64. アイアイ★こらむ⑤ モコモコ動け!! 土魔法!!
注)アイアイ★こらむは電波系楽屋落ちコーナーです。真面目な方、まともな方、あるいは毒電波に対する耐性が無い方などが読まれますと、精神とかに何らかの異常をきたす可能性がありますのでご注意下さい。
「アイ★こら!! Fiveッ!!!!」
「…………」
「皆さんこにゃにゃちわ~!!
“天災は忘れた頃にやって来る”なこのコーナー、アイアイ★こらむのお時間がやって参りましたよ~!!
今日も物理学部の雑食系小動物こと相川 愛と、性癖にちょっぴり疑惑が持ち上がりつつある17歳・素粒子物理学博士の朝日 真也教授の二人でお送りしたいと思いま~す!!」
「(悪食系ハムスターの間違いだろ……)
てかどうした? なんか今、サラリと事実無根の誹謗中傷が漏れた気がするんだが……」
「いえ!! 割りと客観的な事実に基づいた推理だったので気にしないで下さい!!
――あ、スミマセン教授。
その、もうちょっとだけ離れていただいても、よろしいでしょうか?」
「? なあ、さっきから気になってたんだが……。
どうして君は、そんな指名手配犯にでも向ける様な視線でオレを見るんだ?
それに今日の君は、なんかいつもよりも明らかに距離が……」
「(シラ~~~~)」
「……なんだ、その侮蔑以外に形容し難いくらいに見事な白け顔は?」
「いえ、その……ぶっちゃけおかしいとは思ってましたよ?
だって教授。その歳で、その顔で、しかも大学教授なんて好条件が揃ってるのに、今まで浮いた話一つ聞いたコト無いんですもん。
でもでも、まさか、いくらなんでも……」
「? まあ、理工系は特に男社会だからな。
大学職員は割と多忙だし、特にオレみたいに休み返上で研究に没頭してる若手なら、別に浮いた話なんか無くても珍しくは無いんだが……。
で、それがどうしたんだ?」
「ふ~ん、珍しくないんですか~。
……ところで教授、知ってましたか?
教授の講義って、実は女の子の比率、けっこう高かったりするんですよ?
しかも、大学生ってコトは、みんな教授と2~3歳くらいしか変わらないんですよ?」
「……あのな。物理学部の女子比率なんか、高いって言っても精々3割前後くらいの話だろう。
ただでさえオレの講義はコース・ドロップアウト率が学内1位で有名なんだし、そもそも生徒の性別や年齢について言及する意味もわからんが……。
で、結局ナニが言いたいんだ?」
「はい、つまりですね。
教授、ちょっとだけお耳をかして頂いても、よろしいでしょうか?」
「? ああ、分かった。
……ん? ヒュォォォオオオ?
おかしいな。なんか、風の音が……」
「ナニしてるんですかぁぁぁぁあああああああっ!!!!」
「耳がぁぁぁぁぁああああああッッッ!!!!」
「教授、最低です!!
わたし、教授がそんなヒトだったなんて思いませんでした!!
教授、自分がナニしちゃったのか分かってるんですか!?」
「ま、待て!! 叫ぶな!! 頼むからそれ以上叫ぶなぁ!!
これ以上はマジで耳――ッ!? プツッていった!! プツッて!!」
「大事なコトを忘れるから、お侍さんに耳取られるんですよ!!」
「だれがホウイチだ!! てかオレは体中におどろおどろしい耳コピ文を書く趣味も無ければ、耳にだけソレを書き忘れるほど間抜けでも無い!!」
「忘れてたじゃないですか!!
ヒトとして大切なコト、思いっきり忘れてたじゃないですか!!
なんなんですかアレ!!
猫可愛がりだったじゃないですか!! 餌付けしてたじゃないですか!!
あんなちっちゃな女の子なのに、普通に手を出しちゃってたじゃないですかっ!!
教授!! 教授はもっと、年上のお姉さんの魅力とかも知るべきなんです!!!!」
「待て待て待て待て!!
手を出したって、まさかオレがあのちびっ子にか!?
だとしたら、オレには自己弁護の権利がある!!
先ずは学者として君の論拠を聞きたい!!」
「(じと~~~~)」
「……なんだ、その不祥事が発覚した政治家でも見る様な目は?」
「……抱っこ、してました」
「は?」
「ナデナデしたりとか。ペロペロ、しようとしたり、とか……。
お食事デートとか、お風呂とか、添い寝とか!!
スゴく羨ま……い、イケナイコトしてました!!
教授、分かってるんですか!? 相手、小学生くらいの子供なんですよ!?
いくら異世界人だからって、子供にアレはちょっと危なすぎると思います!!」
「待て待て待て待て何故そうなる!!
てか相手が子供だったら逆に問題が無いじゃないか!!」
「…………、へ?」
「あのな。オレが言うのも難だが、少し常識的に考えてみろ。
例えば40~50くらいのオッサンが素っ裸で出歩ってたら通報されるだろうが、子供が裸で水浴びしてたって何の問題性も感じないぞ?
あの世界の人間と地球人が別種だという前提を抜きにしても、そもそも子供に菓子を買って風呂に入れる事に、一体何の問題があるのか全く分からん。
……アルに言われた時にも思ったんだが、君たちは一体ナニをそんなに問題視しているんだ?」
「……………」
「……何故君は、そこで頭を抱えて黙る?」
「……いえ。そういえば、こういうヒトだったな~って、ちょっと再確認しちゃってただけです。
でもでも、教授がそうかどうかはともかくとして、世の中にはそういうヒトもけっこう居るみたいなんですから、やっぱり、そういうコトをするのは、ちょっと問題があるんじゃないかな~と思わなくもなくも無いようなあるような……」
「……よく分からんが、君の頭に問題があるって結論でいいのか?」
「いえ!! あ、いえ。もしかしたら、ちょっぴりそうかもしれないですけど、そうじゃなくてですね!!
教授!! そんな風にツッコんじゃいけないトコロにばっかりツッコんでると、来世はきっとヒドいモノになっちゃいますよ!?
その……背泳ぎが出来ないラッコさんとか、高所恐怖症のツバメさんとか!!」
「……来世、輪廻転生の概念か。
もしソレが事実だとしたら、それでも十分に過ぎる程に御の字なんだがな……」
「へ? それってどういう……」
「……こっちの話だ。世の中には、考えない方が幸せな真理もあるって事さ」
「???」
―――――
「はい!! それでは今日もニコニコ、電波でカオスなSF考察にイッてみましょ~!!
教授!! 本日のお題はなんなんでしょうか!?」
「ふむ。どうやら、今回は土魔法についての考察らしいな。
まあ地の国の連中が派手に暴れてくれた直後だし、タイムリーと言えばタイムリーな話題ではあるんだが……。
……初めに言っておく。コレ、解明するのはかなり厳しいぞ?」
「へ? ど、どうしてですか、教授?
土魔法っていえば、ファンタジーではいまいちパッとしない不遇魔法の代名詞じゃないですか。
主人公さん達が使う様な、光属性のピカピカ~ッとか、爆発魔法のドッカ~ンッとかに比べると、やっぱりちょっと地味な感じですし、火炎魔法とかワープとかに比べると、もっとずっと簡単そうですけど……」
「……あのな、そんなワケが無いだろう。
逆に聞かせてもらうが、君はどうやれば土が動くと思うんだ?」
「ほへ? え~と、それは……。
き、きっとアレですよ!! 地球が出来てから6日目くらいの土をコネコネして、なんか適当な魔力とか注入すると、元気にピクピク動き出すんですよ~!!」
「地球が出来て6日目は溶岩の海だったとか、土から造られたなら人体の組成が土と同じじゃなきゃおかしいだろうとか、色々とツッコミどころのある伝承だが信者に悪いので敢えてスルーだな。
まあ君の言った通り、土魔法という名称がついているくらいなんだから、原理的には魔力で動いてる筈ではあるんだが……。
敢えて聞く。本当に、“魔力”で土が動くと思うのか?」
「へ? そう、なんじゃ、ないですか?
だって土でゴーレム造ってモコモコっていったら、ファンタジー魔法ではスゴく一般的な中~上級魔法ですし……。
きっと不思議パワーを使えば、元気にモコモコ~って――」
「……本当に、そう思うのか?」
「へ? ど、どういうコトなんでしょうか?
だって土とか砂を操ってモコモコって、小説だけじゃなくて漫画とかでも割りとよく見ますよ?
クロコさんとか、アー○ーのカードさんとか、我○羅さんとか……」
「……よく見るかどうかは分からんが、ソレの原理を作者が本当に考えているとしたら尊敬する。
あのな、まず初めに確認するが、そもそも土とは何だ?
土の原材料は岩石であるから、つまりはケイ素や酸素の化合物に鉄やアルミニウムなどの金属元素、それに生物由来の有機物を足した混合物であるはずだな?
単一の組成を持たない混合物ってだけでも始末に困るってのに、更に思い出して欲しいのが、本作において“魔力”とは、電磁気力や重力などの“力の種類や大きさを変化させる力”であると定義したというコトだ。
……“力を変化させる力”。少しメカニズムを想定してみれば分かるとは思うが、この定義で本編中の土魔法のような現象を説明しようとしたら、かなり厳しい。
それはもう、何もかも放り投げて逃げ出したくなるくらいにはな」
「だ、ダメですよ、教授!!
魔法を大まじめに科学するのは、今や朝マガの数少ない売りの一つになりかけてるんですから!!
感想欄とかでも、応援してくれてる方とかけっこう多いんですから、しっかりソレっぽい理論をでっち上げないとダメなんです!!」
「ふむ。まあ、そこまで言うならやってはみるが……。
さて、では問題を整理する為に、取り敢えずは現時点で判明している土魔法の性質でも列挙してみよう。
・土が移動する現象である
・術者からのコントロールをある程度受け付ける
・成形後、多少の損傷なら簡単に復元する
・火(熱?)に弱い
・触れた物質を溶解する(人体、アダマス鉱等について確認)
…………、投げていいか?」
「だ、だからダメですって~~!!
大体、コレってそんなに難しいんですか?
なんか、やっぱりちょっと地味~な感じがするんですけど……」
「……難しいんだよな、コレが。
まあ色々と問題点は山積みではあるのだが、一番初めにして最大の論点と思われるのが、そもそもどうやったら土砂を自由に動かせるのかという点だ。
現実世界で件の土魔法の様に、手を触れずに遠隔的に土砂を操作しようと思ったら、やはり風で巻き上げるか電磁気的な力で引っ張るかしか無いとは思うのだが……。
まあ怪傑巨兵の大きさでも拡散せずに造形を保てたコトから考えるに、まさか風で巻き上げたワケでもあるまいから、強力な電場を作って静電気力で持ち上げた、というのが最も現実的な手段だろうな」
「静電気力、ですか? えーと、静電気っていうと、冬場とかにバチバチってなる、あの嫌なヤツですよね?
アレって、モノなんか動かせるんですか?」
「動かせるぞ? 例えばオレの研究室にもあるインクジェットプリンターだが、アレだって帯電させたインクを電場で打ち出し、静電気力で紙に貼り付ける事で印刷する機械じゃないか。
砂は基本的に正に帯電する傾向があるから、もしも強力な電場を生み出す事さえ出来れば、砂は正極方向から負極方向へと移動する筈だ。
実際、月や火星に送り込まれる探査機は、エネルギー源である太陽電池が砂で汚れて役に立たなくなるのを防ぐ為に、正電荷を使って(実際はもう少し複雑なのだが)砂を吹き飛ばすという機構を備えていると聞く」
「ほへ~、なるほど~。
えーと、つまり。砂とか土はプラスの電気を持ってるから、なんか上手い具合に電気の力を調節してあげれば、思い通りに動かす事も――アレ?
教授。それなら土魔法、全然問題がないじゃないですか。
なんであんなに難しい難しい言ってたんですか?」
「確かに理論上は出来そうな気もするのだが……。
でもな、なんかおかしいとは思わないのか?」
「へ? それって、どういう……」
「……分かった。それでは、少し計算してみよう。
ここでは特に、一番問題が大きそうな土属性精霊級魔術・怪傑巨兵を取り上げて考察してみる事にする。
怪傑巨兵の正確な大きさはよく分からんが……計算しやすくする為に、ここでは一般的な成人男性の体格を100倍して、身長170mであったと仮定しておこう」
「ストップです!!」
「? 何かおかしな点でもあったか?」
「おかしいです!! どう考えてもおかしいです!!
だって身長って、ウル○ラマンさんでも40mくらいですよ?
ガ○ラさんでも80mくらいですし、ゴ○ラさんだって、大きくても100mくらいなんですよ!?
170mっていったら、なんかもう、それだけで頑張ってどうにか出来るようなヒトじゃないと思います!!」
「……何を言っている? 怪傑巨兵は本編に於いて、“マンハッタンの摩天楼がすっぽり隠れそうな大きさの防壁”から、更に“頭が突き抜ける程大きな巨人”だったと描写されてるんだぞ?
摩天楼には500mを超える高さのモノも珍しくはないんだから、コレでも十分に過ぎる程に控えめな数値だろう」
「…………。
……教授、よくそんなのと戦おうとか思いましたね」
「……言うな。思い出したくもない。
まあ、それすら一撃で吹っ飛ばす大怪獣が身近に住んでるワケだが、ここではあまり深く考えるのはよしておこう。
――さて。それでは、次は怪傑巨兵の重量を想定してみよう。
モデルとした男性の体型を身長1.70m、体重70kgとして計算する。
一般的に人体の密度は水とほぼ等しいから、平均的な男性の体積は
70000(g)÷1(g/cm^3)=70000(cm^3)
となり、相似な立体の体積は一辺の倍率の3乗に比例するから、この男性を100倍した怪傑巨兵の体積は、
70000(cm^3)×100×100×100
=70000000000(cm^3)
=7.0×10^4(m^3)
となる。
あの土の密度が分からんので計算しにくいが、まあ圧縮していない土の平均的な値を取って1.5t/m^3だったとして計算すると、
7.0×10^4(m^3)×1.5(t/m^3)=1.05×10^5(t)
……つまり怪傑巨兵の総重量は、単純計算で約10万5千トンという事になる。
大型ダンプ10000台分程の土砂になるが、果たしてコレを多いと見るか少ないと見るか……」
「なるほどなるほど~。
ウルトラマンさん2~3人分くらいなんですね。
あとはこの土を、静電気を使ってフワフワ~って飛ばせば……」
「……まあ、確かにそういう理論で話を進めては来たんだがな。
では、いよいよこれだけの土砂を持ち上げる為に必要な電荷の大きさを求めてみようと思う。
話を簡単にする為に、ここでは負電荷を怪傑巨兵の頭部の重心とほぼ等しい上空150mに固定するとし、これを用いて怪傑巨兵の頭部のみを地面から持ち上げるのに必要な電荷の大きさを算出するものとする。
――最低限、まずは頭部だけでも動かなくては話にならんからな。
さて。頭部が占める体積を人体の8パーセントであるとして計算すると、怪傑巨兵の頭部の体積は5600m^3、重量8400tであると考えていいだろう。これに働く重力と電荷によるクーロン力が釣り合ったとき、理論上は頭部だけならめでたく宙に浮く事が出来るという計算になる。
100gの物体に働く重力の大きさが1Nだから、8400tの物体に働く重力は8.4×10^7Nとなり、クーロン力はk・q1q2/r^2(kはクーロン定数、q1、q2は電荷、rは電荷間の距離)で計算出来るから、これらを元に
mg=k・q1q2/r^2
と立式してq1とq2を求めれば、必要な電荷の大きさが分かる。
mg=k・q1q2/r^2
⇔q1q2=mg・r^2/k
=8.4×10^7(N)×150(m)^2/ 8.9876×10^9(N•m^2•A^2•s^2)
≒210(A^2・s^2)
q1、q2の絶対値を等しいとし、これを|q|とおくと、
|q|^2=210
⇔|q|≒14(A・S)=14(C)
よって、土砂を正に14クーロン帯電させ、その上空150mに負に14クーロン帯電させた電極を配置する事さえ出来れば、少なくとも怪傑巨兵の頭部だけは持ち上がる可能性が出てくるという事になる」
「14、クーロン、ですか?
……あれ? なんかいつもの、何億ジュールとかっていうモノスゴイのに比べると、随分控えめな数字に見えるんですけど……」
「いや、電荷だけでは、まだこれがエネルギー的に大きいか小さいかは判断できない。例えば雷一発で移動する電荷が約1クーロンだが、乾電池一個に溜まってる電荷は7000クーロンを超えるぞ?」
「へ? 電池さんのほうが、雷さんよりもビリビリなんですか?」
「……電荷だけを考えるとそうなる。
ま、要するに。この14クーロンという数字を評価する為には、電荷だけじゃなくて電圧も算出しなくてはならないという事だ。
では、電圧も計算してみよう。
今想定しているのは、地上にある怪傑巨兵の頭に正に14クーロンの電荷を貯め、その上空150mの位置に負に14クーロン帯電した電極を浮かべるという状況であるから、これは怪傑巨兵の頭を電極板代わりとしたコンデンサーの一種とみなしていいだろう。
話を簡単にする為に、怪傑巨兵の頭を断面積233m^2の円柱と近似して計算する。コンデンサーに溜まる電荷と電位の関係式はV=Q/C(Qは電荷、Cは静電容量)と表せ、C=εS/d(εは誘電体の誘電率、Sは電極板の面積、dは電極間の距離)となる。
今回の場合電極間を満たす誘電体とは空気であるから、空気の誘電率を8.859×10^-12(F/m)として考え、電極板の面積を233m^2、電極板間距離を150mであるとして計算すると、
V=Q・d/εS
=14(C)・150(m)/8.859×10^-12(F/m)・233(m^2)
≒1.0×10^12(V)
よって、怪傑巨兵の頭を持ちあげる時に掛けなくてはならない電圧は、約1兆ボルトになる。
……って、雷の千~1万倍だと!? クッ、なんて強力な雷魔法なんだ!!
てかコレ、土人形作りになんぞ使わずに素直に電撃として撃ってれば、いくらアルでもひとたまりも――」
「いっちょうボルト?
え~と、10万ボルトが、一、十、百、千――って、きゃぁぁあああああ!?
ビリビリです!! ものっすごいビリビリです!!
ピカ○ュウさん1000万匹の衝撃です~!!」
「……恐ろしい事になってきたが、ついでにエネルギーも算出してみよう。
コンデンサーに蓄えられるエネルギーWは1/2・CV^2と表せるから、これに先の数値を代入すると、
W=1/2・1.376×10^-11(F)・{1.0×10^12(C/F)}^2
≒6.88×10^12(J)
よって怪傑巨兵の頭部のみを持ち上げる為に必要なエネルギーは、約6兆8800億ジュールとなる。
……広島原爆の九分の一のエネルギーか。
だから素直に熱エネルギーで攻撃しろよと何度――」
「――つ、ついに出ました“兆ジュール”!!
ゴメンナサイ!! 控えめとか言ってゴメンナサイです!!
はい!! やっぱりいつもの教授理論でした!!」
「……これでも実現出来るっていうなら、まだ救いもあるんだがな。
実際は、おそらくこれ程のエネルギーがあってもまず不可能だろう」
「へ? どうしてですか?
だって、砂さんって、電気があればモコモコ動くんですよね?
すっごくビリビリの“兆ジュール”なんですから、なんかもう何でもできそうな気も――」
「……いや、7兆ジュール近いエネルギーがあっても、原理的に不可能なんだ。
“絶縁破壊”という現象があってな。空気はよく絶縁体とは言われるが、それでも1m当たり3 × 10^6 Vの電圧が掛ると、絶縁が崩れて電気を通してしまうのさ。
――先ほど想定した電極間の距離が150mの例だと、耐えられる電圧は僅かに4億5000万ボルト。
つまり件の電極で土を動かそうと思ったら、限界値の2000倍を超える電圧を掛けなきゃならんワケだ。
土が持ち上がる前に放電して終わりなんだよ!!」
「あう~……み、身も蓋もない言い方です。
あれ? でもでも、確かコレって、その電気さんを浮かせる位置を150メートルなんかにしたから、こんなタイヘンな事になっちゃったんですよね?
じゃあじゃあ、もっと上手く高さとかを調節すれば、もっと少ない電気でも……」
「……それだともっとタイヘンな事になるぞ。
さっきも言った様に、コレは地上150メートルの位置に置いた電荷によって、怪傑巨兵の頭部のみを持ち上げる場合を考えた時の試算だ。
あくまでも上から吊る形で土を持ち上げるという仮定の上での話だが、仮に負電荷自体も土と同時に徐々に持ち上げる形で怪傑巨兵を成形していったとしても、結局は下半身を成形しようとした時には負電荷は地上150メートルを超える位置に来てしまい、同じ事になるだろう。
しかもその際には、頭部と負電荷間の距離は先の想定よりも遥かに近いから、放電の危険性は先の例よりも遥かに増す。
――これを逃れる方法は、たった一つだ。
怪傑巨兵を釣っている負電荷を、もっと、ずっと、遥か上空にまで引き離すしかない。
だがそうなると、クーロンの法則により及ぼせるクーロン力も小さくなるから、それをカバーする為には更に想像を絶する程の電荷が必要になるという悪循環に――だからそれで攻撃すればいいだろ!!
シルヴェルサイトの住人に、1発ずつ雷撃ち込んだって十分にお釣りがくる!!
アルは怪傑巨兵を、城塞都市を一晩で壊滅させる土魔法とか言ってたが、雷魔法にしてれば5分で――!!」
「だ、だからどうしてビリビリになっちゃうんですか~!!
ダメです!! その理論!!
だいたいあのヒト、“地の国の魔王”なんて二つ名までついてるんですから、ファンタジー的にはちゃんと土属性してなきゃダメなんです!!」
「ふむ。それでは別のモデルを考えるが……。
……仕方ない。静電気力で実現するのが難しいなら、今度は磁力を利用する線で考えてみるか」
「……へ? 磁力っていうと――磁石、ですか?
でもでも、確か砂さんとか土さんって、磁石にはくっつかなかったような……」
「……ああ、そうだ。厳密には極僅かだけ磁性を持っている分子もあるだろうが、現実的には磁石で砂や土を持ちあげるのはまず不可能だと考えていいだろう。
よってここでは、怪傑巨兵の組成がほぼ100パーセント“砂鉄”であったと仮定して話を進める事にする。
……しかもただの砂鉄じゃない。酸化したり不純物が含まれたりといった粗悪さの無い、完璧に純粋な“鉄”のみで構成された、夢のような砂鉄であったと考える」
「……なんかもう、ご都合主義とかそういうレベルの話じゃない気もするんですけど」
「……頼む、勘弁してくれ。
不定形のモノに形を持たせて自由に動かすっていうのは、物理的にそれほど厳しいんだ」
「…………。
(よ、弱気です……)」
「さて、それでは先ほど算出した怪傑巨兵の体積70000000000cm^3が、全て砂鉄であったとして計算を進めよう。
鉄の密度を7.874 g/cm^3として計算すると、砂鉄製怪傑巨兵の重量は
70000000000(cm^3)×7.874 (g/cm^3)
=551180000000(g)
≒550000(t)
となり、先ほどの砂製怪傑巨兵の10万5千トンよりも大体5倍ほど重くなる計算だ」
「へ? だ、ダメじゃないですか!!
さっきのでもタイヘンだったのに、もっと重いんじゃ、もうどうしようも――」
「いや、それは少し早計だ。
今回用いる力が磁力であり、且つ持ちあげる対象物が鉄であるなら、先の想定よりはまだ現実味が出てくる。
――試しに計算してみよう。
今回は磁石を怪傑巨兵の頭上に浮かべるという状況を想定し、どのような磁石なら怪傑巨兵の全身を支える事が出来るのかを考える事にする。
……まあ、これも扱う磁石の種類によって大分結果が変わってくるだろうが、ここではやはり地球上最強の磁石であるネオジム磁石で計算するのが妥当か」
「ネオジム磁石……?
あ、そういえば、なんか中学校で使ったような気がします。
“強力すぎて危ないから、相川には絶対に触らせるなよ”って、理科の先生が班長さんに直々に言付けてたのがいい思い出です――」
「……君の中学時代が透けて見えるようだが、ここでは取り敢えずスルーする。
さて。ネオジム磁石と一口に言っても、形状や質によってその威力はまちまちではあるのだが……。
ここでは景気良く、理論上の最大値とされている1g当たり1kgの鉄を持ち上げるだけの吸着力があるネオジム磁石を用いたとして考えよう。砂鉄製怪傑巨兵の重量は約55万トンであるから、これを持ちあげる為に必要なネオジム磁石の質量は550トン。ネオジム磁石の密度を7.5(g/cm^3)とすると、体積は約73m^3だ。
これは円盤型だとすると直径10メートル、高さ1メートル程度の大きさだから、怪傑巨兵の頭よりもずっと小さい。
先の巨大コンデンサーモデルに比べると遥かにスマートだろう――」
「なるほどなるほど。
えーと、つまり。ネオジム磁石さんがスゴく強いから、たったそれだけの大きさでも、十分に巨人さんを動かせるってコトなんですね?
スゴいです、教授!! 難しいって言ってたの、とうとう解明しちゃいましたよ!!
――なのにどうして、そんなに浮かない顔で言葉を切るんですか?」
「…………、スマン。
オレとした事が、“土を持ち上げる”事にばかり目が行って、根本的な問題を見落としていたようだ」
「へ? それって、どういう……」
「……分からんか? オレが今計算したのは、55万トンの砂鉄を磁力で釣り上げるにはどうするかという一点のみなんだぞ?
つまりこういう磁石があれば砂鉄の山を持ち上げる事が出来ると計算しただけであって、この磁石自体をどうやって固定するのかという点に関しては一切触れていない。
――そう。問題は、このネオジム磁石円盤をどうやって宙に飛ばすのかという点なんだ」
「へ? でもでも、そんなの魔法でも使えば――あ!!」
「……そういうコトだ。怪傑巨兵を釣り上げている磁石を空中に固定する為には、結局は軽量化や飛行魔術を用いて飛ばさなきゃならないだろう。
つまりは砂鉄の山が崩れない様に固定する為に用意した磁石を、更に魔法で固定しなくてはならないという状況だ。
――例えるならこれは、運びたい荷物が崩れない様に支える人間Aがおり、更に別の人間BがAごと荷物を持ち上げて運ぶという行為に近い。
……無駄だ。あまりにも無駄に過ぎる。これだったら、初めから崩れない荷物にしておけばいいだけの話だろう。つまり砂鉄なんかじゃなくて、初めから鉄塊を使え!! 鉄塊を!! そうすりゃ磁石の質量分だけ、必要なエネルギーが丸々浮くだろ!!」
「へ!? え!?
土魔法なのに、なんか土を使わない方が強いっていう結論に――!?」
「それだけじゃない。この話には根本的な問題点がある。
そもそも、飛行魔術は負担がデカいって話じゃなかったのか?
確か、人間1人を30分も飛ばせれば怪物級っていう魔法の筈だったよな!?
タイヤキ爺さん、オレが認めてやる!! 55万トンの鉄をぶら下げた550トンの磁石を持ち上げる飛行魔術が使えるとか、あんたは確かに“今代最強の大魔導”だ!!」
「きゃぁぁあああああ!! や、やめてください!! 教授!!
ダメです!! 飛行魔術だけはやっぱりダメです!!
これ以上風魔法の緑の子をイジメないであげてください!!」
「ふむ。そこまで言うならやめにするが。
しかし、他のモデルとなると……。
……仕方無い。ここはもう、磁石を怪傑巨兵の内部に組み込んでしまおう。
つまりは人体の骨格の様に、怪傑巨兵の体内には骨組みとしてネオジム磁石が入っており、砂鉄はそれを覆う様にして凝集しているモノと考えるんだ。
……ソーラーレイや始祖の炎帝で土手っ腹に穴開けた時に、そんなモンどこにも見えなかったのが気にはなるが、まあこのモデルなら上手く説明出来る土魔法の性質もあるし、多少の強引さは納得してくれ」
「はい!! 大丈夫です!!
強引とかそういう次元は、もうピ○チュウさん1000万匹でとっくに通り越しちゃってます!!」
「…………帰っていいか?」
「だ、ダメです!! ゴメンナサイ!! ちょっと調子に乗りました!!
謝りますから、そんな産卵中のウミガメさんみたいな顔しないでくださいよ~!!
そ、それで、磁石だと、いったいナニが上手く説明出来るんですか?」
「“熱に弱い”という性質だ。100円ショップでも売っているようなフェライト磁石をコンロで炙ってもらうとよく分かるが、磁石は高温になると磁性を失う。
――ネオジム磁石は、特に高温に弱い事で有名でな。温度上昇と共に極端にその吸着力が下がる上に、磁石が完全に磁石としての性質を失う限界の温度・キュリー温度は、僅かに320℃~340℃程度でしか無い。
つまり怪傑巨兵の中にある、磁石で出来たこの“骨格”が火炎魔法で熱せられたとしたら、そりゃ当然致命的な被害も受けるだろうってワケさ」
「ほへ~、なるほど~。
えーと、つまり。土魔法っていうのは、磁石でできた骨組みの入った砂鉄を動かす魔法だったってコトなんですね。
えっと、ネオジム磁石さん、でしたっけ? それも、あの世界にもっと強い磁石さんとかあれば、もっと上手くいきそうですし……。
な、なんとか解明できましたね!! 教授!!」
「……本気で、そう思っているのか?」
「へ? ま、まだ何か問題でもあるんですか!?
だってコレ、なんとか土さんを動かす魔法が出来そうですよ!?」
「いや、問題がある。
いいか? あの世界には重力を弱める魔法もあるようだし、それらと磁石を上手く組み合わせれば、確かに土もとい砂鉄を動かす事も出来るかもしれない。
だがな。このモデルが正しいとすると、そもそも精霊級土魔法があの形態である必要性自体が無くなってしまうだろう」
「へ? ど、どういうコトなんでしょうか?
だってウルトラマンさんの4倍くらい大きなヒトなら、きっとそれだけで十分強いですよ?」
「……あのな、怪傑巨兵はただ直立していただけじゃない。
怪我をしていたとはいえ、オレが走っても逃げ切れないほどの速度で追ってきたんだぞ?
水平方向への運動は質量に依存し、どんなに重力操作系の魔術があったとしても一切の誤魔化しが効かないから、リアルに古典物理学の法則が適用されてしまう。
――分かると思うが、これが恐ろしい事実を示唆するんだ」
「……恐ろしいのは、これだけ数式並べてもまだ納得しない教授の頭だと思うんですけど」
「……なんか言ったか?」
「いえ、なんでもないです。
でもでも、これって何かおかしいんですか?
やっぱりロボットさんでも、怪獣さんでも、なんか大きい方が良さそうなイメージがあるんですけど……」
「時と場合によるだろうが、少なくとも今回に限って言えばおかしい。
試しに運動エネルギーを算出してみる事にしよう。
怪傑巨兵の移動速度は目測するしか無いが、まあ少し遅めに見積もっても100mに15秒は掛けなかっただろう。
よって、ここでは怪傑巨兵の速度を秒速6.5m程度と見積もっておく。
そして砂鉄製怪傑巨兵の重量は、まあ磁石分を誤差として除外しても55万トンだったから、その運動エネルギーは、
1/2・mv^2
=1/2・550000000(kg)・{6.5(m)}^2
=11618750000(J)
よって、オレを追ってきたあの巨人の運動エネルギーは約116億ジュールという事になる」
「へ? そんなもんなんですか?
なんか、さっきの“兆ジュール”に比べたら、全然――」
「……あのな。少々感覚が麻痺し始めてるかもしれんが、コレはこれで相当なエネルギーだぞ?
例えば1460kgの砲弾を40800メートルも飛ばすなんて怪物じみたスペックを誇る、戦艦大和の46センチ砲っていうのがあるんだが、同じ砲弾に怪傑巨兵のエネルギーを与え切ったとしたら、その速度は約4000m/s≒時速1400万kmにも達する。
……つまり怪傑巨兵が巨人を動かす魔法では無く鉄球を飛ばす魔法だったとしたら、大和の砲弾をライフル弾の4倍の速度で撃てる計算だ。
エネルギーは速度の二乗に比例するから、純粋な運動エネルギーによる威力は単純計算で46センチ砲の25倍!!
小さな隕石に匹敵しかねない程の圧倒的災厄だ!!」
「時速1400万、きろめーとる?
なるほど~。確かにソレなら、教授がソーラーレイなんか準備する前に、一発でドッカ~ンですよね。
相手が巨人さんでホントに良――って、へ? ちょっと待って下さい。
ソレって――」
「…………、わかって貰えたようで安心する。
この計算結果が示唆する事象はたった一つだ。
だから鉄塊を撃て!! 鉄塊を!!
こんな運動エネルギーがあるんなら、動きのノロい巨人なんかに浪費するのはどう考えても無駄に過ぎる!! 標的はオレとちびっ子のたった二人だったんだから、砲弾一発ぶっ放せばそれで軽く終わった話だろう!!
例えるなら、そう。これは戦艦大和の砲弾に、砲弾重量のうん百倍の重さがある砂袋を括りつけ、それでたった2隻の小型船を沈めようと狙っているようなモノだ。
どう考えても“砂”が邪魔なんだよ!! “砂”が!!
骨格になってる磁石を動かしているなら、土砂なんかぶら下げずに磁石だけを飛ばした方が遥かに強い!! そんな高速飛翔体の一撃をくらったら、いくらアルだって――」
「だ、だからどうして土を使わない方が強いんですか~!!
ダメです、教授!! 朝マガの魔術は、いちおう北欧四大元素をベースにしてるんですから、土がなくなったら色々雰囲気が崩壊しちゃうんですよ~!!」
「……だから、そもそも無理があるんだよ。
確かに“土魔法”という名称であるからには、何か土で無くてはならない理由が欲しいところではあるのだが――。
君は現実世界に於いて、土が自分から盛り上がって動き出すなんて現象を見たことがあるのか? 普通は土なんか動かせんし、動かせたとしても、“どう考えても土以外を使った方が効率的だろ……”って方法しか、少なくとも物理学の範疇では思いつかん」
「あう~……。やっぱり、土さんを動かすのって難しいんですね~。
でもでも、教授。動かない動かないっていう割には、実際に土魔法の土さんはモコモコ動いちゃってたじゃないですか。
物理的にダメなら、結局アレってどういう原理だったんですか?」
「……物事は正確に言うように。
オレは“物理的に無理”では無く、“物理学の範疇では難しい”と言ったんだ」
「へ? なにが違うんですか?」
「大いに違う。何しろ物理学というのは、系を単純化して考えるのを基本とする学問であり、そしてその単純化された系に於いては、原則的に扱っている系の外部からの干渉を考えない――というか、扱いたいモノ以外の要素を極力排除した状況で考えられる事を理想とする体系だ。
つまるところ、物理学が基本的に“分析”しない程に複雑な存在と、それを扱う学問にまで考察の範囲を広げれば、まだ解明出来る余地も残されているかもしれないって事さ。
――ソレが確かに“有る”現象である限り、科学は間違い無くソレを解明出来る筈なのだからな」
「もっと、複雑な存在?
教授、ソレってまさか――!!」
「ああ、そうだ」
「精霊――」
「違うッ!!」
「…………」
「……まあ、アレだ。オレが言いたいのは、物理学的に解明しにくいなら生物学的に考えてみたらどうか、という話だから、発想の方向性自体はそこまで的外れとも言えんのだが……。
とにかく、あの世界には地球には居ないようなおどろおどろしい異種生命体が蔓延っているようだし、仮に土が動いているとしたら、“そういう生命体”が居たとしてもおかしくは無いんじゃないかというコトだ」
「生物、ですか?
えーと、つまり。巨人さんは土で出来た人形みたいに見えましたけど、実はアレは、ああいう生き物だったのかもしれないってコト、ですよね?
分からなくはないんですけど……でもでも、ソレっていいんですか?
なんかそこまでくると、もうなんとでも言えちゃうような気がするんですけど……」
「土魔法で生み出された各種の土人形達が、それぞれ1個体の生命体であったと主張するならそうなるな。科学というのは実際に“有る”事が確認された真理を元に考察を重ねるのが基本であり、“身体が土で出来た生命体”なんていう地球生命と似ても似つかない生物を仮定するのは、科学的考察では無く最早SF的空想になってしまう」
「へ? 朝マガはSFですよ?」
「…………、空 想になってしまう」
「…………、はい」
「……話を戻す。
いいか? とにかく、“土で出来た生命体”を仮定するのは流石に無理があり過ぎるかもしれんが、地球上の生物種を元に機能を付加、或いは拡張する範囲内であの現象が再現出来るなら、それはまだ“有り得ること”の範疇として扱えるのではないか、ということだ。
――ときに君は、生物には“走性”という性質を持つモノがいるという話を聞いた事があるか?」
「はい!! もちろんです!!
イヌさんだってネコさんだって、元気にお外を走り回――」
「違うッ!!!!」
「……ゴメンナサイ。
全然知らないです……」
「……まあ、物理選択の生徒は生物を取らん事も多いからな。
生物学は完全に畑違いだから、オレも詳しくは知らんし、コレに関しては君が知らなくとも咎めるつもりも無いが……。
簡単にまとめておくと、“走性”とは、ある生物が刺激に対して方向性のある運動を行う性質の事を言うらしい。例えばミドリムシという単細胞生物は光に対して正の走性を持つ――つまり、明るい方に自分から移動する性質をもっているそうだし、線虫という生き物は数千種類もの化学物質を感知し、エサの存在を示す化学物質の方に移動したり、身体に害のある化学物質から遠ざかったりといった特異的な運動を示すそうだ。
――生物としては単純な方なのだろうが、それでもあまりにもよく出来ていて驚かされるな」
「あ、なるほど。“走性”って、“良いモノに近づきたくて、悪いモノからは遠ざかりたいな~”っていう、生物の本能のコトなんですね。
わかります。わかりますよ~。
わたしだって、スーパーに試食コーナーとかがあると、ついフラフラ~って……」
「“食物の匂い”に対する正の化学走性か。
――君は虫か!? 或いは単細胞生物なのか!?」
「し、しかたないじゃないですか!!
試食のウインナーさんとかって、何故かウチで見るよりも、もっとずっと美味しそうに見えるんですから!! はい、そうです!! 買わされた後に後悔するコトが分かりきってても、人間には逆らいがたい衝動っていうものが――」
「それを理性で押し留められるのが人間の――って待て。
君の弁当に必ずタコウインナーが入っているのはそういう理屈か!!
美味いから許す!!」
「ありがとうございます!!
――でもでも、教授。
けっきょくその“走性”って、土魔法となんの関係があるんですか?
なんか、べつにあの巨人さん、光から逃げても追いかけてもいなかったと思うんですけど……」
「関係も何ももう殆ど結論だぞ?
例えばの話だが、もしもあの世界の地中には“正の魔力走性”を持つ微生物、ないし極小の虫のようなモノが生息しているとしたらどうだ?
あの世界の生命体には“魔力合成”なる、光の代わりに魔力をエネルギーとして取り込む事で生育するシステムもあるようだし、つまり“魔力合成”が出来る微小生物が居たとしたら、そいつらにとって魔力はエサに等しいだろう。
それなら、魔力に対して正の走性を持つ可能性は大いに有り得るんじゃないか?」
「えっと、つまり。ミドリムシさんが光に集まるみたいにして、土の中のちっちゃな生き物が、魔力の強いところに集まってくるかもしれない――ってコトですよね?
でもでも、それってそんなに上手くいくんですか?
“魔力の強い場所”なんて、なんかそう簡単に作れない気も――」
「何を言っている? 魔導に於ける魔術の定義とは、“魔力を用いて成される神秘の総称”だった筈じゃないか。
魔導科学的に言うと、例えば既に取り扱った火炎魔法では、空間に(正確には空間に沸き立つ仮想光子に)魔力を作用させる事によって高エネルギー電磁波を生み出し、プラズマを生み出すという現象を想定したな?
このモデルが正しければ、魔術を行使する人間は最低限、空間に“魔力を作用させる”コトだけは出来ていなくてはならない。
だったら同じように、地中の微小生物を集めたい位置に魔力を働かせるコトだって出来そうなモノじゃないか」
「あ、なるほど~。
それなら確かに“魔力を使って起こした神秘”に――って、あれ? き、教授? 虫さんとか、微生物さんを集めるのって、神秘って言うにはなんかちょっと――」
「――加えて、あの世界の土魔法がこういう原理を使っているとすると、他の疑問も芋づる式に氷解する。
改めて土魔法の性質を列挙してみるが、
・土が移動する現象である
・術者からのコントロールをある程度受け付ける
・成形後、多少の損傷なら簡単に復元する
・火(熱?)に弱い
・触れた物質を溶解する(人体、アダマス鉱等について確認)
――と、まあ。こんなモノだったな?
先程言ったように、まず“土が移動する”と“術者からのコントロールを受ける”という性質は説明が付きそうだ。魔力に対して正の走性を持つ、肉眼で確認出来ないほどに微小な生命体が大量に地中に生息していると仮定すると、そいつらは魔力の強い場所に自分から動こうとするだろうし、その“微小生物の大移動”に土や砂が巻き込まれれば、我々からは土が動いているようにしか見えないだろう。
術者が“土”を移動させたい場所を狙って魔力を作用させれば、“コントロール”する事だって十分に可能な筈だ」
「…………、えっと。
あの、教授? それだと、その……。
土魔法の“土”の、正体が――」
「――損傷が復元したり、火に弱かったりするのも当然に思える。
なにしろ土魔法で生み出された土人形とは、無数の微小生物と土の混合物が、より“魔力の強い場所”を好んで自ら凝集してきているモノだというコトになるのだからな。土人形としての形状のどこかに傷を付けられても、周囲の微小生物が移動したり、或いは増殖したりして直ぐに開いた穴を埋めようとするのは無理が無い話だろう。
熱によって“殺菌”されてしまえば被害を受けるのは当たり前だろうし、もしもそれらの微小生物の中にアルコールやメタンなどの可燃性物質を作る細菌が混ざっていたとしたら、その被害は更に致命的なモノになるに違いない」
「ちょ、や、もうやめて下さい!!
コレ以上は!! ちょっと、これ以上想像させるのは――!!」
「――物質を溶解するという性質にも説明がつく。
菌類の中には体外消化といって、酸や消化酵素を出す事によって自分の周囲のモノを溶かし、腐食させる事で栄養を吸収しやすくするモノも多いと聞くからな。アダマス鉱がどの程度の強さの酸で溶けるかは知らんが、もしも土魔法の土の中にそういった強力な酸を出す能力のある菌類が混じっていれば、触れるだけで人間を溶かす事だって有り得るだろう。
そう。つまり、土魔法の正体とは――」
「きゃぁぁあああああ!!!!
ストップ!! ストップです、教授!!
ソレ以上は!! ソレ以上は、わたしの精神じゃちょっと耐え切れない真実ですよ~!!」
「……真実なんて得てしてこんなモンだろう。
大体、魔導を科学するのがこの話の売りだと言うのなら、こういう可能性だって避けて通る事はできんぞ?」
「……なんか、ちょっぴりトラウマになりかけちゃってますけど。
つまり今回の結論は――」
「うむ」
土魔法の土とは、魔力に対して正の走性を持った複数種の“魔力合成細菌”と土壌の混合物であると考えられる。土魔法の行使に於いては、術者は(意識的にしろ、無意識的にしろ)土を成形したい領域に魔力を作用させる事で土壌中の微小生物の運動方向を制御し、ドーム型や人型などの意図した形状を生み出していると考えられる。
再性能や溶解作用は、個々の細菌が持つ生態の総和によって生まれるものであると思われる。
また火炎魔法行使時に於いて土魔法のような微小生物の凝集が見られないという観察より、魔力には(正確には魔力を担うゲージ粒子である霊子には)複数の種類が存在している可能性が示唆される。仮に火炎魔法に於いて用いられる霊子をf-phantomon、土魔法に於いて用いられる霊子をe-phantomonと区別した場合、土壌中の微小生物が魔力合成に利用出来るのはe-phantomonのみである可能性が高いと判断するものである。
これは、熱に弱いという性質を持つ微小生物達が進化していくにあたり、高熱を生み出す火炎魔法の元となるf-phantomonに対して正の走性を持つ個体は淘汰されてしまった可能性を示唆すると考えられる。
「――こんなところだろうな。
こう考えると、土魔法というのは思ったよりも随分と準備に手間が掛かったり、或いは使用条件に大きな制限の掛かったりする魔法なのかもしれない。
だが反面、術者への負荷は思いの外小さそうだ。
何しろ生物の行動を制御する魔法だとすれば、これは馬の目の前に人参をぶら下げて移動方向を決める行為に近い。術者自身が走る為のエネルギーを出さずとも、進行方向を決めるだけでいいんだから、規模の割にはコストパフォーマンスの良い魔法なのだろう。
……微小生物とは思えない程に動きが速い点だとか、或いは仮想的な増殖速度が異常だとか、地球生命と比べると不可思議な点がまだいくつか残されてはいるが、まあ“魔力合成”でエネルギーが有り余ってるんだろうし、あの世界に於いて生物学が発展すれば詳しく解明される日も来るだろう。
霊子が複数種存在する可能性については、魔法が四属性に分けられているという事実もあるし、機会があれば詳しく分析したいところだな」
「あぅ~……。
今晩夢に出そうですよ~……」
―――――
「はい!! それでは、今回のアイアイ★こらむはここまでです!!
土魔法すらも夢に出そうなバイ菌の山へと変えてしまったこのコーナー!!
行き着く先はどこなんでしょうか!?
ファンタジーが絶賛ブロークン中です!!」
「……今日もなんとか乗り切ったな。
まあ土魔法は特に扱いに困る現象の一つではあったし、これで少しは考証も楽になるとは思うのだが……。
……ま、とにかく。帰れるなら、今回は良しとするか」
「(じと~~~~)」
「……だからどうして君は、そんな梅雨時に生えたキノコのようにジメジメした目でオレを見るんだ?」
「……やっぱり、年下、なんですか?」
「は?」
「おかしいです!! 教授!!
そんなに帰りたがるなんて、やっぱりどう考えてもおかしいです!!
……やっぱり教授って、お腹真っ黒なロリッ子さんが大好きな、危ないヒトだったんですか?
だとしたら、来世は報われなくなっちゃいますよ!?
閉所恐怖症のモグラさんとか、色が変えられないカメレオンさんとか!!」
「待て待て待て待て!! こんな異空間に居残りたいと思う人間の方が少数派だろう!! 第一回から切実に訴え続けてる主張だし、だいたい来世の話だったらそれでも十分に過ぎる程に御の字じゃないか!!」
「へ? そ、そんなワケ無いじゃないですか!!
だって、閉所恐怖症のモグラさんですよ? お外に出たらタイヘンな事になるのに、土の中に居るのも苦手なかわいそうな子になっちゃうんですよ!?
なんでソレが――」
「……そうか、分かった。
そう思うのなら、一度冷静な頭になって、自分の手の平をジッと見つめるんだ」
「? へ? はい」
「そこには約2億5000万匹の細菌が居る」
「なんてコト言うんですかぁぁぁぁぁああああ!!!!」
「……まあ、待て。取り敢えず一度、オレの白衣にスリスリとなすり付けているその手を止めて考えてみよう。
先ず聞かせてもらうが――君は、自分の手が身体で一番不潔な部分だと思うか?」
「そ、そんなワケ無いじゃないですか!!
わたし、これでもけっこうキレイ好きなんですよ?
手はけっこう念入りに洗う方なんです!!」
「……まあ、料理をするなら当然だろうな。
そうでなくとも、手は人体で一番様々なモノに触れる部位であり、汚れやすいのは確かだが、同時に人体で一番よく洗われる部位でもあるからそこまで不潔では無いだろう。
――普通に考えれば、君の手が肛門付近や直腸、ヘソの穴や口腔内などの、大量の細菌が繁殖している場所よりも汚いワケが無い」
「あ、当たり前じゃないですか!!
さ、最低です教授!! そんなコト言うなんて――。
わたしだって、いちおう女の子……」
「まあ、待て。取り敢えず、落ち着いてオレの頸動脈を締め上げているその両手を緩めて考えるんだ。
ナニが言いたいのかというとだな。つまり君の身体には、総数にして世界人口を遥かに上回る程に大量の細菌が……」
「きょ・う・じゅ~~~~!!!!」
「……待て。少々呼吸が苦しくなってきた。コレ以上は、流石にヤバい。
スマン、何か問題があったなら謝る」
「も、問題だらけですよ!!
だ、だいたいですね!! そんなの、人間だったら誰だって当たり前じゃないですか!! わたし、コレでもけっこうキレイ好きなんですからね!? わたしだけが汚いワケじゃないですもん!!」
「ああ、そうだ。オレが言ったのは、あくまで現代日本人の平均から考えての推測に過ぎない。
……でもな、なんかおかしいと思わんのか?」
「…………、なんですか?」
「……分からんか? オレは今、世界中の全人類には、平均して世界人口を大きく上回る程の細菌が生息していると言ったのだぞ?
それでは、この地球上に生息する細菌人口は、人類に住んでいるモノだけでもどれだけ居ると思う?」
「? えーと、世界人口×世界人口ですから……あっ!!」
「……そういうコトだ。しかも比較的キレイ好きな日本人を基準にして、更に人類に生息している細菌だけを単純計算したってこうなるんだから、地中や海中、その他の生物種に寄生してる細菌まで含めたら、その数はラッコだのカメレオンだの人間だのなんて高等生物とは比べるのも烏滸がましい程になってしまう。
――つまり輪廻転生が本当だとしたらな、オレたちの来世なんかどう足掻いたってバクテリアだろ!!」
「きゃぁぁあああああ!! やめて下さいやめて下さい!!
そんな残酷な計算は知りたくないですよ~!!
――あ、でもでも。ちゃんとまじめに生きてれば、きっと――」
「……来世が現世での徳によって決まるという概念だな。
でもな、先ほど君は、キレイ好きで丁寧に手を洗うと言っていたよな? エチケットとしては大変宜しいが、しかしそれでは、その時に君の手の平に居た2億匹を超えるバイ菌達はどうなる?
中には食中毒を引き起こすような有害な者も居ただろうが、大半は君の身体に何の悪影響も及ぼさない罪のない生き物達だったはずじゃないか。
そんな生き物達を、君は毎日何百億匹と惨殺しているぞ!!」
「や、やめて下さい!! もうやめて下さいよ~!!
だ、大体、それはもうどうしようもないじゃないですか!!
はい!! そうです!! きっとそうです!! バイ菌さんくらいの犠牲なら、きっと許してもらえ――」
「……輪廻転生の元ネタは、一寸の虫にも五分の魂とか宣う仏教思想だった筈だよな? 虫にだって魂を認めてやるクセに、バクテリアをその輪から外していいとする根拠は何だ?」
「あ、あぅ~……。そんなのって……。
…………この世界には、夢も希望も無いんですね」
「……そうとも言い切れんだろう」
「へ?」
「あるかも分からん来世に縋ろうと考えるヤツと、現世だけでも精一杯楽しんでやろうと考えるヤツ。
――夢があるのはどっちなんだろうな」
はい!! と、いうワケで。激闘の顔見せ編な第二章・雷神鉄鎚!! これにて終了です!!
お、思ってたよりも2倍以上長い章になっちゃいましたよ~……。
はい、完結がちょっぴり遠く感じる今日この頃です。
えーと、その。この先の展開としては、次章に間章的なバカ話を入れてから、いよいよ転に入っていきたいな~とかって思ってます。
……物語の展開次第では、ちょっぴりだけ悲惨なコトが起こったりとかもしそうな予感なんですけど。
その、とにかく!! 先ずはちょっぴりアレな次章にご期待下さい!!
はい!! これからも朝マガをよろしくお願いします!!