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朝日真也の魔導科学入門  作者: Dr.Cut
第一章:イクリプス-1『守護魔召喚』
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6. レプトン衝突型主線形超高エネルギー加速器及び未開拓超一級霊地と新作の変則召喚陣を用いた時空間転移実験

「よし、完成」


 準備を始めてから数刻の後。

 少女の足元に描き出されたのは巨大にして複雑な魔法円であった。

 99の真円が連なる図形は神々しい光を放ち、まるで天空に輝く太陽の様な情景を連想させる。さらにそれら99の円は、全て個別の魔法円としての内部図形を有している。無数のエニュール文字から成立する複合魔導呪詛(バインド)は、最早文字というよりも前衛芸術に近い域の美を体現し、少女独自のアレンジが加えられた霊道(サーキット)は、それ自体が既に精霊級魔術に匹敵する程の魔力を循環させている。

 並の魔導師ならば、例え10人で描こうとも、同じ物を作るのに3日は要するだろう。


 魔法円全体を、再び万遍無く眺める少女。

 円には寸分の乱れも無いか。エニュール文字は狂い無く結合されて所定の位置に納まっているか等を最終確認していく。魔力の循環は充分なので、取り敢えず円に綻びは無いだろうと見当をつけながら。



 ――さて。

 本書は“魔導科学”の参考書ではあるものの、このあたりで一度、伝統的な魔導理論の基礎的な定義を軽く紹介しておくことも大切であろうと考える。

 科学的な定義は後述するとして、先ずは用語の魔導における意味を確認しておこう。



 “魔力”。

 魔導においてそれは星の活力であり、精霊の力の源であると定義されている。


 現在最も普及した魔導理論である“精霊根源説”によると、この世界の森羅万象は四大精霊によって引き起こされており、彼らはそれぞれ火、氷、土、風の4つの属性を司るとされている。

 彼らは星の活力を得る事で力を増し、様々な現象を引き起こすが、彼ら自身が一定時間内に自力で取り込める魔力量には限界がある。

 魔術師とは、彼らの活力の摂取を手伝う人間の事を指す。


 つまり極論して言えば、魔術師とは精霊に食事を与える給仕なのである。魔術師は精霊に活力を与える代わりに、一時的に彼らの力の一部を借り受けてそれを行使する。

 それが、現代の魔導理論が語る魔術の姿だ。



 話を魔法円に移そう。

 魔力とは星の活力である事は既に述べたが、それは星の中にじっと蓄えられている訳ではない。もっと能動的で、常に対流している物なのだ。


 大海を泳ぐ魚が、そのイメージにはピタリと嵌まるだろう。魔力は世界中を常に回遊(流動)していて、大地の局所から浸み出してはまた別の所から星の中へと戻って行く。この魔力の出入り口を霊脈と呼び、霊脈を保有する土地を霊地と呼ぶ。


 察しが付いた方も居るだろう。

 魔力を魚に例えるのならば、魔法円は網だ。世界中を流動する魔力を図形によって捕縛し、蓄える装置。しかしこれが魚取りの網と違う所は、適切なエニュール文字で“色付け”さえすれば、捕獲した時点で調理まで完了してくれる優れものであるという所だろうか。



「う~ん……」


 さて、そんな自身の描き上げた図形と睨めっこをしつつ、眉間に皺を作りながらウンウンと唸る少女。その表情は真剣そのものなのだが、彼女の容姿で顎に手を当てながら考え込む仕草は妙に可愛らしかったりする。

 無論、真面目に魔術の準備を行っている彼女にそんな事を言おうものなら、その人物は即座に消し炭にされる可能性が高いのだが……。


 しかしながら少女は、自らの描いた図形に何か釈然としない物を感じていた。

 何かがおかしいは気するのだ。

 しかし少女には、何がおかしいのかがよく分からない。

 妙な違和感が、まるで魚の骨の如く胸の奥に突っかかっている。


「抗魔術結界……、は完璧だし、複合魔導呪詛(バインド)はちゃんと隙間も無いし……。

 ――って、気のせい気のせい。

 まっ、あたしに限って描き損じなんかあるわけないしね」



 難しい所だけを一通り確認した少女は、目に付く限り一切の間違いが無かった事を確認すると、最終的にはそんな結論を下した。本日失敗続きであるとは思えない自信家ぶりであった。


 少女は自己に意識を埋没させ、体内の集積器官から全身へと魔力を回していく。神経の隙間から漏れ出した魔力は、少女の身体を包み込むかの様に辺りに燐光を浮かび上がらせる。充分に集中が高まったのを確認した少女は、言霊を紡ぐ為に、ゆっくりとその胸に空気を満たした。



―――――



 細長い通路に、コツコツという足音だけが反響する。息が白い。肺から漏れ出した水蒸気が空気中へと霧散して行くその様子は、妙に心休まるものがあると、青年はらしくも無くそんな情緒を感じている自分に苦笑した。


 複雑な機器が伸びる地下通路という物は、まるで幼い頃に夢見た秘密基地の様にも感じられる。地下と言えども開放的と形容出来そうな程に長い通路。直線状だと言うのに、長すぎて果てを視認する事は出来ない。その場所をたった一人で歩いくという状況もまた、彼に落ち着いた高揚感を感じさせる一因となっていた。



 朝日 真也は、全長45kmに及ぶ地下通路を歩いていた。装置を点検しているであろう、施設の研究者達に合流する為である。先ずは彼らに連絡が出来なかった事を一言詫び、その後は彼らからの指示を仰ごうと頭の中で予行演習を繰り返す。研究者達からの非難を想像すると軽く鬱になりそうな彼ではあったが、深呼吸をした時に鼻腔に感じた機械の匂いは、彼の気分を僅かながらも落ち着かせた。



「――――?」



 その時、彼の視線に一つの扉が飛び込んで来た。周りの壁と同化するかの様に地味な色で塗られたそれは、地上へと繋がる出口の一つである。


 加速器の設置されているこの通路は、そのあまりの長さ故に、約2km毎に中継点が設けられている。その内の一つが目の前にあるという事は、つまり彼は、入り口から約2kmの距離を歩いて来たという証明になるのだが……、しかしそんな事実に気が付いて彼は奇妙な焦燥感の様な物を覚えた。


 彼は2kmもの距離を歩いた。しかしここに至るまで、彼は職員は疎かその痕跡すらも確認してはいない。否、冷静に考えると、今自分がしているのはどうしようもない愚行なのではあるまいか、という疑念が湧いて来る。


 彼は研究者達が、既に問題の箇所に当たりを付けていると考えた。それ故に、地下に降りて点検をしているのだろう、と。しかしよくよく考えてみると、それが装置の始点に近い場所であるとは限らないのではあるまいか。鍵が掛かっていなかったからといって勝手に地下へと降りて来たのは、あまりにも短絡的思考に過ぎたのではあるまいか。



「……いや、もう少しだ。

 あと1ブロックだけ先に進んでみよう。

 それで誰もいなければ、一度地上に出ればいい」


 青年は、心のどこかで人に会う事を避けていたのかもしれない。あるいは今朝の災難を思い出して、未だ大雨の降り続いているであろう地上に出る事を躊躇したのかもしれない。どちらにせよ彼は、そんな呟きと共に、自らの運命を決定付ける決断をしてしまった。


 彼は地上に戻る扉から離れ、再び薄暗い地下通路にその足音を反響させ始めた。



―――――



命ず(ansur)


 鈴の様な声が、広大な図書館の静寂を打ち破った。

 辺りに立ち込める燐光は少女の全身を幻想的にライトアップし、魔力の猛りは奔流となって魔法円を中心に渦を巻く。

 妖しく可憐なその姿は、さながら嵐に踊る妖精だ。

 魔法円は問題無く、かつ正常に起動している。



「……って、アレ?」



 ふと、次の言霊を紡ごうとした少女の顔に疑問符が浮かんだ。

 その動きが停止する。

 魔力の流れは現状を維持したまま、その目線だけを魔法円へと向ける。



「そういえば、なんで?」



 少女は異常を感じていた。

 魔法円の起動は完璧で、一切の異常が見られない。

 ――否。現状を考えるのであれば、それ自体がそもそも見過ごせない異常であると言えた。


 守護魔召喚の魔法円を正常に起動する為には、一級を越える格を持つ霊地が必要とされるのは常識である。つまりは起動する筈が無いのだ。正常かつ完璧な筈が無いのだ。少なくとも、高々自宅程度の土地では――。


「うーん……。

 まっ、こんな事もあるか」


 しかし少女は、不幸続きでいつもの冷静さを欠いていた為か、そんな事は気にも留めずに儀式を再開する事にした。続きの言霊を告げる。集中を極限まで高める事により、辺りの光景はもう見えなくなる。何か間違いがあったとしても、もう見えなくなる。


 少女は月灯りを浴び、自らの根源に精神を帰結させながら、再びゆっくりとその口を開いた。



―――――



「!?」


 歩く事で若干ハイになり始めた青年の意識を現実に引き戻したのは、(つんざ)く様なブザーの騒音であった。一瞬、まるで心臓に冷水でも突っ込まれたかの様な錯覚に陥る。そして次の瞬間、目の前に表示されている赤ランプを確認して血までもが凍り付いた。


 ――加速器が起動したのだ。


 明らかに異常が発生している装置を用いて、何者かが無謀にも実験を開始しようとしているのだと、その瞬間に青年は悟る。


「正気か!? バカ!!」


 慌てて辺りを見回す。

 確認出来る位置に出口は無い。

 前方と後方、どちらの出口の方が近いのか。

 自分は、どちらに避難するべきなのか。


「こっちだ――!!」


 中継点を見つけてから、もう随分と歩いた気がする。それに前方に行けば、こちらに向かって来た職員と合流出来る可能性もある。そう判断した青年は、自らの進行方向に向けて全力疾走するという決断を下した。



 青年の背後約150m。

 先程の中継点が、物陰からションボリと、去り行く彼の後ろ姿を見守っていた……。



―――――



隻眼の(perth)賢人( mannaz)アルフォズール(ansuz)

 我が魂脈を(uruz)汝に(geofu)捧ぐ(peorth)

 尊き(nauthiz)神族に(wyn)栄光を(sigel)

 黄昏の(nauthiz)日に(ken)福音を(othila)

 (geofu)汝が槍と(thurisaz)成りて(tir)共に(Eihwaz)運命に(othel)立ち向かわん(wyrd)


 少女の口が言霊を紡ぐ。

 静かな響きを含んだそれは、精霊へと語り掛ける神秘の言葉だ。

 精神を魔力に融和させ、無意識へと落とし込む事により、集中はある種狂気じみた域にまで達する。

 身体中の知覚は過敏になり、身体に触れる空気の粘性までもが敏感に感じられる様になっていく。



我は(nyd)因果を(hagalaz)放棄する(Perth)

 我は(nyd)運命を(hagalaz)否定する(othel)

 汝が(tir)統べる永世の(algiz)死霊(ash)

 その一端を(nyd)預かり(algiz)受けたい(isa)


 早鐘を打ち始める心臓。

 許容量を超えた信号に、身体中の神経が感電する。

 今朝方より溜った疲労が恨めしい。

 更に意識を埋没させる事によって、少女は自己の限界を無視する。

 ここに至れば最早精神は無に帰すべしと、少女は更に続きの言霊を告げた。



―――――



「グッ……!?」


 何かに足を取られ、不可解な姿勢で床へと減り込む青年。全力疾走していた為に満足に受け身を取る事が出来ず、顔面に床の痕がくっきりと付く。ヘルメットは遥か前方に飛んで行った。立ち上がろうとして足が動かない事に気が付き、何事だろうかと自らの足元を見た彼は絶句した。



 この施設の床はリノリウムである。

 イメージ的には学校の廊下と、病院の通路を足して2で割った様な材質の物だろうか。しかし青年の足元に存在する部分には、何故か、どういう訳なのか、緑色の通路に灰色のラインがパックリと入っていた。

 所謂ひび割れである。

 彼の左足は、その床の隙間に完璧に挟まっていた。


 何でこんな所に亀裂が走っているのだろうか、などとボケた疑問が頭を過ぎった所で、彼はそもそも自分が何故ここに居るのかを思い出して青褪めた。“亀裂”というのは、今この場では一番不吉な単語ではないのか。


 彼は、ゆっくりと、その目線を赤い装置の方向へと向けた。



「…………」



 一度、目線を足に戻す。



 深呼吸をして一旦落ち着き、慌てない様に気を付けながら、再び装置へと目線を向ける。



 そこにある“ソレ”が間違い無く確認出来たので、取りあえず落ち着いて、肺一杯に空気を満たす。




 地下通路に断末魔の絶叫が響いた――。




―――――



来たれ(rad)汝が僕( ansur tir)

 無限の(teiwaz)平野を(hagal)埋め尽くす(othel)不敗の(teiwaz)戦士を(sowelu)我が下に(thorn)――」


 少女の詠唱が完了する。

 暴虐的なまでの魔力が空間に飽和する。



―――――



「ふっ!! っの!!」


 青年が床を蹴る。

 亀裂が広がる事も恐れずに、全力で足を抜こうともがき続ける。



―――――



 さて、運命とは客観的に見れば無きにも等しき物ではあるが、その渦中にてソレを主観的に観測している限りは、なかなかに因果を齎す原因には思い至らない物であるから皮肉であろう。



 ――誰が知ろうか。



 聡明な彼が、この日に限って実験の開始時刻を聞き間違えており、実際にはその1時間も前に実験施設へと到着してしまっていた事を。



 ――誰が知ろうか。



 優秀な彼女が、この日に限って魔道の初歩であるエニュール文字を5箇所も書き間違えており、魔法円の魔力集積能力が未知の領域へと到達していた事を。



 ――誰が知ろうか。



 加速器の電源と間違えて切られた気圧計が、時間通りに到着した研究者達に要らぬ誤解を与えてしまっていた事を。



 ――誰が知ろうか。



 見落とされていた未知の霊脈が、少女が魔法円を描いた床の丁度真下から、想定外の魔力を提供していた事を。



 異なるブレーンに存在する二つの場、二つの座標のエネルギー状態はこの瞬間、あらゆる奇跡、あらゆる解釈をもって――、




「!? 何だ!?」


「へ!? なに!?」




 偶然にも、一致した――。


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