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朝日真也の魔導科学入門  作者: Dr.Cut
第三章:エーギルの晩餐会-1『天王からの封書』
69/91

69. 守護魔と異世界人よりそれぞれ採取した生体構成物質の微小生命体による分解反応の観察による異世界の物理法則が適応された際に発生するであろう人類に対する致命的な損害に対する間接的な証明

「アル、ちょっとコレを見てくれ」


「――――?」


 とある休日の日の早朝。

 すっかり暖かい陽気が支配する日々が続き、最果ての丘にも爽やかな春の薫りが吹き抜ける事が多くなった今日この頃。

 朝っぱらから私室的扱いになっている区画に篭り、薬瓶をデスクに侍らせて妙な“筒”の様なモノを覗き込んでいた青年・朝日 真也は、たまたま通りかかった真紅の少女を呼び止めた。

 コクンと首を傾げつつ、少女がスタスタと歩み寄る。


「? 何コレ?」


 手渡された薬瓶をまじまじと見つめつつ、少女は不思議そ~に疑問符を飛ばした。

 ポーションの容器くらいの大きさに見えるその瓶には、この世界には無い言葉で記されたラベルが貼られており、口の部分が黒いキャップの様なモノで固く封がしてあるらしい。

 中には、半透明で薄っすらと色付いた液体が封入されていた。


「ああ、それはな」


 手元に大量に並んだ薬瓶から、棒の先に括りつけたガーゼで液体を取り、薄くて透明なガラス板にキュッキュと擦りつける青年。

 別のガラス板を筒の下に置き、筒を通して覗きこみながら、声色一つ変えずに彼は答えた。




「三日前のオレの尿だ」




 ――ゴッ、と。

 少女が投げつけた薬瓶が、青年の側頭部に直撃した。

 メジャーを狙えるんじゃないか、などと錯覚してしまう様な、この上なく見事なジャイロ回転を果たしていた薬瓶はスナイパーが放ったライフル弾の如く青年のこめかみを的確に撃ち抜き、その衝撃に耐えられずに彼の身体が冷たい床へと崩れ落ちる。

 頭蓋骨の音が、鈍く響いた。


「……なんてモン見せんのよ、あんたは」


「待て、待つんだ。事情を説明するから、取り敢えずオレの鳩尾に向けて振り被っているその(かかと)をゆっくりと下ろして、落ち着いて話を聞いてほしい」


「?」


 ゴシゴシと、ローブの裾に右手を擦りつけていた少女は、しかし彼の反応から、これが少しだけ真面目な話であることを悟ったのだろうか。

 どこか、というかかなり訝しそうにはしていたものの、どうにか溜飲と共にとても固そうなブーツを履いたその足を下げてくれた。

 真也は一度大きく息を吐き、ほんの少しだけ安堵に意識を緩ませながら、自分を跳ね飛ばした瓶(幸いにして割れてない)を拾い上げて、件の“筒”の方を示す。


「細菌の繁殖を調べてたんだよ」


 起き上がり、“筒”の前の椅子に座り直しながら彼は言う。

 彼によると、どうやらその“筒”の正体は“顕微鏡”とかいう、小さなモノを拡大して見る為に使う道具で、暇な時に気まぐれで作ってみたモノだったらしい。

 更に付け加えると、どうやら自然界には目に見えないくらい小さな、“細菌”と呼ばれる微小生物達が数多く居るというのが彼の世界ではほぼ常識として定着しているらしく、また今日こうして“顕微鏡”とやらで観察してみた限りだと、(彼の世界のモノとの比較は難しいのだが)それっぽいモノを幾つか見つけたとかなんとか。


「ふ~ん。つまりあんたのナニの中には、そんなよく分かんないのがウゾウゾ湧いてたってことね。

 ……で、それがどうしたのよ」


「分からないのか?

 オレは今、守護魔(オレ)の尿を顕微鏡で観察して、その中に微小生物を発見したと言ったんだぞ?」


「? うん。だから、ナニ?」


「…………」


 心底どうでも良さそうに呆れ顔になっているアルに呆れた様な目を向けつつ、真也は彼女にも分かる様に言おうと、少し順序を整理してみる事にした。


「あ~、と。そうだな……。

 “守護魔はこの世界の感染症には罹らない”。

 確か前に、君は自分でそう言ってたよな?」


「? 当たり前じゃない。

 “守護魔は守護魔が元々居た世界の理でしか傷つかない”。

 貶められた精霊の負の情念が蓄積して生まれる、“病”っていうこの世界の理が、そのまま――」


「……ソレ以上は確実に不毛だから、その辺で一度止めてくれ。

 いいか? 取り敢えず、少なくとも“オレの世界”ではな、感染症の原因は、こういう微小生物やウイルス達が体内で増える事だというのがとっくの昔に証明されてるんだ」


「?」


 不思議そうに、そしてどうでも良さそうに首を傾げる少女。

 真也は、“あ~、つまりだな……”などと、少し面倒くさくなってきた様子で頭を掻きつつ、静かに結論を告げた。


「今言ったように、オレにとっての感染症の原因とは“微小生物やウイルスの増殖”だ。

 感染症に罹らない筈の守護魔(オレ)の体液や排泄物に、細菌が繁殖するのはおかしい」


「……、へ?」


 ――それで、漸く彼の言わんとする事を理解したのか。

 少女は、ハッとしたように息を飲んでいた。


「ち、ちょっと!! それってどういう事よ!!

 つまりあんたの身体の中には、そういう“病気の原因”が増える可能性が十分にあって、じゃああんたも感染症に罹るかもしれないって言いたいワケ!?

 ――ううん、でも、そんな筈が無い!!

 だって、過去の儀式を辿ったって、元の世界に居た時から病気に罹ってたヤツ以外は、この世界で感染症に掛かった守護魔の事例なんて――」


「ああ、君の言うとおりだ」


「?」


 疑問符を浮かべる少女に、真也はデスクの上に積まれたレポートをパシパシと叩きながら続けた。


「この世界の病原菌がオレの体内では増殖できない、というのはほぼ間違い無い筈だ。

 先週、噴水広場に居た5人の子供とプルートから尿を採取し、オレの物と同一環境下で雑菌の繁殖具合を見てみたが、子供達の尿には観測開始時から既に微小生物の増殖が見られたにも関わらず、オレの尿だけは12時間の観測を経ても一切の変化が見られなかった」


「知らない間にナニしてんのよあんたはぁぁぁぁああ!!」


 奇声と共に放たれる少女の回し蹴り。

 ソレを頭を伏せるだけで間一髪躱しつつ、更に“道理でこの前アイツが顔赤くしてたと思ったらぁ!!”などと叫びつつ放たれるショートアッパーを仰け反ってやり過ごし、神経を研ぎ澄まして1手先を読みながら真也は尚も弁明する。


「待ってくれ!! コレがおかしな事実を示唆しているんだ!!」


「おかしいのは!! あんたの!! 頭の!! 中でしょうがっ!!!!」


「いいから!! 落ち着いて!! 考えてみろっ!!!!

 いいか? オレは今――!? 出したばかりのオレの尿には――っと!!

 細菌の繁殖が!! 見られなかったと言ったんだぞ!!」


「だ、から!! ナニよ!!」


「じゃあ!! オレが今日三日目の尿を観察して!! 

 細菌を見つけられたの、はぁ!! どう、解釈!! する、つもり、なんだッ!!」


「そんなの――って、あれ?」


 襲い来る少女のラッシュを紙一重で躱し続けること、約1分。

 幻の左フックが鼻の頭を掠めたところで、ようやく少女も彼が真面目な話をしている事を思い出したらしい。

 滲んだ汗を白衣の袖で拭きながら、真也は自らの研究から成り立つ仮説を少女に告げた。


「時間が経って性質が変わった、と考えるのが妥当だろうな。

 細菌の増殖以外にも、他に何通りか試薬を使ってオレの尿の反応を見てみたが、採取直後と時間を置いた後では、明らかに反応の仕方が異なっていた。

 おそらくはこれが、“オレの世界の法則”では無く“この世界の法則”が適応される様になった事による物質の分解反応なんだろう。

 その後約1週間の時間を経て、オレの痕跡は文字通り完全にこの世界から“消滅”した」


「…………」


 自らの左手に輝く魔法円に目を落としながら、真也はどこか自嘲気味に言う。

 ――“左手の魔法円”。

 理の異なる別世界に生まれ育った“守護魔”である彼は、少女が維持するその魔法円が無くては、この世界に在り続ける事が出来ない。もしかしたらそれは、徐々に元の性質の面影を無くしていき、最終的には完全に分解されて“消えて”しまったというその事実に、自らの運命でも重ねていたからなのか。

 少女にそれを判断する術は無かったものの、基本的にポーカーフェイスを崩さず感情の機微をあまり見せないこの青年は、それ以上その事実に拘泥する事も無く、淡々と観察の結果のみを述べていく。


「試してみたのは尿だけじゃないぞ?

 唾液、胃液、汗に毛髪に爪。他にも幾つか確かめてはみたが、どうやら個々の部位によって固有の分解速度があるらしい。

 一番長持ちしたのが血液で、これは採取後一週間が経過した今でも、全く性質が変わった様子が見られないくらいだ。

 ここから先は予測の域を出ないが――まあ、恐らくは。この魔法円による“存在の補正”とやらは、生命維持に必要なモノを識別して、優先順位の高いモノほど分解されにくい様に設定されているんだろう」


 ――“守護魔”が分解されるまでの時間と、その優先順位。

 それは、彼がこの世界に来た初日からチラホラと気にしていたことでもあった。

 何しろ彼は、あの“最初の敵”達による襲撃事件の過程で、青の守護魔に自らの血の跡を辿って追われるという経験をしている。

 もしも守護魔の身体から外に出た血液が瞬く間に(・・・・)分解されてしまうというのなら、路上に血の跡なんか残るはずが無いからである。


「そして、重要な事実はもう一つある。

 別途に行なっていた実験の結果、この“本体から切り離された守護魔の一部”が分解されるまでに要する時間には、どうやらオレ自身からの距離も影響しているようなんだ。

 例えばほぼ同じ時間に採取した同じ体液同士で対照実験を行なってみたが、この丘に置きっぱなしにしておいた物は約72時間で分解されつくしたのに対して、ずっと白衣のポケットに入れておいた物は同時間が経過した後にも変化が見られなかった。


 ――見てくれよ。こっちも三日前の尿なんだが、肌身離さず持ってただけあってまだ出したままの新鮮さを――」


「…………」


 ――ゴッ、と。

 少女の右フックが今度こそ青年の左っ面を捉え、彼の身体はデスクの上の大量の薬瓶をなぎ倒す様に崩れ落ちた……。



―――――



「……で、結局あんたはナニが言いたいわけ?」


 言葉にすることも憚られる様な姿になってしまった青年が、衣服の交換とシャワーを終えて戻って来た頃。

 やることが無かったからなのか、青年のベッドをソファー代わりにして腰掛けつつ魔導書を読み漁っていた少女は、戻ってきた彼にそんな事を言った。


「…………、ああ。

 これは、偶然発見した事なんだが……」


 タオルで黒髪から水分を拭き取りつつ、真也はデスクに座り直して色付きガラスの瓶を取り上げる。

 そして中から赤い、赤黒い血液らしきモノがベットリと付着したガーゼの様なモノをピンセットで取り出すと、それをシャーレの上へと置いた。

 注射器を使って(血は魔術的にも重要なモノとされている為か、コレはこの国にもかなり良いのがあった)自らの腕から血液を抜き取ると、それを凝固した血液の染み込んだガーゼの上へとポタポタ垂らし、ゆっくりと左手を向けて集中する様な仕草を見せる。


「――燃焼(combustion)


 以前より大分マシになり、頑張れば焚き火が起こせそうなくらいの威力が出るようになった火炎魔法がガーゼに触れ、チリチリという小気味の良い音を立てながらゆっくりと燃え始めた。


「? いつものへっぽこ魔術じゃない」


「…………。ああ、そうだ」


 なんとも辛口な“可愛らしい師匠さん”に、軽く肩を竦めたりなんかしつつ。

 それでも真也は、ゆっくりと炭化していくガーゼへと目をやりながら、静かな確信を帯びた声で続けた。


「――上手くいけば、これはオレ達の切り札になるぞ」


「?」


 “どういう事なのか”、と。

 未だ要領を得ない少女の疑問は、しかしトコトコと近づいてくる軽い足音によって遮られた。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、お手紙きましたです~」


 黒髪八重歯な死の国の大魔導・プルートである。

 地球だったらまだまだ余裕で小学生であろう年齢の幼い彼女は、小さな両手の間に大層立派に装飾された便箋なんかを収めつつ、微笑ましくもトコトコと駆け寄って来た。


「? 始末書……にしちゃ薄いな。

 ――って、ん? なんだ、開かないぞ?」


 全く心当たりの無い便箋を受け取り、取り敢えず中身を確かめてみようとした真也。

 しかし封に力を込めたところで、彼はそんな疑問符を飛ばしていた。


「? ちょっと。それ、“私書封印”の複合魔導呪詛(バインド)じゃない?」


「“私書封印”?」


 アルは、コクンと頷きを返して続けた。


「“天の国”の上位貴族が好んで使うっていう、特定の人間以外に中身を見せないようにする為の封印術式。

 狼霊級以上の魔力を流さないと開けないし、無理に破ったら中の手紙が燃えるようになってるから、これだけ掛けとけば力のある魔術師以外には中身を見られる心配が無くなるってワケ。

 まあ、逆に言えば、ちょっとでも魔術が扱えるヤツなら読めちゃうワケだから、連中にしてみれば“選ばれた者しか読めない”って意味で一種の礼儀作法みたいなもんなんだろうけど……」


「要するに、家紋の入った封蝋みたいなもんか。

 まあ、それなら……ってちょっと待ってくれ」


 そこまで納得したところで、真也は訝しげに眉を潜めていた。



天の国(・・・)、だって?」



 少女の言葉を、噛み締める様に彼は反芻する。

 ――“天の国”。

 それは確か、あの“最強の守護魔”・ユピテルが召喚された国だった筈である。

 今代召喚された異世界人達の中でも特に圧倒的な力を持ち、しかしその戦闘能力とは対照的に、戦闘行為というものを極端に嫌う“植物使い”。

 “天の国”から手紙が来る理由なんて、真也にしてみれば“彼”以外には思いつかないのだが……、しかし戦闘行為を嫌うという彼が、今更自分たちに手紙を送ってくる理由とは、一体なんなのだろうか?

 真也には、ソレが検討もつかなかったのだ。



「…………」



 ――いや、違う。

 正確に言えば、真也には心当たりがあった。

 今から、約2~3週間ほど前の出来事だ。

 真也は“戦いをやめてほしい”と求めに来たユピテルに、半分以上が建前であったとはいえ、即座に“戦闘の意思は無い”と明言した。そしてその舌の根も乾かぬうちに、彼は銀の国に襲撃に来た地の国の守護魔・サタンとの激戦を行なってしまったのだ。ユピテルがそれを“約束の反故”と取ったとしたら、真也やアルの真意を確認し、場合によっては危険因子として“排除”する為に密書で連絡を取ってくることだって、十分に考えられるだろう。


 

 ――あの“天の国”から届き、しかもこれだけ厳重に閉じられている封書。

 真也は、それが底知れない不気味さを醸している様に思えてならなかった。



 真也があれこれと考えている間にも、アルは彼の手から引ったくるようにして手紙を取り、軽く集中する様な仕草とともに“私書封印”を解除して封を破っている。

 そして、中に入っていた立派な上質紙を取り出すと、金刺繍で縁取りされた荘厳なソレをゆっくりと開きながら、真剣な面持ちで書面へと視線を這わせていった。

 ――彼女が何を見ているのか、なんて真也にはわからない。

 真也に確認出来たのは、少女が手紙の頭の部分に少し目をやっただけで眉間にシワを寄せ、深く悩む様な表情で頭を抱えて黙ってしまったという事だけである。


「どうした、アル? ナニが書いてあったんだ!?」


「…………」


 アルは、渋面のままに黙って手紙を手渡してくる。

 この少女が言葉を失い、こんな、まるで苦痛を堪えているかの様な渋面になってしまうだなんて、手紙には一体どんな内容が書かれていたというのか。

 背中に滴る冷たい汗を努めて無視しつつ、真也はゆっくりと、その手紙の書面へと視線を這わせた。





『(^_-)-☆ヤッホーッ☆♪みんな元気してる~☆彡?

 え? ボク??? ボクはも☆ち☆ろ☆ん☆(^o^)v――』



「…………」




 ――パタリ、と。

 真也は、黙って手紙を閉じた。



「……なんだ、いま脳内を走り抜けた、恐ろしいまでの頭痛は」


「あ、やっぱり? 精神崩壊(マインドクラッシュ)とか掛かってたのかと思ったけど、あんたもそうなるってコトは違ったんだ」


「…………」


 少女が渋面になっていた理由をまざまざと理解しつつも、取り敢えずは恐怖と興味と必要性の赴くままに、もう一度だけ手紙を開いて中身を確認してみる真也。

 開かれた立派で荘厳な上質紙には、どうにもある特定の少女を連想させる様な、非常に拙くて汚くも随所に“抜けた”感の漂う書体で、見ているだけで目が痛くなるようなおどろおどろしい文字列が続いていた。


「……シン。とりあえず、訳して」


「…………」


 書面から完全に目を背けつつ、アルが言う。

 ……なるほど。どうやら、彼女にはこれ以上この見ているだけで精神が呪われそうな文書(略して呪文)を読む気力が残っていないらしい。

 開始僅か2行で読書慣れしている筈のこの少女の精神にすら不可逆的なダメージを与えてしまうとは、なんと恐ろしい“敵”なのだろうか。

 真也は、自らが挑もうとしている相手に底知れない恐怖を感じる羽目になった。


 少女に促されるままに、真也は“呪文”を視界に捉えて脳内に流し込んでいく。

 クセが強い筆跡で読みにくいことこの上ないが、まあなんとか内容が理解出来る水準にだけは達しているようだ。

 冒頭からいきなりはっちゃけた“挨拶”の後には、なにやら“エウロパ炎民議長”なるお局様への愚痴やカッコよくて優しくてスゴく綺麗な“彼”との幸せな日々、そして、何故か最近妙に馴れ馴れしく言い寄ってくる貴族が増えていることなど、他人のホームビデオ並にどうでも良い内容が、誤字に脱字に絵文字に落書き、更には初歩的な文法・用法ミスからスラングの多用と、見るに堪えない駄文で日記のごとく記され続けていた。


「…………」


 ……とうとう、何者かに怒られたのだろう。

 45行目辺りで一度、明らかに驚いた様にペンがガリッと上方にズレており、その後は生まれたての子鹿の様にプルプルと震えた字が1行ほど続き、最後に涙が滲んだ跡で終わっている。

 その後には一応それなりに整った文章――を書こうとして、やっぱり語彙が足りなかったらしく、1行もしない内に再び涙をこぼした跡がついていた。

 とうとう見ていられなくなった誰かがヘルプを入れたのか、そこで“以下、天の国国王・ユピテルが執筆”と書かれており、以下は異なった筆跡で綴られている。


『ぼくほこのたヴぃ、階におねがびが――』


 ――おかしな文字列が続いていた。

 守護魔の持つこの世界の知識とは、その大半が召喚主と共有される事によって得る物である。

 恐らく、ウラノスの頭にあった語彙や文字では、ユピテルの言語能力をそのまま表現するのには絶望的に足りていなかったのだろう。あのイケメンが書いたとはとても思えないような、なにやらとてもヒドイ事になっており、3行もしないうちに終わって“以下、氷民議長・イオが代筆”と書かれていた。

 その後には、まるで活版印刷みたいな、整ってはいるものの非常に事務的な文字列が続いている。


 ……なるほど。

 どうやら天の国とやらには、一通の手紙を出すのに執筆者をコロコロと変えて、更にそれを一々明記する慣習があるらしい。

 いっそ前半部分はカットしてくれれば遥かに楽ではあったのだが……いや、おそらくは。一緒に送って来たのは、頑張って文字を書こうとしたであろうウラノスやユピテルを慮ってのことなのだろう。

 受け取り手よりも国王の尊厳を重視する辺り、流石は“天の国”と言っていいのやらどうなのやら……。


「……シン、まだ?」


「待ってくれ。一応“親書”の体裁を保ってるから、前置きがダラダラと長いんだ」


 馬鹿丁寧なくせに、事務的すぎて敬っている気配が全く伝わってこない定型文をざっと流し読みしつつ、真也は内容を軽く頭の中で反芻していく。

 やがてその目が一枚目の手紙を通り過ぎ、二枚目へと至った頃(初めからこっちを見ていれば幸せだった)――、



「は?」



 そこに記されていた“要件”を見た瞬間。

 真也は、目を丸くしてポカン口を開けた――。

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