとしたのは謝りますから、お願いですからどうか戻ってきてくださ~い!!」
「……何の仕事もせずにその事象を願うのは難しいだろうな。
何しろエントロピー増大の法則に従い――」
「分かってます!! いえ、エントロピーがどうとかはサッパリ分からないんですけど、そうじゃなくってですね!!
――って、アレ? あの、教授? コレってそもそも、光さんが出てくるまでに鏡さんが動いちゃうから、ドッペルゲンガーさんが大暴れしちゃうってコトなんですよね? でも、それじゃあ、光さんが当たっても鏡さんが動かないようにしちゃえば、別にドッペルゲンガーさんなんか出てこない気も――」
「……ほう、なんとも斬新なアイデアだな。
さて。ときに鏡が動かないようにするとは、この装置的には一体何を意味すると思う?」
「歯車が全然回らな――あっ!!」
「……そういうことだ。鏡が動かないようにすれば反射だけは続ける事が出来るだろうが、それは全くエネルギーを取り出せない事を示している」
「あぅ~……。やっぱり、永久機関さんって作れないんですね……。
あ、でもでも。三号さんの場合には、別に一号二号さんみたいに大惨事にはならない分、まだちょっぴり救いが――」
「……いや。エネルギー的にはコレが最も救われないと言える」
「へ? ど、どういうことなんでしょうか!!
だってコレ、一号二号さんよりもずっと大人しそうですよ?」
「……いや、救われない。
まあ、原理を考えてみれば一目瞭然だとは思うのだが――。
……さて。君はこの鏡の間を往復する光を、一体どこから持ってくれば良いと思う?」
「へ? そんなの、適当にレーザー光線でも作って撃ち込んじゃえば――あっ!!」
「……そういう事だ。この装置で十分なエネルギーを取り出すには、やはり高エネルギーレーザーでも作って撃ち込むしかないとは思うのだが――当然ながら、強力なレーザーを作る為にはレーザーそのものよりも遥かに大きなエネルギーを消費する。
そしてこの鏡面歯車型発電機から取り出せるエネルギーの最大値とは、即ちレーザーの持っていた最初のエネルギー量のみに依存しているから、つまりはレーザーの持っていたエネルギー以上のエネルギーを取り出す事は出来ないという事だ。
……つまりな。この装置、発電機としては一文の得にもならないんだ。電磁波の波長だけ伸ばして、無駄に熱を作る道具だと考えてもらえば大体合っている」
「きゃぁぁぁあああ!? だ、ダメです!! この装置、もう本格的にダメです!!
百円もらうのに百円以上かかる道具とか、実際にあったらもう詐欺もいいところですよ!?」
「……だから常々言っているだろう? エネルギー保存則とは我々の宇宙に於ける最も根源的な物理法則の一つであり、つまりは最も強固な“絶対”の一つだと言っても過言ではない。
まあ、一つ分かって欲しいのは。光の運動量のようなあまり馴染みの無い現象を扱おうとすると、たまに永久機関が出来てしまうようなおかしな現象が起きてしまう事もあるっていう事さ。
――例えばこれが、光の代わりにボールを往復させる思考実験なら、もっと簡単に答えが出ただろう。
一見しておかしく見える物理法則だろうとも、馴染みのある現象に分解して細かに考えていく思考が、科学に於いては非常に大切になるという教訓だ」
「……なんか涙が零れてきちゃいましたけど。
えっと。つまり三号さんの結論は――」
「うむ」
①ドップラー効果による光のエネルギーの減衰により
②光の波長がどんどん伸びていき
③最終的に光が鏡を回折して拡散する。よって、エネルギーが取り出せなくなる
「まあ、こんなところで手を打ってくれ。
見ての通り、上記の今回提示した3つの事例を考えるだけでも、物理法則の強固さというのが非常によく分かる。
――とは言っても、これは言わば暇つぶしに適したゲームに近い。
自分で考えた永久機関を自分で否定する遊びも、やってみると中々に面白いものだぞ?」
「うぅ……。そんなので暇を潰せるのは、たぶん教授くらいですよ~……」
―――――
「はい!! と、いうわけで。本日のアイアイ★こらむはここまでです!!
日本の抱えるエネルギー問題にも真剣に取り組んでいるこのコーナー、一体ナニがしたいんでしょうか!? 何一つ解決しそうにないのが頭痛の種です!!」
「……ようやく終わったというところだろうな。
だが、まあ。今回の企画は、理数系学校教育への啓発という点を抜きにしても、今までに比べると随分と意義のある物だったのではないかとは思う。
――君が今言った通り、日本の現状はエネルギー問題について真剣に取り組む時期にきている筈だからな」
「…………。
(お日様ドーンとか、とても真剣に取り組んでいるようには見えなかったんですけど)
でもでもホントに、これからどうなるんでしょうね……。
やっぱり、原発止めてソーラーとかに切り替えちゃった方がいいんでしょうか?」
「……今の技術で、原発分を全てソーラーで賄おうとぬかす輩が居るとしたら、そいつは恐らく大馬鹿だ」
「――へ? ど、どういうコトなんでしょうか!!
だってクリーンで安全とかなんとかって、みんなけっこうソーラー押してたりしますよ!?」
「……あのな、ちょっと計算してみれば分かるだろう。
いいか? あくまで現状の技術を用いた場合の話ではあるが、ソーラーで原発一基と同じだけのエネルギーを賄おうとすれば、凡そ91.3平方キロメートルの(山の手線内とほぼ同じ)面積にビッシリとパネルを敷き詰めなくてはならないんだ。
――日本にある原発の総数は54基。コレを全てソーラーで賄おうとすれば、太陽光発電に当てなくてはならない面積は4930.2平方キロメートル。
これは福島原発避難区域の四倍を超える膨大な面積であり、“原発のせいで住む所がなくなる”と心配しながら、裏ではその四倍以上の敷地を食いつぶそうと言っているのに等しい。
……ハッキリ言って、オレには全く意味が分からん」
「き、教授!! そ、そのトピックは、なんかココで扱うにはイロイロと危険過ぎますよ~!!」
「……安心しろ。オレだって、未来永劫ソーラーが使えない技術だと言っている訳じゃない。
ただ理解しておいて欲しいのは、ソーラーというのはまだまだ“未完成な技術”なんだという事だ。伸び代があり、急速に発展している分野であるからこそ、今はまだ実用に移すほど熟してはいないと考えている」
「む~……。えっと、要するに。
“どうせもうちょっとしたら新製品が出るんだから、あともう少しだけ待った方がイロイロお得ですよ~”っていうコト、なんでしょうか?」
「――正に的を射た表現だと言えるな。
まあ、少なくとも。ソーラーに関して言えば、実用化するにはせめて“あと三十年は待つべきだ”というのがオレの意見だ。あと十年もすれば更に安価な太陽光発電が市場に出回り始めるだろうし、万が一量子ドットでも開発されれば、発電効率は一気に跳ね上がるだろう。
――そしてそうなった頃には、今の“時代遅れな”太陽発電なんか、交代の憂き目に合わされるのは先ず間違いが無い。
わざわざ高価で発電効率の悪い太陽電池や、安いかわりに重金属のカドミウムが使われている太陽電池をメガソーラーに組み込むのは、正に金と資源の無駄にしかならないって事さ」
「うぅ……。妙に説得力があるお言葉です……。
でもでも、やっぱり最近の反原発ムードの盛り上がりとか見てますと、温暖化とかイロイロ問題あっても、やっぱり原発よりは火力とか太陽光推ししなきゃいけないような気がしてきちゃうと言いますか……」
「その辺りのムードには、流石に辟易してきているところもあるのだが……。
先ず、大前提として言っておく。
もしも原発を“使えないエネルギー”だと考えるのなら、その他の発電方法だって同レベル以上に“使えない“の範疇に収まってしまうって事だ」
「しーっ!! しーっ!! き、教授!!
だから、そういう事を大きな声で言っちゃダメなんですって~!!」
「……、…………。
……、ならば、以下はあくまでもオレ個人の意見として聞いて欲しいが。
――原発全廃して代わりに火力だと? どんな頭でナニを考えたらそんな論理が出てくるんだ!! 今後数世紀以内、次の原発事故が起こる確率よりも、化石燃料の供給不安定で経済がガタガタになる可能性の方がどう考えても高いだろう!!
風力は安定しなさ過ぎるし、水力を増やせば町村が沈んで周囲の生態系が全滅する。
地熱? 日本中の温泉宿全部潰したって、原発の代替になり得るポテンシャルがあるとは到底思えん。メタンハイドレートは十年や二十年でコストにリターンが見合うとも思えんし、そもそも京都議定書はどうなった?
今の我が国の急務は、迷うまでもなく“脱火力”だ。石油の代わりに天然ガス? 正気か馬鹿者!! “ほんの少しの放射線でも害があるかもしれない。誰にも証明できない”だと? それは“二酸化炭素濃度の増加で人々の集中力が落ち、事故死が増えるかもしれない”という心配と同レベルだろうが!! “誰にも分からない”とは“論理として意味が無い”という意味だと何度言えば――」
「や、やめてください!! もうやめてくださいよ~!!
こ、これ以上!! これ以上無駄に敵を増やすのは、もうホントに――」
「……まあ、つまりはそういう事だ。
別にオレだって、原発が完全無欠のエネルギー源だとは言わん。
だが現実問題として、現状取り得る発電手段としては最もマシな方法の一つだという事だけは肝に命じておいて欲しいって事だ。
――原発の安全性が“神話”なのだとしたら、火力やソーラーの方が遥かに上等だという主張もほぼファンタジー。
……結論から言えば手段としては大差無く、原発と同等か斜め下レベルの発電方法しか現状では存在していない、という話さ」
「うぅ……。相変わらず、教授は歯に衣着せなさ過ぎるんですよ~……。
……でもでも、料理とかするわたしとしましてはですね。放射能汚染がどうのこうのとかって話になると、やっぱりちょっと不安になっちゃったりとかも……」
「――不安というのは、どの程度まで許容されるべきなのだろうな」
「へ?」
「……なに、大した話じゃ無いさ。
放射線でガンになりたくないと言いながら排気ガスやタバコの煙は吸いまくり、死にたくないと言いながら赤信号や道路の制限速度は気にも留めない。
オレ自身が、日々直接的な命の危険に晒されてるからって訳じゃないが――。
そんな“かもしれない”程度で不安になれるだけ、随分と幸せだとは思わないか?」
ゴメンナサイ!! 思ったよりもかな~り遅れちゃいました!!
……その、ぶっちゃけあんにゃろが色々とサボりやがったのが原因です。このコーナーは殆どコピペを原稿化する感じで書いてるんですけど、わたし独りだとけっこうお手上げなトコとかも多くて……。
その、次回からは割りと平常運転出来るとは思うんですけど……。
感想欄に解答を書き込んで頂いた皆さん、お疲れ様でした!!
えっと、はい!! 朝マガ的には、大体こんな感じの解答になったみたいです!! かなり核心に近い解答を書かれた方なんかも居られまして、出題側としてはけっこう冷や冷やだったりもしましたけど……。
でもでも、他にもイロイロ別解とかあるみたいですし、興味のある方とかはアレコレ考えてみるのもちょっと面白いかもです。
ではでは。気を取り直して、どうか本編をお楽しみ下さい~。