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朝日真也の魔導科学入門  作者: Dr.Cut
第三章:エーギルの晩餐会-3『cross cultural communication』
78/91

78. 天の国国王によって提案された各国への休戦協定に対する返答と数式や実験を含まない学問体系に於ける証明の困難さと解釈の氾濫を示す事例の一つ及びとある物理学者による仮説の少々不可思議な検証実験

 いかに騒々しい光景だとはいえ、それが“会食”である以上、どこかの先住民族の祭りのように数日間に渡って続く事などあり得ない。

 30分~1時間程も食べ続ければ、食事なんかそれなりに一段落ついてしまう物であって、参加者の皆様の狙いも、メインディッシュからデザートへと徐々にシフトしつつあるようだった。


「……そろそろ、“本題”を聞かせて貰いたいものだな」


 そんな中、大分寂しくなってきたテーブルに、低い声が投げられた。

 ――サタンだ。

 黒いローブを纏う銀髪の守護魔は、伏せていた金眼を静かに上げ、促すようにユピテルを見据えていた。


「緑衣の王よ。

 まさか、本当に飯を振る舞う為だけにこの会合を開いた訳でもあるまい。

 ……思惑を告げるのなら、そろそろが頃合いだとは思うが?」


「思惑だぁ?

 ケケケッ、ンなの決まってんじゃねぇの」


 口を挟んだのはマルスであった。

 メルクリウスの思いつきによって(可哀想にも)“手”を一切使わずに食事をさせられていた赤の守護魔は、床に置かれていた皿を口だけでテーブルの上に放り戻すと、ヒュルリと小さく口笛を鳴らした。


「このキメェ兄さんの事だぜぇ?

 ど~~せまた、『みんな、仲良くしようよ~。アハ』とかそんなのだろぉ?」


 ゲラゲラと、下卑た笑い声を漏らしつつ彼は言う。

 あんまりにもあんまりな言い方である。

 あんまり過ぎたせいで、流石に何人かの女性陣が、冷えきった視線で彼を突き刺さしたほどであった。

 ――尤も。どうやら、表立って否定意見を上げる者は居なかったようだ。

 きっと皆の間にも、ある程度の共通認識があった為だろう。

 某緑髪の少女が、最後の最後までなにやら不機嫌そうにプクッと頬を膨らませたりしているように見えない事も無かったのだが――ユピテルがクシャクシャと頭を撫でたりした為に、逆立った毛並みが寝そべるように刺は消えた。


「……前回、“一考する”と述べた事案への返答ですが」


 情緒不安定な爆弾少女が矛を収めた為か、間を測ったように切り出す声。

 これは、白い王女様の物であった。

 恐らくはユピテルの態度を、マルスの推測に対する肯定と考えたのだろう。

 総鎧の武装姫は、ナプキンでそっと口元を拭うと、声のトーンを少しだけ落とした。



「武の国としましては、やはり同意できかねます」



 続く言葉には、どこか断言するような響きがあった。

 ――“武の国としては”。

 つまりこの言葉は、彼女自身の意思による返答というよりは、武の国の総意を“王女として”告げる意味合いが強いという事なのだろう。

 一見して想いのままに猛進しているように見える彼女が、その実何よりも“王女”である事を優先して行動する事が多いという事実を、この2~3日間ほど彼女と同行する事によって、真也も薄々ながら悟っていた。


 王女は、あくまでも淡々と語る。今の世界情勢では、未だ“軍縮”をするにはリスクが大きい事。休戦をするにも、その期間や条件などが明確では無い事。また、それらに対する具体的な利益が提示されていない事などを、まるで誰かの受け売りのように朗々と延べ、最後に切れ長の双眸をチラリ、と、不機嫌そうに“北の座席”の方へと向けた。


「――こちらに備えが無いのをいいことに、嬉々として攻めこんでくるような蛮人も居るようですしね」


 ……これは、明らかに彼女自身の言葉であった。

 きっと、何か言いたい事でもあるのだろう。

 北の座席に座る蛮人――もといメルクリウスを、ウェヌスはジトリとした目で睨んでいる。


「……ホントにね」


 そんなウェヌスを、何故かアルがジト目で見ていた……。



「――ハッ、何を言い出すのかと思えば」


 白い王女の視線を受けて、青い皇帝が不敵に嗤う。

 露出の激しい肩を嘲笑するように竦め、悪びれた風も無く、女帝は両の手の平を上に向けた。


「粋がるなよ、武装姫。武の国を含めた六国全ての領土など、元を正せば全て我がフィンブルエンプの物ではないか。人様の庭にのさばっている蛮人(・・)の分際で、貴様こそ、一体何を思い上がっておるのだ?」



「? そうなのか?」


「……あ~。それは、ね……」


 自信満々な口調で断言するメルクリウスに、こくりと首を傾げる真也。

 恐らくは、彼女の言が本当だとすれば、“冷戦”というこの世界の現状の意味がほんの少しばかり変わってきてしまうからだろう。

 しかし、アルは何故か頭を抱えていた。



「――何千年前の話をしているのですか、貴女は。

 大体それを言い出すのなら、我が国の祖たる“山断ちの王”は、フィンブルエンプより遥か以前からのユミルの直弟子です。加えて我々は、そもそもフィンブルエンプの“始まりの国”後継を認めた事など一度もありません。

 ……“彼”に権力欲が無かった為に見落とされがちですが、そもそも弟子としての序列は、“彼”は六国のどの祖よりも絶対的に高かったのです」



「……、そう、なのか?」


「あ~……。だから、さ」


 こちらも自信満々に言い返すウェヌスに、流石に訝しそうな表情を浮かべ始めた真也。

 アルは一際深い溜息を吐き、どこか疲れたように続けた。


「……一応、補足しとくけどさ。

 ハッキリ歴史として分かってるのは、ユミル様が居なくなった後の“始まりの国”の支配者として、なんかフィンブルエンプの名前が刻まれてるらしいって事と。

 その後に色々な分野でのユミル様の弟子達が台等してきて、なんかゴチャゴチャやって国を6つに割ったらしいって事。

 ……事件の前後関係とか序列とかも、やれ捏造だとか、伝承が残ってるからコッチが正当だとか、ユミル様は魔導師だったんだから魔導師が最高序列の筈だろうとか、なんかホントに色々あるらしくてね。

 結局、みんながみんな好き勝手に歴史を解釈して、都合のいい所だけ取って自国で教えてるってコトみたい」


「……、溜息の出る話だな」


 と、真也は実際にため息を吐きながら頭を抱えた。

 ――まあ、アレである。

 歴史と大義名分なんて、どこの世界でも大体そんなもんなのである……。



「貴様らがどう思おうが勝手だ。

 だが事実として、ユミルの時代より血脈を保っている王家など、我がフィンブルエンプ以外には無いし、故に予の家紋が揺らぐ事も絶対にあり得ん。

 ……武の国の汗臭い雌猿が何を喚こうが、“帝位”を持つ予が聞き届けねばならぬ理由は見当たらんなっ」


 威圧的な程に大きく胸を張り、色々な意味での圧倒的格差を見せつけるかのように、メルクリウスはふんぞり返った。

 そこで、一度。破顔するようにニンマリと目を細め、挑発するように金髪の青年へと流し目を送る。


「とはいえ、予はこれでも寛容だ。

 ――ユピテルよ。例えばの話、貴様が予の軍門に降ると言うのなら、身内として(・・・・・)ある程度の箴言くらいは聞き届ける事もあるかもしれんぞ?」


「…………」


 蠱惑するような表情で言う彼女の言に、ユピテルからの返答は無かった。

 ……何かが某緑髪の少女のナニかに引火しまったようなので、ちょっとそれどころでは無くなってしまっていた為である。

 緑の台風、もといウラノスは、アレがダメとかコレがヤだとか何やら色々と喚き散らしながらブンブンと風を起こしていたようではあったが、ユピテルがその口にケーキを突っ込んだので、幸せムードをホニャンとリバイブさせるように矛を収めてくれた。

 最終的には、ベッと大きく舌を出すだけで納得してくれたようだ。



「地の国は、どうかな?」


「……我が王の希望は、“死の国の大魔導”の身柄だけだ」


 スカーフの少女が正気を取り戻して(・・・・・・・・)くれたので、ユピテルが続ける。

 水を向けられたサタンは、ただ影のように肩を竦めて答えていた。

 色素が薄い金色の瞳が、値踏みするように銀の国勢の席に向く。


「――銀の国が“死の国の大魔導”の身柄を引き渡すと約束するのなら、我が国としては、天の国の要求に最大限譲歩しても良いと判断している」


「論外だな」


 間も置かずに、真也は切り捨てた。

 学者に特有の双眸が静かに細まり、腹の底を洞察するようにサタンを射抜き返している。


「生憎と、“死の国の大魔導”は我が国の貴重な捕虜だ。

 “大魔導”を名乗る程の素質がある人間を、何故よりにもよって、我が国に一方的に攻撃を仕掛けた“地の国”に引き渡さねばならない?

 一切合切、こちらには何のメリットも感じられない提案だな」


「……元々、これは我々と“死の国の大魔導”だけの問題だった筈だが?」


「地の国が我が国の王都を襲撃するまでは、な」


 サタンの言に抗うように、真也は空々しくも朗々と言葉を続ける。

 その口調が、あまりにも堂々としていた為だろうか。彼の隣で、アルがほんの少しだけ複雑そうな表情を浮かべたように見えなくも無かった。

 ――だが、結局のところ。彼女も彼女で、内心ではプルートの事をかなり気に掛けてはいるのだろう。

 ちょっとだけ不機嫌そうな雰囲気を醸しつつも、プルートの引渡しを拒否する真也の言に、口を挟むような真似をするつもりは無いようだった。


「オレは一介の特務教諭だ。無論、国策に口出しの出来るような立場には無い。

 でもな。そんな立場でも、これだけははっきりと言える。

 地の国が“虹の橋”を無視して送れる“魔導兵”なんて物を開発している以上、その破棄なくして、我々が武装を放棄する事などあり得ない。

 ……軍縮した瞬間、あの異形の兵団が王都を蹂躙する様が目に浮かぶよ」


「ならば、我々は魔導兵の技術を銀の国に開示しよう。

 その代価として、銀の国には“死の国の大魔導”の身柄を引き渡して貰いたい」


「――? なんだって?」


 このサタンの提案には、流石の真也も目を丸くしたようだった。

 ――“魔導兵”。

 あの強化兵士を製造する技術は、地の国にとって相当なアドバンテージとなっている筈であった。

 人間を大きく上回る身体能力に、物理的な攻撃ではほぼ致命傷を与えられない程の圧倒的な自己修復能力。

 加えてこの世界での戦争を阻んでいる最大の障壁たる“虹の橋”を無視して行動出来る兵団となっては、それがどれほどに重宝する戦力なのか、魔導に疎い地球人たる真也にも十二分に理解出来る。


 サタンは今、その技術の対価としてプルートを要求した。

 つまりサタンは、プルートには魔導兵の技術と同等か、もしくはそれ以上のコストを払ってでも手に入れる価値があると断言したのだ。

 これが本当に、“守護魔”を失っただけの敗残の大魔導に対する提案なのだろうか?


「……どうして、そこまでアイツに執着する?」


「執着では無い、これは忠告(・・)だ。

 ――繰り返す。死の国の大魔導を引き渡せ。

 アレは、呪われた子供だ。貴様らの手に負える代物では無い」


「……、なら尚更渡せないな。

 我が国は、仮にも魔術大国・銀の国だ。

 我々に扱えない呪いが、地の国の技術で制御できる訳が無い」


 白い青年は、とぼけるように肩を竦めて話を打ち切る。

 ――地の国の思惑に対する結論は出せない。

 だが、ならばこそ、わざわざ都合良く“敵”の提案に乗ってやる必要も無いだろうと真也は判断したようだった。


 あまりにも対極的な色彩を持つ二人の守護魔は、空々しいほどに淡々と視線を交える。

 交わされた声色こそ静かではあったものの、張り詰めた緊張感は死合のそれに近く映った。

 その殺気が伝播したのだろうか。白い姫や青い皇帝からも、そこはかとなくピリピリとした空気が漂い始めている。

 一変しつつある場の空気に、ウラノスが、案じるような目でユピテルを見ていた。

 ユピテルはあくまでも柔和な態度を崩す事は無かったが、どこか残念そうに肩を落としてもいた。


「いいんだ、分かってる。

 僕だって、今日いきなり皆に納得してもらえるなんて、思ってないよ」


 端正な顔立ちに浮かぶのは、ただ爽やかな笑み。

 ユピテルは哀しげに目を細めながらも、演説するように大きく手を広げ、どこまでも穏やかな雰囲気を乱す事が無い。


「今日ここに呼んだのは、そんな大それた目的の為なんかじゃないんだ。

 僕はただ、皆で楽しく話がしたかっただけなんだよ」


「? 話だぁ?」


 訝るように、マルスの片眉がピクリと跳ねた。

 ユピテルはコクリと頷き、静かに人差し指を立てた。


「ずっと考えてたんだよ。

 どうして皆は、こんなに無意味な争いを続けようとするんだろう、ってね。

 ずっとずっと考えて、それでもけっきょく、僕一人じゃよく分からなかったんだ。

 ――それで、気がついたんだよ。

 僕はこの世界の争いを無くしたいって言いながら、実はみんなの事なんか、まだ何一つ知らなかったんだ、ってコトにね」


 自嘲するように、或いは自省するように口元を緩めつつ。

 ユピテルは、静かに自らの左手へと目を落とす。

 そこに浮かぶ橙赤色の魔法円を見つめ、何かを思い返すような仕草をする事、一呼吸。

 緑衣の青年は、真っ直ぐな視線を参加者の全員に向けた。


「僕たちは、今までお互いを知らなさすぎたんだよ。

 きっと、話せばお互いに分かり合えることだってあるはずなんだ。

 ――僕は、みんなの事を知りたいと思う。

 だからみんなも、ぜひ僕に何でも聞いてほしい」


「……、そうか。それなら、遠慮なく言葉に甘えさせてもらおう」


 ユピテルの呼びかけに答える、平坦な声が。

 これは、真也の物だった。

 どこか興味が失せたような色も感じるその声に、アルが驚いたように目を見張る。

 恐らくは他人に対してほぼ無関心な彼の、この言葉が意外だったのだろう。

 そして、その驚きは。

 次の42秒間で彼が取った行動によって、その絶対値を大きく跳ね上げる事になった。


「ユピ様、あんたはいつも言ってるよな。

 ――争いたくない。

 ――争いを無くしたい。

 内容は馬鹿の一つ覚えかと頭を抱えたくなる程だが、それを主張するだけなら、別段オレはなんとも思わないさ。

 オレの目的は帰る事。それだけだ。

 それにはどうやら、ここに居る殆どの参加者に死んで貰わなきゃ(・・・・・・・・)話が始まらないようなんだが、搦め手的に考えると、正直あんたの話に乗るのも悪くは無いとは思っている。

 ……仮にあんたの言う通りに、この世界の争いが無くなったとして。

 それで“守護魔”が不要になったとすれば、それは結局のところ、オレ以外の全ての守護魔が死亡したという状況に等価だとも考えられるからな。

 回りくどいとは思うが、手段としてはそれほど悪手だとは考えていないさ」


 淡々とした、普段通りに内心が全く伺えない声。

 しかしその言葉からは、どこかナニかを見限ったかのような、或いは飽きてしまったかのような色も感じられる。

 真也はそっと椅子から立ち上がると、立ち去るように円卓に背を向け、静かに3歩の距離を取った。


「だが、同時に。どう計算しても、オレがあんたの話を鵜呑みにするには、やはりどうしても“項”が足りないんだ。

 ――繰り返すが、オレはあんたの話を悪いとは思っていない。

 あんたの思惑自体には興味も無いが、あくまでも“手段”として考えた場合、“悪手”と断じる事が出来る程に悪手だとは思えないというのは確かだと判断している。

 なのにどうしてオレが、あんたの話に対してあくまでも“不干渉”という評価だけを下してきたのか。簡単だ」


 彼の真意が掴めないのだろう。

 参加者の視線が、尽く白衣の青年に集中している。

 それら全てを、あくまでも“興味の無い事柄”として無視しつつ。

 真也はその右手を、静かに、白衣の内側に備えられたホルスター(・・・・・)へと触れた。



あんたが信用出来ない(・・・・・・・・・・)



 その瞬間に起きた出来事を理解していた人間は、果たしてどれだけ居たのだろうか。

 真也は予備動作すら見せず、突然背後に振り向くと、右手に握りこんだ空気拳銃をクイックドローで引き抜いた。カチャ、と、冷たい金属のパーツが小さく鳴き、銃口は迷いも見せずにユピテルの胸元を向く。

 誰かの息を飲む音が、微かに響く。

 白銀のアダマス塊は燃え盛るシャンデリアの灯りを反射し、キラリ、と、鮮烈な輝きを伴って見る者の目を眩ませた。


 ――発砲音、は聞こえなかった。


 それが聞こえるよりも、遥かに早く。円卓に飾られていた観葉植物の蔦が爆発的に伸長し、絡みつくように、真也の右腕を空気拳銃ごと縛り上げたからだ。

 それが、瞬き以下の出来事。

 攻撃する事すら、否、抵抗する暇すらも無く、真也の身体はぬいぐるみの様に、無様にも空中にぶら下がる。

 ――振り向きざまの、完全な不意打ち。

 そんな状況であったにも関わらず、最強の守護魔・ユピテルの力は、やはり尚も圧倒的であった。


「……、シン?」


 晩餐会の空気は、完全に凍りついていた。

 アルやウェヌスだけではない。マルスやネプト、サタンなどの守護魔勢を含めて、殆ど全ての人間が、どのような感情からか言葉という概念を失ってしまっている。

 ――だが、そんな中。真也は、確かに、小さく笑みを零したように見えた。

 嘲るように、或いは歓喜するかのように。本当の本当に一瞬だけ、ナニかを確信した(・・・・)ように、確かに口元を緩ませて見せたのだ。

 その笑みの意味に気付いた者は、恐らくは一人も居なかったことだろう。

 何しろそれは、それ程までに、それこそ気をつけていなければ気が付けない程度に、本当に微かなモノだったからだ。

 意を問うような緑衣の王の視線を受けて。白い青年は、次の瞬間には、おどけたように(器用にも)吊るされたままの姿勢で肩を竦めて見せた。


「何のつもり、かな?」


「……、ほらな」


 シュッ、シュッ、と。古びたスプレー缶の様な音が鳴った。

 それは手首を固定され、銃口を上に向けさせられた状態のまま、真也が指だけを動かして空気拳銃の引き金を引いた事で発せられたものだ。

 ――弾が射出された形跡は無い。どうやら、彼は初めから弾丸など装填してはいなかったらしい。


 その行動を、一応の“戦意無し”の意思表示として理解したのか。

 縛り上げていた蔦がスルリと緩み、彼は赤絨毯の上へと着地する事を許される。

 手首についた跡を軽く手で擦りつつ、真也は、探るようにユピテルの碧眼を見返していた。


「“必要は発明の母”と言ってな。

 “必要”こそが発明を要求する。逆に言えば、“必要”が無い技術というのは本来衰退するか、或いはそもそも発明されないのが常だって話なんだが……」


 そこで言葉を切り、真也は伸長していた緑の蔦へと目を向ける。

 目を向け、その先端を、軽く中指で弾いて見せた。


「――大した武器だよな、あんたのは。

 それこそ“戦闘”という必要が無いのなら、定着する要素が全く思いつかないくらいに。

 ……こんな技術を持ってるあんたが、争い嫌いの平和主義者だって?

 お笑い草もいいところだ。

 元の世界に居る間。あんたはコイツを、一体ナニに向けていたんだ?」


「……、仕方なかったんだよ」


 揶揄するような真也の追求。

 それに、ユピテルはどこか淋しげな面持ちで答えていた。

 何か、思い出したくもない過去にでも思いを馳せるかのように――。


「君だって知っているだろう? 僕たち人間は、弱い種族なんだ。

 エルフやオーガ達みたいな“強い種族”から逃れる為には、僕たちは、出来る事は何でもしなくちゃならなかったんだよ。

 人間に――、僕に出来る事は。自然の力を借りて、それをほんの少しだけ強くする事だけだった。……必死だったんだ」


 思いつめたような表情で、ユピテルは軽く指を鳴らす。

 一度は真也を拘束した蔦は、それだけで瞬く間に収縮し、円卓の上へと戻っていった。

 ――変化は、それだけに留まらない。

 次いで蔦は、勢い良く上方に向けて伸長したかと思うと、円卓を覆う傘のように大きく葉を張り出て、無数の萌芽からは赤い花を咲き乱れさせた。

 更にはその一部が散って拳大の赤い実を付け、ポトリと参加者それぞれの手元に落ちて来る。


「でもね、僕たち人間には団結する力がある。

 これはエルフやオーガなんかには無い、正真正銘、僕たち人間だけの力なんだ。

 ――この世界のみんなだって、きっとそうだよ。

 人間同士で争う意味なんか、絶対に、どこにもあるはずが無いんだ」


「……人間同士が争わない世界ってのは、人間以外の敵が居る世界、か。

 皮肉なもんだな」


 祈るように断じるユピテルに、真也は嘲るように肩を竦め、静かに席へと戻る。

 その目は一切揺らぎもせず、同時に、やはりユピテルの言に対して興味を持つ素振りすらも見せなかった。


 アルが、何かを言いたげに彼に目を向けていた。

 真也はそれを片手で制止しつつ、落ちてきた果実をパクッと一口、口に含む。

 洋梨の様な食感で、しかし酷く甘いその果実は。

 大層に美味な筈なのに、彼の鈍い心音を、ピクリとも変える気配は無かった。



 ――瞬間。

 強烈な熱風が、円卓の中央で炸裂した。



「ケッ、黙って聞いてりゃ~よぉ」


 氷の国の守護魔・マルスである。

 一体、何のつもりなのか。

 赤髪の少年は、トレードマークの火炎銃を抜き放つと、素人の真也よりも数段洗練された動作に従って、円卓に置かれた蔦の根本を精確に撃ち抜いていた。


「エルフぅ? オ~ガ~? クッだらね。

 兄さん、強ぇ~んだろ~?

 な~に、そんなワケわかんねぇヤツらにビクビクビクビクしちゃってんのよ。

 図に乗らせんな。ナメられんな。んなキメェやつら、迷わずぶっ殺しに行きゃ~いいじゃねぇか」


「? まさか、そんなのは無理だよ。

 彼らは人間よりもずっと強くて、頭が良くて、しかも何倍も長生きなんだ。

 戦ってどうにかなるような相手じゃないし……それにそんな事をしても、それこそ何の解決にもならないんだ。

 暴力じゃ、結局は何も手に入らない。

 だから、僕たちは――」


「バ~カ、それでもだ。それでも殺しに行け」


 根本を焼かれた蔦が、自重を支えきれずに、崩折れるようにして円卓に倒れる。

 ユピテルが、何か安全装置のような仕掛けでも施しておいたのだろう。

 蔦は完全に床に着く前に、溶けるようにしてその体積を無くし、結果として料理や参加者には一切の影響が出る事は無かった。

 赤い花弁だけが、ただ火の粉のように、鮮烈に彼らの視界に散っていた。


「生きるために必死だっただぁ? ケケケッ、タコスケが。

 そら生きてるなんて言わねぇの。死んでねぇっつ~んだよ。

 飼われてただけの分際で、一丁前に生きた気になってんじゃね~やッ!!」


 火炎銃をクルクルと回し、ホルスターへと戻す。

 その無骨な金属音で聴衆の視線を集めると、マルスは犬歯を剥き出しにした。

 獰猛な笑みを浮かべ、そして、挑むようにして語り始める。



「――おれっちが教えてやるよ。

 テメェらに、モノホンのセカイってやつをよぉ~!!」



「「「「…………、………………」」」」



 ……ハッキリと言えば。

 この時には誰もが、もう既に言い知れないイヤ~な予感を覚えてはいた。

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