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朝日真也の魔導科学入門  作者: Dr.Cut
第三章:エーギルの晩餐会-1『天王からの封書』
65/91

65. 文化と思想が完全に異なるであろう異国よりホームステイ中の小児の社会的見聞を広める事の大切さ及び無邪気とは必ずしも邪気が全く無い状態を示すとは言い切れないという仮説を確かめる為の実地調査

お待たせ致しました~。

只今より異色の第三章・エーギルの晩餐会、開幕です!!

――さあ、ご覧下さい。

朝マガで一番バカな章を……。

「おい、見ろよ。

 アルテミア所長が子供産んだぞ」


「…………」


 爽やかな朝の香りが漂う正門前商店街。

 出勤時間の喧騒に紛れるように、どこかで誰かが呟いた。

 人混みをモーゼの十戒の如く割って歩くローブの少女に、道行く人々がピタリと足を止めて目を向ける。


「はぁ? なにを馬鹿なことを……ってうお!!

 ま、マジだ、信じられねえっ!!

 黒髪、ってことは……やっぱ特務教諭殿との噂はマジだったのか」


「いや、でも。赤目、だし、なぁ?

 それに特務教諭殿とのにしちゃ、ほら。時期が」


「バカ!! あの(・・)アルテミア所長だぞ!?

 そんなもん、髪を一房切って月明かりでも当てときゃ、こう、ニョキニョキっと……」


「うわっ!! あり得る!!

 じゃあ、きっとその時に特務教諭殿から吸った血でも混ぜ込んで――」


人造生命(ホムンクルス)ッ!?

 所長、いくら男嫌いだからって、なにも禁術に手を出さなくても……」



「………………」



 わいわいガヤガヤと、なにやら事実無根な噂話を始める民衆たち。

 ――他に話すコトとか、無いのだろうか。

 極々些細な疑問が湧かない事も無かった赤髪翠眼な魔法少女・“アルテミア所長”ではあったのだが、取り敢えずは軽く呼吸を整えて、サッと右腕を高く掲げてから考える事にした。

 屈折率の変わった空気が、陽炎の様に厚手のローブに包まれた腕に纏わり付き、民衆が腹ペコのドラゴンにでも遭遇したかの様な形相で息を飲む。


「違います!!」


 ――半ばパニックを起こしかけた民衆の避難を遮ったのは、とある女の子のとても迅速な対応であった。

 ルビーのような赤い瞳と、口端から覗くチャーミングな八重歯。

 腰まで伸びた黒髪を二つ縛りにしたその子は、民衆の噂話の発端となったゴスロリワンピースの女の子である。

 まだ“つ”も取れない年齢に見える幼い彼女は、赤髪の少女の前に一歩、ズイッと身を乗り出して声を張った。


「違います!! わたし、お姉ちゃんの子供じゃありません!!

 失礼なコト、言っちゃダメです!!」


 黒髪の少女は、憤るような剣幕で民衆を睨む。

 その庇うような言葉が嬉しかったのだろう。

 小さな子どもが自分の為に怒ってくれているというその事実に、赤髪の少女・アルは、不覚にもジ~~ンと目頭が熱くなってしまっているようだった。

 プルートは民衆をキッと見据えたまま、少々控えめなアルの胸部(・・)に、ピッと人差し指を突きつけた。



「あんなペッタンコなおムネで、子供なんか育つワケがないじゃないですか!!」


「――侵攻せよ(tir)炎の巨人(ken thorn)

 虹橋を渡りて(raidho)世界樹を(sigel)……」


「!? お、落ち着け!! アル!!

 この人混みで始祖の炎帝(ソレ)はマジ洒落にならない!!」



 何の躊躇いも無く、軍隊すら吹っ飛ばしかねない規模の大魔術を紡ごうとする少女を、必死に押し止めようとするもう一つの人影。

 黒いローブを着た彼女を羽交い絞めにしたのは、彼女と対比するかのように真っ白な白衣を纏った黒髪の青年であった。

 ――天才物理学者な“白の守護魔”、朝日 真也である。

 真也は、フーッ、フーッと息を荒げて捕獲された野生動物のように暴れる少女を押さえつけながら、爆弾処理班のような慎重さで“どうどう”となだめる事に徹していた。


「放してよ!!

 このガキンチョだけはマジで一回シメないと――!!」


「だから待てって!!

 オレ達が押し付けられた役割を忘れたのか?

 子供を育てるっていうのはだな、多少のお茶目には目をつぶって我慢してやるのが――」


「――まったく、失礼なヒトたちです~。

 だいたい、お姉ちゃんがお兄ちゃんの子供なんか産むワケないじゃないですか。

 お兄ちゃんは、わたしのなんですから。

 お兄ちゃんの子供を産むのは、わた――」


「ちびっ子!! お前も待て!!」


 赤髪の少女・アルを押さえたまま、真也は器用に手を伸ばしてプルートの後襟を掴む。

 その感触にピクンと振り返ったプルートは、心底不思議そ~に小首を傾げた。


「? どうしたですか?」


「……どうしたじゃない。

 ちびっ子、お前今ナニ言おうとした?」


「え~? お兄ちゃん、ヒドイです~。

 お布団の中にいるときは、あんなにやさしくしてくれたのに……」


 薄紅色に染めた頬に両手を当て、凶悪なくらいあざとい仕草でクネクネと身を捩るプルート。

 アルは底冷えするようなオーラを背中から発しつつ、そっととんがり帽子のツバを下げた。


「……待て、アル。おそらく、君は大きな誤解をしている。

 弁明の用意があるから、取り敢えずオレの鳩尾(みぞおち)に向けて振りかぶっているその肘を止めて話を――」


「ムッフッフ~。お姉ちゃん、知ってますか?

 お兄ちゃんといっしょに寝るのって、とっても気持ちいいんですよ?

 温かくって、優しい感じがして、スゴく……」


「――だからお前も待て!!」


 真也の静止を聞くことも無く、アルは“子供にナニしてんのよこの変質者~っ!!”などと奇声を発しながら真也の鳩尾目掛けて肘を振りぬく。

 真也は魔導師らしからぬ威力を秘めたその肘打ちを腹を引っ込ませるだけで器用に回避しつつ、尚も余計なコトを口走ろうとしているプルートの口を押さえ込んでこれ以上の被害の拡大を予防する事に躍起になっていた。


 ――いやはや。やはり子供にだって、ある程度の分別くらいは必要である。

 真也自身には全然、全く、これっぽっちもやましい所が無いのではあるが、それでも今回のように予想外の災害が発生する可能性を孕んでいる以上は、やはり子供のお茶目だなんて流さずしっかりと教育してあげる事こそ、保護者として真にあるべき姿であると言えるのではなかろうか。

 まあ、子供の言うコトを真に受けるこの少女(アル)の方が少数派なのだろうが……。


「……って、あれ?」


 ――と。

 そこまで考えたところで、真也はようやく自らを取り巻く異変に気が付いた。


 人混みが、引いている。


 一体何のサプライズなのか。彼らを取り囲んでいた民衆は、何故か(・・・)、まるで示し合わせたかの様に一歩後ろに下がり、盗み見るようにして真也の顔をチラチラと見ていた。

 ……なんか、まるでとても汚いモノでも見るかのような視線であった。

 なんとなく耳を澄ました彼が拾ったのは、ロ○とか変態とか犯罪者だとかいう、全く意味が理解出来ない謎の鳴き声。

 サーッ、と。普段からポーカーフェイスを崩さない筈の彼の表情から、見る見る血色が失せていく。


「………………」


 彼だけでは無い。

 民衆のざわめきを聞いた赤髪の少女も、見る見る間にその顔色を紅潮させているようだった。

 おそらく、ナニかプライドを深く抉るような言葉でも聞いてしまったのだろう。

 敢えて具体的にその内容を抜粋するとするのならば、浮気とか子供に取られたとかやっぱり性格がとかペッタンコとかペッタンコとかペッタンコとか……。



「…………」



 青年は、軽く肩を竦めた。

 肩を竦めて、一度呼吸を整えると、白衣の内ポケットから数枚の護符を取り出して、ペタペタと地面に貼り付けた。

 オレンジ色の羽根ペンが、サッと左手に構えられる。



「………………」



 少女は、深くため息を吐いた。

 ため息を吐いて、一度精神を落ち着けると、右腕を高く高く掲げて、スゥッと魔力を流し込んだ。

 オレンジとピンクの混合色の燐光が、ヴンッと右手を包み込む。



「…………」

「…………」



 ……二人は、大きく息を吸い込んだ。



解放(jara)ッ!!!!」

命ず(ansur)ッ!!!!」



 ――詠唱開始から0.2秒。

 羽根ペンによって変形した地面と一字詠唱によって放たれた火球が、轟音と共に特に声の大きかった一団を強襲してなぎ倒した。

 パニックを起こした民衆が悲鳴を上げて逃げ惑う中、幼女の小さな唇が更なる妄言を紡ぎ出し、鈴のようなその声をバックミュージックに青年が腰元のホルスターから流れるような動作で空気拳銃を取り出して構える。

 それとほぼ同時、赤髪の少女も次弾を放つ為に必要な詠唱を終えた。

 白い学者と赤い魔女が、目配せし合ってコクリと頷く。


「アルッ!! なるべく音のデカいのを頼む!!

 連中の鼓膜を破るんだ!!

 オレは、今の会話を記憶した脳細胞を抉り出すッ!!」


「了解!! 任せて!!」


「む~。お兄ちゃん、テレないで下さいです~。

 お姉ちゃんも、ヤキモチは――」


形状変更(select)!!」


火龍の火炎弾(ファーヴニル)!!」



「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁあああああああッッ!!!!」」」



 ……その日は、一日中始末書を書く羽目になった。



―――――



 真也がこの世界に来てから一月が経とうとしていた。

 初めの頃こそ先が思いやられた“新たな住人”との新生活ではあったのだが、一週間ほど生活を共にしてみた彼の経験から感想を述べるとするのなら、まあ思っていたほど苦ではない、といったところだろうか。

 自身も到底子育てになど向いておらず、また同棲中(・・・)の彼女の育児能力にもあまり期待するところが無いと思っていた真也からすれば、当初は柄にも無くそれなりの不安を覚えたりしない事も無かったのではあるが……。

 どうやら育てられるべきお子様・プルートが、歳の割には随分と聞き分けのある精神年齢の持ち主であった事もあり、実際に暮らしてみると、世話をするコト自体はそこまでストレスを感じるような行為では無かったのであった。


 ――とはいえ、それはあくまでも“世話の大変さ”という一点について述べた場合にのみ成り立つ公式に過ぎない。

 大人びていて素直で聞き分けがある代わりに、腹部の着色に少々問題があると言わざるを得ないこの小悪魔さんと一緒に生活するとなると、やはり相応の問題が発生しないことも無かったりはする。



 例えば、こんなコトがあった。

 あれは、そう。確か、プルートがお屋敷に住み込み始めてから3日目くらいの出来事である。珍しく休暇が重なった魔導研究所所長なアルと特務教諭な真也は、プルートと共に朝から王都に繰り出して適当な場所をブラブラと散策していた。


 まだ土地勘の無いプルートに、王都の中を案内する為である。


 建前上は最果ての丘に幽閉されている事になっているプルートではあるのだが、やはり年端もいかない少女を一日中人里離れた屋敷に閉じ込めておくのは、安全の為にも心と体の健やかな成長のためにもあまり宜しくは無いだろう。


 ――子供の成長の為には、やはり他者との交流は欠かせないのである。


 よって真也やアルが魔導研究所で働いている間は、王都の中で他の子供に混じって適当に遊んでいてもらうのが、プルートの為にも自分達の為にも一番だろう、などと彼らは判断したのでであった(“敵国の大魔導”を王都に放つのはなにかと問題があるようにも思われたが、プルートは随分と真也に懐いているようであるし、しっかりと言いつけておけば暴れて誰かに危害を加えるような事は無いだろう、などと一応のところ二人は信じてはいる)。


 実際、プルートはこの3日くらいの間は、噴水広場で他の子供達と何の問題も無く遊んでいたようではあるのだが――まあ、折角この無駄に広い王都に居るのだし、もう少し行動範囲を広げてあげたってバチは当たらないだろう、などと、ささやかな親心を起こした結果がこの日の散策なのであった。



 王宮を中心として放射状に伸びる、大まかな大通りを散策し、少しだけ閑散とした裏通りに入る。

 魔装屋・ギルなど、真也にも馴染みの店が多い四番街を抜け、付近に見えた五番街には危ないから近づかないように、などと言いつけつつ、真也はアルの先導によって自分も知らなかったような細道を抜ける。

 その先に現れた高級住宅街を抜けた頃、いつの間にか正門前商店街の雑踏へと戻った事で、彼らの散策は一応のところ一段落がついた。

 ――昼食時には、まだ少々時間がある。

 誰が言い出すでも無くそう判断した彼らは、ちょうど目の前に小さな売店があった事もあり、取り敢えずはなにか適当に飲み物でも飲んで休もうかという事で落ち着いたのであった。


「じゃ、シン。適当になんか買ってきて」


 ベンチにドテッと腰を下ろした少女が、当たり前のようにそう仰る。

 ……色々と言いたい事もあったが、やっぱり特に言うほどでもなかったので努めてスルーしつつ、真也は適当になんか買ってこようかと売店の方向につま先を向けた。

 そんな彼の目の前に立ち、笑顔で通せんぼしようとする小さな影。

 黒髪赤眼なゴスロリ少女・プルートは、両腕を大きく広げて真也の注意を引きながら、口端から小さな八重歯をチロリと覗かせて言った。


「わたしが買ってきます~。

 お兄ちゃんは、そこで座ってまってて下さいです~」


 ――某髪が攻撃色(あかいろ)な少女とは似ても似つかない、大変に無垢で健気な気遣いである。

 流石に些細な感動を覚えてしまいそうになった真也ではあったのだが――しかし、まあ。流石に彼も、自分が休む為だけに子供に買い出しに行かせる程に、外道な精神性を持ち合わせているわけでも無い。

 アルに扱き使われるのはいつもの事であるし、また飲み物の買い出しくらいなら、本当に大した労力でも無いからである。

 なので真也は、折角の彼女の厚意ではあるが今回は遠慮しておこう、などと思ったのではあったが――。

 そんな時、プルートは店の入口の方をチョコンと指さしたのであった。


「お兄ちゃん。あれ、見て下さいです~」


 彼女が示した先にあったのは、一枚の小さな張り紙であった。

 その見出しもズバリ、


 “小さな女の子大歓迎!! 子供三割引!!”。


 ……なるほど。どうやら、あの売店は子供に優しい店作りでもモットーにしている節があるらしい。

 子供御用達の噴水広場が近い事もあるし、その関係だろうか。

 まあそういうコトなら話は別で、たかが三割であろうとも、引いてもらえるモノなら引いてもらいたいと思うのが一般的な庶民の心情だろう。

 それに、まあ。やはり子供の教育の為には、こういうお使いだって重要な経験として身になるのではなかろうか。

 そう判断した真也は、プルートに飲み物代の“5フェオ”をチャリンと手渡すと、快く初めてのお使い(・・・・・・・)をやらせてみる事にしたのであった。

 真也に任された“大役”に、プルートは気合を入れるようにキュッと口元を結ぶと、トコトコと売店の中へと駈けて行った。




「5フェオで足りるよな?」


 アルの隣に腰掛けて、いつものポーカーフェイスで店の中を眺めながら、真也はアルに話を振る。

 アルは、「大丈夫じゃない?」などと、少々素っ気ない返事をした。

 飲み物の物価など、ポーション1本で1フェオ~1フェオ50ヴァースくらいが相場なのだから、当たり前と言えば当たり前だろう。

 ……尤も、「余計なモノ買わなきゃね」などと、アルは少々不審気に言葉を続けたりはしているのだが。


 だが、まあ。口ではそんなコトを言いつつも、アルもなんだかんだでプルートのコトを気にかけてはいるのだろう。

 興味が無い体を装ってはいるが、明らかに落ち着かないような、どこか手持ち無沙汰な様子で、チラチラと盗み見るかのようにして小さなお子様のお使いを見守っている。


 そんな素直になれない魔法少女な彼女の視線の先では、プルートが店主らしきオッサンと何かを話していた。

 明らかに商品を持っていないのが気にはなったが――真也やアルがそれについて深く考えるよりも早く、プルートはオッサンから紙切れのようなモノを受け取ると、無邪気な笑顔を浮かべながらトットットットッと店から出てきた。



「お店ごとくれるそうです~」


「――待ちなさい」



 ……無邪気な(・・・・)笑顔で真也に駆け寄るプルートの肩を、アルはみしっと右手で握りしめた。


「? どうしたですか?」


「……どうしたじゃないでしょ。

 あんた、ナニしてきたの?」


「? えっと~。割引をおねがいしようとしたら、この街の子の証明? みたいのがないとダメだよ~って言われたんです~。

 それで、“わたし、そんなの持ってないんです~”って言ったら、オジサンが“わかったよ~”って言って、お店をくれたんです~」


「……だから、そんなワケがないでしょ。

 正直に言いなさい。“持ってないんです~”と“お店をくれたんです~”の間にナニがあったのよ」


「? えっと。オジサンが、“わかったよ~”って……」


「……オジサンって、さっきからレジに突っ伏して額をゴリゴリ擦ってるアレの事だよな?

 なんか、どう見ても明らかに号泣してるんだが――てかちびっ子。

 さっきから気になってたんだが、その紙切れは何なんだ?」


「? お兄ちゃん、欲しいですか?」


「? まあ、貰えるモンなら貰うが……。

 ん? なんか書いてあるな。

 なになに、“私所有の末尾記載の不動産を――”」


「“権利書”じゃない早く返してきなさいバカ~ッ!!」



 ……何故か、青年が殴られた。




 ――と、まあ。慌ただしくはあるものの、このちびっ子さんと暮らしていれば、実はこの程度のコトは日常茶飯事であったりもする。

 例えば、このすぐ後にはこんなコトもあった。

 店主の男に店の権利書を返し、小一時間ほど心のケア(・・・・)をしてあげた彼らが店を出ると、見覚えのある少年とバッタリと出くわしたのである。

 金髪に蒼眼という、パッと見では地球の白色人種(コーカソイド)に見えなくもない容姿をした彼は、確かレイとかいう名前の好奇心旺盛な少年だったはずだ。


 レイ少年は真也達を、正確にはニコニコと笑っているプルートを見つけるなり、ほんのりと顔を赤らめて、どこかモジモジした様子でトコトコと近寄ってきた。


「? プルート、この子とどういう関係?」


「お友達です~」


 アルの問いに、プルートはあくまでも無邪気な笑顔で返答する。

 プルートによると、彼とはどうやら、この三日間くらいの間噴水広場でよく一緒に遊んでいたくらいの友達関係であったらしい。

 ――まあ、なんにしても。交友関係が広がるのは、この国に来たての彼女にとって大変によろしいコトであると言えるだろう。

 これでプルートも、きっともう安心――、



「ぷ、プルさま!!

 チョウキョウしてください!!」


「……プルート。この子と、どういう関係?」


「お友達です~」


「……そんなワケがないでしょ。

 様付けで跪く友達がどこの世界にいんのよ。

 あんた、この子にナニしたの?」


「? 聞きたいですか?」


「…………、ゴメン。やっぱいい」



 ……本当は小一時間ほど問い詰めたい欲求に駆られもしたアルではあったのだが、この時ばかりは努めてスルーする事にした。

 だって年端もいかないような無垢な少年が、同じくらいの年頃の少女の足元にひれ伏して、ナニかよく分からないコトを懇願しているのである。

 アルには、これは触れてはいけないモノのような気がしてしまった。




 まあ少々気になるエピソードではあったものの、詳細はあまりよく分からない事でもあったし、同時にあまり深く踏み込む気を起こす者も居なかったので、コレ自体はあまり問題であるとも言えなかっただろうか。

 ――何しろ、問題が起きているのは外だけでは無いのだ。

 少なくとも赤髪の召喚主・アルにとっては、家の外に居る時よりも中に居る時の方が、遥かにこの小さなお子様に振り回されていたのだから……。



 こんな話がある。

 あれは確か、プルートが家に来てから4日目くらいの夜のコトだっただろうか。

 その日のアルは、どこがそんなにいいのか分かりゃしない“あのバカ”にベッタリとひっついて離れないプルートを、どうにかこうにか引き離す事に成功し、なし崩し的に彼女の役目となってしまった“プルートをお風呂に入れる”という日課をこなしていた。

 まだ4回目だし、誰かの身体を洗った経験なんか彼女が来るまで1回も無かった事もあり、アルは少々手際に手間取ったりもしていたのではあるが……だからといって、プルートをあのバカと一緒にお風呂に入れるなんて、絶対に有り得ない。


 ――うん、そう。ダメ。

 “ソレ”だけは、ナニがダメなのか知らないけど、とにかくダメなのだ。


 自分でもよく分からない思考をグルグルと回しながら、指通りの良い、そしてなによりも“長い”プルートの黒髪を、どこか羨ましそうな目で見つつ、同時にそんなコトを考えてしまう自分自身に極些細な嫌気がさしつつ、アルはプルートの綺麗な髪の毛を、とても丁寧にクシュクシュと洗ってあげていたのであった。


「……お姉ちゃん」


 不慣れなせいで力加減がよく分からず、なんとなくシャム(犬と猫を足して2で割ったような生き物)の頭でも撫で回すようなイメージで、プルートの側頭部あたりをコショコショとやっていた頃。

不意に、プルートは申し訳なさそ~な感じで少女を呼んだ。


「? ゴメン、痛かった?」


「いえ、そうじゃないです。あの……」


「?」


 プルートは、本当に申し訳なさそうに言う。

 その叱られた子供そのもののような声に、しかしそんな声でナニかを言われる心当たりが無かったアルは、ポカンと首を傾げるしか出来なかった。

 プルートは少しして、俯くような感じで続けた。


「……ゴメンなさいです、お姉ちゃん。

 わたしの、せいで……」


「――――っ」


 言葉を詰まらせたアルは、その瞬間、ようやくプルートが言わんとする事を理解した。

 いや、改めて理解するまでも無い。正確には、アル自身が“その事”を、わざわざ顕在意識に登らせていなかったというだけの話だったのだ。

 何しろ、“その事”を踏まえて考えてしまえば、アルにはプルートに謝られる理由が、(アルがどう考えているかではなく、少なくともプルートが謝ってもおかしくないと思えてしまう理由が)あまりにも多すぎる。


 そう。この子、プルートの立場を考えれば、それは明らかだろう。

 “わたしのせいで”の続きは、果たして地の国の連中にいつ狙われてもおかしく無い立場に巻き込んでしまった事か、或いは“大魔導”が居るというだけで、少なからず自分達に迷惑を掛けてしまうという事なのか、もしくはこうして“子育て”という形で、結果としてアルや真也に少なくない負担を強いてしまっている事に対してなのか。


 今のアルには、それは定かでは無かったが――。

 しかしそれらの“負い目”は、確かに、プルートに謝罪の言葉を言わせるに足るだけの理由になり得るモノだろう。



「…………」



 でも、同時に。

 アルは、こんな小さな子どもが“そんなコト”を負い目として背負わなくてはならないのは、あまりにも身の丈に合わない話であるとも思っていた。

 ――だって、アイツの言葉じゃないけれど、そんな“些細なコト”なんか、アルにとっては召喚主としてアイツを召喚した時から、いや、それどころか魔導師になると決めたあの日から、もうとっくに覚悟していた要素の延長線上にあるモノでしか無いのだ。

 この程度の事で謝られては、逆に“一流の魔導師”であると自負しているアル自身のプライドが許せない。


 この子を育てる事に乗り気じゃなかったのは、確かに事実だ。

 でも。それでもアルは、虚飾でも誇張でもなんでもなく、そんなコトはこんな小さな子どもが気にするようなコトじゃないのだと、心の底から本気で思っていた。


「……ゴメンナサイです、お姉ちゃん」


 尚も謝り続けるプルートの頭を、アルは労るようにして優しく撫でる。

 そんなアルの心遣いに、プルートは宿を見つけた猫のように目を細めた。

 目を細め、更に俯き加減になりながら、プルートはまるで吐露するかの様に――。




「わたしのせいで、お兄ちゃんとラブラブできなくて、欲求不満にしちゃってゴメンなさいです~」




 ――ズルッ、と。

 アルは思いっきり足を滑らせ、盛大に尻もちをついて床に倒れ込んだ。

 すり鉢状になっている特徴的なシャワーの形状が災いしたのだろう。

 洗髪料でヌメった床はまるで滑り台のようにアルの身体を滑走させ、頭が上に尻が上にと奇妙な振り子運動を開始させる。

 ……3回ほど、排水口の上を往復しただろうか。

 身体中がじんじんヒリヒリとヒドイことになっていたが努めて気にしないようにしつつ、アルは神速で起き上がってプルートの小さな肩をガシっと掴んだ。



「な、なな、な、ら、ラ!?

 な、なななんで、あた、あたたた、あたしが!!

 あんなバカとラブラブしなきゃなんないのよ!!」


「えー、そんなのウソです~」


 壮絶な勢いで捲し立て、プルートの小さな肩をブンブンと振り回すアル。

 一方、当のプルートは、子供とは思えないくらいに意地の悪い表情を浮かべながら、“ムッフッフ~”と笑って続けた。


「だって~。

 お姉ちゃん、今日のゴハンの時だって、5回はお兄ちゃんのお顔見つめてたじゃないですか~。

 ぶっちゃけ、わたしでもちょっと引いちゃうくらいのアレっぷりです~。

 わたしがいなかったら、ホントはラブラブしたくてしょうがないんじゃないんですか?」


「新しい料理に挑戦してたから、ちょっと気になっただけじゃない!!

 だ、だいたいね!! アイツは異世界人で、あたし達とは違う生物なのよ!?

 ううん!! そうじゃなくたってね、あんなバカで常識知らずなヤツなんか、どんな蓼食い虫が付くのかもう半月掛けて交配実験してやりたいくらい……」


 もう半ば以上ムキになって否定の言葉を並べ立てたアルは、しかしそこまで言ったところで、唐突に言葉を切った。


「ふ~ん、そうなんですか~。良かったです~」


 目の前の少女・プルートが、そんなコトを言いながらニマ~っと口元を緩ませつつ、ゾクリとするほどに妖艶な色を大きな瞳に湛えていたからである。

 プルートは仄かに色づいた頬に両手を当てて、わざとらしいくらい嬉しそうに身をクネらせていた。


「ムッフッフ~。いいこと聞いちゃいました。

 お兄ちゃんは~、わたしがもらっちゃってもいい人だったんです~」


「…………」


 “あ、でも……。お兄ちゃん、わたしみたいなちっちゃな子は、好みじゃないかもです~……”、などと、プルートは独り言のように呟いている。

 ソレを呆れたように眺めていたアルが、一言だけ“マセガキ……”と憎々し気に呟いたとか呟かなかったとかいう事実がここにあったり無かったりするのではあるが、その辺の事情はあまり重要なコトではないので省略する。


 要点は、一つ。

 夢見る少女のようにトロけた顔で何かを想像(妄想)していたらしいプルートは、暫くして、まるで何かに気が付いたかのような、真剣な眼差しでアルを見つめて来たというコトである。

 プルートは嘗め回すような、しかしどこか不安そうな表情になってアルと自分を見比べると、静かに、ゆっくりと、アルの少々控えめな胸部に手を伸ばしてフニフニと触りだした。


「?」


 プルートの行動が全く理解出来ず、心底不思議そ~に首を傾げた“銀の国の大魔導さん”。

 彼女が今の謎のアクションについて色々と思案している間に、プルートはアルの胸部を触っていたその両手を、ゆっくりと、まだまだ平坦な自分の胸元に持っていき、そして同じようにペタペタと触りだした。

 ――瞬間。

 プルートは心の底から安心したような表情になって、ニパッと眩しい笑顔を見せた。



「お揃いです~」



 ――その後の出来事は、この場で語るにはあまりにも描写が残酷になり過ぎる可能性を秘めているので省略する。

 ただ、敢えて端的に事実を述べるとするのならば。

 風呂から上がってリビングで寛いでいた某白い青年が、シャワーの方角から突如として響いてきた世にも恐ろしい爆発音を耳にしてしまい、ついつい気になってそちらへと足を向けてしまったというコトだろうか。

 ……結論から言えば、不可抗力的にあるモノ(・・・・)を目撃してしまった不幸な彼は、何者かによって記憶が飛ぶくらい殴られた。

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