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朝日真也の魔導科学入門  作者: Dr.Cut
第三章:エーギルの晩餐会-2『trouble and travelers』
73/91

73. 異世界人と地球人の身体機能の相違への考察及び果ての無い平原中央部近辺にて遭遇した予期せぬ闖入者の観測に端を発する異世界人の視覚に於けるグレア現象の成立を確かめる為の最下級戦霊級魔術行使実験

 当然の事ではあるのだが。

 全ての生物の共通項として、物質を摂取するだけでは生命活動を成り立たせる事は出来ないという前提が存在する。


 生体に於ける代謝とは、主として異化と同化という二つの段階に大別する事が出来るのではあるが、恒常性を維持する為に必要なエネルギー及び物質の補給という目的に加え、その過程に於いて発生した無益な、そして時には有害にすらなる副産物を体外へと排出するという行為は、生物にとっては上記の二つの目的に付随した最も大切にして重要な活動の一つであると形容して間違いは無いだろう。


 ――即ち、“排泄”である。


 無論、それは生粋のホモ・サピエンスであり、且つ当然の如く地球に於ける生物学の規範に従った生態を持つ生き物である真也にとっても間違いなく適応されてしまう真理な訳であり、つまり何が言いたいのかというと、夕食で炭水化物の不足を誤魔化すように大量の水を摂取した現在、彼は論理的に推測される帰結として、極々簡単な小用を足す必要に迫られたという事であった。


 いやはや。やはりこういう時には、男子の身体構造とはなんとも便利に出来ているモノである。

 少女達が水浴びをしている泉とは、なるべく逆方向の暗がりにて要件(・・)を済ませた彼は、同時に、なんとなく、“あの少女”がこの旅の道中に於いて、こういう事態(・・・・・・)に見舞われた際にはどのように対処しているのかが気にならなくも無かったのではあったが――恐らく、というか間違いなくその問いは“死”を意味するので、取り敢えずは心の奥底に固く封印して二度と取り出さないようにしよう、などと、彼は強く心に決めたりするのであった。



「なんだ、白いの。覗きか?」



 キャンプに戻った真也に、衝立の前で見張りに勤しむ青い男・ネプトが放った第一声がそれだった。

 真也としては、別に大した足音を立てたつもりも無かったのだが――こうも簡単に接近に気づいてしまうあたり、流石は剣の達人様といったところなのだろうか。


「あんたが許すのか?」


「ま。一目でも見やがったら、その目ん玉串刺しだな」


「…………」


 冗談めかした真也の問いに、ネプトは分かりにくい笑みを浮かべながら鼻を鳴らす。

 その、あまりにも職務に忠実すぎる彼の態度に、真也はついつい辟易せずには居られなかった。


「……リスクとリターンが釣り合わないだろ」


 自らの左手の平に視線を落としながら、真也は疲れたようにため息を漏らす。

 ――左手の、手の平。そこには、彼がこの世界に生存する為に必須の魔法円が輝いている。

 喩え“ソレ”によって“あの少女”が怒る理由なんか全く(・・)分からないとしても、彼女がコレをいつでも消せてしまう召喚主である以上は、真也としては無意味かつ意図的に彼女の怒りを買おうだなんて全く思えないのであった。

 ……いや、まあ。不可抗力的に買ってしまう事があるのが無いのかは別として。


 

 焚き火の側の岩に腰掛け、火で温められていたケトルを取り上げる。

 春先とはいえ、この辺りは昼夜の寒暖差が激しい為か。

 中身のお湯を携行していた銀のコップに注ぐと、なんとも情緒深い湯気が濛々と立ち籠め、焚き火の色を取り込んで綺麗な山吹色に色づく。

 らしくも無く雅さなんかを感じてしまっている自分に苦笑しつつ、真也は持ってきていた香りづけの葉を何枚か入れて、色が付くまで少しだけ待つ事にした。


「それにしても……、あんたも大概だよな」


「あん?」


 本質的に敵である筈の真也の呟きにも、律儀にもネプトは反応を返してくる。

 どうやら見た目以上に世話焼きらしい、などと適当に解釈しつつ、真也は抽出時間も適当な茶を、コクリと一口、口に含んだ。


「姫様に頼まれれば、怪我をしようがなんだろが、嫌な顔一つせずに他国に遠征。

 それだけならまだ分からんでも無いが――、今日一日見てた限りでも、あんたは想像してた以上の忠義者だった。

 ……どうして、あの姫様にそこまで尽くす?」


「? んだよ、従者が主に仕えんのは当たり前じゃねぇか」


「……。あんた、嘘が下手だって言われないか?」


 白衣の青年は、呆れたように大きくため息を吐く。

 やはり、冷え込んできているのだろう。

 ハーブの香りが混じった、白煙のような蒸気が、白くも儚く虚空に拡散し、消えていく。


「……なに。これでも、一応はあんたと全く同じ守護魔(たちば)だからな。

 “召喚主”に逆らえないって事情は分からんでも無いし、あんた程の力があれば、いくらあの姫様がバケモノじみてても保身の為に守りたくなる、ってのはまだ理解出来るんだが――あんたのは流石にやり過ぎ(・・・・)だろう。

 ――食事の時まで常に姫様に気を配って、風呂の時には一歩も動かずに衝立の前で警護? いくらなんでも度が過ぎてるよ。

 あの姫様の性格からして、あんたに強要してるってわけでも無いだろうし――自主的にやってるとしたら、あんたがそうまでする理由はなんなんだ?」


「…………」


 朗々と続けられる真也の問いに、ネプトは渋い顔になった。

 ――その悔やむような表情の中に、ほんの少しの懐古や、或いは親しみのような色が浮かんだように見えたのは、果たして真也の気のせいだったのか。




「……、“贖罪”だ」




 寂しげな、そして酷く自嘲気味な笑みだけを浮かべながら。

 青い男は吐露するように、一言だけそう零した。



「? それは――」


「べつに、大した事じゃねぇよ。

 むかし、トンデモねぇ馬鹿やらかしちまった大馬鹿野郎が、嗤い話にもならねぇくらい馬鹿な方法で、ただ自己満足に浸ってるってだけの話だ。

 ……聞いてもつまんねぇだろうし、あんま気にすんな」


「…………」


 言葉を遮るように、ネプトは続ける。

 ――それなら、それでもいいだろう。

 朝日 真也という人間は、そもそも他人の事情なんていう無意味な(・・・・)事柄に対して、そこまで興味を持てる人格の持ち主では無い。

 この男が過去にナニをして、何を贖うつもりで何をしているのか、なんて事は、偏屈で人間嫌いという人格を育んだ真也にとっては、暇な時に適当に思考に上るか上らないか程度の、本当にどうでもいい事柄でしか無い。


「……。ああ、そうさせてもらう。

 元々、そこまで興味の湧く事象でも無かったしな」


 コクリ、と。コップの中身を一気に流し込んで、喉を潤す。

 ――やはり、今夜は寒い夜になりそうだ。

 焚き火の炎に温められていた筈のその液体は、いつの間にか、喉に当てても熱さを感じないくらいには冷めてしまっていた。




「――――っ!?」



 ――瞬間。

 鼓膜を叩いた、劈くような獣の声に、真也の神経は凍りついた。



「ネプ助、今の――」


「魔獣か? ったく、こんだけ不毛な土地なら安全だと思ったのによ」



 岩の様な体躯の大男は、腰元に小刀を携えながら立ち上がる。

 射抜くようなその視線の先には、先刻四人で食べ、念の為にキャンプから少し離した位置に移動させたトカゲの肉が聳えていた。

 ――先の奇声は、恐らくは武の国勢の騎乗用生物・グリフォンが発した物だったのだろう。

 月明かりしか無く、故にシルエットしか見えないその暗がりの先で、星空に舞う雄大な翼が、トカゲの上に登って肉に食らいついている犬の様な影を牽制している。

 闇夜に浮かぶ眼光の数から察するに、どうやらその犬は、目を四つ(・・)も持っているらしかった。



(? 四つ目の、犬――?)



 何か、小さな引っ掛かりを覚えた気がした。

 ――一体、自分はナニに引っかかっているというのか。

 解けないナゾナゾを出されたようなモヤモヤ感を覚えた真也ではあったが、今の優先事項は魔獣の排除であると思われたので努めてスルーしつつ、空気拳銃に手を掛けながら、連携を取る為にネプトへと目を戻す。



「?」



 ――だが。

 そこで真也は、更に不思議なモノに目をする事になった。

 なんとネプトは、目前に明らかな魔獣が居るというのに、そちらには全く目をやっていなかったのである。

 いや、まあ。それは確かに奇妙でこそあったのだが、コレ(・・)に比べたら、別に意外な事でも何でも無かったと言えるだろう。

 そう。真也が言葉を失い、同時にネプトが魔獣よりも優先して目を向けてしまった、その事象とは――。



「うっひょ~。た、たまんねぇ……」



「「…………」」



 ……赤いのが、衝立の向こうを覗いていた。



「オイ……」


「どこから自然発生してきたんだ、この犬」


 ネプトが右から、そして真也が左から、ぞれぞれ犬耳少年の肩を握り締める。

 握りしめながら、真也は漸く思い出していた。

 ……そう。四つ目の犬といえば、真也も先月くらいに見かけた、“氷の国”主力の騎乗用生物・魔犬(ガルム)に間違い無いというその事実を。

 恐らくは、コイツもユピテルに呼ばれたのだろう。

 赤い犬――もとい氷の国の守護魔・マルスは、そこで漸く二人の存在に気がついた様に、“んあ?”なんて間の抜けた声を漏らした様に見えたのだが……。


「オウオウ待て待て、今は休戦だぁ。

 ……つかさ、同盟結ばね?」


 特に悪びれた様子も無く、犬歯を覗かせてニヤッと嗤いながら、なんかそんな事を言い出した。


「同盟だぁ?」


「ニッシッシ、男だったら説明不要だろぉ?

 女ってのはよぉ~。口じゃイヤイヤ言いながら、実際にゃ男に見せる為に肌磨いてるモンなんだよ~」


 紅蓮の短髪から覗く犬耳をピョコピョコと跳ねさせながら、少年はクイクイと衝立の方を顎で示して言う。

 ……真也は、とても疲れたような顔になった。


「赤犬、あのな、悪いことは言わないから、この辺で止めとけ。

 ……いや、ホント。割りとマジで」


「ケッ、童貞と玉無しが。

 いいから、テメェらもチラッと見てみろっての。

 こんなイイもん、見ねぇほーが失礼だっつーんだよ~」


 真也の静止を無視しつつ、マルスは下卑た笑みを張り付かせながら、ヨダレでも垂らしそうな勢いで衝立へとかぶり付いた。

 そして、“うっひょ~!! ま、マジ!? え、ちょ、アレ触ってね? 触ってんじゃね?”などと、よく分からなくて分かりたくも無い独り言を漏らしている。

 はぁ、と。真也が、心底残念そうに肩を竦めた。

 コキコキ、と。ネプトが、哀れむように首を鳴らした。



「「……遺言は、それでいいか?」」



 ――ゴウッ、と。

 抜き放たれた小刀の一撃が、少年の頚椎目掛けて振り下ろされた。

 焚き火の炎に照らされ、淡く煌めくその反射光を、少年が左に半回転するだけで躱し、真也の脚に掴まって立ち上がりながら、目にも留まらぬ速さでキャンプの方向へと距離を取る。

 流石は体重5kg。身軽さだけは折り紙付きらしい。

 マルスはそのまま焚き火の炎を飛び越えつつ、迷彩柄の衣服ごと自身を闇に溶け込ませ、反転の姿勢を取ったように見えた。


「逃がす――かッ!!」


 風船が割れる様な、軽い音が幾度と響く。

 それは、暗がりに消えたマルスが居る筈の場所に向けて、真也が撃ち込んだ空気拳銃の発砲音であった。


「ケッ、バ~カ!! この暗闇で、飛び道具なんか当たっかよ!!」


 嘲るようなマルスの声。

 無傷の余裕を醸す獣人の声を聞き、しかし真也は、


「当てるつもりなんか端から無いさ。――(lumine)(scence)!!」


 霊道に魔力を飽和させ、詠唱と共にそれを一気に解き放っていた。

 ――そして、暗がりが切り裂かれる。

 アダマスの弾丸を起点にしたその下級魔術の発露は、小さなLEDライト程度の輝きを放ち、マルスの隠れた暗がりを鮮やかに照らし出した。

 殺傷能力なんか一つも無いものの、曲がりなりにも武具を媒体にした“戦霊級”の形になってきているだけ、(ショボくとも)真也脅威の大進歩であったと言えただろう。


「ハッ、だからなんだよ!!」


 無論、マルスはそれを鼻で笑い飛ばした。

 当然だろう。地面に埋まった弾丸は、一応のところ辺りを照らす照明として機能してはいるものの、別段それが真也やネプトにとって取り分けて大きな利益を齎しているわけでは無いのだ。

 ――何しろその発光時間は、光量の減衰を見る限り、長く見積もっても5秒は続かない。

 そうだ。現に、既に1発目の発光魔法の効力は、もう切れて――、



「――にッ!?」



 ――そして。

 一発目の、自分に一番近い位置の照明が切れた、正にその瞬間。

 マルスは、本当の意味で言葉を失う事になった。


 ゆらりと佇む、幽鬼のようなその姿。

 見落とす事などあり得ないだろう大男・ネプトが、いつの間にか、否、初めからその場に立っていたかのような唐突さで、一瞬にして目の前に佇んでいたのだ。

 ナニが起きたのか。どのような魔術を使われたのか。まるで瞬間移動でもしてきたかのように、そして当たり前の様に刀を振りかぶっているその姿に、マルスの全身は総毛立った。



 ――マルスは、知るよしも無い事ではあったが。

 それは、現代社会を生きる地球人類にとっては、非常に身近な現象の再現であった。


 夜間、車を運転する際に気をつけなくてはならない現象。

 光量の少ない道に於いて、自車のライトと対向車のライトが重なる位置に於いて、お互いの光が反射し合うことにより、間に居る歩行者の姿が見えなくなってしまうという危険な光学的効果。

 運転手にとっては正に“突然”歩行者が現れたようにしか見えないという、免許を持つ者ならば絶対に忘れてはならない注意点の一つ。



 ――蒸発(グレア)現象と呼ばれる錯視である。



 素人の真也の腕では、暗がりに潜む標的を撃ち抜く事など出来ない。

 しかしソレを認めた上で、だからこそ、マルスが居るであろう位置の手前に(・・・)数発の弾丸を撃ち込み、更にそれらを照明として機能させる事によって、標的に接近するであろうネプトの姿をカモフラージュするという“視覚の魔術”。

 それが一般人以下の魔術しか扱えない物理学者(・・・・)、朝日 真也が意図した解答であった。


「あ・ん・にゃろ……ッ!!」


 喉元に迫ったネプトの斬撃を、伏せる姿勢を取って紙一重で躱すマルス。

 その奥歯が、ギリギリと嫌な音を鳴らした。

 あの、白い青年が。嘗ては自分に首輪なんかを付けやがったあの白い青年が、ヒトを小馬鹿にしたようなポーカーフェイスで、“計画通り”とでも言いたげに、自分の頭を人差し指でコンコンと叩いていやがったからである。

 故にマルスの怒りは沸点を超え――だからこそ、そのほんの一瞬の“意識の誘導”こそが、白い青年が意図した二手目(・・・)であった事に気づくのが遅れた。



「ウッォォォオオオオオオアアアアアアアッ!!」



 天を裂くような、力強い咆哮。

 それはマルスが意識を離したほんの一瞬に、剣を躱された勢いのまま身体を半回転させ、マルスの背後へと回り込んでいた青い男が発した物であった。

 ――真也に気を取られていたマルスに、それに反応する余裕は与えられなかった。

 地を抉る様に踏み抜いた軸足から舞う、爆風の様な砂塵。

 鍛え上げられた肉体に“身体能力補正”までをも得た武人の一撃は、砂鉄入りのサンドバッグを殴りつけた様に鈍い残響のみを残し、マルスの重心を水平方向に豪快に弾き飛ばした。

 僅か5kgの少年の身体が、鈍い呻きだけを漏らしながら華麗に彼方へとぶっ飛んで行く。


「ガッァァァァァァアアアアアアアッ!!!!」


 空中で縦に三回転半したマルスは、そのまま衝立に直撃し、それを真っ二つに引き裂きながら更に向こうへと飛ばされて行った。

 泉の水面を水切りの様に二度三度と大きく跳ね、彼の身体は更に彼方へ。

 ドッ、と。100メートルくらい先で土が爆発した様に舞い上がり、その破壊の余波だけが、どうやら少年がその辺りまで飛ばされたらしい事を二人の守護魔に知らせる。

 ――なにやら、こっちも決着が付いたのか。

 四つ目の魔犬・ガルムだけが、なんだかとっても悲しそうにクゥンと鳴きつつ、尻尾を振りながら飛ばされたマルスを追いかけて行った。


「……死んだな」


刀背(みね)打ちだ」


「いや、死んだだろ」


 自らの腕を誇るでも無く、淡々と鞘に刀を戻すネプト。

 一仕事終えた様に首を鳴らしながら歩み寄る彼に、真也もなんとなく、能天気な労い混じりに自分の見解を伝えてみたりするのであった。

 ……そんな事をしていられたという時点で、彼らはきっと、まだ自分たちが引き起こした事態の深刻さに気付いていなかったのだろう。


「――――っ!!」


 ネプトが、息を飲んだ。

 岩の様に力強かった筈のその身体が、あっという間にカチコチに硬直し、豪快な口が水上げされた金魚の様にパクパクと動き出す。


「ん? どうしたネプ助。

 どうしてそんな、あんたの鎧よりも更に青い顔で泉の方を――って、ん? 泉?」


 そこで、彼も漸くその事(・・・)を思い出したのか。

 自分たちが犬を追い払った理由は、否、自分たちがそもそもナニをしていたのかを思い出してしまったかの様に、その表情がカチンと凍りつく。

 ギギギ……、と。真也は、音がしそうなくらいゆっくりと、その首を吹き飛んだ(・・・・・)衝立の方向へと向けた。



「ね、ウェヌス。言った通りだったでしょ?」


「…………、はい」



 そこには、当然の如く彼らのご主人様(・・・・)達が居た。

 赤髪ショートヘアな魔女っ子・アル及びブロンドロングヘアな武装姫・ウェヌスが、一糸纏わぬ姿でもって、伏し目がちに肩を震わせている。

 そして、ウェヌスが。なんか、とても残念そうな顔になって、妙に爽やかな笑みを浮かべなさった。


「ここまで堂々とされては、もはや覗きなどという次元を超越しています」


 弁明する暇もあればこそ。

 あまりの迫力に凍りつく守護魔な二人を尻目に、ウェヌスはタオルで手早く身体の水分を拭き取ると、そのまま自らの着替えへと手を掛けた。

 パァッ、と。魔術の発露に特有の燐光が白い服から舞い踊り、七色の偏光を纏った白磁の魔法金属が、戯れるように彼女の全身を包み込んでいく。



 ――それは、鎧という名の要塞だった。



 白磁の鋼が、虹色に輝く光のベールに包まれている。

 無彩色にも関わらず、位置によって色が変わって見えるその偏光は、彼女の代名詞たる世界最強の魔法金属・オリハルコン特有の性質だろう。

 ――オリハルコン。最強の魔法金属の名を冠する通り、この鎧に傷を付ける事なんか、喩えネプトの剣技をもってしても不可能に近い。

 加えて底なしの体力を持つこのお姫様は、喩え哀れな獲物がどんなに本気で懇願したとしても、きっと問答無用で追い回すのだろう。

 ……彼らの前に君臨したのは、正にそういった類の存在であった。


「って、待てぇぇぇぇっ!! ウェヌス!! そりゃいくらなんでも過剰制裁だろッ!?」


「問答、無用――!!」


 腰元に備えられた白磁の大剣。

 鎧と同じオリハルコンにて編まれたそれを思いっきり振り下ろしながら、武装姫は静かに私刑の執行を宣言した。

 ――流石は最強の魔法金属といったところか。

 完璧に受け太刀した筈のネプトの小刀が、王女の剣の一撃によって根本からポッキリと折れ、虚しくも地面に突き刺さる。

 恥も外聞も無く逃げ出すネプトの背に更に一閃。音のみで攻撃線を読んだネプトはそれを紙一重で躱したが、自分の胴体(・・)よりも分厚い大岩がゼリーの様に切断されたのを見て、聞いたことも無い様な奇声を発していた。

 ……無論、それを冷静に観察出来る存在など、今この場には一人も居ないワケではあるが。


「……シン。覚悟、できてるよね?」


「!! ま、待てアル!! 冷静になるんだ!!」


 底冷えする様なオーラを纏いながら言う、赤髪の大怪獣さん。

 ――説得の失敗は、“死”を意味するだろう。

 これまでの経験と背後の奇声からソレを察した真也は、どこまでもどこまでも冷静に、アルの控えめな胸部へと、真っ直ぐに指を突き付けた。

 そのあまりにも真っ直ぐな態度に、つられる様に、アルもつい彼の指先へと目線を移してしまう。

 困惑するアルをよそに、真也の指先は、つー、と。アルの胸からお腹、おヘソ、更には下腹部に至るまで、なぞる様にゆっくりと降りていった。

 アルの目線も、ゆったりとソレを追う。


「?」


 彼の意図が分からず、コクリと首を傾げたアル。

 それを受けて、真也も、心底不思議そうな顔をした。

 とっても不思議そうな顔をして、同じようにコクリと首を傾げて見せながら、教え聞かせるような声色でこう言った。




「覗かなくちゃならないようなモノが、どこにあった?」




 ……“殺してくれ”と懇願したのは、青年にとってこの夜が初めてだったという。

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