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朝日真也の魔導科学入門  作者: Dr.Cut
第二章:雷神鉄鎚-4『Day Hard』
43/91

43. 銀の国の大魔導によるあまり好ましく無い訪問者に対する簡易型攻性結界の敷設作業及び現代日本に於けるとある罪状の異世界での存在性と異国の権力者に対する適応性に対する疑問点の提起

「――最強の守護魔。

 なるほど、予想以上だったってワケね」


 そんなこんなで、地に足の着かない慌ただしい雰囲気の中で彼女たちの会談は始まった。

 “魔導式水汲みポンプ”から場所を移してここは少女のお屋敷の玄関前。

 白い青年が作業中に散らかした金属塊の一つに腰掛けつつ、アルテミア・クラリスは武装姫の告げた話の要点を反芻した。

 因みに、彼女(アル)は目の前で金属塊から先天魔術によって加工した(・・・・)椅子に座るお姫様との間に10メートル程の距離を空けている。

 少女曰く、“これ以上近づいてあのバカと同じ空気を吸うのなんか耐えられない”のだそうだ。

 ……再び屋敷を吹き飛ばしかねない様な、二人の大魔導による戦争じみた戦端が開かれそうになったのではあるが、魔人二人の身を呈した説得によって事無きを得たので詳細は省略する。

 ともかくとして、少女から少々離れた位置に腰掛ける姫からの説明を受けて、赤髪の魔導師は静かに貴重な情報を吟味していたのであった。


「で、なんか他に気づいた事は?

 そいつの弱点とか特徴とか……」


「いえ。なにぶん短時間の戦闘でしたので、致命的な弱点は露見しませんでした。

 そうですね。今述べた様に、ずいぶんと争いごとを好まない為人(ひととなり)の様に思われましたが……」


 口調だけは平然と、しかし何やら尋常ではない空気を漂わせながら彼女達は会話を続ける。

 10メートルの隙間にはしかしその間を満たして余りある程のピリピリとした殺気が荒れ狂い、冬朝の外気温を心なしか5℃程も下げている様に思われた。

 ……と、いうか。彼女達は話をしているのに目も合わせようとはしない。

 どの様な遺恨があるのだろうか。

 明後日の方角を見ながら顔を盗み見合う彼女達の不仲は、それはもう、どうしようも無いくらいに筋金入りであるらしかった。


「…………」


 内心の敵意を収めるかの様に、少女は何気なく王都の方角へと視線を逸らす。

 少女の目線の先には白い青年の姿があった。

 この一触即発の緊張感の中でアイツが何をしているのかというと、隣で見るからにヤバい顔色で仰向けに倒れたまま小刻みに痙攣を繰り返している青い男を横目で観察しつつ、男の手当に使われた血塗れの包帯やガーゼを観察しながらふむふむと頷いている。

 ――アイツ、吸血の趣味でもあったのだろうか。

 少女は今さらながら彼の生態が気になったりもしたが、あのバカがバカみたいにバカな事ばっかりしているのはある意味いつも通りの事でもあるのでやっぱり気にしない事にした。

 取り敢えず、彼の向こうに佇んでいるグリフォンがヒラヒラと揺れる彼の白衣を虎視眈々と睨んでいる事くらいは教えた方がいいのだろうか、などとちょっとだけ悩んでみたりしながら。



 ……完全に余談ではあるが。

 とうとうダメージが限界を超えたらしい従者の手当をしたのは、青年でも少女でも無くほかならぬ武の国の王女様である。意外に思われるかもしれないが、ウェヌサリア・クリスティーは今ここに居るメンバーの中では誰よりも治療術に長けていたのだ。

 彼女曰く、真剣での斬り合いが日常茶飯事である武の国の王族にとっては外傷とは最早馴染みの深い隣人の様なものであり、魔術的医術的を問わずにありとあらゆる応急処置は帝王学に並ぶ武の国王族としての必修科目となっているとの事である。

 武の国の治癒魔法は魔術大国銀の国すらも凌ぎ、密かに世界最先端であるとまで言われている程であり、王女たるウェヌスの治療術の腕前も6国の召喚主達に比しても特に卓越したものであった。

 よっていくら治療に参加しなかったとは言っても、それは別に物理学しか能の無い白い青年が絆創膏を貼るくらいの治療しか出来ないだとか、或いは赤い少女が魔術医術を問わずに破壊しか能が無いのだとかいう様な事を意味する訳では決して無い。

 ……おそらく、無い。



 閑話休題。



「……続き。

 それで? そいつの背格好はどんなだったの?

 見た目が分かんなきゃ警戒しようも無いんだけど」


「そうですね。ええ、彼の容姿は……」


 切り替えるかの様にコホンと咳払いをし、先を促す真紅の魔導師。

 棘のある、否、棘しか無いとすら言えるその口調に気を悪くした様子も見せず、王女は淡々と自らの出会った敵の姿を語り始めた。


 ――最強の守護魔、ユピテルの容姿。


 スラリと細い長身に、流れるような黄金の髪。

 碧色の瞳は冬晴れの空を映したかの様に透き通っており、特に微笑を浮かべた時などには、それはそれはもう見惚れずにはいられないほどの――



「……ウェヌス。

 あんた、ナニ赤くなってんの……?」


「……へ?

 あ、あか――ッ!?」



 相変わらず顔を盗み見る様にしながら、少女はジトリと尋ねる。

 王女はハッと息を呑んでいた。


「ご、ごごご誤解を招く様な言い方は慎んで下さい!!

 わ、私はあくまでも、客観的な立場から“敵”の容姿を述べているのです!!

 大体、武の国の王族たるこの私が、あのような細白い男性に邪な劣情を抱くなど――」


「……いや。誰もそこまで言ってないから」


 慌てふためくお姫様から視線を外しつつ、少女は10メートル先から冷ややかな表情を浮かべていた。

 ――このお姫様の中では、“赤くなる”=“邪な劣情”という公式でも成り立っているのだろうか。だとしたらアイツとの日常生活のコトは何一つ話せないな~、なんて少女は内心で密かに肝を冷やしていたりする。

 ……シャワーを見られたり同じベッドに潜り込まれたりしてキレてるだけなのに、それを“邪な劣情”を抱いているなどと形容されたのでは堪ったモノじゃ無いからである。

 ホント、バカなんだから無理して難しい言葉使わなくてもいいのにな~なんて少女は心の中でお姫様を詰ったとか詰らなかったとか。


「どんなヤツなのよ、そいつ。

 あんたってさ、確か男なんか剣を振る案山子くらいにしか見てないって噂じゃなかったっけ?

 あ、もしかして。やっぱ“果ての無い平原”で毒竜(ヒドラ)に求婚してフラれたって話は本当だったの? それでもう相手が案山子でも何でも良く――」


「貴女は私をナニと勘違いしているのですか!!

 大体、男性を実験材料としてしか見ていないという貴女にだけは言われたくありません!!

 ――ええ、そうですね。よく思い返してみれば、どこか女性の様になよなよしていて、男性としては全く(・・)魅力的ではありませんでした。

 ええ、全く、そもそも全く(・・)筋力的には不足でしたしね。

 あれならば恐らく、懐にさえ入れれば私とて負けはしないでしょう。

 そうですね。よく考えれば、あの手足の細さこそが何よりの弱点でした」


 少女が何かを反論しかけていたが、王女はソレを無視する様にブツブツと呟くと、気を取り直すかの様に頷いて、


「ええ、そうです。そうですとも。

 今回はタイミングが悪すぎましたからね。

 次こそは、あの端整な顔に土を舐めさせてみせましょう」


 フッフッフ……と、メラメラと燃え上がる様な闘志を撒き散らしながら拳を握りしめたのだった。

 ――ああ。そういえばこいつ、本物(マジもの)戦闘狂(バトルジャンキー)だったっけ。

 真紅の少女は、武装姫の性格を今更になって再確認したという。


「ま。この際、あたしとしてはそのユピテルってヤツはどうでもいいんだけどね。

 陛下から話を聞いた時点で、もうどうしようもないっていうのだけは分かってたしさ。

 ……それより気になるのは、そのウラノスとかいう奴隷女の方よ。

 ナニ? そいつ、本当に聖域の風帝(アルフヘイム)を無詠唱でぶっ放したワケ?」


 おかしな方向に流れた話を、少女は意図して引き戻す。

 コクリ、と、ウェヌスは静かに首肯した。


「ええ、間違いありません。私も実際に見るのは初めてでしたが、あの威力ならばギリギリで帝霊級と判定しても問題は無いでしょう。

 ……尤も、ギリギリと言っても上の方に(・・・・)ですが。

 問題はそれだけではありません。考えたくはありませんが――。

 どうやら彼女は、自らの守護魔を乗せたまま果てのない平原(ヴィーグリード)を飛行魔術のみで飛び切ったと考えるのが自然です」


「…………」


 王女の話を吟味する少女は、今までよりも随分と険しい表情をしていた。

 少女は魔導師として一流の実力を誇っていたが故に、今の話の指し示す意味を理解してしまったのだろう。


 火、氷、土、風の四大元素に分類される魔術の中でも、風とは特に最弱の属性を指す名である。その消費魔力量面での燃費の悪さはその他3属性に比べても群を抜いており、それは扱う魔術のランクが上がる程に更に顕著になる事が魔導師の間では半ば常識として知られている。特に龍霊級を超える程のランクになれば、最早素養の足りない者が扱えば霊道が焼け爛れて一生使い物にならなくなる程の甚大な負荷が付き纏うと言われる程なのだ。

 ――かくいう少女自身とて、軽量化術式でもおそらくは最大で7刻程。飛行ならば30分も連続して維持すれば半日は身動きが取れなくなる程の激痛に苛まれる羽目になるだろう。

 果ての無い平原(ヴィーグリード)を飛びきる程の飛行魔術の連続行使など、仮に自分自身が真似をすればどうなるのか。

 それを想像しただけで、少女はその顔色を無くした。


 そして帝霊級とは本質的に軍用魔術(・・・・)を指すランクであり、そもそもは10を超える術者が連携して放つ事が前提として考案された術式なのである。無論、少女や王女の様な“大魔導”のランクであれば個人で扱う事も可能ではあるが、しかしその場合も、先天魔術(ギフト)のバックアップ無しでは最低6字以上の言霊の詠唱が無くては完全な運用は難しい。

 実際、術式の構築に関しては“神域”とまで称される少女自身とて、始祖の炎帝(ムスペルヘイム)を撃つ際にはまず間違いなく術式の構築と詠唱を欠かさずに工程に含める。

 “帝霊級”とは、本来そこまで高位の大魔術なのである。

 王女が語った様に、手を翳しただけで呼吸するが如く撃つ事などまず不可能だ。

 無論、高位の神秘を無詠唱で再現可能とする先天魔術(ギフト)を考慮すればその限りでは無いのだろうが……。


「ウェヌス。

 普通、先天魔術(ギフト)で扱える魔術って1つだけよね?」


「原則としてはその筈です。

 無論、運用の工夫次第では複数や別種に偽装する事も可能かもしれませんが、強力な先天魔術(ギフト)ほど単一の用途に特化する傾向がありますし、そもそも“銘書”を引けば見つからない筈がありません。

 もしも彼女(ウラノス)の魔術が先天魔術(ギフト)用いた物だったとすれば、それは――」


「うん」


 少女は、コクリと頷いた。


先天魔術(ギフト)の劣化使用。“術式降格”」


 静かに、淡々と少女は自らの見解を告げる。

 王女も同意見だったのか、特に訂正も入れずに黙してそれを聞いていた。


 ――“術式降格”。

 あくまでも同一元素同士を比較した場合の話ではあるものの、魔導に於いては本質的に大は小を兼ねる物であるとされている。

 それは人間の身体能力に例えてみると分かりやすいだろうか。

 仮に今ここに、幅跳びの世界記録保持者が居るとしよう。

 人類最高の脚力を誇る彼が全力を出せば、最大で9メートル近い距離を跳躍する事も可能だろうが、しかしそれは決して彼が常に最大飛距離でしか跳躍出来ないという事を意味するわけでは無い。

 助走距離を短くしたり、或いはもっと単純に手を抜いて飛んだりすれば、おそらくは1~7メートルくらいの範囲までなら凡そは狙った記録を叩き出す事が出来る筈である。


 それは魔術にも適応出来る真理である。

 仮に、ここに直径5メートルの火の玉を生み出す先天魔術(ギフト)の持ち主が居るとしよう。

 もしも彼又は彼女が霊道に流しこむ魔力の量をセーブしたり、或いは無意識下で組まれる術式を甘くすれば、先の幅跳びの事例と同様に5メートルよりも小さめの炎に抑えて放つ事も可能であろうし、仮に、もしも仮にではあるが、帝霊級の域に収まらない程の突風を起こせる先天魔術(ギフト)の持ち主が居たとすれば、力をセーブ(・・・・・)することで(・・・・・)聖域の風帝(アルフヘイム)程の大魔術を無詠唱で放つ事も出来るかもしれない。

 もしも、万が一その域にすらも収まらない程に膨大な容量(キャパシティー)を誇る先天魔術の持ち主が居るとするのならば、もしかしたら果てのない平原(ヴィーグリード)を飛び越える事すらも理論上は不可能では無いだろう。

 ――そう。もしもそんな、人外かつ規格外の存在が実在すれば、の話ではあるが。


「……つまりソイツ、先天魔術(ギフト)容量(キャパ)が最低でも帝霊級以上の化け物だったってワケね。

 ったくあの放蕩爺さん。ナニがイレギュラーの風の民よ!!

 潜在能力だけでも完全に大魔導級じゃない!!」


 苦虫を噛み潰した様な顔でそう言う少女には、しかしどこかホッとした様な雰囲気も滲んでいた。それは全く勝ち目の見えない相手陣営に対する畏怖の顕れなのか、或いはその陣営が今のところ潰し合いにノリ気では無い事に対する安堵だったのか。

 少女が厄介そうに肩を竦めていると、


「――そろそろ、私の忠告に対する返答を聞かせてもらえませんか?」


 王女は少女に返答を促した。

「ん?」と、少女はどこか緊張の抜けた様に反応する。


「要するに、連中には勝ち目も無いけど敵意も無いから、今回は適当に話合わせて帰ってもらえってコトでしょ?

 ま、戦闘狂のあんたが恥を偲んでまで忠告に来てくれたんだしね。

 あたしもそんな化け物に無策で挑む程バカじゃ無いし、今回だけは乗ってあげるわ」


「そうですか……」


 王女は、どことなく安心した様な雰囲気で息を漏らしていた。



「分からないな」



 ――その時、彼女達の会話に割って入る声があった。

 今ここで声を発せる人間など、否、それ以前に彼女達の会話に入っていける程人心に無頓着な第三者など、この場には一人くらいしか候補はいないだろう。

 白衣の青年・朝日 真也は、ゴソゴソと弄り回していたガーゼをピンセットで試験管(の様な瓶)の中に封入しながら、訝しそうな目線で純白の姫を射抜いていた。


「あんた、オレ達を目の敵にしてたんじゃ無いのか?

 オレが来た翌日に泡食って攻めこんで来たと思ったら、今度はまるで手の平を返した様に忠告。

 行動原理が支離滅裂で理解不能もいいところだ。

 ……あんた、一体ナニを企んでる?」


「――――っ」


 それは、どのような感情から齎されたものだったのか。

 何気なく尋ねられた真也の問に、しかし王女は、まるで急所を抉られたかの様に顔色を無くして能面の様に表情を固めていた。

 ――ギリッ、と、歯の鳴る音が微かに響く。


「貴方が――」


 ウェヌスは今まで彼女が見せてきたモノとは明らかに違う、どこか憎悪すらも篭った様な色に表情を歪め、拳を血が出んばかりに強く握りしめた。

 問いかけた真也自身が怯む程の、掛け値の無い怒りの感情をその双眸に乗せながら。



「……嘗めんなよ」



 不意に張り詰めた空気は、呻く様な低い声によって打ち砕かれた。

 漸く意識を取り戻したのか、或いはずっと話だけは聞いていたのか。

 倒れ伏したままに痙攣を続けていた青い従者は、その岩の様な上体をノッソリと起こすと、飄々と佇む青年の顔をギロリと睨みつけた。


「言ったよな? お前を殺すのは俺の仕事だ。

 勝手に死なれちゃこっちの立場がねぇんだよ」


「……ま、そういう事にしといてやるか」


 特に興味も無さそうに肩を竦めながら、真也は再度採取したガーゼへと視線を戻す。

 他人の思惑や人間性に対して大した興味を示せない彼にとっては、わざわざ食い下がる程の話でも無いからである。

 ――だから、それは偶然。

 特に意図して見ようと思ったワケでも無く、真也の視界には本当に何気なく、意味も無く、視線を戻す直前に本当にただの成り行きで王女の姿が映った。

 普段の清楚な雰囲気に居直した王女は、自らの造った椅子に腰掛けながら恥じる様に息を吸い、遠くの空へと目をやっていた。


「……そうですね。

 確かに、貴方に言っても仕方のない話でした」


 その一言を聞き止めた人間が居たのかどうかは分からない。

 青空を映す翠の瞳は何も語りはしなかった――。



―――――



魔力量確定(inguz)感知術式を作動(kenaz)

 迎撃術式を準備(sowulo)魔力充填を開始(kenaz)


「…………」


 武の国の二人組がグリフォンで飛び立ったすぐ後の話である。

 少女、アルテミア・クラリスは玄関の前でゴソゴソと何かをやっていた。

 より具体的に述べるのならば、彼女は杖の様なモノで地面に奇抜な幾何学模様をカリカリと描いては出来た溝にメタリックな色の謎の液体を流し込み、不気味な薄ら笑いを浮かべながらブツブツと前述の様な呪文を口ずさんでいる。

 その様は如何にも、もう如何にも(・・・・)お伽話に出てくる悪い魔女が悪魔を召喚する時の構図というか、どうにも触れちゃいけない人の様な雰囲気を醸しだしていたのであった。


飛距離確定(raidho)属性固定(isa)

 詠唱を開始(kenaz)命ず(ansur)――」


「…………アル。


 君は、さっきから一体何をしてるんだ?」


 少女の尋常じゃ無い雰囲気に、流石にそろそろ無視してもいられなくなったのだろうか。

 すり潰された顔付き根っこが図形の中に安置され、ソレに赤黒い粘液がドバドバと掛けられ始めたあたりで、真也はなるべく自然体を装ってそう尋ねてみる事にした。

 ……自然体を装ってはいるものの、痛々しい程の沈黙の長さが彼の心の葛藤を明示していたとも言えただろう。

 彼の問いをどの様に受け取ったのか。

 少女は禍々しいオーラを纏いながら紡ぐ詠唱を一時止め、ユラリと真也の方へと振り向いたかと思うと、妖精の様な可憐さでニコリと、


「結・界・よっ!!

 あんなバカにホイホイ(たか)られてバカが伝染ったら最悪でしょ!?

 シン!! あの辺、塩撒いといて!! ありったけ!!」


 少女がピッと指を突きつけた先は、先程まで王女様が腰を下ろしていた焦土(・・)であった。無論、先程までは何の変哲も無い丘の一画に王女の先天魔術(ギフト)で作られた椅子が置いてあっただけの場所であり、決してあんな焼け爛れた赤土から黒煙がブスブスと燻っている様な地獄絵図などでは無かった筈である。

 ……全てはあのお姫様が家路に発った後、少女が「消毒!!」などと叫びつつ弓矢(魔装)を使って狼霊級火炎魔法で吹き飛ばした為に齎された惨状であった。

 武装姫が自ら創り上げた椅子は、即席にしても王族が腰掛けるに恥じない程に芸術性に富んだ代物であったのではあるが、今となっては見る影も無い灰の山(・・・)の一部として見事に輪廻転生を果たしている。


 今逆らうと何かと恐ろしそうであったので、真也は大人しく塩でも持ってこようかと立ち上がった。

 その背に向かって、少女は「あんまり家から離れない様にしてね」と世間話でもするかの様に声をかける。

 忠告の意図が分からずに首を傾げている真也に対して、少女はあくまでも淡々と続けた。


「これ、攻性結界なのよ。

描かれた場所から10~200ラドの範囲に踏み込んだ、一定以上の魔力量を持つ存在に簡単な火炎魔法をぶつける対人魔術だからさ。

ほら、あんたってヘッポコ魔術しか使えないクセに魔力だけは人並みにあるでしょ?

あの女がまた来る前にあんたに発動しちゃったら、これ無駄になっちゃうじゃない」


「……穏やかじゃないな」


 ――あのお姫様以外の訪問者が来たらどうするつもりなのだろうか。

 真也は多少不安にもなったが、よく考えたらこの1週間ちょっとの間にこの家に来たのは新聞配達員と始末書の郵送くらいのものだったので、まああまり問題も無いのかもしれない、などと少女の怪獣ぶりを再認識しながら前向きな解釈に努める事にした。

 まあ簡単な魔法っていうぐらいだし、音と光で驚かせる程度のイタズラなら大丈夫だろうか、と、最近では彼もこの程度のお茶目ならば無表情で受け流せる程度には魔導師という生き物に慣れつつあった。

 ……尤も、こうして間近でフィンフィンと耳障りな高周波を発する術式が奇妙な光を放っていると、少々居心地が悪くなったりもするのではあるが。


「……前々から気にはなってたんだがな。

 そもそも、君たちはどうしてそんなに仲が悪いんだ?

 いや、というかだな。敵国の王女様と君の間にそこまで大きな接点があったとも思えん。

 ……アレか? やっぱり同族嫌悪ってヤツなのか?」


「…………。


 …………はぁ?」


 ――ピシリ、と、少女の周囲で空間が凍った様に見えた。

 ゾクリ、と、真也の背筋に謎の悪寒が這い回る。

 背骨でも引き摺り出されたのではないかと錯覚する程の死の恐怖に、真也は咄嗟に口を噤まずにはいられなかった。

 尤も、少女から感じる殺気を鑑みるにどうにも手遅れな感は否めなかったのではあるが。


「…………ねぇ、シン。

 怒らないから正直に言って?

 あんたには、さ。あたしとアレ(・・)の間に、頭のてっぺんから爪の先までどこか0.1ミリでも共通点がある様に見えてるワケ?

 魔導研究所所長のこのあたしと、あの、脳どころか皮下脂肪まで筋肉で埋まってて脊髄反射だけで生きてる様なあの超絶単細胞ゴリラ女との間に、なんか1つでも同じ部分があるとでも言いたいワケ!? ねえ!! あるなら言ってみなさいよ今すぐ治さないとあたしの精神が耐えられそうにないから!! ねえっ!!」


 ガッ、と、少女は徐に真也の両肩をミシミシと握り締めると、脳の神経回路を繋ぎ変えんばかりの勢いで彼の頭をブンブンと揺すり回し始めた。

 ――混ぜるな危険。

 ――絶対に触らないで下さい。

 強烈な目眩と吐き気に襲われながら、悲鳴を発する真也の頭の中にはそんなフレーズがグワングワンと螺旋状に渦を巻いて融け合う。

 少女の背後では彼女の怒りに呼応するかの様に攻性魔法円がバチバチと火花を散らし、雄叫びの様な咆哮が轟々と響き出していた。

 少女の背後で荒れ狂う雑音に気を取られている彼の顎に、魔導師にあるまじき強烈なクロスアッパーが叩き込まれる。

 ガクリ、と地に崩折れる彼の姿を横目で見ながら、少女はフンと鼻を鳴らした。

 ……こういうすぐに手が出るところこそが他ならぬ接点じゃないか、などと思った青年の思考を少女は知らない。

 三半規管麻痺と脳震盪によって完全にK.Oされた青年を視界の端に収めつつ、


「……あの女にだけは負けられないのよ」


 少女は、誰にも聞こえない大きさの声でそう呟いたのだった。

 だが、おそらく彼女が通常の声でソレを言っていたとしても、おそらくは聞き咎める事の出来た人間は居なかったに違いない。

 ……何故ならば20を超える猛烈な爆発音が連続して少女の背後から響き渡たり、鼓膜を突き破らんばかりの騒音が彼らの聴覚を完全に潰してしまったからである。



「は――――?」


 守護魔の回復能力のお陰か、或いはこの一週間ちょっとで少女に鍛えられた打撃耐性(打たれ強さ)のお陰なのか。

 完全に伸びていたはずの青年は音に反応してすぐさま起き上がると、チラチラと明滅する目を擦りながら少女の背後を凝視した。

 見てみると、先ほどまで高周波ノイズを発していた魔法円が地獄絵図の様な禍々しい輝きを発しつつ、噴火を繰り返す活火山の様に強烈な業火を轟々と吐き出している。

 周囲の土は余波のみで既に黒々と焼き付き、ツンとした焦げ臭い臭いが鼻についた。

 疑問の続きは出てこない。

 真也が状況を理解するよりもなお早く、ホーミングミサイルの様に大空へと放たれた火炎魔法の数々が、100メートル程離れた丘の端でダイナマイトを箱詰めにしてぶち撒けたかの様な大爆発を引き起こしたからである。


「……あ、誰か来たみたい」


 形の良い頬をポリポリと掻きながら、少女はしれっとそんなコトを仰った。

 雨雲の様に朦々と立ち上る黒煙を呆然と見据えてから、真也は静かに静かに目を伏せた。


「……簡単な対人魔術だって?」


「うん」


「……もう一度だけ聞く。

 守護魔(オレ)でもなきゃ骨も残らない様なあの大爆撃が、簡単な(・・・)対人魔術だって?」


「あはは、まっさか~。

 ウェヌスだって大魔導なんだし、不意打ちでも全治1ヶ月くらいの大火傷で済むってば。

 ……大魔導なら(・・・・・)


 ……口ではそう答えていたが、少女の表情は本当に気まずそうな空笑いだった。

 後に少女は語る。この時、遠方で起きた惨劇を眺めながら少女は強くこんなコトを思っていたという。

 ――あ、ヤバ。ちょっとやり過ぎたかも。

 ――て、いうか。さっきヤバいヤツが来るから大人しくしてろってウェヌスに言われたばっかりなんだっけ。

 ――いや、そもそも。アイツがさっき帰ったって事は、どうせあと9日間はアイツはこの国には来れないってコトなんだから、じゃあコレって意味無くない?


 ……そんな事に今更になって思い至る辺り、先ほどまでの少女はやっぱり正気では無かったのだろう。漸く事態の深刻さと少女の暴走に気が付いた白と黒の二人組。

 気まずそうにため息を吐いて肩を落とし合ってから、二人は運悪く巻き込まれたであろう被害者の安否を確認しに爆心地へと足を早めたのであった。

 いや、生存は既に絶望的に思われたのではあるが……。



―――――



「「…………」」


 ――コレは、一体どういうコトなのだろうか。

 黒煙の発生源へと辿り着いた物理学者と魔法使いは、ソコに居た被害者(・・・)の姿を確認するなり言葉を失った。


 結論から言えば、被害者は確かに原型を留めたままソコに居た。

 乗り物に騎乗して帰途に着く途中の出来事だったのだろう。

 フサフサの体毛を持つ4つ目の黒い獣に跨っていたその被害者は、今の絨毯爆撃のショックによって気絶してしまったらしい氷の国自慢の魔犬(ガルム)の頭をペシペシと叩きながら、やっぱり自分自身も爆音で耳をやられたのかブンブンと頭を振り乱していた。

 あれだけの火力の火炎魔法の着弾点に居ながら無傷というのは些か不自然でこそあったものの、しかしこの場に限って言うのであれば、それはそこまで特筆すべき問題点でもあるまい。

 彼らが言葉を失った真の理由、それは――。


「~~~~っ!!

 ったく、何なんだよ今のはよぉ!!

 爆竹にしたってイタズラじゃ済まない量ですよこんちくしょ~っ!!」


「「…………」」


 ……犬が、犬に乗っていた。


 嘗て王都を襲撃した氷の国の守護魔・マルスは、自慢の犬耳をヒョコヒョコと動かしながら不機嫌そうにボヤキつつ、さっぱり目を覚まさない自分の乗り物をペチペチと叩いたりヒゲを引っ張ったりして頑張っている。

 ああ、そう言えばさっき、王女様も氷の国勢の襲撃に関してもなんか言ってたな~、とか、そりゃ氷の国に帰るなら帰り道はコイツも銀の国通るしか無いよな~、とか、そんな誰がどう考えても明らかに伝えるべき情報を伝え忘れてる辺り流石はあのお姫様だな~なんて非難とも呆れともつかない感情をなんとなく武の国の王女に向けてみる銀の国の天才(バカ)二人。

 ……自分たちも全くソレに思い至らなかったという事実はこの際横に置いておく。

 彼らが呆然と立ち尽くしていると、やがてガルムの蘇生(死んでない)を諦めたマルスは、ため息混じりにヒョイと顔を上げ、



「「「…………」」」



 ……目が、合った。



「おわラッキー!! 超ついてんじゃん!!」


 マルスは心底嬉しそうに叫ぶと、ニンマリと破顔しながら銀の国の二人を見つめた。

 その表情に厄介ごとの気配を感じ取った真也。

「そうか、それは良かったな。じゃあまた」と手を振りながら背を向け、少女の手を取りながらなるべく自然に歩き去ろうとする。


「ニヒヒ!! 待てっつの!!」


 無論、少年がそんな事を許す筈も無く。

 マルスは魔犬(ガルム)の背でピョンと跳ねると、曲芸師の様に空中でクルクルと3回転と1捻りし、真也の頭上を飛び越しながら彼らの目の前へと降り立った。

 ニヤリ、と、口元を獰猛に釣り上げた悪鬼の笑みを浮かべている。


「よぉ~、白いの。

 わざわざおれっちが会いに来てやったんだぜ~?

 挨拶も無しってのはあんまりじゃね?」


「……チッ。やっぱそうなるよな」


 1週間以上前にも見た火炎銃を突き付けながら、5メートル程の距離を挟んで言う少年。

 真也は苦虫を噛み潰した様な表情で舌打ちをした。


「アル、援護を頼む。

 流石にここじゃ分が悪い」


 腰元から空気拳銃を抜きつつ、真也はどこか怖気を孕んだ声でそう告げた。

 ――無理も無い事だろう。

 本質的に、朝日 真也の武器は物理学という単一の才能に終始する。

 身体能力は特に戦闘用に訓練を積んだワケでも無い現代日本人の平均値に収まり、また正面切っての喧嘩すらほぼ経験していない彼にとって、つまるところ戦闘に於ける勝機とはいかに戦わずに(・・・・)敵を排除するか(・・・・・・)という一点に尽きるのである。

 周りに存在するモノを扱い、いかに自分に都合の良い状況を生み出すかを考える事によって窮地を乗り切ってきた彼にとって、この丘の様に遮蔽物の一切存在しない開けた空間など、戦場としては間違いなく最悪以下の代物だっただろう。

 ――ましてや、敵がこの少年。

 素人の真也よりも遥かに飛び道具の扱いに長けているであろう、この氷の国の守護魔となっては――。


「――――」


 少女もソレを理解したのだろうか。

 赤髪の魔導師は右手を高く掲げた姿勢のまま既に術式を構築し終え、いつでも魔術による援護が可能な状態で白銀の魔法円を陽光に煌めかせていた。

 無論、魔術では決して守護魔に対する決定打には成り得ないという事実は十分に考慮した上で、それでも戦況に介入できそうな術式を選んである。



 もうじき昼時になろうかという丘の気温は、未だに随分と冷え切ったままであった。

 強い冷風が吹き荒ぶ空の下で、形状の全く異なる2つの銃口はお互いの敵へと向けられたまま鈍い輝きを得ている。

 硬直していた時間は果たして数秒か、或いは数分も経ったのか。

 やがて痺れを切らしたかの様に、赤い守護魔の口元は会戦の合図を告げるかの様に動いた。



「め」


「……芽?」



 少年の漏らした謎の呟きに、真也は首を傾げた。

 少女も理解できなかったらしく、疑問符を浮かべたままに眉を寄せている。

 突如として目を見開き、顔色を真っ青にしてしまった少年は、まるで末期癌患者の様にガチガチと歯を鳴らしていた。



「め、めめめ、メ……」


「…………。


 …………眼?」



 今度は反対方向に首を傾げながら、なんとなく少女と目を見合わせた真也。

 ……銃口を突き付けられている状態で射手から目を離すなど正気の沙汰では無いと思われるかもしれないが、少年の腕はひき付けを起こしたかの様な痙攣で狙いを定めるどころでは無くなっていたので今回に限っては特に問題は無い。

 少女も心の底から訝しそうな表情を浮かべたまま、まるで死病にでも感染しているかの様に脂汗を流し続ける赤い少年から、取り敢えず無言で3歩ほど距離を取ったのだった。

 少年は、二人の背後へと震える人差し指を突きつけ――。


「メェェェエエエエエル嬢ぉぉぉおおおおおおお!!!?」


 少年の尋常では無い発狂に、二人はつい背後を振り返った。

 背後には先の大爆発で抉られた大地がクレータ状になっており、その中心では少年が乗っていた魔犬(ガルム)が伸びているという、全くもって正常意外の何物でも無い光景が広がっている。

 ……いや、まあ。一般的な観点から見れば十分に異常事態と言えるのではあるが、それでもこの程度で狂乱する様な正常な神経の持ち主は今この場には居ない。

 物理学者と魔法使いは、共にどこか腑に落ちない表情のまま、拍子抜けした様に暫し目を見合わせる事しか出来なかった。


「ブゥゥゥウウウウウウウ!!!!」


 突如、背後の少年が潰れたカエルの様な奇声を発した。

 不思議に思って、再度少年へと目をやった白と黒。

 そして、その時。彼らは自分たちの目を疑った。


「「は――?」」


 それは、果たしてどのような魔術だったのか。

 彼らが再度振り向いた瞬間には、先程までそこに居たはずの赤い少年は、いつの間にか青い長髪を靡かせる長身の美女へと変身してしまっていたのである。

 ――特に二人の目を引いたのは彼女の格好であった。

 青髪の女性は下着にしても面積の小さ過ぎる、殆ど裸同然の服装にマント一枚を羽織っただけというトンデモナイ衣装で、しかしまるで自らの肉感的な肢体を誇示するかの様に豊満な乳房の下で腕を組んだまま胸を張っていたのである。

 その姿は、背後には赤い犬耳少年が居ると信じて疑わなかった彼らの、特に自らの身体の一部に少々コンプレックスのある真紅の少女の思考回路を一瞬にしてショートさせてしまうのには十分に足るだけの破壊力を誇っていた。

 美女はどこか嗜虐的にも見える視線を自らの足元に投げながら、ほぼ全容を露出した脚をグリグリと地面にねじ込んでいる。


「……マルスよ。

 予は“無駄に時間を取らせれば仕置きを増やす”と言った筈なのだがなぁ。

 愛玩動物(ペット)の分際で主人を放って道草とは……いやいや、いい度胸をしておる」


「ば、ばっぶぇべぶびょぶ!! ぼぼべっびぼばばばべびびべぼボォェェ!!」



「「…………」」


 ……いや、よく見ると。彼女の脚の先は何やらもがいている赤い物体へと突き刺さっていた。更に詳しく見てみると、どうやらその物体は件の赤い少年・マルスであるらしい。

 少年は口にヒールの脚をゴリゴリと食わされたまま、とても苦しそうな声を漏らしながらビクビクと手足を跳ねさせていた。

 暫く必死で何かを伝えようと頑張っていた少年ではあったが、喉の奥にヒールがつっかえた状態では流石に呼吸に限界が来たらしく、やがて、パッタリと、動かなくなった。

 少年の悶絶を満足そうに眺めていた美女は、背筋がゾクリとするくらい妖艶な笑みを浮かべながらゆっくりと顔を上げ――そして、真也と目を合わせた。


「……アル。

 この国に“猥褻(わいせつ)物陳列罪”は?」


「……? 何ソレ?」


「…………」


 真也は心底疲れきった顔で頭を抱える。

 ……何はともあれ。

 この日2組目(・・・)の来客は、こうして彼らの前に現れたのであった。

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