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朝日真也の魔導科学入門  作者: Dr.Cut
第二章:雷神鉄鎚-4『Day Hard』
45/91

45. 暇を持て余した魔導研究所所長と氷の国皇帝による知恵問答及びとある特務教諭が生み出した地球に於いて最も安価なとある防犯具の魔導を用いた改良と再現及び性能試験

「それで?

 かの有名な暴君様が、あたしみたいな一介の魔導師の家に何の用なワケ?

 あたし、これでも暇じゃ無いんだけど」

 

 見るも無残な更地と化した丘の外れから場所を移し、再び少女の屋敷の玄関前。

 青年が相も変わらず散らかしっぱなしにしている金属塊の一つに踏ん反り返りながら、アルテミア・クラリスは正面に座る女帝に刺々しい言葉を投げつけた。

 少女の瞳は仇敵を見るかの様に露出の激しい肢体を睨みつけ、時折キツく目を瞑っては何かを堪える様に細い肩を痙攣させている。

 どうやら、この少女にとって目の前の“敵”の格好には何か耐え難いモノがあるらしかった。

 ……いや。ナニが、とは言わないが。

 

「見くびるなよ? 貴様が謹慎で暇を持て余している事くらい知っておる。

 ……尤も、貴様になど別段用も興味も無いがな。

 暇潰しに“遠見”で愛玩動物(ペット)を見ておったら、主人の命令も守らずに道草を食おうとしておったので、仕置きがてら貴様の下僕でも見ておこうかと思いたっただけさ」

 

「下僕……あんたのトコって、やっぱ守護魔はそういう扱いなんだ。

 流石はフィンブルエンプ。王様気質は噂以上ね」

 

「ハ、何を当たり前の事を。

 創世の大魔導(ユミル)の時代より血脈を保っておる王家など、我らを除いて他にあるまい。

 最古にして唯一無二。6国全ての王族の頂点に君臨する真の血統。

 それが我がフィンブルエンプの家紋だろう。

 だからこその“帝位”なのではないか」

 

「皮肉で言ってんのよ」

 

 少女の言葉を特に気にした風も無く、メルクリウスは肩を竦めて受け流した。

 人一倍気位の高い彼女(メルクリウス)が一介の魔導師たるこの少女とまともに会話を続けているというのは少々奇妙な光景にも思われるかもしれないが、彼女の気まぐれな性格を鑑みればそこまで意外な話でも無いだろう。

 要するに、単純に今の皇帝陛下は上機嫌だったのである。

 具体的に述べると、先刻の少女による青年のK.O劇が中々にお気に召したらしかった。

 

 軽装の皇帝は冬風に青い長髪を靡かせながら、時折少女の不機嫌そうな顔を見ては思い出し笑いを堪えている。

 彼女のそんな態度こそが真紅の少女の神経を更に逆撫でし、結果少女の苛立ちが指数関数的に募っていくという悪循環がここに成り立っていたりもするのではあるが……。

 主な被害を受けるのはおそらく一人だけである為、ここではあまり重要では無いだろう。

 メルクリウスは隣に立たせた赤い少年に「休むな。もっと扇げ」などと時折命令(あんな格好でもまだ暑いのか)しながら、目前の少女の刺々しい態度を愛でる様に寛いでいた。

 

 ――完全に余談ではあるが。

 メルクリウスが座っているのはそこら辺に散らばる金属塊などでは勿論無く、先刻王女が造った即席椅子よりも3倍は豪奢な装飾椅子であった。更に補足すると、少女には興味が無いと仰る皇帝陛下がこうして屋敷の前に居座っているのにも、実は極々些細な理由があったりする。

 

 

 話は青年が少女にボコボコにされた直後に遡る。

 青年を殴り疲れて息を整えている少女を少しの間楽しそうに眺めていたメルクリウスであったが、やがて何かを思いついたかの様にフムと頷いた。何やら嗜虐的な、そして邪悪な笑みを浮かべた皇帝陛下。彼女は突如何の前触れも無く先天魔術(ギフト)による転位魔術を行使して完全に伸びている青年の真横へと移動すると、あろうことかいきなりその腹を踏みつけたのである。

 この行為には先刻まで青年をボコボコにしていた少女も、メルクリウスをよく知る少年すらも唖然として言葉を失った。そして何より、目覚めた時に初対面の人間の足が鳩尾に食い込んでいるのを見た青年は、何が起こっているのか分からずに最早呆然としていた。

 

 凍りついた3者の中で、いち早く我に帰ったのは少女だった。

 ――いきなり彼の隣に現れるなり、その腹に蹴りを入れた女帝。

 もう2週間近くも一緒に居るからなのかもしれないが、彼が踏みつけられているのを見ていると、何故だか知らないが物凄く腹が立って仕方がなかったのである(先刻まで少女自信がもっと酷いコトをしていたという事実はここでは横に置いておく)。

 少女は激昂に任せて右腕に魔力を流し込み、これ以上妙な真似をすれば骨も残さず焼き尽くすとばかりに青髪の皇帝に殺気をぶつけた。

 

「逸るな小娘。予はこやつに用があるだけだ」

 

 しかしそんな緊迫した空気すらもどこ吹く風。

 メルクリウスは青年の腹に足を食い込ませつつ、意地の悪い視線で彼の顔を見下ろしながら微笑み、

 

「シンよ。この予がこんな辺鄙(へんぴ)な場所にまで来てやったのだぞ?

 何か貢物を寄越すのが筋というものではないか?」

 

 ……などと、そんなハチャメチャなセリフを平然と仰ったのである。

 そのあまりに横暴かつ傍若無人な態度に、少女の怒りはとうとう沸点を超えた。

 もう弁明の余地すら無いと魔装たる長弓を開放し、魔法金属の矢をつがえながら帝霊級相当の魔力を鏃に纏わせた少女。それは標的に掠りでもすれば身体の内側で熱量を爆発させ、水素をねじ込んだゴム風船の様に周囲の空間ごと敵を爆散させる戦用魔術である。

 だが。その時大慌てで弁明に入ったのが、以外にも某愛玩動物の少年であった。

 どうやら、流石に今回は自分達に非があると(この少年ですらも)思ったらしい。

 

 少年曰く、実はメルクリウスは真也の情報に随分と詳しいらしく、彼の産み出す奇妙な道具の話を聞く度に少なからぬ興味を引かれていたとの事である。

 メルクリウスは根っからの王様気質である。

 どうやら、欲しいと思ったモノは何でも手に入れなくては気が済まないというのは本当らしかった。

 

 無論、銀の国の二人にとっては、敵国に手の内がバレているというこの話は決して好ましい物では無かったのだが……。

 しかし転位を操る彼女が相手では、情報の隠匿などはあまり意味を成さない事なのだとも理解は出来た。

 何しろ相手は虚界転位(スレイプニル)の担い手なのである。

 彼女がその気にさえなれば6国のどこであろうとそれこそ一瞬にして移動する事が可能なのであるからして、自国と敵国の距離はおろか、あの虹のビフレストのシステムですらもこの皇帝が相手では何の枷にもなりはしない事を彼らは知っていた。

 情報など隠そうとするだけ無駄な話であり、寧ろその敵がこちらの情報を興味本位以上の意味合いで探るつもりが無さそうな事に安堵したくらいであった。

 

 だが、勿論それは初対面の人間に足蹴にされるコトを正当化する理由になどなりはしない。

 この世界に来てからというもの、普段から少女の猛攻によって流血の絶えない日々を送っている真也ではあったのだが、しかし流石にこんな扱いを受けて反感を覚えない程寛容な性格の持ち主では無かった。感情の起伏が人よりも小さな彼は激昂して殴り掛かる様な真似はしなかったが、少なくとも“よし、じゃあ貢物を渡そうか”なんて気分になどなる筈も無い。

 よって真也は、時代錯誤な皇帝様の顔をジト目で睨みながら懇切丁重にお断りしようかと首をもたげ――。

 そこでふと、必死に少女を宥めている赤い少年が目に入った。

 一瞬、目を見開いた様に見えた青年。

 彼は、何かを考えこむ様な仕草でふむと頷くと、

 

「15分待ってくれ。良い物が用意できる」

 

 ニヤリ、と、どこか含みのある笑みを浮かべながらそう答えた。

 無論、今の彼はほぼ手ぶらであって何かを作るには一度屋敷に戻らなくてはならなかったので、一同は何やら妙な雰囲気のままに少女の屋敷へと向かう事になったのであった。

 それから現在までの約10分。金属塊に座るのを露骨に嫌がったメルクリウスは、転位で宮殿から運び出した自前の椅子に腰掛けつつ、少女を冷やかしながら“貢物”の完成を待っていたのである。

 

 

「ふむ。しかし、ただ待つだけというのも中々に退屈なものだな。

 おい小娘。貴様、何か予を楽しませろ」

 

「はあ? 何であたしがあんたのご機嫌取りなんかしなきゃなんないのよ。

 氷の国の皇帝様は脳細胞まで凍ってるわけ?」

 

「フハハハ、そう尖るな。なに、一寸(ちょっと)した暇潰しだ。

 そうだな……銀の国の魔導師は知恵自慢が多いと聞く。

 それは貴様も例外では無かろう。

 ヤツが戻ってくるまでの間、簡単な謎掛けでもしてはみぬか?」

 

 暇を持て余した様なメルクリウスの提案に、アルテミア・クラリスは不機嫌そうに眉を潜めた。

 だが、手持ち無沙汰だったのは彼女も同じだったのだろう。

 フンと小さく鼻を鳴らしてから、少し思案して答えた。

 

「……いいじゃない。

 それじゃ、あたしから。

 低俗な獣は身につけなくても平気なのに、あたし達人間が身につけずにはいられないものってなに?

 ヒントは、今あたしが身につけてるのにあんたが身につけてないモノ」

 

「? ふむ……」

 

 メルクリウスは顎に手を当て、少し考える様な仕草を見せた。

 蒼い瞳が、少女の全身をまじまじと観察する。

 やがてメルクリウスの視線は、少女の頭上を彷徨った所で停止した。

 

「コレか?」

 

 ヒュン、と、メルクリウスの右手が虚空を薙いだ。

 それは小蝿でも払った様な簡単な動作だったが、しかし軽く振るわれた腕の周囲では転位魔術特有の空間の歪みが顕れ、一瞬だけメルクリウスの手が見えなくなった。

 そして再び彼女の手が確認出来た時には、メルクリウスの右手には真っ黒の、大きな、少女にとって物凄く見覚えのあるとんがり帽子が握られていた。

 

「――って、へ?」

 

 突然軽くなった頭に違和感を覚え、少女は自らの頭にペタペタと手をやった。

 ――無い。

 いつも身に着けている、身に着けていなくてはならないとんがり帽子がいつの間にか無くなり、トレードマークの真紅の髪の感触が直に指に伝わっている。

 それで少女は、ようやく自分が何をされたのかを理解した。

 

「予に無く貴様にあるモノなどこのくらいだろう?

 フン、貴様も随分とおかしな事を言うのだな。

 こんな不恰好な被り物、好んで身につける者の方が少なかろうに……」

 

「――――っ!!」

 

 ガタッ、と、少女は跳ねる様に立ち上がった。

 

「服よ!! 服!! 

 ド変態のあんたと違って、普通の人間は服を着なきゃ恥ずかしくて人様の前なんか出歩けないの!!

 スッポンポンで平気なのは、赤ん坊か毛むくじゃらの犬猫くらいなモンよ!!」

 

「フハハハハ!! 何を言うかと思えば!!

 服とは見苦しい部位を隠す為に着るものだろう?

 この予の身体に、恥ずべき部位など一片たりともありはせん!!」

 

「その性格も含めて存在そのものが恥ずかしいって言ってんのよ!! あんたは!!

 ていうか勝手にあたしの帽子に触るな返せバカァアアアッ!!」

 

 人差し指をピッと突きつけ、怒鳴りつける少女。

 メルクリウスはやれやれと小さく溜息を吐くと、少女の帽子をゴミの様に空へと放り投げた。

 その行動に少女の怒りが沸点を超え、火炎魔法を放とうと右腕に魔力が収束される。

 ――と。その時、転位によって虚空へと溶け失せたとんがり帽子は、再度スッポリと少女の頭上へと収まった。

 

「逸るな、今は貴様と争うつもりなど無いと言っておろうに。

 それに貴様とて、予が貴様の帽子を手に取れたという意味が分からんわけでもあるまい」

 

「…………っ!!」

 

 “そも、貴様を殺してしまっては貢物が受取れんではないか”とメルクリウスは続ける。

 手元に戻った帽子の位置を整えつつ、真紅の少女は悔しげに歯噛みしていた。

 なんの事は無い。今回は帽子を奪われる程度の悪ふざけで済んだが、あの女がその気であったのなら、今頃敵の右手に掴まれていたのは少女自信の()だったかもしれないのだ。

 敵から殺意が感じられないので警戒を解いていた、という理由も確かにあったが、一流の魔導師たる少女が一切感知も出来ずに帽子を奪われたという事実は決して過小評価して良いモノだとは思えなかった。

 

「瞬帝、メルクリウス・フィンブルエンプ。

 噂通りの余裕っぷりね。

 敵にヘラヘラ先天魔術を見せびらかすなんて、大魔導として正気とは思えないわ」

 

「大魔導としては、な。

 だが氷の国を統べる皇帝としては間違いではあるまい」

 

「…………?」

 

 首を傾げる少女に、メルクリウスはフッと自嘲気味に笑って、

 

「なに、簡単な話さ。

 これでも帝位の継承権を力尽くで奪い取った身だからな。

 君主であるに足る力を示さねば、国民達(下僕ども)を納得させる事もできなかろう」

 

「…………」

 

 ――帝位の略奪。

 少女はその話には覚えがあった。

 今から7年ほど前に行われたという、当時の氷の国“皇女”メルクリウスによる虐殺劇。

 当時国を総ていた先代皇帝、正統継承権を持つ皇子達、そして親衛隊数百名が僅か一晩で惨殺されたという、即位と同時に彼女の名を暴君として世界に知らしめた凄惨なる事件。

 俗に“単騎革命”と呼ばれる、氷の瞬帝が初めて表舞台に現れた出来事である。

 事件が終わった翌朝に現場を見た兵士たちによると、水晶の輝きを誇る氷の宮殿は骸から撒き散らされた血糊と臓物によって装飾され、その強烈な死臭は事件から1月経っても取れなかったという。

 

「……ひとでなし」

 

「ああ、そうだ。

 予は人では無く皇帝だからな。

 人の理屈などに従ってやる必要は無いし、そも意味もあるまい」

 

 どこか軽蔑する様な視線を向ける少女に、メルクリウスはやはり感情の読めない笑みを返し、

 

「意味の無いことだろう?

 何しろ、予の虚界転位(スレイプニル)は最強だ。

 予がその気にさえなれば、この身に傷をつける事など創世の大魔導・ユミルでさえも叶わんのだからな」

 

 確信を持って、そう断言した。

 ――虚界転位(スレイプニル)

 歴史上でも最も希少な先天魔術(ギフト)の一つであるとされ、そして最速と称される幻の才能。

 一度行使されればその身に触れる者など存在しない最強の防具となり、同時にどんな些細な攻撃でも防御不能の必殺へと変える反則級の“銘”。

 嘘か真か、過去の担い手は剣の一振りで7つの首を(・・・・・)落とした(・・・・)とすら伝えられている。

 そして転位魔術というその特性を鑑みれば、そもそもこうして少女の目の前に姿を現している時点で既に遊び以外の何物でもないのである。何しろこの女が本気になれば、極論自国からナイフを投げるだけで5人の召喚主を順次串刺しにしていく事も不可能ではないのだから……。

 

 それで、少女は理解した。

 この皇帝の余裕は決して慢心などでは無く、あくまでも絶対の能力に裏打ちされた“有効手”の一つに過ぎないのだということを――。

 

「……フン。足元掬われなきゃいいけどね」

 

 先程までよりもどこか真剣味を孕んだ声で、少女はそう返答した。

 

 そんなやり取りをしている間に、どうやら15分の時が経過したらしい。

 装飾の欠けた大扉が鈍い摩擦音を立てながら重苦しく開き、中から白衣の青年は現れた。

 その手に、なにやらリング状になった金属のチューブみたいなモノを下げながら……。

 

 

 ―――――

 

 

「? なにそれ?」

 

 アルテミア・クラリスは心底不思議そうに呟いた。

 青年の手に握られていたモノ。

 それはまるで看守が囚人の拘束に使うかの様な、露骨なまでにむき出しの金属の鎖だったのである。

 長さは女性用のネックレス程度だろうか。

 無数の金属の輪が円形に連なり、接続部には異界の文字が描かれたダイヤルの付けられたそれは、彼女の目には用途不明の謎の物体にしか映らなかったのだ。

 

「首飾り……にしては無骨だな。

 シンよ。まさか貴様、そんなモノをこの予の首に下げようなどと言うのではあるまいな?」

 

 メルクリウスが不愉快そうに言う。

 氷の国の皇帝たる彼女は、やはり基本的に絢爛豪華な代物を好む性質なのだろう。

 待ちくたびれていた事もあってか、彼女にとってこの“貢物”は拍子抜けを通り越して憤慨の対象にすらなるものだったらしい。

 真也はわざとらしく肩を竦めてみせた。

 

「いや、残念だがコレはあんたの為に造ったモノじゃ無いんだ。

 そこの赤い愛玩動物用さ」

 

「ん? おれっち?」

 

 不意に名を呼ばれ、訝る様に首を傾げるマルス。

 “愛玩動物”と呼ばれる事に違和感を覚えなくなってきている自分自身に彼はまだ気づいてはいない。

 そんな色々なモノが危なくなってきている彼をよそに、メルクリウスは真也から2~3言“貢物”についての説明を受けると、何やら半信半疑といった様子でソレを受け取っていた。一瞬だけ彼女が集中した様な仕草を見せたのは、仮にも“敵”から受け取った道具に妙な仕掛けが無いかを何らかの魔術で確かめたというところだろうか。

 メルクリウスはいつもの調子でマルスに命令をして跪かせると、その首に“貢物”の鎖を巻き、接続部をダイヤルに差し込んでパチンと止めた。

 

 

「ん? コレって首飾りなの?

 ――お、何気にイカシてんじゃね?」

 

 首元の鎖をジャラジャラと弄りながら、マルスは満更でもなさそうに頷いた。

 普段の扱いと獣耳のせいで忘れそうになるが、彼は鋭い目つきと逆立った赤髪が特徴的な容姿である。チェーンネックレスに見えなくもないこの首飾りは、迷彩柄の彼の普段着にも相性が良く、贔屓目に見なくてもファッションとしてはピタリとハマっていた。

 

「よ、どうよメル嬢。惚れた? 惚れましたか~?

 チョビッとでも痺れたなら、もういい加減ペットから昇格してくれてもいいだろ~? なっ!!」

 

「ほう、中々に似合う首輪(・・)だな。

 やはり貴様は予の愛玩……」

 

「あーーっ!! あーーーーっ!!

 聞いてない聞いてない!! おれっちは何も聞いてませんよーっと!!

 てかメル嬢やっぱおれっちの扱い優しすぎんだろゴラァ!!」

 

 ある意味いつも通りのやり取りを交わす氷の国の赤と青。

 そんな二人の姿を、いや、特に少年の首輪(ネックレス)をマジマジと見つめながら、真紅の少女はう~んと何かを考えこむ様な仕草で唸っていた。

 

「……ねえ、シン。

 あれさ。よく見ると、なんか物凄く見覚えがあるんだけど……」

 

「ん? ああ、分かったか」

 

 鬱々と問う少女に、平然と答える白い青年。

 それでアレの正体に確信を持った少女は、何やら心底呆れた様な表情で頭を抱えてしまった。

 

 

 ――話は謹慎が始まってから3日目の朝に遡る。

 その日の少女、アルテミア・クラリスは、青年の居住区の方向から何やら妙な物音が響いている事に気が付いた。自らの召喚した守護魔の疫病神属性をすっかり身に染みて理解してしまっていた少女である。彼がまた何かろくでも無いモノでも造っているんじゃないかと不安に駆られ、確認を取る為に即座に彼の下へと向かったのだ。

 恐る恐る覗いてみると、彼は件の“バイク”の残骸をバラバラに分解して床に並べつつ、ダメになった部分を新品のパーツと取り替えているようであった。

 それで少女は、彼の作業に対して一応の納得を得た。

 

 実は些細な事故(・・・・・)があったあの日の夕方、バイクの作成及び使用自体は審問会ですんなりと許可されてしまっていた。

 確かに“アレ”は痛ましい事件ではあったものの、騎士団や魔術団を相手に大立ち回りをしたこの道具のポテンシャルそのものは、国の方でもそれなりに高く評価してくれていたらしいのである。

 

 これには銀の国の乗り物事情(・・・・・)が他国に比べると割と深刻だったという事実が影にある。天の国の翼竜(ワイバーン)と武の国の怪鳥(グリフォン)が制空権を競い合い、氷の国の魔犬(ガルム)がダントツで世界最速の陸上生物である現在、乗り物といえば馬程度しか無い銀の国は地の国と並んで6国でワーストを争う“足”を誇っていた。冷戦状態で国力を競い合っているこの世界の情勢に於いて、移動手段なんていう重要な要素に於いて他に劣っている現状は、銀の国にとって致命的な弱点の一つだったのである。

 

 そう。つまるところ、生物に頼ること無く魔犬(ガルム)に匹敵する移動速度を可能とするかもしれない彼の“バイク”は、それこそ銀の国にとって天地をひっくり返しかねない様な起死回生の一手だったのだ。始末書と一緒に送られてきた書類によると、近日中には試作品が何台か作成される予定であり、騎士団での正式採用までもが検討されているらしい。

 そうなれば、彼にも何割かのバックマージンが入ってくることにもなっている。

 

 ……某カツラの大臣が“そんな穢らわしくも不吉な呪具を神聖なる我が国の軍で採用するなどとんでもない”などと騒ぐ事件もあったりしたが、国王陛下の上手なとりなしのお陰で事無きを得たので詳細は省略する。

 他にも“バイクに乗る際には覆面(ヘルメット)ハンプ(ライダースーツ)の着用禁止”なんていう訳のわからない法律が出来たりもしたが、これもここではあまり関わりの無い事柄だろう。

 要するに何が言いたいのかというと、彼がバイクを作りなおす事自体は国でも認められた、寧ろ推奨された行為なのであったからして、それを見た少女も特に殴る蹴るなどの暴行に及ぶ様な事は無かったという事である。

 

 そして、彼女が“ソレ”を見たのはこの時であった。

 少女は生粋の魔導師である。

 一度“バイク”の作成が国で許可された今となっては、それを阻止しようという理性よりも寧ろ異世界の技術に対する好奇心の方が遥かに勝った。

 よって少女は彼の作業を見物しつつ、邪魔にならない程度に、床に散らばる部品の用途を彼から聞き出したりもしてみたのである。

 そして“ソレ”も、彼が面倒くさそうにしながらも律儀に説明してくれた道具の中にあった代物で、確か彼が“ダイヤルロック”とか呼んでいたモノだった筈である。

 彼曰く、このバイクというのは本来盗まれない様に“キー”と呼ばれる装置が付けられるのが一般的らしいのだが、そこら辺を組み込むと回路がやたらと複雑になって面倒くさいだとかの理由で今回は見送っていたのだという。

 そこで、最低限盗まれないように簡易的な“数字合わせ”の鍵を作ってみたのだとかなんとか。

 

 ――いや、違う。

 少女は何やら、一番の問題を忘れている様な気がした。

 確か、そう。アレである。数字合わせだけだと少々詰まらないし、それに何らかの魔術で解錠される恐れもあるかもしれないとか言っていた彼は、確か簡単な仕掛けをしておいたとか言っていて……。

 

「これの素晴らしいところは別にあってな」

 

 そう。彼は確か、そんなコトを言っていた。

 記憶を探る少女。その視界で青い皇帝と赤い少年が何かを言い争っている。

 少年は何かを喚き散らしながら、チェーンネックレスのダイヤルをカチャカチャと回していた。

 それを無視しながら、少女は更に記憶を探った。

 そう、彼はこう言っていた筈だ。確か――、

 

 

 

「番号を間違えると電流が流れるんだ」

 

 

 

「ギャァァァァアアアアアアアアッッッ!!!!」

 

 

 

 

 ……痛ましい悲鳴が、聞こえた。

 突如として弾ける様な音を身体から響かせた少年は、白目を剥きながらビクビクと身体を痙攣させ、パッタリと地面に倒れ伏した。

 よほどキツイのをお見舞いされたのだろう。

 尚もビクンビクンと跳ねる彼の身体からは、心なしかシュウシュウと煙が立ち上っている様に見えた。

 

「…………シン?」

 

 少女は、思い出した。

 そう。確か彼は、この世界には魔術もあることだし、ただのロックだけだと簡単に解錠されてしまうんじゃないかなんて事を心配していたのである。生産ラインが確立するまでは“バイク”だってかなり希少で高価なモノになるだろうし、それなら多少のリスクを冒してでも盗もうとするヤツは絶対に出てくるだろうし、そして何より、折角魔術なんていう面白い、もとい興味深い理があるのなら、ただのダイヤルロックで終わりにするのはつまらないな~なんて他ならぬ彼自信が思ってしまっていたしというコトだったので、何やら死なない程度の火属性亜種・雷魔法の術式をロックの内部に組み込んでみたと言っていたのであった。(余談だが、彼が組み込んだ雷魔法の術式の効力は電子にエネルギーを与えるまでである。要は首輪の両端に電位差を作るところまでが魔術なのであって、鎖の内部に電流が流れるという現象は魔力の関与しない第二工程であり、つまりは守護魔に対しても有効である。)

 

 命を狙われた事を根に持っているのか、或いは先ほどの少女による制裁も元を正せば赤い少年に原因があると考えたからなのか。或いは、純粋に自らの発明品が効果を見せた事に満足していたからなのかもしれない。

 白衣の彼は、何やら満足そうな笑みを浮かべながら指を鳴らしていた。

 

「何っっっつう素晴らしいオモチャ与えてくれやがりますかコンニャローッ!!

 つかメル嬢コレ!! コレ危険はねえって……」

 

「? その程度の電流のどこが危険だというのだ?」

 

「ああハイハイそうでしたね~!!

 そういやあんたはそういう女でしたよね~っ!!

 ぶっ壊したらぁぁあああああ!!」

 

「あ、言い忘れてたが。

 それもともとは防犯用だから、強い衝撃を与えても……」

 

「ギャァァァァアアアアアアアアッッッ!!!!」

 

 黒塗りのサバイバルナイフの様な物を取り出した少年は、ソレを首輪に押し当てた瞬間に再度断末魔の悲鳴を上げた。手足をピクピクと震わせながら、何やら奇妙なダンスを踊り始める。

 そして、その時。踊る少年の視界には、青髪の皇帝の姿が映っていた。

 彼女は何やら右手を少年の首元に向けながら、ニタリと意地の悪い笑みを浮かべていた。

 少年の背筋に、何故か、嫌な汗が滴る。彼女の行動が理解出来ず、否、理解したくなくて、少年はフルフルと涙目で首を振った。

 そんな彼に向けて、メルクリウスは笑みを絶やさないまま、蒼く煌く魔法円に魔力を流し――。



 少年の首輪に向けて、冷気の弾丸を放った。



 “強い衝撃を与えても……”

 

 

「イヤァァァアアアアアアアアッッッッ!!!!」

 

 

 首輪に冷気が吸い込まれた瞬間、少年には綺麗なお花畑が見えたという……。


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