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朝日真也の魔導科学入門  作者: Dr.Cut
第三章:エーギルの晩餐会-3『cross cultural communication』
77/91

77. 常識やマナー及び生活習慣に一切の共通項が見出だせない人々が共に食事をする際の最大公約数的な解答とその光景の観察記録

 結局、主催者(ユピテル)の提案で“立食パーティー”にしようという形で落ち着いた。

 参加者の方々は皆、それぞれに大変素晴らしい(・・・・・・・)マナーを持っていらっしゃることが判明し、今更何か一つの形式として型に嵌めるのが非常に困難であると思われた為である。


 バイキング形式なら、取り敢えずは多少(・・)マナーが異なろうと大した問題になりはしない。

 何やらイロイロと計算していたらしいコックの方々がピクピクと顔を引き攣らせたり、或いは給仕係らしき人々が大急ぎで残りの皿を盛り付け直していたりと中々にドタバタとした光景が見られたりしないでも無かったが、まあ概ねは問題なく場が収まってくれたと言って良かっただろう。

 ――そう。彼らの仕事は、これでもう終わったのだ。

 もうこの場に来る必要なんか無くなっただろうし、精神汚染(・・・・)を免れる為にも、こんな魔窟になんか長居しない方が、彼らにとっても絶対に幸せだったに違いないのである。

 サロンから去っていくコックや給仕の顔を一々チェックしながら、某白い王女様だけが、何故かどこか肩透かしを食らったような表情を浮かべていたような気がしないでも無かったが……。


 兎にも角にもそのような経緯を経て、現在。

 てんやわんやとバカ騒ぎしている間に、多少緊張も解けたのか。

 参加者の皆様は、それぞれマナーも座席もコースの順番もほぼ無視して、思い思いの料理を手に取って騒がしく食事を開始していたのであった。



 アルが、大皿に山盛りにされたナニかの肉へと手を伸ばす。

 見た目だけならクリスマスチキンの様に見えなくも無いその物体からは、よくよく見てみると、持ち手になる脚らしきモノが明らかに三本(・・)ほど飛び出ていた。

 ……きっとアレは脚ではないか、そもそも鳥じゃないナニかなのだろう。


 アル自身も見たことの無い物体だったのか。

 なにやら謎の骨を華奢な指先に掴みながら、訝しげに観察しては匂いを嗅いだり、或いはフォークでつついてみたりと色々試しているようだった。

 やがてそれにも飽きたらしく、恐る恐るといった様子ではむっ、と一口、齧りついてみる。

 瞬間。デフォルトで不機嫌そうな翠色の瞳が、パチッとまん丸に見開かれた。

 形の良い頬はほにゃんと緩み、赤い唇は幸せそうにも続きをパクパクと啄み始める。

 ――よほど美味しかったらしい。

 とはいっても、味覚に少々難があると言わざるを得ない彼女の評価である。

 情報源としては、あまり当てになるモノでも無いのかもしれないが……。


 食べる部分が、意外と少なかったのか。

 アルは案外太くて健康的に見える生き物の骨を、名残惜し気に取り皿に置くと、今度は少し大きめのものに手を伸ばした。

 ――その手が、軽やかに空を切った。

 チキンを手に取ろうとしたその瞬間、ヒュパン、と、目当ての肉が何故か虚空に消え失せてしまったのである。


「……ふむ。クセは強いが、悪くは無いな」


 メルクリウスであった。

 どうやらお得意の転位魔術を駆使して、アルが狙っていた肉を横から掻っ攫ってしまったらしい。

 当たり前のような顔で、モシャモシャと肉に齧り付く暴君様。

 スッ、と。アルの視線が、急転直下に冷えきっていった。


「……ちょっと。

 なんであんたは、さっきから人が狙ってるモノばっか食べてるわけ?」


「いつ何を食うかは予が決める事だ。

 貴様に文句を言われる筋合いは無いし、それに――」


 そこで一度言葉を切り、メルクリウスはハン、と小さく鼻で嗤う。

 キュッと眉を潜めるアル。

 そんな彼女の控えめな胸部(・・)に、メルクリウスは小馬鹿にするような視線を突き刺した。


「貴様に食わせるのは勿体無い。

 食ってもどうせ、栄養なんか素通りではないか」


「なっ!! ちゃ、ちゃんと栄養になってるってのよ!!

 胸にばっか栄養回って、頭空っぽのあんたとは違うのッ!!」


「そうです!! 私達は、貴女とは違って――」


「出て来るなぁ!! あんたが現れると論理が破綻するのよ!!」


「どういう意味ですかッ!!」


 やいのやいのと、姦しく騒ぎ立てる魔女と王女と女帝の三人。

 いやはや、なんとも楽しそう(・・・・)である。

 消えたり詠唱が聞こえたり皿がナイフに変わって壁に突き刺さったりと、なんて平和で長閑(のどか)な食事風景なのだろうか。

 変に邪魔をして参加を強制されても困るので、真也は、取り敢えず見なかった事にしようと心に決めた。


「はい、ユピ様~。

 フルフルの実のタルト、好きだったでしょ?」


「ああ――。覚えててくれたんだね、ありがとう」


「えへへ、コックのおじさんが喜んでたよ?

 ユピ様が来てから、料理の食材が一気に増えた~って」


「はは。僕に出来るのは、それくらいだからね。

 政治とかにはあんまり詳しくないし、出来る事だけは頑張らないと――」


 真也が目をそらした先には、某緑のバカップルが寄り添って座っていた。

 ウラノスがお得意の風魔法で料理を手元に飛ばしてきては、あれやこれやと積極的にユピテルに勧めて喜んでいる。

 一見するとなんとも甲斐甲斐しい仕草に見えなくも無いのだが、よくよく見ると、どうやらユピテルは魚料理(・・・)を食べている真っ最中だったらしい。

 ……新手の嫌がらせか何かなのだろうか。

 明らかに合わない筈なのだが、それでも嫌な顔一つせずにタルトを口に含んでくれるあたり、ユピテルはなんとも人格の出来たお方である。気を良くしたらしいウラノスが、マフィンやらマカロンやらザッハトルテやらを次々と持ってきているので、お願いだから誰か一人くらい止めてあげてほしいものだ。


 その時、モッチャモッチャモッチャモッチャと、何やら八つ当たりするような水音が大きくなった。

 真也が不審そうに向けると、随分と不機嫌そうな赤い物体が、ボーリング球くらいの白桃っぽい果物を、力の限り噛み砕きながら二人の方へと迫っていく。

 ――マルスである。


「ニッシッシ。嬢ちゃん、チョイと聞いてもいい?」


 一体何のつもりなのか。

 赤い犬耳少年は、犬歯をニカッと覗かせつつ、幸せムード全開のバカップルの間に入って引き攣った笑みを浮かべた。


「この兄さんに、ドッグフードとか食わせたこと、ある?」


「? ど……え、ド!? ちょ、あ、あるわけないよ!! 絶対無い!! 考えたコトも無い!!」


「……ほむほむ。ほんじゃ、さ。

 マッパで手足縛ったまま、氷の張ってる池に突っ込んだことは?」


「あぅ……だ、だから!! なんでボクが!!

 ユピ様にそんなコトさせなきゃなんないんだよ~!!」


 あまりにあんまりなマルスの質問の数々に、怒る余裕も無かったのか。

 ウラノスは、見目にあわあわと肩を震わせている。

 そんな彼女を無視しつつ、コクコクと頷くマルス。

 クイッ、と。親指でユピテルの胸元を指し示して見せた。


「あ~、と。ぶっちゃけさぁ。

 ……この兄さんの、どこがそんなにいいワケ?」


「――――っ」


 ――シュボッ、と。ウラノスの顔から、一瞬だけ明らかに火柱が上がった気がした。

 未知の火炎魔法か何かなのだろうか。

 最早彼女の脳機能は取り返しがつかないレベルまで損傷してしまったと見えて、ウラノスは顔を真っ赤にさせて俯いたまま、小刻みに震えては「ぁ……ぅ……」なんてよく聞き取れない鳴き声を漏らしている。

 そして、やがて。彼女は、マルスの犬耳へと薄い唇を寄せて、聞き取れないくらい小さな、ユピテルには絶対に聞こえないくらいホントに小さな声で、こう言った。


「…………、ぜんぶ♪」


「ぶっ殺したらぁぁぁぁあぁぁあああ!!!!」


 マルスが修羅へと変貌した瞬間であった。

 以前真也が見たモノよりも3倍くらい刃がギザギザしてノコギリみたいになった、とっても痛そうな黒塗りのナイフを抜き放ち、半分白目を剥きながらユピテルに向かって斬りかかる。パニック映画のモンスターが裸足で逃げ出すレベルの気迫である。腕の良い監督が見れば、十三日の金曜日を凌ぐ程の名作を作ってくれたことだろう。

 ――その後頭部に、雷光のような足蹴りが炸裂した。

 突然転位で現れた青髪の女帝が、ヒールのつま先を少年の頭にねじ込んだのだ。

 メルクリウスはマルスを一撃で蹴り倒すと、面倒くさそうに、しかしあくまでも傲岸不遜に、ズルズルと引きずって自席に戻ろうとしている。


「ふざけんじゃねぇ……。ふざけんじゃねぇよ……!!

 おれっちなんかなぁ!! おれっちなんかなぁぁあぁあああ!!!!」


 マルスの悲痛な叫び声は、後半から潰れたカエルのような呻きへと変わった。

 恐らくは、メルクリウスが魔術で件の首輪へと衝撃を加えたのだろう。

 ビクンビクンと手足を跳ねさせる彼に向けて、女帝が“駄犬の分際で、じき予の物になる男に云々かんぬん”と、こちらもよく分からないし分かりたくも無いような理屈を真顔で押し付けていらっしゃるようだった。

 ……マルスの言葉の続きは、誰一人口に出さずともそれだけで十二分以上に伝わった。


 道中、氷の国の犬と飼い主は、この場で唯一身内を連れて来ていない白化個体(アルビノ)・サタンの後ろを通過した。

 黒いフードの男はさっきから一言も、誰とも一切会話もせずに、まるで影のような静けさと共に、コクコクとハーブティーらしき物を飲み耽っている。

 ……もしや断食しすぎたせいで、いきなりの豪勢な食事は胃が受け付けなかったのではなかろうか。

 だとすれば流石の真也も多少同情しなくも無いのだが、優雅に茶を口に含む彼の表情は、心なしか非常に満足気に映った。


「……お? コイツもけっこういけるな」


 サタンの正面の席では、青い男・ネプトが、サタンとは対照的に、テーブルの中央に置かれた山の様な龍肉のローストを、ガツリガツリと音が聞こえそうな勢いで平らげ続けている。

 相変わらず、見ていて気持ちが良くなる程の食べっぷりである。

 ともすれば、この場の料理が彼一人によって食べ尽くされてしまうのではないかと憂慮する程だ。


 尤も、敢えて比喩表現を用いたように、実際にはそれはあり得ない話だろう。

 なにしろ、今彼が食べている肉の量だけを見ても、この場に集まる筈だった12人という定員に比べれば、不自然な程に多いからだ。

 おそらく天の国は、この場に最低一人、常軌を逸した量を平然と食べる輩が混ざり込んでいるという事実を事前に把握していたという事なのだろう。

 もしかしたらこの会合を了承した議会員の中には、天の国の諜報技術の高さを他国にアピールするという思惑を持った者も居たのかもしれない、などと真也は解釈していたりする。



 本職の貴族たちが見れば卒倒しそうなどんちゃん騒ぎと共に、呉越同舟の宴は続く。

 その大変に賑やかな食卓を、自分の席から眺めつつ。真也は飲みなれない発泡果実飲料を、コクリと一口、口に含んだ。

 ――こういう時の炭酸飲料は、とても便利だ。

 喩えどれほどの雑音が鼓膜を叩こうと、或いは猿のような他人の奇声が胃酸の濃度を押し上げようと、二酸化炭素が溶け込んだこの弱酸は、サッパリとした酸味と共に僅かばかりでも気分をリフレッシュさせてくれる。

 偏屈で人間嫌いという性質を持つ彼にとっては、このパチパチと弾ける泡の感触ほど、“大勢での食事”なんていう最低に近い行事を乗り切るのに有難い物は無かった。


 採光窓の外に覗く空が、黄昏の闇色を強めていく。

 綺羅びやかなシャンデリアが織り成す光のカーテンによって、外界から隔絶された豪奢なサロン。

 様々な参加者達の思惑を、静か且つ滑稽にも含有しながら。

 “天王の晩餐会”は、着実にその行程を消化していく――。

長くなりすぎたので、ここで一回分けます。

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