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朝日真也の魔導科学入門  作者: Dr.Cut
第二章:雷神鉄鎚-2『爆走!! 天才(バカ)二人!!』
32/91

32. あるギリシャ神話の愚者に対するとある物理学者の解釈及びアイザック・ニュートンの偉大さを辛辣なまでに痛感させるあまりにも当たり前に過ぎると我々が常時無意識下に追いやっているとある物理法則の検証

「銀蠅め」


 王宮上層階のとある回廊。

 血走った眼で歩みながら、煌びやかな宝石衣装に身を包みつつんだ文部大臣・アスガルドは毒づいた。

 ここ数日間に渡って自らに降りかかった不幸の数々と、ソレを齎したあの“アブラムシ”の姿が頭から離れず、彼の血圧は朝から既に基準値を振り切ろうとしている。


 始まりは、4日前の守護魔の召喚だった。

 貴族でも無いクセに召喚主になろうなどとしゃしゃり出たあの“赤まだらゴミ虫”は、あろう事か一級霊地たる“ウルズの泉”に於いて卑劣極まりない大爆発などを引き起こし、周囲一帯に甚大なる被害を齎したのである。

 今にして思えば、何故あの時にあのゴミ虫を謹慎などという軽い処分で済ませてしまったのか、心底不思議でならない。本来であれば、それこそ大衆の面前で、失禁するまで鞭打ち刑でも食らわせて然るべき程の罪業であっただろうに――。


 一等級霊地・ウルズの泉は、文部大臣・アスガルドの領地の中にあった。

 幻想的な景観が人気の観光スポットであったあの泉は、国中から人を呼び寄せる事で、彼の懐に少なくない税金を納めてくれていたのである。

 ソレが、あの大爆発によって、一瞬にして綺麗さっぱりと消し飛んでしまった。

 今現在の、みすぼらしい水たまりが幾つか残っているだけというあの状では、わざわざ訪問しようと思う物好きなどいよう筈も無い。

 あの日から興奮しっぱなしな、魔獣による民家への被害。その保証も含めると、最早考えるだけで血管が切れそうな程の大赤字になってしまっていたのだ。

 そう。あの“赤染まりカマドウマ”は、自らの領地を用いて守護魔を召喚するという、彼の今後の発言権や影響力に多大な影響を残した筈の計画を不意にしただけでは飽き足らず、あろう事か、彼の大事な資金源までをも食いつぶしていったのである。

 ――許し難い。全くもって許し難い!!

 アスガルドの血圧上昇は留まる事を知らない。


 そう。そもそも文部大臣は、前々からあの“赤ばみドブネズミ”の事が気に入らなかったのである。


 確かあの小娘は、5年程前に慈悲深い国王陛下がどこぞから拾ってきたのが初見だったと思ったが……、そもそも第一印象からして、アレは最悪であった。

 身分、身なり、態度など、原因を挙げれば暇はないが……特にあの!! あの人を馬鹿にしくさった目である!! あの小生意気な小娘が貴族を見る目には、高貴なる存在を敬う心どころか、まるで見下す様な嫌悪感すらも見て取れた。

 “貴族? だからナニ? あんたのどこが貴いのよバカ”と、言葉に出さずともあの目が十分に過ぎる程に主張し続けているのである。親の顔も知らない孤児(みなしご)の分際で、一体何を勘違いし、思い上がっているというのだろうか。あんな“赤翅ゴキブリ”など、慈悲深い国王陛下の気まぐれとお情けで拾われただけの雑種に過ぎないというのに――!!

 成長すれば態度も改めるかと考えた事もあったが、あの小娘は目つきが悪くなるばかりで、少しも誠意を表そうという意思が見られなかった。

 銀蠅の分際で、ドブネズミの分際で、アメーバ赤痢の分際でである!!



「銀蠅めぇ!!」



 あの翠の双眸を思い出したところで、アスガルドは更に、ギリギリとその歯を鳴らした。

 そう。5年前に、いきなり国王陛下が連れ帰って来たと思ったら、いつの間にか由緒正しき魔導研究所を征服してしまっていたあの“侵略者(インベーダー)”。あの小娘がおこがましくもその役職(・・・・)にあるという事実が、更なるガソリンとなって彼の感情を燃え上がらせる。


 そもそも魔導研究所とは本質的に研究機関兼教育機関であり、その意味で言えば、文部大臣たる彼の権力をもってすれば、本来どうにでもなって然るべき機関なのである。その所長職にあるべき存在は、本来は文部大臣たる彼の手足となって働くべき者であり、即ち彼の顔色を伺いながら癒着する者で無くてはならない筈なのだ。


 だが金の使い方も知らないあの小娘には、そもそも“献金”という概念からして存在しないらしい。

 魔術狂いのあの変質者は、高慢にも自分の実力を格下の魔導師どもに誇示出来ていればそれだけで満足らしく、金を献上して貴族をバックに付けたり、その逆に裏金をせびる様な知恵を働かせるだけの能が無い。ヤツが所長になってからというもの、魔導研究所に対する、文部大臣・アスガルドの影響力がめっきり弱まってしまった程だ。

 ――あの害虫は、どこまでこちらの利益を食い潰せば気が済むというのだろうか!!

 そもそもあのゴキブリは、害虫の割には、見てくれだけは分不相応な程に整っているのである。本来ならばああいった手合いは、金や立場を都合してもらう為に、王宮の貴族達に身体を売るくらいはして然るべき立場であろう物を――!!


 男嫌いと専らな噂を立てられているあの“変態性癖の異常者”は、全く貴族に媚を売らないどころか、寧ろ権力者達であろうとも恐ろしくて手を出せない程の魔女として名を知られてしまっていた。

 金に執着の無い、生粋の魔導師程、扱い難い駒は無い。

 ――何故忌々しくも、ヤツはこちらの持っていて欲しくない才能(モノ)を、十分に過ぎる程持ち合わせているのだろうか。

 ――何故忌々しくも、ヤツはこちらの持っていて欲しい欲望(モノ)を、何一つ持ち合わせてはいないのだろうか。

 ――何故忌々しくも、ヤツはやる事成す事、全てこちらの不利益にしかならないのだろうか!!



「銀蠅めぇぇぇぇぇええええええええ!!!!!!」



 嫌悪感が沸点を超え、遂に奇声を発しながら壁に頭突きを始めたアスガルド。

 アダマス製の筈の銀壁が、心なしか僅かに凹み始め、彼が一撃を噛ますごとに頭部に乗ったカツラがボフンボフンと宙を跳ねる。

 そんな自らの惨事など気にも留めず、彼は尚も頭突きの威力を強めた。

 ――ヤツの齎す、甚大なる“不利益”。

 その単語が過った瞬間、彼の脳裏には、ヤツとは正反対の色彩を放ちながらも同等の不利益を齎すあの影(・・・)が浮かび上がる。


(そうだ!! 加えて、奴が3日前に呼び寄せたというあの悪魔!! 悪魔ぁ!!

 人様の金を強奪した挙句このワシに暴力を振るい、終いには高貴なるワシをカツラ呼ばわりするなどとは何たる不敬!! 何たる罪業!! おまけにあの“白癬菌”は、偉大なる国王陛下すらもその悪魔の囁き(・・・・・)で誑かし、一昨日は恐ろしくも神聖なる王宮の中に寄生してしまったのだ!! きっとこのまま少しずつ!! 少しずつ王宮の内部にその()を巻き散らかし、王権の崩壊でも狙っているに違いない!! 否、あの悪魔は、既にその呪いを国中にばら撒いているに違いないのである!! このままでは、国が!! 銀の国が、ワシの金が!! 金が!! あの悪魔に乗っ取られてしまう!! あの、あの!! 白い悪魔にぃぃぃいいいい!!!!!!!)



 会う度に自らに暴言を吐き続ける“魔界からの侵略者”の姿が頭を過り、大臣の頭部には蜘蛛の巣状の青筋が浮き上がり始めた。あの魔女が使役し、国家転覆の呪いを掛ける為に用いているあの“異世界人のフリをした悪魔”。その呪言が脳内でリプレイされる度に視界は明滅し、あの涼やかな魔顔を切り落として晒したい衝動が抑えられなくなってしまう。

 そう。審問会に呪いを掛け、一瞬にして不浄の地獄へと変貌させてしまった奴の“悪魔の囁き”!!

 アレ以来、陰で自分を“カツラルド”と呼ぶ愚か者が後を絶たないのだ!!

 否!! きっとソレは、陰口を叩く連中が愚かなだけでは無い!! きっと連中は、ヤツが王宮に寄生したあの夜に魂を喰われ、心を操られているに違いないのである!! 何しろヤツは、異世界人のフリをした魔界の悪魔なのだ!! 人心を悪しき方向に操るなど造作も無い事だろう!!


(それだけでは無いッ!!!! そもヤツは、何故あの日侵入者に襲われながらもソレを1匹たりとも仕留めずに、あの塔を!! よりにもよってあの時計塔のみを破壊したのか!! あの時計塔を破壊できる程の“理”を持ち合わせているのであれば、侵入者の1匹くらい仕留める事は容易だっただろうに!! ソレをしなかった理由など、一つしか有り得ない!! わざと(・・・)だ!! ヤツは、侵入者を仕留める事が出来たにも関わらず、このワシを貶める為だけにわざと時計塔の破壊を優先したに違いないのだ!!!! 何しろ、ヤツは悪魔だ!! あのドブネズミの瘴気に惹かれて世界の壁を食い破り、この国を滅ぼす事に歓喜している本物の悪魔なのだ!! そんな疫病神が、そんな不浄なる汚物が!! 敵国民の退治などという、この国の利になる事をする筈が無い!! きっと、国王陛下も騙されているに違いないのだ!! 否、もしやあの悪魔はすでに何らかの呪術を行使して、国王陛下を傀儡にでもしてしまっているのではあるまいか!? そ、そうだそうに違いない!! きっと昨日の朝に陛下が仰っていた、“長く国に居座られると凶”という予言は、既に魂を喰われた国王陛下が最期の力を振り絞って伝えた警告だったのだ!! もしくはアレだ!! 国王陛下は既にあの悪魔に食い殺されていて、今の陛下は分裂(・・)したあの悪魔が成り代わっているモノなのではあるまいか? そ、そうか、分かったぞ!? だ、だから国王陛下は、あの重罪人どもを放免にするなどという、信じがたい措置を取ったのだ!! ああぁぁああああああ!!!! こ、このままでは国が!! 陛下が!! ワシの金がぁぁああああ!!!!)



「あの銀蠅めッ!!

 銀蠅めぇぇええええええええ!!!!

 ワシの金を食い潰すだけでは飽き足らず、陛下や国そのものまでをも滅ぼそうと悪魔まで呼び寄せるとはぁあああああ!!??

 は、早くなんとかせねば!!!!

 一刻も早くあの銀蠅を抹殺しなければ!!

 ヤツらのばら撒く病原菌に、国全体が汚染されてしまうぅぅうううう!!!!」



 ……おそらく、彼は疲れていたのだろう。

 国王陛下が告げたたった一言の“予言”は、一日経った現在では、彼の心中をそこまで深く侵食してしまっていたらしい。

 ある意味では、その国王陛下自身の一言の方が遥かに“悪魔の囁き”染みた効果を齎していると言えなくも無いのではあるが……。

 アダマスの壁に頭突きを続ける彼の脳には、そこまで深く思考するだけの余裕などありはしなかった。

 ただ、今は、どうにかしてあの“病原菌の媒体”どもを駆逐する事が最優先事項に思えてしまってならなかったのである。


 そして幸か不幸か、額が腫れ上がるまで壁を傷めつけ続けた彼の頭脳は、不意に、自分にはそれが出来る事に気が付いてしまった。


「――そうだ」


 彼の脳内に天啓が閃き、その思い付きのあまりの素晴らしさ故に、彼は口元を筋肉の限界まで吊り上げた。


「そうだ、抹殺してしまえばいいのだ!!」


 なんと素晴らしい思い付きだろうか。

 そう、抹殺である。

 無論ソレは、あの化け物どもを物理的に抹殺するという意味では無い。

 相応の地位を保っているあの連中を、“社会的に”抹殺するという意味である。

 文部大臣の彼を持ってすれば、ソレは決して難しい事では無いのだ。


 段取りは、こうだ。現在、準備期間と称して休暇を取っているあの害虫ども。

 ヤツらは昨日に魔導研究所の案内を済ませていたという情報が入っているし、おそらく、今日一日は魔導研究所に立ち寄る事も無いだろう。

 そこでヤツらが居ないこのタイミングを見計らって、文部大臣権限でもって魔導研究所の視察を行うのである。


 何しろ、相手はあの“赤ばみドブネズミ”なのだ。

 薄汚い雑種のあの小娘ならば、それこそ埃など、叩けば山と出てくるに違いない。

 そう。時計塔の秘密を暴露された意趣返しとして、ヤツの不祥事を全て暴き出してやるのである。

 それこそヤツの社会的信用がゼロになる程に、徹底的に、である。

 そも人間とは、立場に応じて相応の暗部を抱え込む様に出来ているのだ。ソレは、あの魔女であろうと例外ではあるまい。準備期間が終わって出勤してくる頃には、きっとヤツも、スキャンダル塗れで身動きが取れない状態になっていることだろう。


 仮にヤツが相当に用心深く、僅か数日の家探し程度では証拠を掴ませない様な女狐であったとしても、ソレはそれで構わない。何故ならば、最悪は適当な物証をでっち上げればいいだけの話だからだ。何しろあのドブネズミが所長になってから、まだ3年と経っていないのである。只でさえ多忙な魔導研究所の所長職に就いているあの売女が、あのゴミ山みたいな所長室の中身を、完全に把握していよう筈も無い。ナニか不都合な物が出てきたとしても、ソレが絶対に所長室に無かった、などと言い切れる筈が無いのである。


 もしソレが前任者の物であると言い張った場合であっても、それはそれで問題が無い。何故ならばそれは、ソレが所長室にあったと認める事と同義であり、自室の管理も満足に出来ない様な無能は、やはり歴史ある魔導研究所の所長職には相応しく無いからである。


「……く、くはっ!!」


 アスガルドは、その顔に張り付いた笑みを更に深めた。

 ――重要な点は、更にもう一つある。

 それは、仮に少々強引な手段でヤツを貶めたとしても、それに異を唱えようとする者など居る筈も無いという点だ。

 何しろあのゴミ虫は、貴族からも、研究所の職員からも、好感など一切持たれていない事が周知の事実として知られている。ならばこそ、例えヤツが何らかの責任に問われたとしても、賞賛する者こそ在れ庇う者など居よう筈も無いのだ。

 そう。ヤツの地位など、初めから薄氷の上に乗っているも同然。否、氷などとっくに割れているのに、魔術の実力だけで無理矢理浮いているに過ぎないのである。ならば上から石でも落として、さっさと沈めてやるのも慈悲というものだろう。



「銀蠅めぇ!! あの銀蠅めぇぇええええ!!!!

 くはっ!! くははははははぁあああッ!!!!」



 その事実を理解した瞬間、アスガルドは、とうとう込み上げてくる笑いを噛み殺す事が出来なくなった。

 意識するまでも無く、自然とその足が魔導研究所の方角へと向いてしまう。


 そう。この際、多少汚い手を使うのも致し方なしという物だろう。

 何しろコレは越権行為などでは無く、悪魔払いにして魔女狩りなのである。

 あの悪しき者どもを排除した暁には、きっと文部大臣・アスガルドを讃える像が王宮の前に建つに違いないのだ。きっと連中の排除には、殆どの貴族や職員が賛成するに違いないのである。


 さて。そうとなれば、善は急げと言う。早速準備に取り掛かろうではないか。

 アスガルドはスキップでもしそうな程のご機嫌さで回廊を抜けると、魔導研究所へと続く渡り廊下を悠々と闊歩した。

 これから訪れるであろう、素晴らしい未来を脳裏に幻視し、意気揚々と、無駄に長いその廊下を踏みしめていく。


 窓の外が妙に騒がしい気もしたが、今の彼にはそんな事は気にならない。

 だってこっちには、連中の排除という重要な、正義の仕事が待っているからである。

 そう考えながら歩むと、その長い長い廊下も、彼にはまるで凱旋でもしているかの様な、全く苦では無い道のりに思えた。



(ああ、なんと素晴らしい日だろうか)



 アスガルドはそんなことを考えながら、研究所へと続く大扉を開け放った。



 ――瞬間。

 彼は、正面に蜂の羽音を聞いた気がした。



―――――



「ゴブゥゥゥウウウウウウ!!!!????」


 扉を抜けた二人を出迎えたのは、強い衝撃と養豚場の豚みたいな鳴き声だった

 出会い頭に正面衝突を果たした黒獣と“その影”は、2秒くらい一塊になって走ったかと思うと、やがて被害者をずり落とす形で別れを告げた。

 カツラの吹き飛んだトンスラが、窓から差し込む太陽の光を反射しながら、真也の視界からズレていく。



「…………」



 暫し、放心しながら、真也はどうしてこんな事になったのかを思い返していた。

 そう。コレは、確かアレである。魔術団と騎士団という、銀の国の二大軍隊に挟撃される形になった彼らは、取りあえず魔術団の連中を正面突破する事に決めたのである。魔術団の連中は徒歩である為、取りあえずその防衛線さえ突破してしまえば、陥っていた挟撃という最悪の状況からは脱出出来たからだ。

 守護魔の魔法防御カンスト特性もあって、死ぬ気でやってみると、突破自体は意外と何とかなった。

 ……まあ、何人か轢いたが。


 そして次に彼らは、魔術団の隊列に邪魔されてまともに動けなくなっている騎馬軍団を尻目に、魔導研究所の中へと逃げ込んだ。扉という扉を少女の魔術で吹き飛ばし、軽量化と飛行魔術を駆使して階段を上り切り、目的地であるその場所を目指し走り続けたのである。

 研究所の職員とか、大量の魔法生物とか、防御システムとか、なんか色々ヒドイ目には会ったけれど、それでも何とか、目的地であるその場所に辿り着いたのである。

 ――無駄に長くて、滅多に人なんか通らなくて、しかも終点には、靴が埋まる程毛の長い絨毯が敷いてある通路。

 そう。つまりは、この“王宮の渡り廊下”に。

 後は、まあ。少女の魔術でも使ってちょっとずつ減速しながら、なんとか降りられるくらいまで速度を落として、絨毯の上に飛び降りるだけで全てが丸く収まった筈なのだ。

 助かった、と、思って、最後の扉を開け放とうとしたところだった筈なのだ。


 だと、言うのに……。



「何でこんなトコほっつき歩ってんだこのオッサンはぁぁぁぁああああっ!!!!」


「知らないわよっ!! あーっ!! もう!!

 コイツどこまで間が悪いワケ!?

 どこまであたしの邪魔すれば気が済むのよバカァ!!!!」



 ホント、何なのだろうか。今の物体は。

 きっと、アレだったのだ。

 “避けゲー”で言えば、回避不能のラスボスみたいな物だったのだ。

 自機はまだ生きているし、ゴールは目の前だし、もう忘れる事にしよう。

 うん、そうしよう。



 彼がそう思った瞬間である。



「おぼぼぼぼぼぼぼぼぉぉあああああ!!??」



 大型バイクのハンドルがぐらりと揺れ、真也の背後から奇声が響いた。



「――って、何だ!? このカエルが潰れた様な鳴き声は!?

 あ、アル!! まさかさっきの魔法生物がまだ――」


「きゃぁぁああああ!?

 シ、シシシ、シン!!

 あ、アスガルド!!

 アスガルドが引っかかってる!!

 服が車輪に引っかかって、宙吊りになって顔面ゴリゴリ擦ってるッ!!」


「ごべべべべべぇえべべべえええああああああ!!??」



 奇声と少女の声に振り向く真也。

 背後では、車輪からぶら下がったアスガルドが、廊下にビッタンビッタンと顔を打っていた。



「――って!! ナニ引っかかってんだこのハゲはぁっ!!!!

 や、ヤバい!! バランスが取れない!!

 あ、アル!! さっさと蹴り落とすんだ!! 早く!!」


「もうやってるわよ!!

 こいつの宝石が車輪に噛んじゃってて、全然外れないの!!

 ――って、きゃぁぁああああああ!!??

 の、上って来た!! 引っかかったトコ命綱にしてゾンビみたいに上ってきたぁ!!

 怖い怖い怖い怖い!!!! 顔がなんかモノスゴク怖い!!!!」


「ふぅぅぅうううう!!

 ふぅぅぅぅううううううううううッッ!!!!」


「クッ!! な、なんて生命力なんだ!!

 と、とにかくこのままじゃマズイ!!

 アル!! 蹴れ!! 蹴れ!! 力尽きるまで蹴り倒すんだ!!」


「言われなくても!! もう!! やって!! るわ!! よぉ!!!!

 ――きゃぁああ!? ヘ、ヘンなトコ踏んじゃったぁ!!

 ぐ、ぐにゅっていった!! ぐにゅって!!!! もう最悪ッ!!!!」


「おほぉぉおおおおお!!!!

 おほぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!???」


「が、頑張れアル!! もう少しだ!!

 いつもオレにかましてるあの一撃を思い出すんだ!!

 君のポテンシャルはそんなモンじゃ無い筈だろ!!

 抉るように撃て!! 抉るように!!」


「ああっ!! もう!!

 こうなったら、燃えろ(cen)!!」


「ブゥルァァアアアアアアアアッ!!!!

 ブゥゥゥウルァァァァァアアアアアアア!!!!」


「ば、バカな!! 効いて無いだと!?

 こ、このオッサン、ホントに人間か!?」


「ウソぉ!? 今の、狼霊級相当の火炎魔法なのに!!??

 きゃぁぁああああああ!!?? く、くるなくるなくるなくるなぁ!!

 燃えろ(cen)燃えろ(cen)燃えろ(cen)燃えろ(cen)!!!!」


「ガ……ゴ…………」


「や、やった!! 力尽きた!! ダラーン、てぶら下がった!!

 これだけ撃ってコレって、大型魔獣くらいのしぶとさだけど……」


「おおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!

 ぉぉぉおおおおおおおおおおぁぁぁあぁあああああ!!??」


「な、なんだ!?

 こ、今度はナニが起きてる!?

 なんか鳴き声が普通じゃないぞ!?」


「きゃぁああああああ!?

 あ、頭擦ってる!! 額とか思いっきりジョリジョリ擦ってる!!

 擦れて抜けてく前髪を、必死に手で庇ってる!!!!」


「GYYYYYYHAHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!」


「や、ヤバい!! なんか、別の生き物に進化しかけてるぞ!?

 く……!! ま、前髪への刺激は、変態を誘発するトリガーだったのか!!

 アル!! このままじゃ危険だ!! 裏返せ!!!!」


「待って!! 今――ってきゃぁああああああ!!??

 目、目がぁ!!!! ナンか目からモノスゴイ魔力が漏れてる!!!!

 見ただけで人を殺せる呪眼みたいなのが発動してる!!!!

 だ、ダメ!! 見てられない!! これ以上見てたら魂とか吸われそう!!」


「GHUUUUHIHIHIIHIIIIIIIIIIIIIIIIAAAAAAAAAA!!!!!!」


「ま、待て!! 君が怯える程の魔力って――のわぁっ!?

 な、なんだこの形相は!!!! 悪鬼か!? 羅刹か!?

 ば、バカな!! あ、阿修羅がマスコットに思えてきた!!

 こ、これがホントに人間の顔か!?

 だ、ダメだ!! 戻せ!! 戻せ!! やっぱりうつ伏せがいい!!

 こんな顔を光の下に晒しちゃいけない!!!!」


「りょ、了解――って、し、シン!!

 ま、前!! 前!! もう――」


「もう何だって――なにぃ!?」



 ――突然だが。


 いくら渡り廊下が長い、とは言っても、当然ながら長さという単位は現実世界において有限である。

 つまりはこうして、無駄にドタバタして時間を空費しようものなら、大型バイクの高速では、それこそ瞬く間に終点へと着いてしまっても何ら不思議は無いだろう。

 さて。そして常識的に考えるのであれば、通常、入口に扉が有る形の渡り廊下であれば、出口にも同様の物が設置されるのが常であったりする。王宮の渡り廊下もその例には全く漏れないワケであり、つまり、簡潔かつ端的に述べるとするのならば――。



「ごぶぅぅうううッ!?」



 ――瞬間、真也の視界に星が飛んだ。

 荘厳な大扉に正面から突っ込み、扉そのものを大破させながら、終着点であった筈の王宮のホールへと突っ込む。無論、絶対に下車不可能な速度で。


 否。ソレはまだ良かった。

 この問題に比べるのであれば、そんな、下りられないなどという事実は、取るに足らない些末事であるとすらも言えるだろう。

 そう。都合三度目の正面衝突によって発生した、その問題。

 ソレは――。



「ま、ままま、前が見えないぃぃいいいいい!!??」


「は、はぁ!? こんな時にナニふざけ――って、う、ウソ!!

 あ、あんた!! ふ、覆面!! 逆向いてるじゃない!!!!

 は、早く治しなさ――きゃぁあああ!? ま、前!! 前!!

 ユミル様にぶつかるから!!!! 曲がって!! 曲がって!!」


「りょ、了解!! 任せ――」


「――って!? ば、ばばば、ばかぁぁあああああ!!!!

 そ、そっちはバルコ――」



 少女がナニかを言おうとした、正にその時である。

 ガッシャーン、と、ナニかが割れる派手な音と共に、車体から凄まじい衝撃が伝わってきた。

 首がもげそうなくらい、ガクン、と揺れたかと思うと、次の瞬間には強いGと突き上げるような浮遊感に襲われる。

 真也の記憶にある限り、一番近いのは、ジェットコースターで急降下した時のあの瞬間だろうか。

 あの強烈な圧迫感が、僅か一瞬に圧縮されて全身を貫いた様な感覚である。



「――――?」



 ふと、その時。真也はその違和感に気が付いた。

 ――風が、冷たい。

 先ほどまで感じていた、室内特有の温もりが突如として消え失せて、冷たい冷気が歪んだヘルメットの隙間から吹き込む。

 同時に、どんなにハンドルを捻っても方向が変わっている気がしない、という怪奇を経験する事になった。



「…………」



 ハンドルを操作する必要が無くなった為、真也は、ゆっくりと、ヘルメットを元の位置に戻してみた。




 ――空が、広がっていた。




 まるで、現代社会に荒みきった心が洗われる様な、或いは小さな悩み事など全てバカバカしく思えてしまう様な、そんな、どこまでもどこまでも続く、青空。

 雲一つ無いその冬晴れの景色は、彼の心に、ここのところ忙しさにかまけて忘れかけていた幼き日の憧憬を思い出させた。


 彼がまだ、同年代の子供たちと同じ学び舎に居た頃。

 音楽の時間に習った、とある青年の逸話が脳裏を過る。


 それは鳥の翼を蝋で模し、大空へと羽ばたいた、勇気ある愚者の物語である。

 丘から飛び立ち、一時は雲よりも遥か高くまで舞い上がったと言われるその英雄。

 飛び続けた結果、やがて太陽に近づきすぎたが為にその翼を溶かされ、地に落ちてその一生を終えたと言われる、とある愚者のお話。


 勿論、現実にはそんな事実は有り得まい。

 人間の大胸筋では、どんなに鍛えたって鳥と同じ様に飛行する事は出来ないとか、蝋を翼にするのはどう考えても重すぎるだろうとか、そもそも、富士山の万年雪を見れば明らかなように、気温とは普通地表から遠ざかる程に寧ろ下がる物なのだとか、この逸話にはあまりにも突っ込みどころが多すぎると、真也は幼心に思ったものである。

 このお話は、きっと、大空に憧れたどこかの夢想家が生み出した幻想に過ぎないのだろう、と。


 当時はバカバカしいと流したものではあるが――。

 ――ああ。でも、この光景を見ていると、その気持ちも分からなくはない。

 こんな、ちっぽけな人間なんかではどうする事も出来ない程に大きな物を見てしまうと、どうしてもソレに挑んでみたい、と思ってしまうのは、ある意味では人間の習性とも言えるのかもしれない。


 きっと人は、それをロマンと呼ぶのだろう。


 例え破滅が約束されていたとしても、例え、挑んだ結果が翼をもがれての死という、惨たらしい物であったとしても、それでも挑まずにはいられないのだ。

 翼を持たない人類にとって、大空への憧れという物は、それほどまでに抗いがたい物なのだろう。きっと、あの愚かなる英雄を生み出した夢想家は、後世の人間にそういう事を伝えたかったのではあるまいか。


 何らかの因果によって空に挑まなくてはならなくなったとしても、決して臆してはならない。何故ならば、結果がどうなったとしても、その挑戦自体は尊い物に違いないのだから、と。


 真也は、心洗われる様な大空を眺めながら、何となくそんな事を考えていた。

 ……そうでも考えないと、この状況で正気なんか保てなかったからだ。


 翼を持たずに大空に挑んだ生物の、宿命。

 かの英雄と同様の、逆らい難い、その運命。

 ソレは――。



「…………」


 少女も、察したのだろう。

 背後から息を呑む音を聞いた。

 真也も、それに合わせる様に、フッと目を閉じる。



 二人は、大きく、大きく息を吸い込んだ。



「「ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!????????」」



 ――以上の実験結果より、万有引力の法則はこの時空に於いても成り立つと考えられる。

 証明終了(Q.E.D)



―――――



「……ったぁ。し、シン……?

 あんた、生きてる……?」


「痛~っ!! あ、アル? 無事か……?

 いや、オレが生きてるんだから無事だよな……。

 とにかくありがとう。おかげで助かった」


 王宮5階のバルコニーから落下した二人は、フラフラになりながらもなんとか身体を起した。強烈な浮遊感の余韻が残っていて、未だに上手く足腰が立たない。取りあえずお互いの無事を深く深く喜びながら、彼らは散らばる瓦礫に手を着いて立ち上がろうと努力した。


 ――瓦礫の山。

 どうやら、ここは一昨日の一件で崩壊した王宮隣の時計塔跡らしい。

 崩壊直後に比べれば少々量を減じたとはいえ、いまだに10メートルを超える程の高さの瓦礫が、天を突く様にして積み上げられている。

 どうやら彼らは、丁度その中腹辺りに落下したらしかった。

 きっと瓦礫の高さ分、落下する距離が少なくなった事が、彼らの生存に一役買ってくれたのだろう。

 真也は、自らの悪運に少なからず感謝した。


 もっとも、当然ながらそれだけでは王宮の5階から落下してほぼ無傷なんていう状態にはなり得ない。彼が本当に感謝すべきなのは、自身の悪運などでは無く寧ろこの少女に対してであった。


 あの、確実に助からない高さから落下を始めた正にあの瞬間。極限状態にありながらも、少女は咄嗟に飛行魔術と軽量化をバイクに重ね掛けしたのである。そんな条件反射の術式では、流石にこの大型バイクを飛ばすまでは至らなかった様だが……。

 それでも、おかげで落下の衝撃が大幅に軽減されてくれたらしい。

 真也は、彼女の魔導師としての卓越した技能に深く感心すると同時に、生存の安堵と深い感謝を覚えていた。



 ――因みに、真也渾身の発明品であった件の大型バイクは、前輪から瓦礫の山に突っ込んだ形で停止している。どうやら、バルコニーを突き破って落下するという一連の衝撃のどこかで、再びハンドルが歪んでアクセルのロックが外れてくれたらしい。今では、あれほど暴れまわっていたのがウソだったかの様に大人しくなってくれていた。



「…………」



 ……因みにその隣には、文部大臣・アスガルドが、頭から瓦礫の山に突っ込んだ形で停止している。どうやら、撥ね飛ばされて引きずられるという一連の動作のどこかで、何らかのリミッターが外れてしまったらしい。今では、あれほど暴れまわっていたのがウソだったかの様に大人しくなってくれていた。


 殆ど逆立ちに近い状態で、ビーン、なんていう効果音が似合いそうな姿勢で固まっているのだが……。

 腹筋とか背筋とか、疲れないのだろうか。

 真也は、ちょっとつついて(・・・・)みたい様な衝動に駆られたりして、やっぱり止めた。



 何故なら、状況は既に詰んでしまっているからである。



「――――ッ!!」



 少女が、息を呑んだのが分かった。

 つられて真也も息を呑みながら、自らを取り囲むその軍勢へと視線を向けた。



 前列を守るは、銀の国が誇る剣と盾。

 王宮騎士団が隊列を整えながら、瓦礫の山を完全に取り囲んでいる。

 彼らの身を包み込む白銀の鎧が、蒼い陽光を反射して、涼やかにキラリと光っていた。


 その背後に控えるは、銀の国が誇る知恵と杖。

 王宮魔術団が、漆黒の衣を靡かせながら、騎士団の後ろから彼らの首を狙っている。

 霊道に飽和された魔力が空気中に漏れ出し、キラキラとした燐光を放っていた。


 その彼らの前に陣取った、恰幅のいい男。

 小太りの軍務大臣が、騎士団の面々を率いながら、ライダースーツに身を包んだ二人をギロギロと睨みつけていた。



 少女は、ヘルメットごと頭を抱えながら、真也に小声で耳打ちした。



「……ちょっと、シン。どうするのよコレ。

 流石にあたしでも、コレ全部とは戦えないよ?」


「……大丈夫。大丈夫だ」



 対して、真也はあくまでも冷静にそう答えた。



「オレに考えがある」



 不意に、不敵な笑みを作った真也。

 彼は、無言のまま瓦礫に埋まったバイクの隣に歩み寄ったかと思うと、ピンと伸びているアスガルドを瓦礫の山から引っ張り出した。埃塗れになってしまっているその頭部をパタパタと払い、ライダースーツの袖でキュッキュと磨いてから、ゆっくりと抱え起して自らを取り囲む軍勢へと目線をやる。

 次に、アスガルドの首筋に右腕を巻きつけて彼の頭部を抱え込むと、左手をそのピカピカと光る頭部に翳し、威勢よく声を張り上げた。



「動くなぁッ!!

 テメェら!! 一歩でも動きやがったらこのハゲの毛はねぇぞ!!」


「「「「…………」」」」



 いつに無くドスを効かせた、涼やかな声。

 敵軍は完全にその動きを停止させていた。

 真也のその一言によって、空気が完全に凍りついたのがハッキリと分かる。

 ……ただそれは、要求を呑んだというよりも、どこか失笑感の否めない様な、何となくいやーな沈黙であった。


 彼らの反応が理解出来ず、何となく首を傾げてみた真也。

 やがて、まるで民意を代表するかの様に、小太りの軍務大臣は引き攣った顔でその口を開いた。



「……なにをして、おられるのですかな?

 特 務 教 諭 殿(・ ・ ・ ・ ・)



「…………へ?」


「ちょ、ちょっと!! シン!!

 あ、あんた、覆面……」



 少女の声に、ふと、自らの頬に手をやる真也。

 ペチ、ペチ、と触ってみると、確かに、というか間違いなく、柔らかい頬の感触がある。

 ……どうやら、扉にぶつかった拍子にヘルメットが割れていたらしい。

 彼の顔は、ソレはもう、誰が見ても明らかなくらい丸出しになっていた。



 ついでに言うと、少女の覆面にも少々問題が起きていた。

 どこかにぶつけたのか、或いは引っ掻けたのかは分からない。

 ともかく、彼女のソレは後頭部に小さな穴が幾つか空いており、そこからトレードマークの真紅の髪が、ピョコン、と跳ねていた。

 ……ハッキリ言ってこの少女の場合、体型と髪だけで人物像が丸わかりである。



「――――っ!?」



 ゾクリ、とした悪寒が背筋を走り抜け、真也はその身を震わせた。

 否、悪寒、なんていう生易しい物では無い。

 コレは、そう。この世界に来てからすっかり馴染みの深い物となった、紛れも無い死の恐怖(・・・・)である。

 それも、生半可なレベルでは無い。

 まるであの大男の殺気が児戯に思える程の、否、到底人間が発し得るなどとは思えない様な、正に妖魔のみが放つ程の強烈な威圧感が、彼の右腕の間から飛んできている。



 真也は、ゆっくりと、その首を右に向けた。





 ――物凄いモノが居た。





 視線だけで、人をショック死させかねない程の呪眼。

 完全に見開かれたその眼球が、血走った血管よって完全なる赤色へと変貌している。

 あまりの怒り故に、ちょっとおかしくなっている表情筋。

 ソレによって吊り上った口元から、歯列が、歯茎ごと完全に見えていた。

 ……何故だろう。こんなに頑張って探してるのに()しか見当たらない。

 青筋は最早頭部全体に走っており、まるで爬虫類の鱗みたいな紋様を形成していた。

 何カ所か、ソレがプッツンと切れて、中身が噴水みたいにピューッと噴き出ている。



 そんな、子供が見たら失禁して且つ失神した挙句、成人するまで悪夢に魘される程の魔貌を見せつけながら、アスガルドは、なんと笑っていた(・・・・・)

 絶対に、どう考えても、笑える様な作りの顔じゃ無くなってる筈なのに、どうやったのか、彼はニコリと笑って見せていたのだ。

 人間、あまりにも感情が強すぎると笑みしか出ないのだと、彼はこの時思い出した。

 無論、目は完全に見開かれたままである。

 青筋がさらに隆起して、ピューッと、赤いのが真也の頬に掛った。

 赤い筈のソレが、何故か一瞬、真也には得体の知れない深緑色に見えてならなかった。

 アスガルドは、まだ、ニコリと笑ったまま睨んでいる。



「「あは……」」



 二人の若者は、何となく顔を見合わせた。

 見合わせてから、つられる様に、どちらとも無く、ニッコリと微笑んでいた。



「「あはは……あはははは……はははは……は……」」




 ――機械式騎馬の悪夢。


 倒壊した建物、実に23棟。

 3桁近い負傷者を出したこの事件は、ここ100年の間で最も被害の大きかった“襲撃事件”として魔導研究所の歴史館に記録される事となった。

 被害総額は、時計塔再建費の実に3分の1にまで上り、王都の経済に与えた打撃も深刻だったと書物には記されている。

 ……死者が出なかったという奇跡が、唯一の救いだったと言えるだろう。




 ~~〈勧告〉~~



 魔導研究所所長 アルテミア・クラリス


・25万フェオの罰金(一般的な国民年収の10年分)

・大幅な減給(給料の95パーセントを没収)

・被害者全員に対する誠意を込めた謝罪



 特務教諭 アサヒ シンヤ


・30万フェオの罰金(利息、年15%で王宮からの借金)

・更に10年間に渡る給料の全額没収

・被害を受けた騎士、魔導師に対する100枚を超える謝罪文

・文部大臣アスガルドに対する、更に別途の謝罪文100枚




 ――両名・自宅謹慎一週間を命ずる。

 (銀の国審問会)

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