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朝日真也の魔導科学入門  作者: Dr.Cut
第二章:雷神鉄鎚-5『Golden Sun and Silver Moon』
59/91

59. 銀の国の大魔導による現存する中で最も致命的な破壊力を誇るとされるとある大魔術の行使実験に学ぶ市街地で高火力爆弾が使用された際に発生する経済的及び景観的な問題点と気象的な影響を示唆する事例

 3000度を超える熱光線は、巨人の全身を燃え盛る業火に包み込んだ。

 土魔法の影響下にある土は、対象を分解する際の副産物として可燃性ガスでも生み出しているのか。胸の中央で起こった燃焼反応は連鎖的に、そして確実にその勢いを増し、今となっては巨人の身体のあちこちから燻る様な黒煙を吐き出させている。

 その様は、火口から流れ出た溶岩に塗れる活火山を連想させた。


 “火葬”されつつある巨人の足元に続く大通りは、淡い燐光に包まれている。

 ソーラーレイを生み出す際にアダマス鉱から解放された大量の魔力が、未だに拡散しきれずに空気中に留まっている為だろうか。

 鏡面の盾が反射し続ける陽光を受け、蒼白く輝く噴水広場周辺は、まるで地獄と庭園が混在したかの様な一種独特の雰囲気を醸し出していた。


 そして、そんなどこか矛盾を孕んだ異様さこそが、ある意味ではこの世界に於ける彼の日常だとでも言うかの様に。

 この一日ですっかり汚れてしまった白衣の埃を申し訳程度に払いつつ、この惨状を生み出した当事者の一人たる青年・朝日 真也は気を抜く様に小さく息を吐き出した。


「ようやく終わった、ってとこか……。

 酷い一日だったが、終わってみれば呆気ないモンだったな」


 満身創痍の体で、しかし既に塞がりかけている(・・・・・・・・)傷を開かない程度に伸びをしながら真也は言う。

 言いながら、彼は目の前に聳える巨人の方へと歩みを進めていった。

 先刻から右手を掲げた体勢のまま硬直している、某黒髪八重歯な少女を迎える為だ。



「お兄ちゃん」



 真也が手の届く距離まで近づくと、少女は気がついた様に振り返った。

 特徴的なルビー色の瞳は揺れる様に細められ、同時にどこか不安そうな雰囲気も醸し出している。

 イタズラがばれた子供が、親に叱られる事を恐れているかの様な仕草に見えた。


「心配しなくてもいいぞ?

 確かに少々驚いたが、お前が言いたくないなら別に聞くつもりは無い。

 さっきのアレなら――」


「い、いえ。そうじゃないです。

 お兄ちゃん、あの……」


 真也の解釈を否定するかの様に、少女は歯切れ悪く続ける。

 ナニか大きな心配事を抱えている様な、揺れる瞳で真也を見つつ、しかし時折思い出したかの様に視線を外しながら。

 否、視線を外しながら、という表現では語弊があろうか。

 これは、そう。どちらかと言えば、まるでナニかを警戒しているかの様な仕草であった。



「――――?」



 少女の不安げな瞳が気になった真也は、何気なく、本当に何気なく少女の視線の先を追ってみた。

 彼女が目を向ける先には白銀の一枚鏡が聳えていて、その前には鏡によって焼かれた巨人が佇んでいる。3000度を超える熱光線に胸部を貫かれた巨人は全身を火に包まれており、溶岩でも被ったかの様に体中をグツグツと煮え滾らせていた。



(? 巨人(・・)、だって……?)



 瞬間。

 自らの視界に映っているその光景を認識した真也は、漸くその“違和感”に気が付いた。


 ――巨人が、未だに巨人の造形を保っている。


 視界全てを覆い尽くすかの様に聳えている、山程もあるその巨躯を火に焼かれている土塊の巨人。

 ルネサンス期の彫刻の様に筋肉の形までもが完全に再現されたその人型の彫像は、何の冗談か、身体のあちらこちらから濛々とした黒煙を立ち上らせて尚、未だ崩れる事無くその形を保ち続けていたのである。

 それは、あの黒フードの男が行使した狼霊級土魔法が刺で貫かれた程度で崩れ去った事に比べると、破格を通り越して最早異常事態であるとさえ言えた。


 “これほどの大きさになると、崩れるのにも時間が掛るのだろうか?”


 初め、彼はそう解釈した。

 嫌な予感が脳髄を冷やし、ベトつく汗が全身をジットリと蝕んでいたが、そんなモノは努めて思考から排除し、なるべく前向きな解釈に徹しようとしたのだ。

 否、そうでなくてはならない。そんなこと(・・・・・)があってはならない。


 しかし人間の希望とは、いつでも必ずまかり通るとは限らないモノである。

 人々がどんなに祈ろうが、喚こうが、この世には決して覆せない“絶対”というモノが存在する。

 そして、残念ながら。

 今回は、不幸にもそのケースの一つであったらしい。



「お兄ちゃん、ごめんなさい!!

 わたし、もう抑えきれないです!!」



 愕然とする様な少女の声と、巨人の纏う黒煙の一部が、いや、今の今まで巨人を抑え続けていた黒い靄が吹き飛んだのは同時だった。

 それはまるで、彼の些細な希望をへし折るかの様に、或いは嘲笑うかの様に。

 全身を燃やされ、溶かされ、貫かれて尚。土塊の巨人はゴリゴリと何かが擦れる音を響かせながら、炎に包まれている身体を再度動かし、そして咆哮した。

 まるで、この程度の炎など効きもしないと告げるかの様に。

 悪鬼の如く、羅刹の如く、それは猛々しくも咆哮した。



「ウソ……だろ?」



 目の前で起こっているソレが信じられず、否、信じたくなくて彼は呟いた。

 まるで覚めない悪夢にでも魘されているかの様に。

 ――“有り得てはならない”。

 いくらあの巨人が強大で、そしてこの世界最強の、“精霊級”の名を冠する大魔術だからといって、こんな3000度を超える熱光線に焼かれて、且つ全身から火を吹きながらまだ駆動可能だなんて事は、絶対に有り得てはならない。

 だってそれでは、本当にこの巨人を破壊する方法など無くなってしまうではないか。


 戦慄し、怖気に背筋を凍らせながら、それでも青年は必死に目の前の光景を否定する材料を探す。

 しかし、その時。彼の頭の中には、無情にも知りたくも無い少女の知識が流れ込んで来ていた。

 流れ込んで来て、しまっていた。


 ――土魔法。

 四大精霊の中に於いて最も勇敢なる戦士たる彼の者の力を借り受けるその魔術の本質は、しかし巨体を動かす物理的な破壊力でも、万物を溶かし、そして粉砕する分解能力でもありはしない。

 それは考えてみれば、青年は魔導兵の知識を得た際にとっくに知っていた(・・・・・)事実。

 土魔法最大の特徴。それは土の精霊の力を宿した事による、“驚異的な回復力”――。


 つまるところ。

 土の精霊の力を総身に宿し切ったこの巨人は、一撃で全身を粉微塵に吹き飛ばさない限り決して止まらない――。


 全身を炎に包まれているというのに、それでもブレず、崩折れず、巨人は悪夢の様に行動を再開する。

 熱線に胸を抉られ、焼かれながらも、負傷よりも尚速く胸の穴を再生しながら咆哮する。

 宛ら不死身の悪魔の様に。


 蒼白になる青年を見下すかの様に、巨人が土石流の様な絶叫と共に右腕を背後へと振り抜いた。

 標的となったのは、未だに巨人に太陽光を照射し続けていたアダマスの盾だ。

 巨人の背後に佇むその鏡面の盾は、しかし紙屑同然の脆さ故に、巨人の一撃によって軽々と粉砕される。

 白銀の破片は砕けたガラスの様に宙に舞い、太陽光をキラキラと反射して輝いた。

 それは、彼に残された最後の希望が完全に打ち砕かれた瞬間であった。



 そして、巨人は再び青年の方へと向き直る。

 炎に包まれたガラス玉の瞳で睨みつつ、洞窟の様に空いた口で嘲笑しながら、巨人はどこまでもどこまでも無感情な貌で二人の獲物を観察してくる。

 青年の心臓は、それだけで止まりそうな程に脈動を速めた。

 ――巨人の全身を包んでいた炎も、既に8割方鎮火してしまっている。

 火が消え、致命的な被害は何一つ受けず、不完全燃焼特有の黒煙を立ち上らせる無骨で悍ましい作り物の腕が、轟音と共にゆっくりゆっくりと伸びて来る。

 あと数秒と経たずに自分達を圧殺してしまうであろうソレを見詰めながら、青年の顔には乾いた笑みが浮かんでいた。


 “今度こそ終わりだ”と。

 まるでそう悟ったかの様に。


 無理も無い。何しろ今の青年の身体は満足に動かず、仮に動いたとしても、彼にはアレを倒す術も逃げ切る算段すらも無い。

 否、そもそも。本当にあんな化物を倒す術が、この世に存在しているとでも言うのだろうか?

 物理的な攻撃は全て溶解し、3000度の炎で焼いても即座に再生してしまう圧倒的な“災害”。

 そんなあり得ざる存在を打ち破る術が、本当にあるとでも言うのだろうか?


 少なくとも、彼はそんなモノなど無い事を知っていた。

 強力無比な現代兵器が存在する地球(彼の故郷)なら兎も角として、今この場でアレを焼き払い得る手段など、この世界のどこにも存在していない事を彼は既に悟っていた。

 故に、“精霊級”。

 矮小な人間などとは次元を分かつ、この世界の誇る理の最高峰――。

 瞬きの後に自らを轢き潰してしまうであろうその土塊を見据えながら、青年は少女の背中へと手を回した。

 せめて少しでも“その瞬間”が訪れるのを遅らせようと、彼はまともに動かない身体を軋ませながら、少しでも距離を取ろうと後退った。



「――――っ」



 ――そして。

 彼がほんの1~2歩だけ後退ったその瞬間。

 石が擦れて割れる様な轟音と共に、強烈な土の感触は彼の腹部へと食い込んだ。



 だが、それは彼が土に飲み込まれたという事を意味しない。

 否、土は確かに彼の腹部に触れてはいるのだが、それは既に巨人の本体から隔離された上に焼き尽くされて土魔法の影響を脱した残骸でしか無かった。

 無論、真也が何かをしたワケでは無い。

 加えて、隣に居るこの少女が何かをしたワケでも無い。

 それは突如として飛来した(・・・・)ナニかによって吹き飛ばされた巨人の前腕が、土砂崩れの様に派手な音を立てながら地に落ち、そして飛び散った余波によるモノであった。



「!?」



 突然の事態に目を見張り、白い青年は空を仰いだ。

 驚愕に染まる彼の瞳は、遥か上方へ。

 山の様に聳える巨人を更に上から見下ろす、広大な青空へと向けられている。

 そして、空を彩る“灯り”に目が眩んだその瞬間。

 彼は、本当の意味で絶句して言葉を失う羽目になった。



 ――空が燃えている。



 未だ空は明るいにも関わらず、夜空の星々と見紛うほどに明るい、煌々とした煌き。

 箱詰めにしてぶち撒けた照明弾を思わせるそれは、同時に天空を彩る星々が一つ残らず降ってきたかの様な非現実的なまでの威圧感と存在感を誇っている。

 それが何者かが放った、白銀の流星群を思わせる火矢の群れだったという事実に、青年は暫しの間気付けなかった。


銀の流星(hagalaz)

 汝が眷属を(sigel)焼き尽くせ(thorn)


 背後から唄う様な詠唱が響いてくる。

 未だ少しだけ距離のある位置から、しかし確実に近づいて来るその言霊は、彼がもうすっかり聞き慣れた声によって紡がれたモノだった。

 鈴の様に澄んだ声が1字の言霊を紡ぐ度に天空に輝く星々は流星となり、次々と巨人の身体に降り注いでは風穴を空けていく。


 矢には果たしてどれほどの魔力が籠められているのか。

 巨人の体躯に比すれば針にも等しいソレが3発命中した時点で巨人の頭は半分になり、着弾数が10を数える頃には腹部が貫通して青空が覗いた。火矢が纏う灼熱の業火は巨人の身体を連鎖的に発火させて、冷めかけた溶岩の熱を再燃させていく。

 銀の残照が巨人を貫く度に焼夷弾の炸裂を思わせる熱波が広場を襲い、爆轟と共に標的は業火へと包まれていった。


 巨人は文字通りに火でも着いた様に暴れ回る。

 人間なら肘関節があったであろう部位から先が無くなった右腕を駄々を捏ねる子供の様に振り回し、穴だらけで体積が半分以下に減少している左腕でデタラメに流星を叩き落とそうとする。そんなデタラメな動きでさえも、巨人の巨体で行われると暴風雨を思わせる程の圧倒的な破壊力を伴うのだから脅威と言えよう。


 だが、そんな自然災害の様な挙動の中心に向けて。

 青年の後方から目にも留まらぬ速さで走り抜けて来た“その影”は、青年を追い越して尚も前方へと疾駆した。

 冬の夜空を結晶化した様な、漆黒の装束を巨人からの熱風と爆風に靡かせながら。

 “彼女”は尚も暴風の真っ只中へと駆け抜け、詠唱と共に一息で20メートル強も跳躍した(・・・・)


侵攻せよ(tir)炎の巨人(ken thorn)

 虹橋を渡りて(raidho)世界樹を(sigel)焼け(yr)


 それは、宛ら(おおゆみ)で放たれた漆黒の矢の如く。

 “彼女”は蒼銀の魔法円が輝く右手に、圧倒的な量の炎の魔力を纏わせ、そしてそれを高く高く掲げながら――。



始祖の炎帝(ムスペルヘイム)!!」



 ――瞬間。

 “彼女”の右腕から放たれた帝霊級火炎魔法の余波が街を揺らした。

 大空襲を思わせる爆音の中、人間離れという形容でも尚足りない程の威力で、しかし呼吸する様な自然さで行使された大魔術が巨人の胸部に直撃する。

 小さな太陽を思わせる炎の球体は、巨大なアセチレンバーナーをフル火力でぶっ放した様な閃光を撒き散らしながら着弾位置へと風穴を穿った。

 奇しくも。青年が先の反射鏡で巨人に負わせた傷と、完全に同一の場所に。



「――本っ当。あんたってある意味スゴいわ。

 たった半日目を離しただけで、まさかこんなにトンデモナイの呼び寄せちゃうなんてさ。

 ホントなら、今すぐ言い訳の1つ2つ聞かなきゃ気がすまないトコなんだけど……」



 彼があれほど苦労して与えた傷を、僅か数語の詠唱で再現しながら。

 立ち上る熱風に漆黒のローブを靡かせて、少女は妖精の様に彼の目の前へと舞い降りた。

 満身創痍の体で呆然としている彼と、その隣に庇われている黒髪の少女に向けて笑みを浮かべながら。



「やるじゃない、シン。

 あんたのこと、ちょっとだけ見なおした」



 先の熱光線(ソーラーレイ)を見ていた為か、或いはボロボロになりながらも未だ黒髪の少女を庇おうとしていた事に対してか。

 真紅の少女は全力疾走で上がった息を整えつつ、青年を真っ直ぐに見据えながら労いの言葉を掛けた。

 普段の勝気でお転婆な表情は鳴りを潜めた、見間違えようも無い程に確かな“魔導師”の雰囲気を纏いながら――。

 だが。労われた当の青年には、少女の言葉に気を配っている余裕など無かったようだ。


「――――!?

 ウソだろ!? これでもまだ駄目なのか!?」


 目の前に降り立った少女の、更に向こうで。

 不動な山の様に聳える巨人が、あれだけの業火による爆撃を受けて尚、当たり前の様に再生を繰り返し始めていたからである。

 どこから土を持ってきているのか。千切れ飛んだ右腕はオタマジャクシに脚が生える様に伸長し始め、全身に穿たれた穴も内部から盛り上がる様にして塞がりつつある。


 ――土魔法で創られた巨人の生命力は果てしない。

 如何に炎に弱いという特徴を持つとはいえ、土の精霊の力を全て宿し切った怪傑巨兵(あの巨人)は、魔術的な影響を受けた部位を全て焼却されない限り修復し続けてしまうらしい。

 この分だと、あと1分もしない内に巨人は傷を癒し切り、その破壊活動を再開し始めてしまうだろう。


「当たり前でしょ」


 だが。

 そんな絶望的な状況を目の前にして尚、真紅の少女の返答は呆れた様な溜息のみだった。

 唖然とする青年に向けて、少女は本当にそれが当たり前だとでも言う様に、淡々と事実のみを述べる。


「あのね、アレは精霊級土魔法・怪傑巨兵(フルングニル)

 魔導の頂点に君臨する四大魔術のうちの一つで、この世界の理の最高峰なの。

 いくらあんたが守護魔だからって、そう簡単にやられたんじゃこの世界の人間(こっち)の立場が無いじゃない」


 ――これが“精霊級”。

 人の身では敵うべくも無い、最高存在たる精霊の力を全て借り受けた極致の大魔術なのだと。

 そして、最後に。少女は、“だから”と続けた。

 “だから、後は自分の仕事なのだ”と。


「――大丈夫。

 あんた、あたしが誰だか忘れたわけ?」


 何と返答して良いか分からず、息を呑む彼に背を向けて。

 少女はゆっくりと、沈みつつある太陽を正面から受ける“標的”へと目線を映した。

 彼女の眼前に立ちはだかる土塊の巨人は、未だに溶解した頭部から紅炎を昇らせつつ、巨木の様に哀れな“生贄”の姿を見下ろしている。

 その悪鬼の様な形相にすら臆す事無く、少女は静かに自らの半身たる長弓を構えた。

 圧倒的な練度を感じる、洗練されきった所作で矢が番えられる。

 そして彼女を象徴する白銀の弓身が、青い太陽を反射して涼やかな輝きを放ち――。


「せっかく敵が切り札見せてくれたんだもんね。

 ここは銀の国の魔導師を代表して、“大魔導”のあたしが全力で応えてやるのが礼儀ってもんでしょ?

 命ず(ansur)――!!」



 少女は、“詠唱”を開始した。



(!? 何だ、これ……!?)



 瞬間、彼が感じたのは先刻の物と完全に同格の魔力の奔流だった。

 凪の湖面に落ちる水滴の様な、あまりにも静かな少女の声に反比例するかの様に、人工的な霊地となっている王都(シルヴェルサイト)の魔力を全て掻き集め、枯渇させてしまいかねない程の、あまりにも暴虐的な魔力の収束。

 なまじ魔術を覚えてしまったが為か。今の青年には、この少女がどれほどデタラメな事をしているのかが一目で分かった。

 例えるのなら、そう。これはダムに貯水された水を丸ごと飲み干してしまうかの様な、耐性の無い者が近付けばそれだけで吐き気を覚えかねない程の“濃度”だ。

 ハッキリと視認できるまでに高密度化した魔力は更に増大しながら少女を中心として渦を巻き、ソーラーレイによって解放された魔力すらも一緒くたにして飲み込んでいく。



その鎚(tir)常に赤熱し(thorn)数多の邪悪を(hagalaz)打ち払う(ken)



 鈴の様な音色が言霊を紡ぐ。

 言葉を発する事すら許さない、呼吸すらも難しくなる程の存在感を示しながら、驚くほどに静かな声色は二人しか観衆の居なくなった広場に響き渡る。



高き(geofu)雄峰は(sowelu)虚無の(geofu)谷に(sigel)

 世界(geofu)蛇には(yr)最後の(geofu)神罰を(othel)

 雷鳴を(thorn)轟かせ(sowelu)、数多の神器の中に在り(teiwas)比する物は無く(sigel)



 ――巨人が修復を終える。

 不死身の怪物は再度天空へと咆哮しながら、しかし明らかにこれまでよりも速い速度で腕を振り、自らの足元に立つ哀れな獲物を轢き潰そうと動く。

 それは意思も理性も無いこの怪物でも、2度も身体を焼かれた事には流石に憤ったのか。

 或いは意思も理性も無いこの怪物ですらも、目の前の華奢な少女が振るおうとしている力には、生命としての原初の恐怖(ほんのう)を駆り立てられたのか。

 それを鑑みる事すら無く、少女はその口元を三日月型に緩めた。

 まるで、目前の死の権化を憐れむかの様に。



死せる(wyn)朋友(geofu)愛する者には(wynn)祝福を与えん(inguz)



 目前に伸びる節榑の腕。

 並の魔導師なら、否、魔導研究所の精鋭が束になっても太刀打ち出来るか分からない程に強大なその一撃が迫るのを正面から見据えながら、真紅の少女は一切の怖気すら見せずに詠唱を完了させ――。




雷神鉄鎚ミョルニル――!!」




 そして、世界は燃えた。




 解放された銘と共に少女の蒼穹から閃いた銀閃。

 白銀の筋が蒼白い陽光を切り裂きながら、高速で飛翔する白龍の様に天空へと駆け上がる。轟々とした雷鳴が響き渡り、全ての音は飲み込まれて消え失せる。限界を超えて熱された魔法金属は自らの周囲を取り巻く空気を瞬き以下の時間で電離させ、プラズマの尾を引きながら標的となった巨人に向けて一直線に落下していった。


 プロミネンスを思わせる巨大な火柱が上がる。異常な程の高温に加熱された元素が、見物人の網膜に存在する色素を全て分解し尽くす程の閃光を発し、そして巨人の身体を蹂躙していく。

 雄大な防壁すらも上回る程の巨躯を誇る土塊の巨人は、少女が放ったそのたった一撃によって身体を貫かれ、全身を焼かれ、そして周囲の地面ごと溶解されて相転移した。


 ――被害はそれに留まらない。

 戦略級爆弾に匹敵するその圧倒的な熱量は巨人を中心にした空気を音速以上に加速して爆轟を生み出し、発生した衝撃波は数十の建物をオモチャの様に倒壊させた。

 直接の被害を免れた地域の建物ですらも窓が割れ、屋根が吹き飛び、王宮の壁すらも振動によってビリビリと震える。爆風をまともに受けた青年は、何かの冗談みたいにゴロゴロと硬い石畳を転がった。


 そして、その圧倒的な破壊の最中、爆心地に佇む巨人の背には“翼”が生えていた。

 もしも青年の目が初見の暴虐的なまでの光量によって色素を分解されきっていなかったのなら、彼はソレが巨人の巨躯にすらも収まり切らなかった熱量が、周囲の空気すら含めた数千万リットルの巨人の体躯をプラズマ化して背から吹き出したモノだったと気付いただろう。

 炎の翼は巨人を貫通した矢の軌跡を追う様にして数キロにも渡って街の上空に帯を描き、最終的には正門付近の防壁にまで到達した。

 高温の油に水を流し込んだ様な爆音が、絶対であった筈のアダマスの防壁から響く。

 そして防壁は火矢の螺旋に巻き込まれた巨人の残骸と混ざって急速に上昇し、その上昇気流が街の境界付近に小さなキノコ雲を生み出した。



「――収束(yr)



 封印の呪文と共に、少女が静かに弓を下げる。

 その声に再び目を開けた青年が見たのは、見るも無残な破壊の後だった。

 巨人が立っていた筈の地面は周囲数十メートルに渡って溶解し、浅黒い煙を吹き上げている。

 円形に崩壊したその中心部には、まるで隕石でも落下したかの様なクレーターが空いていた。

 ――絶対とされていた筈の、銀の国を象徴する防壁の被害も深刻だった。

 “炎の翼”の直撃を受けた正門付近のアダマスの鉱は完全に蒸発し、街の外がハッキリと見える程に大きな風穴が空いている。そして穴から覗く更に向こうでは気化したアダマス鉱が空気中で結露して白銀の雨を降らせ、鏡色の霧となって最果ての丘を覆うベールになっていた。

 蒼い太陽を映す防壁の残骸は、宛ら巨大な銀の一枚鏡の如く――。



 ――“雷神鉄鎚”。

 銀の国(プラティヘイム)最強の魔導師、アルテミア・クラリスに“大魔導”の称号を冠する事を許している“炎の最奥”。

 それが万物全てを焼き尽くす現存最強の大魔術、“精霊級火炎魔法”による一撃であった。

 気化したアダマス鉱によって造られた、銀の鏡に映る太陽を目に焼付けながら。

 この瞬間、青年は少女が誇る実力の裏付けというモノを悟った。



―――――



 激戦は少女の振るった大魔術によって幕を下ろした。

 しかしながら、流石に白昼の街中で惜しげも無く激突した精霊級魔術による被害は大きいらしい。

 巨人の通った後は草一本残らない程に蹂躙され、溶解され、分解されて、アダマスの石畳が薄白い煙を立ち上らせている。その周辺に佇む建物は雷神鉄鎚によって穿たれたクレーターを中心として雪崩れ込む様にして倒壊しており、その爪痕が続く先では銀の国を象徴する白銀の防壁が溶かされ、外部がハッキリと見渡せる程の大穴が空いていた。


 不幸中の幸いと言えば、それ程大きな人的被害が出た様子は無いという事だろうか。

 どうやら怪傑巨兵(フルングニル)が行使されたかなり早い段階から騎士団と魔術団の連携による迅速な避難が進められていたらしく、通りに溢れ始めたざわめきには、少なくとも犠牲者に対する慟哭や悔恨といった強い負の感情が含まれてはいないらしかった。

 正門に続く大通りでは、逃げ延びた人々が呑気にも被害状況を世間話がてらに語り合っている。


 そんな台風一過の青空を思わせる程に長閑(のどか)な雰囲気に、漸く落ち着きを取り戻したのか。

 たった今目の前で起きた“その現象”を理解した青年・朝日 真也は、漸く気が付いたかの様に小さく息を吸い込んだ。

 驚きとも呆れとも畏れともつかない表情で、彼は目前に立つ真紅の少女の姿を視界に収めている。


「君……、守護魔(オレ)の協力なんか全然いらないじゃないか」


 反射的にその言葉を漏らしていた。

 ――セトル・セトラの儀。

 異世界から“守護魔”と呼ばれる魔人を呼び出し、その知恵と力によって敵国を打倒する為の技術革新を得る事を目的とした大儀式。

 それを予てより聞かされていた青年は、故に少女の放った有り得ない規模の一撃に驚愕し、そう呟く以外の選択肢を持たなかったのだ。


 それは、ある意味では彼の内心をこの上なく簡潔に表現したものだったと言える。

 何しろ、この少女がこんな馬鹿げた大魔術を扱えるのなら、この国は冷戦なんていう消極的な硬直に甘んじている必要なんかまるで無い筈だ。

 極論、少女が単身敵国に乗り込んで首都にでもコレをぶち込んで来れば、それだけでこの世界の諍いなんか一発で終わってしまうに違いない。


「あのね……」


 そんな彼の考えを悟ったのか。少女はまるでバカを見る様な、呆れた様な溜息を零していた。


「前にも言ったでしょ?

 敵国の召喚主も、大抵大魔導なんだってば。

 他の連中も精霊級を扱える様な怪物ばっかなんだから、これくらいできなきゃ直ぐに殺されて終わりじゃない」


 少女はあくまでも淡々と言う。

 それが当然だとでも言うかの様に、さも当たり前の様にそう説明する。

 自分達がこれから戦わなくてはならない敵達は、呪文一つでこれ程の破壊を齎してしまう、少女と全く同格の怪物達なのだという事実を。

 そして、それがこの世界の常識なのだと――。


 ――端的に述べれば。

 彼はこの瞬間まで、正直に言えば舐めていたのかもしれない。

 “大魔導”という、彼女が誇ったその称号の意味を。

 人にして人ならざる神秘の担い手達。その頂天に位置する存在という物を――。



「……で、そろそろ説明してくれてもいいんじゃない?」



 放心している青年に向けて、不意に少女はそんな事を言った。

 人差し指が、青年のすぐ隣を向いている。

 青年が首を傾げると、少女の表情は更に訝し気なモノに変わった。


「あんた、そのちびっ子どこからかっ攫って来たわけ?」


「ん?」


 言われて、漸く青年は自分の隣から感じる温かい体温の存在に気が付いた。

 より具体的に述べるとするのならば、未だに尻もちをついた状態で座り込んでいる彼の右隣に、この事件の発端となった黒髪八重歯な少女が頬擦りでもしそうな距離にピッタリと張り付いている。

 ……余談だが、少女は大好きな人形にキュ~っと抱きついて“渡さないです~”と自分の物アピールしている様な雰囲気を醸していた。


「知らん。てかこっちが聞きたいぐらいだ」


 何故か(・・・)時間の経過と共に明らかにアルの表情が曇ってきているのを見た青年は、雨が降って落雷が始まる前に手を打っておこうと立ち上がることにした。

 相変わらずなんとも丁度いい位置にある黒髪の少女の頭に、ポンと右手を置きながら。

 ――瞬間。何故か、(本当に何故か)アルの眉根がピクンと跳ねた気がした。



「……ちょっと。知らないってどういうコト?

 なんかさ。あたしには、その子がみょ~にあんたに懐いてるみたいに見えるんだけど……」


「そうは言われてもな、オレも本当に知らないんだ。

 てかこの子、用があるのは君の方らしいぞ?」


「……へ? あたし?」


「ああ。オレはただ、君が暇になるまで付き合わされてただけだ」



 真也の説明を聞いて、アルの表情は不機嫌そうな仏頂面から何かを考える様な仏頂面へとシフトした。眉を潜め、コクリと首を傾げながら、まじまじと真也の隣に立つ女の子の顔を観察する。

 具体的に彼女がナニを考えているのか、までは流石に真也には分からなかったものの、“う~ん……。この子、どこかで会ったコトあったかな~。なんかどこかで見たコトあるような無いようなでもやっぱり初めてなような……”。なんていう呟きから判断するに、どうやら視線を泳がせつつも深く記憶を探っているらしかった。

 そして、彼女がたっぷり1分くらい悩んだ頃。

 話題の中心人物たる黒髪赤目の女の子は、不安げな瞳でアルを見上げながら口を開いたのだった。



「お姉ちゃん、銀の国の大魔導さんですか?」



 確かめる様な女の子の問い。

 アルは、微かに訝しそ~な顔をしながらもコクンと頷いた。

 瞬間、女の子がにぱっと笑った。それはもう、天使の様に眩しい、溢れんばかりの満面の笑顔で。


 ――うっ、とアルがたじろいだ。


 無邪気な笑顔を向けられた経験というモノがあまり無かったせいか、どうやら彼女は女の子から何かを感じてしまったらしく、きゅ~んなんて効果音が聞こえそうな表情で、気恥ずかしそうに形の良い頬を掻いていた。


「……け、けっこうかわいいじゃない。

 なんか一瞬、背中に羽が見えたわ」


「…………」


 ……よっぽど、嬉しかったのだろう。

 ナニか半分くらいトランスしつつある“銀の国の大魔導さん”は、子供に笑顔を向けられた際の対処法マニュアルというモノを持ちあわせていなかったせいか、何やらギクシャクと奇妙なパントマイムを披露し始めている。

 おそらく今の彼女を見習い魔導師達が見ていたとしたら、“食べる気だ!! やっぱり子供が大好物だったんだ!!”とはやし立てた挙句に火球をお見舞いされる羽目になっていたコトだろう。

 幸いにしてこの場には彼女を冷やかす様な野次馬は居なかったので、彼女は白い青年に顔の前でパタパタと手を振られ、何事も無く我に帰ってコホンと咳払いをするだけで難を逃れた。


 そんなアルに、彼女よりもずっと嬉しそうな笑顔を向け続ける黒髪八重歯な女の子。

 女の子は楽しそうに、本当に楽しそうに弾みながらアルにトコトコと近付くと、アルの目の前でお行儀良くペコリとお辞儀をして――。




「初めまして。

 わたし、死の国の大魔導(・・・・・・・)のプルートって言いますです。

 よろしくお願いしますです~」


「「は――?」」




 ――瞬間、確実に時間が停止した。




「「はぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!??」」




 ……これが、彼らにとってこの日一番の衝撃だったという。

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