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朝日真也の魔導科学入門  作者: Dr.Cut
第二章:雷神鉄鎚-1『アルテミア所長の魔術講座』
27/91

27. 銀の国の魔導王による世界各国の情勢の概要に関する調査報告及び地球とは全く異なる物理法則が支配する世界に於ける魔導の第一人者の知識による補助を得たとある有名な器具の再現及びその使用実験

 青年と廊下で別れてから半刻程の後、アルテミア・クラリスは目的の場所へと辿り着いた。

 金淵で飾られた大扉は荘厳で、中に居るべき人物が持つべき風格をそのまま体現しているかの様である。悠久の歴史を重ねようとも色褪せないその装飾は、少女には、まるで年輪を重ねようと変わらない“あの人”を象徴しているかの様に感じられた。


 ――緋色の瞳と、白い髭が印象的な、“あの人”。


 今から会話をするのだと考えると、正直、少女は平常心を保ち続ける自信が無かった。昨晩だって、今朝の謁見の時だって、本音を言えば何度脳が沸騰しそうになったか分からないのだ。周りにアイツや貴族達が居たから理性で抑え込んだものの、どうしようも無いくらいに本能的で、純粋な感情のせいで、昨日から何度も何度も意識をトばしそうになっていたのである。


「――――っ」


 思い出しただけで、少女の身体の奥からはまた、じわりと熱が込み上げてきた。

 唇をキュッと噤んで、白い右手をその小さな胸に当てる。

 ドクン、ドクンと、心臓が異常なくらい脈を打っているのが分かる。

 謁見の間へと続く大扉を、強い瞳で見詰める事、1分。

 “あの人”の顔を思い出しただけで鼓動が早まり、温度が急上昇してしまう身体を深呼吸で落ち着かせ、少女は決心したかの様にその扉を開け放った。



「失礼します。

 魔導研究所所長、アルテミア・クラリス。

 国王陛下に拝謁されたく参上致しました」


 意識しないと、上擦りそうになる声。

 高熱に侵された様な神経を全力で鎮めながら、少女は努めて冷静な声でそう告げた。

 目に見えて余裕が無く、明らかに感情を抑え込んでいることが分かる、翡翠の瞳。

 気を抜くと紅潮しそうなその顔を隠すかの様に、少女は王座の前にまで歩み寄り、頭を垂れて片膝を着いた。


「ふむ、よく参った。

 大魔導、アルテミア・クラリスよ。

 変わり無いようでなによりじゃ」


「陛下こそ、お怪我も無い様で何よりです。

 この度の諸国巡礼の旅は、いかがでしたでしょうか。

 我らが王たる御身であらせられながら、諸侯の拝見を怠らないそのお心。

 一国民として、常日頃から、深く感銘を受けております」


 頭を垂れ、床の赤絨毯を見詰めながら、努めて淡々と返事をする少女。

 ――ダメだ、と彼女は思った。

 この人の近くに寄り過ぎてしまったのは、彼女にとってどう考えても失敗だった。

 だってこんなに近くで、一対一で向かい合っていると、声が聞こえる度に神経が震えてしまうのだ。この人の声が鼓膜を撫でる度に、何度も何度も理性が決壊しそうになる。

 溶けそうな脳を気力で留めて、少女はあくまでも冷静を装おうと努めた。


「ほうほう、それはありがたい事じゃなぁ。

 あー。その、なんじゃ?

 この数日はお前さん、随分と大変な出来事が続いておったと聞いておるが。

 さて、首尾はどうなっておるのかね?」


「畏れながら、私程度に陛下の参考となる判断が出来るとも思えませんが――。

 私個人の意見を述べさせて戴くのであれば、上々、とまではいきませんが、許容範囲ではないかと考えております」


「ふむ。まあ、それはよかった。

 さて。改めて言うが、昨日の働きは大義であった。

 六国に名高き武装姫に引けを取らぬその技量、銀の国の国王として、大変に誉れ高く思う。

 あー、守護魔の彼とは馴染めたかえ?」


「……それは、私が判断する事では御座いません。

 私は一介の魔導師であり、私も、そして彼も、所詮は陛下の手駒の一つに過ぎませんので。

 陛下がもしも馴染めていないと仰るのであれば、恐らくはそれが正しいのかと……」


 嗄れた、しかし決して威厳を失う事の無い声。

 正直今でも、少女は平常心を保てなくなりそうで怖い。

 否、とっくに平常心なんかではないのかもしれない。

 だって低く、深いその声が響くだけで、少女の背筋は強く震え、何度も何度も我を失いそうになってしまう。


 ソレを体裁とプライドだけで押し留めて、少女は尚も場に応じた挨拶を続ける。


「御無事で何よりです、国王陛下。

 私の如き卑しき民草に、勿体無くも恩赦を下さっただけでなく、褒美まで賜られたそのお心遣い。特務教諭共々、心から感謝しておる次第で御座います」



 身体を満たし、溢れ出そうになる感情を無理矢理に押し殺して、少女は努めて冷静を演じながら、国王陛下の問いへと応じ続けた。



「ふむ……」


 少女の口上を、果たしてどの様に受け取ったのだろうか。

 へリアス王は少女のつば広帽子を見下ろしながら、不機嫌そうにその眉根を顰めた。

 目を閉じ、額を手で押さえながら、大きく首を振って溜息を吐く。


「はぁ……。アルテミアよ……。

 この場には、今はわしとお前さんしかおらん。

 小煩い大臣も、騒がしい衛兵も、今は席を外して貰っておる。

 ――この意味を、賢いお前さんは分かってくれんのかのぉ?」


「――――っ!!」


 王のその言葉を聞いた瞬間、床を見つめる少女の目は大きく開かれた。

 ドクン、と、心臓が一際大きく脈を打つ。

 ――大臣も、衛兵も、今は居ない。

 つまり、今はこの人と二人きり(・・・・)で、それは、何も我慢する必要なんか無いという事なのだ。昨日から抑え込んでいた感情が、堰を切ったかの様に心中に飽和して、理性が一瞬で塗りつぶされる。高揚する意識に視界が急速に狭まって、強すぎる感情に、情けなくも指先が震えだしてしまった。


「……そう。

 そう……、なんだ」


 フッと、少女の口元が緩んだ。

 あまりにも感情が強すぎると笑みしか出ないなんて、少女はここ暫くの間忘れていた。

 ソレを表に出す事を許された悦びに、意識しなくても肩が震えだす。

 翠色の瞳が、まっすぐに老人の姿を映した。

 様々な感情が入り乱れ、ソレらを上回るたった一色に塗り潰された翡翠の瞳が、国王陛下の姿をまっすぐに捉えた。

 ひゅぅっ、と、風鳴りの音が高く響いた。

 少女の肩が、5センチくらい上昇した。



「ぃぃぃぃい加減にしてよこの色ボケ爺さんッッッ!! 諸国巡礼!? 諸侯拝見!? ふっっざけないでよっっ!! どぉせまた誑し込んだ女の家でも転々としてたんでしょ!? あんたがいない間!! この国の貴族どもが!! どんな有様だったか知ってる!? 時間があったら1から10まで三日三晩!! 夜通ぉおし説明してやりたいくらいよ!! そのクセいきなり帰ってきたと思ったら、言うに事欠いて大変だったな? タイヘンなのはあんたの頭の中でしょうが!! あんたねぇ!! その歳になってまッッッだ下半身の管理も出来ないワケ!? 今時王族なら!! 5歳の子供でも!! あんたよりはマシな人格持ってるってのよ!!!! ロクに仕事した試しも無いクセにねぇ!! ソレで王様気取りとかマジで何様だっていうのよバカーーーーっ!!!!!!」



 キーーーーーン、と、耳を潰す程の大音声が謁見の間へと木霊した。

 仮にも国王陛下に対する物言いとは思えない程の罵詈雑言の嵐が、決壊したダムの如く少女の口から溢れ出す。初めてこの光景を見た者が居たとしたら、この小さな体のどこにこんな発声機構があるのか、心底不思議に思いながら気絶したに違いない。とにかくこの少女にとっては、“この人”に対する感情は、どんなに声を張り上げても足りないくらいに本能的で純粋な物だったのだ。

 ……つまりは、怒り(・・)である。


 いくら席を外しているとはいえ、王宮内の衛兵や大臣達には間違いなく少女の声が聞こえたに違いない。否、下手をしたら魔導研究所の果てにまで響き渡って、その空気振動が例のコルク栓を落としてしまったのではなかろうか。

 ……流石にそれは杞憂であったものの、青年が同時刻に窓ガラスに謎の微振動を観測していたという事実は秘密である。


 少女は体毛があったら間違いなく逆立っているであろう剣幕で、猫の様にフーッ、フーッ、と息を乱しながら、鬼の様な形相で国王陛下を睨みつけていた。

 立ち上る魔力のせいだろうか。

 少女の周囲では、明らかに空気が震えている。


「ほほほ。相変わらず元気のいい娘じゃのぉ。

 やはり、お前さんはそうでなくてはいかんわい」


 ……本当に、耳でも潰れたのだろうか。

 陛下はそんな少女の罵声を、まるでそよ風の様に受け流しながら、満足げにカラカラと笑っていた。少女に全力の怒りをぶつけられて、尚且つこんな態度を返せるのは、この国ではおそらくこの老人だけに違いない。愉悦らしき色を含んだ隻眼が、愛でる様に少女を見詰めている。


「……ナニよ、その生暖かい目は」


「いやぁ、なに。

 お前さんの気持ちは、よ~く分かっておるさ」


 憮然として睨み付ける少女の視線。

 それを心底微笑(ほほえ)ましげに、ニンマリと受けながら、へリアス王は嬉しそうに頷いた。


「わしが居なくて、そんなに寂しかったのか。

 いやいや、お前さんの様に可愛らしい娘さんが、こんな年寄りをそこまで慕ってくれるとはなぁ。いやはや、まったく、ありがたい事じゃ」


「――――っ!!」


 少女の喉から、龍霊級風魔法の様な音が聞こえた。


「どこをどぉ聞いたらそうなるのよっっっ!!!!」



―――――



「――で、どうなのよ?」


 烈火の如く不平不満を撒き散らした少女は、やがて何度か深呼吸をして呼吸を整えたかと思うと、フンと鼻を鳴らしてからそう切り出した。

 パチン、と指を鳴らしただけで、謁見の間に安置された貴族用の椅子が一つ、軽々と宙を舞って少女の隣まで飛んでくる。


「どう、と言うとな?」


「……無駄な時間使わせないで。

 あんたがわざわざ帰って来たって事は、つまりそういう事(・・・・・)なんでしょ?」


 とぼけた様に顎髭を弄るヘリアス王。

 少女は憮然とした態度のまま、豪奢な装飾椅子にピョンと座り、脚を組みながら王座を睨み付けた。

 それはこの老人がここに居る意味を、既に察しているが故の態度だった。



 ――へリアス・ノルマンド・フォン・プラティヘイム。

 国王とは思えぬ程に奔放な気質を持ち、気の向くままに六大国(・・・)を放浪する

 天下無双の遊び人。風に流される様に世界中を転々とするこの困ったさんは、殆ど王座に座る事など無く、自国も敵国も関係無しに浮浪するのである。


 しかし同時に、彼は確かに魔術大国・銀の国を総べる魔導王でもあるのだ。

 “亡き左目が未来を映す”とまで言われるほど先見に長けたこの老人は、たまに思い出したかの様に国に帰って来たかと思うと、知り得ない(・・・・・)筈の機密情報を自国に提示する。国政などそっちのけな彼が国王としての君臨を許されているのは、単衣にこの“賢言”と“予言”の力による物だと言っていいだろう。この老人がその気になれば、憎き敵国の情報など筒抜けも同じになってしまうのである。


 そしてその魔導王が、この時期に帰って来た理由。

 召喚主となった少女を、わざわざ呼び出してまで提示する情報。

 そんな物は、考えなくても一つしかありえない。


「……勿体ぶってないで、さっさと出しなさいよ。

 敵国の召喚主が誰なのか。喚ばれた守護魔がどんなヤツなのか。

 あと、あんたが掴んだ連中の動き。早く!!」


 椅子にふんぞり返った少女は、国王陛下(・・・・)を見下すような視線で、顎を突き付けながら先を促した。本来であれば貴族用の椅子に少女が腰を下ろす時点で懲罰ものであり、仮にも王様にこんな物言いをすれば不敬罪で鞭打ちを食らっても不思議はないくらいなのではあるが……、少女は一対一でこの老人を敬えるほど老成してはいなかった。


 へリアス王は“反抗期かのぉ。悲しいのぉ”なんて飄々と呟いていたが、少女の吊り目がキツくなったのを感じて、溜息を吐きながら口を開いた。


「ま、当たりじゃ。確かに、今回はその情報を探って来た。

 ――と、言ってものぉ。流石に百年に一度の大儀式ともなると、連中も気を付けておるようでなぁ。残念ながら、そう珍しい情報も手に入らんかった。

 先ず武の国からは“武装姫”ウェヌサリア。守護魔は剣術に長けた青髪の大男じゃが……。

 まあやり合ったばかりじゃし、コレは言わんでも知っておろう。

 

 時に武装姫とやり合ってみて、どうだったかのぉ?

 手応えはあったのかえ?」


「……あのね。アレっぽっちじゃ何も分からないわよ」


 昨日の戦闘を脳裏に浮かべ、少女は小さく鼻を鳴らした。

 この言葉は強がりでもなんでも無く、純然たる事実である。


 ――そう。少なくとも少女にとって、あんな物は前哨戦だった。

 敵は魔装を使う事も無く、少女とて切り札である先天魔術(ギフト)を温存している。扱える精霊級魔術の種別を知られたのは少女にとって痛手ではあったものの、それでも完全に発動させなかった以上、敵とてその威力は測り兼ねているに違いない。

 ……つまりは、まだお互いに隠している手札が多すぎるのだ。

 こんな状態で彼我の優劣を決定出来る程、魔導師としての彼女は安直では無い。


「……ふむ。まあ、お前さんならそう言うか」


 へリアス王は、魔導師としてあまりにも生真面目な少女の返答に少々辟易しながらも、それを予想していたかの様に頷いた。


「さて。次が氷の国じゃが、ここは君主自らが参戦しておる。

 件の“瞬帝”メルクリウスが呼び出したのが、あの赤髪の少年じゃよ。

 長けておるのは兵器の作成技術。

 中でもあの珍妙な火器の完成度には目を見張る物があった。

 僅か3日で4種もの兵器を生み出したあの手腕は、若輩の割にはまあ大したもんじゃな」


「メルクリウス――っていうと、あの暴君女?

 ま、ある意味順当ね。

 ……っていうかあのワンコ、やっぱり氷の国の守護魔だったんだ」


 国王の言葉に少年の口上を思い出した少女は、呆れた様に頭を抱えた。

 成程。あの脳筋姫に求愛するなんて、一体どんな酷い女に召喚されたのか気がかりで仕方なかったものの、確かに彼の“瞬帝”が飼い主であれば納得である。


 ――瞬帝・メルクリウス。

 風に聞くあの女の噂は、どれ一つを取っても信じ難い物だった。

 曰く、肉親たる皇族を皆殺しにして帝位を奪った。

 曰く、帝位に就いたその瞬間に、全国民を自らの奴隷だと言い放った。

 曰く、人の悲鳴という物に悦を覚え、僅かでも彼女に反抗の意を持つ者は、三日三晩残忍な拷問に掛けられる。

 ……何のことは無い。要するに、骨の髄からサディストなのである。

 他にも傲慢さに関する逸話には(いとま)が無く、自らの先天魔術を最強だと豪語して公言しているくらいなのだから、まあトンデモナイ人格の持ち主であると言えるだろう。


 終いには“宮殿内を全裸で闊歩している”、なんてワケの分からない噂もあるのだが――まあ、これはいくらなんでも只の風評だろう、と少女は考えていた。だってあの極寒の“氷の国”で全裸とか、よっぽどのバカか変態でも無い限りあり得ない。


 何はともあれ、あの“単騎革命”を成し遂げたという先天魔術は、確かにいくら気を付けても足りる物では無いに違いない。



「…………」



 もっとも、その暴君女にあんな暴言を宣ってしまったのだ。

 あのワンコに会う事は、もうないかもしれない。

 ……少女だって、もしもアイツが同じコトを言い出したら、間違いなく原型が無くなる程殴ってしまうのだ。

 話に聞く瞬帝が、ワンコを許すとは思えなかった。



「地の国と死の国は?」


 話を整理しながら、少女は先を求める。

 へリアス王は、申し訳なさそうに肩を竦めながら続けた。


「地の国では“魔王”タイタニウスが随分と早く守護魔を呼んだと聞いたが……。

 ……ヤツの慎重さは異常じゃよ。

 わしでも守護魔の姿どころか、奴らの所在すら掴む事ができんかった。

 死の国は、相変わらず黙んまりじゃわい」


「タイタニウス……。

 あの妖怪爺さんも、まだ生きてたワケね。

 ま、でもあの(・・)地の国の情報を掴んだだけ流石じゃない。

 死の国は……まあ仕方ないでしょ」


 少女は感心と諦めが混じったような声で応えた。


 ――光無き地底都市同盟・地の国(ノームズアシュ)

 国土の殆どが砂漠地帯に当たるこの国は、地下に無数の都市を網の目の様に作り、首都機能をコロコロと移動させていると聞く。未だ他国に知られていない地下都市も多くあるらしく、君主たるタイタニウスの所在を掴むのは、それこそ地の国の国民ですら不可能だと言われているくらいなのだ。召喚主がタイタニウス本人だという事と、守護魔を呼んだおおよその時期を把握できただけ、王は評価されるべきである。


 そして死の国(ネクロガルド)に至っては、最早存在そのものが分からない。

 無数の死骸が転がる“黒の凍土”に、街の痕跡らしき瓦礫があるだけ、というのが、噂に聞く彼の死霊国家の光景だ。

 おそらくは地の国の様に、どこかに国としての機能を隠匿しているのだろうが……。

 少なくとも、ソレを探しに行った密偵が帰って来たという話は、少女は聞いた事が無かった。

 地理的に遠い事も相俟って、銀の国では、“死の国には餓えた死霊と生き死体しか住んでいない”、なんていう噂が実しやかに流れているくらいなのである。

 死の国の存在を裏付ける情報は、たった一つ。

 百年に一度、まるで思い出したかの様に現れる、召喚主と守護魔だけなのだ。


「まあ、大体わかったわ」


 一通りの情報を理解した少女は、コクリと頷いた。


「要するに、当面は武の国の筋肉コンビを何とかするのが先決ってワケね。

 ワンコの口上があったから、あの暴君女なら先ず武の国から潰しに掛るだろうし。

 タイタニウスは……まあそれだけ慎重なら、当面大掛かりに喧嘩吹っかけて来ることも無いでしょ。

 死の国も気になるけど、何か動きがあるとしたら隣接の武の国か天の国から始めるだろうし――」


「いやいや。そうじゃないんじゃなぁ。

 今のところ、どうにも天の国が頭一つ抜けておる」


「……は? 天の国?」


 あまりにも意外に過ぎる言葉に、少女は目を丸くした。


 ――崇高なる選民共和国・天の国(ソルヘイム)

 空中国家とも呼ばれるほど、国土の殆どが標高の高い山脈に覆われているこの国は、同時にこの世界最強の魔獣種である“龍”の繁殖地としても知られている。中でも嘗ての守護魔が伝えた技術によって調教した、翼竜(ワイバーン)を乗りこなす“龍騎兵”達の実力は折り紙つきで、武の国の怪鳥(グリフォン)と並んでこの世界に於ける天空の覇者と謳われているほどだ。


 もっともこの国は、少女は敵戦力としては度外視していた。

 だって――、


「ちょっと、どういう事よ。

 今代の天の国には“大魔導”が居ないって話じゃなかった?」


 そう。少女が事前に聞かされていた情報では、今代の天の国には、そもそも大魔導を名乗れる魔術師が居ないという話だったのだ。勿論、大魔導とは“精霊級魔術”を習得した人間に贈られる呼称であるので、別に大魔導でなくては守護魔を呼べない、という訳では無い。実際過去の儀式では、どの世代でも、一国か二国は大魔導以外の召喚主が混ざっていたと聞く。


 ――だがそういった国は、まず大した脅威にはなり得ない、というのがこの世界の常識だ。

 大魔導でないという事は、即ち“精霊級魔術”が扱えないという意味であり、ソレはつまり扱える魔力量そのものが大魔導級の魔術師達に劣っている事を示しているからである。

 通常の詠唱魔術は先天魔術を変換して放つ物であるから、精霊級を扱えないという事は即ちその先天魔術の規模も多寡が知れているという事を意味し、つまりは魔術戦に於いてほぼ全ての面で大魔導に後れを取る、という事実を示唆している。

 要するに大魔導とそれ以外の魔術師というのは、それくらい根本的な火力に差があるのである。


 そして召喚主無しでは守護魔は生存できないのだから、召喚主の格が他国に劣るというのは、セトル・セトラの儀に於いては致命的な弱点になる。事実、過去の儀式を見返してみても、そういった魔術師は一部の例外を除き、早々に他国の大魔導に敗れて死亡するか、或いは自ら守護魔を処分して国を追われるか、なんて末路を辿って来たという。


 よって今回の儀式に於いても、少女は大魔導がいないという天の国は警戒に値しないと考えていたのだ。万が一召喚主となった魔術師がよっぽど特殊な先天魔術でも持っていて、尚且つよっぽど直接戦闘に慣れていた、という場合ならば少しは戦いにもなるかもしれないが……。少なくとも王が言う様な“頭一つ抜ける”、などという事態には絶対になり得ない。


 少女の言いたいことを悟ったのか、へリアス王は神妙な面持ちで目を伏せた。


「色々とあったらしくてなぁ。

 まあ、あの国が有利だというのには、いくつかの理由があるが……。

 先ず、呼び出した守護魔というのがとんでもない。

 わしも一度この目で見たがなぁ――。

 ありゃダメじゃ。どうしようもない。

 歴代の守護魔を数えても、アレに匹敵するのは5人と居るまいよ」


「……うわ、運よく大物を釣り上げたってワケね。

 歴代5番内って、そりゃ勢いづくのも分かるわ……。


 で、そんな化け物を呼び出した召喚主は誰なの?

 炎民議長のエウロパ?

 それとも、例のカリストとかいう傭兵崩れ?」


「いや、そのどちらでも無い。

 それがのぉ……」


「?」


 王は、再び渋面になりながら口を噤んだ。

 それはまるで、言うべきか言わざるべきかを迷う様な、或いは王自身がその事実を未だに信じきれていないかの様な、非常に複雑な表情だった。


 やがて王は、一度だけ息を吐いてから、一言だけ短く答えた。



「……“風の民”の生き残りじゃ」


「はぁ!?」



 王の言葉を聞いた少女は、今度こそ本当に理解できないといった顔で卒倒していた。



「ちょっと!! どうなってるのよ!?

 あの高慢ちきな天の国の貴族どもが、どこをどう間違えて“風の民”なんかを召喚主に抜擢してるワケ!? いや、それ以前に、“風の民”に儀式を行える程の教養なんか無い筈でしょ!?」


 少女は、火が付いたかの様に王をまくし立てる。

 そう。王の告げた内容は、本来あり得ない様な代物なのだ。


 天の国は貴族の国である。火の民、氷の民、土の民の3大貴族家によって統治されているこの国は、各門閥から一人の党首を募った“三院議会”と呼ばれる円卓によって政治が行われていると聞く。

 各門閥間に優劣は無いと公言しているこの国の性格が目を引くのは、やはりその二つ名にも表れている程に根強い選民思想だろう。貴族とそれ以外の者との間には、それこそ人と家畜程にも離れた生活格差があり、また全国民が、ソレを当たり前の事だとして納得しているという話である。



 ――貴族は、君臨する事を許された存在。


 ――それ以外のモノは、ソレを支える為の贄。


 ――貴族はとは戦に於いて、民草を守る為に敵を打つ、国を代表する存在。

 故に、彼らは君臨を許される。



 敵国がどんな思想を持っていようとも、少女は特に関心など無かったが、只一つ言える事がある。この思想に基づくのであれば、国の代表ともいえる召喚主という役職を、貴族以外が受け持つなんて事態はあり得ない、という事だ。

 魔術師の国である銀の国ですら、貴族位を持てない少女が召喚主となる事に反対する者も多かったのである。それが貴族国家である天の国ともなれば、国王が言う様な事態は、国家の思想に対する冒涜としか言えない。


 ――増してやそれが、“風の民”。

 連中にとっては口にするのも忌まわしいであろう、その名前を持つモノならば――。


 少女の困惑をよそに、王はいつもの調子で口髭を弄りながら、ほうほうと頷いていた。


「まあ、いつの時代もイレギュラーは付き物じゃからなぁ。

 ……大体なぁ。わしに言わせれば、お前さんも大概なもんじゃぞ?

 儀式を一度失敗した挙句、あろう事か自宅で守護魔を喚んだ召喚主など、わしの知っとる限りじゃ前代未聞じゃよ……」


「……う。そ、そんなの、今は、関係無いじゃない」


 痛いところを突かれたのか、少女は身じろぎしながら、僅かにその剣幕を弱めた。


「大体――。ちゃんと呼べたんだから、同じコトでしょ?」


「同じ、のぉ?

 それにしては、また随分と変わり種を引っ張ってきてしまったようじゃがなぁ」


「…………」


 揶揄するように言う王の言葉に、少女はとうとう口を噤んだ。

 少女自身、自分が呼んだ魔人の珍獣ぶりには否定出来ない所があったからである。

 王は、小さく溜息を吐いてから続ける。


「……そもそもなぁ。彼奴は一体何者なんじゃ?

 今朝もちぃと左目(・・)で見てみたんじゃがのぉ。

 あんな不吉な男は、わしは今までに見た事が無い。

 いやぁ、異世界人の“相”が見難いのは当たり前なんじゃがのぉ。

 流石にアレは、ちょいとばかし行き過ぎじゃろ。

 ……全く未来が読めんのに、不吉だという事だけは痛く伝わって来よるんじゃからなぁ。

 あー、一応聞いておくが。彼は本当に、わしらと同じ人間なんじゃな?」


「そうなんじゃない?

 ……まあ、アイツがどう思ってるかは知らないけどね」


 とことん自分を人間扱いしない“アイツ”のセリフが頭を掠めて、僅かに憮然とした表情になる少女。

 皮肉る様に答えながらも、しかし彼女の脳裏には風に靡く彼の白衣が過っていた。

 ――本当に、アイツは何者なんだろう。

 王の言葉に昨日の出来事を思い返し、少女は再び、その奇妙な能力に思考を奪われた。



 昨日アイツは、王都のシンボルたる時計塔を、瞬き程の間に真っ二つに割って見せた。

 少女は昨晩、自分がアイツと同じ事をするにはどうすればいいのかをずっと考えていたのだ。

 考えた結果は――。少女でも、多分あの塔は破壊出来た。

 だがその答えは、どれ一つをとっても、アイツの異常さを際立たせる物でしかなかったのである。


 少女があの塔を破壊しようとしたら、先ず間違いなく、完全詠唱の帝霊級魔術を使用するだろう。もしそれでも足りなければ、伝家の宝刀たる“精霊級魔術”を持ち出せば、確実にあの塔なんか消滅させることが出来たに違いない。

 ――そう。本質的に、魔術とはそういう物なのだ。

 破壊対象が大きくなればなる程、術を研鑽し、威力を上げる事で問題を解決していく。それが魔導師としての常道であり、つまりはこの世界の常識なのだ。その意味で言えば巨大火球で塔の残りを粉砕した赤の守護魔も、その瓦礫の山を吹き飛ばした青の守護魔も、ある意味ではこの世界の常識内で行動していた、とすらも言える。


 ……でも、アイツのアレは明らかに違った。アイツはあんなペン一本。つまりは、自然霊級相当の力のみで、帝霊級に匹敵する程の破壊を成し遂げてしまったのである。

 最低ランクの汎用魔術のみで、超上位の軍用魔術と同等の現象を引き起こしてしまう能力。それはまるで、馬で魔犬(ガルム)の速度に張り合う様な、小鳥が翼竜(ワイバーン)を打ち落とすかの様な、自然の摂理に反する力ではないのか。



「…………」



 いや、それだけではない。

 そもそも大前提として、アイツは弱い。それこそ、下手をすれば少女でも魔術無しで殺せてしまう程、他の2体の魔人に比べて、アイツは飛びぬけて弱かった。

 ――だからこそ、アイツが今生きているという事実が不可解に過ぎる。

 アイツは、他の2体に比べて飛びぬけて弱かったのにも関わらず、あの2体の魔人との乱戦を、五体満足のままに生き延びてしまったのである。

 絶対に敵わない筈の相手に、絶望的に足りない筈の力で渡り合ってしまうアイツの“性質”。

 振り翳す理の奇妙さという一点に於いて、アイツは3人の魔人の中で群を抜いている――。


「――んん? アルテミア、大丈夫かえ?」


「――へ? うん、大丈夫。

 ちょっと気になっただけだから」


 少々、考え過ぎていたらしい。

 案ずるような王の声を聞いて、少女は我に返ったかの様に首を振った。

 思考をクリアにして、今必要な事に意識を戻す。


「ありがと。まあ、大体の事は分かったわ。

 また何か分かったら教えてちょうだい」


 言いながら、少女は立ち上がった。

 現状は大体把握したし、聞くべきことは聞いたからである。

 パチンと指を鳴らすと、少女が座っていた椅子は滑る様に宙を舞い、何事も無かったかの様に元の位置へと戻された。


「おやおや、もう行ってしまうのかえ?

 久方ぶりに話しておるんじゃ。

 もう少しくらい愛想を振りまいてくれても、バチは当たるまいに」


「お生憎様。あんたに振りまく愛想なんか、5歳の誕生日に使い果たしてるのよ。

 それにさ、出来の悪い教え子を待たせとくわけにもいかないでしょ?」


 冗談めかしていう少女の言に、王は首を傾げていた。

 少女は、口元に笑みを浮かべながら続ける。


「あのバカ、今度は魔術なんか学んでるのよ?

 どう贔屓目に見たって才能なんか無いし、物になるワケないのにさ。

 ある意味じゃ、コレも変わり種って言うのかな?

 まあ、絶対に出来ない課題与えといたから、もうとっくに諦めてる頃だと思うけど」


 少女は、どこか楽しげな声で、唄う様にしてそういった。

 まるで遠くを見る様に、目を細めながら続ける。


「――でも、何でだろ。

 なんか、アイツならさ。あたしの予想なんか平気で裏切ってくれそうな気がするのよね。

 常識ぶっ壊すのが仕事とか言ってたけど、ホントそんな感じ。

 鉄の翼で空飛んでみろとか言ったら、なんかマジでやっちゃいそうでさ。

 ……そんなの、おとぎ話の中でしか有り得ないのにね」


 何か、尊い物を見る様な目でそう呟いた少女は、“じゃあね”と軽く告げながら、一度礼をして王に背を向けた。その姿を、老人の灼眼は、まるで懐かしむ様に映している。

 向けられた少女の背中は、隻眼の老人には、昔日の光景に重なって見えた。


 ――物心の付く前より魔導に打ち込み、僅か10歳にして魔導師となった彼女。

 嘗てあの屋敷で涙を堪えていたか弱い少女は、降りかかる困難を誇りに変える様にして成長し、漆黒の装束を身に纏う大魔導になった。

 そして今、彼女は国の代表として、自らの呼んだ協力者と共に、熾烈な代理戦争に臨もうとしている――。


 昔日の少女を知っていた王は、去り行くその後ろ姿を、まるで眩しい物でも見るかの様に、しかしどこか申し訳なさそうな顔で見詰めていた。



「アルテミアよ。

今のお前さんは、幸せかえ?」


「――――」



 装飾の付いた大扉に手を掛ける少女。

 その頼もしくも映る後ろ姿に向けて、王はただ一言だけそう尋ねた。

 少女は、答えない。

 まるで、突如として答えの無い問題を突き付けられたかの様に、後ろ姿を一切揺るがせないままに、扉に手を掛けたまま何かを思案していた。



 やがて少女は――、



「……感謝してますよ。師匠(・・)



 透明な声で、隻眼の老人に礼を言った。



―――――



「…………」


 ――扉を閉める。

 金淵で飾られた大扉に寄りかかりながら、少女は自らの右手をジッと見詰めていた。

 別段、傷があるとか疲れたとかいう訳では無い。

 ただ何となく、直ぐにこの扉から去る気にはなれなかったのだ。


 魔導王との会談は、少女が思っていたよりも少々長引いた。

 一番初めに、癇癪を起して罵声を浴びせてしまったのが原因だろう。

 あの老人の前に立つと、いつになっても、まるで昔日に戻ったかの様に感情が飽和してしまう。ああやって変わらない表情で腰かけている、飄々とした態度のあの人を見ていると、つい幼き日に戻ってきたかの様に感じてしまうのは、もう仕方のない事なのか。


 ――そう。

 少女が未だ魔導師ですらなかった、あの頃に――。



「……なんてね」



 頭に過った考えがあまりにもバカバカしくて、少女は自嘲気味に息を吐いた。

 昨日の疲れが、まだ残っていたのだろうか。

 過去の自分を思い出して懐かしむなんて、疲れていないとあり得ない様な事をしている自分に気が付いて、少女はつい苦笑した。



「…………」



 ――あの頃(・・・)に戻りたい、なんて思った事は無い。

 幼くて弱い、大人たち(ぼうりょく)に左右されるだけの立場なんか二度とゴメンだし、何より少女は、今の魔導師としての自分に誇りを持っているからである。

 今まで積み重ねてきたモノを全て無にして、一からやり直したいと思える程、少女の人生は空っぽでは無い。


 今が最善だと言い切る自信は無いけれど、今の自分は昨日の自分よりも少しは上等なモノなのだと、少なくとも少女はそう信じている。



「…………」



 ――そう。

 ならば今すべき事、集中すべき事は一つだけである。

 “セトル・セトラの儀”。

 やってくるであろう敵国の魔術師(身の程知らず)達に、最強の魔導師が誰なのかを証明してやる事だけ。

 それで。それだけで、少女が今まで積み重ねてきた物は、全て報われる筈なのだから――。



「――天の国の、最強の守護魔、ね」



 一度だけ、切り替える様にして復唱する。

 未だ見ぬ敵の姿を想像し、少女は無駄な余韻を振り払った。



―――――



 初めに考案したのは、パラポラ型の反射鏡を使って、魔力の焦点を遠方に合わせる道具だった。ここは魔導研究所である。本や資料といった物ならばそれこそ掃いて捨てる程あり、また修練場の近くにも調べ物をする為の資料室は当然の様に存在していたので、休憩を終えた彼は同じく当然の様な顔でその部屋を訪れた。

 資料室に居た書籍管理系の魔導師に立場と事情を説明した彼は、取りあえずは不死鳥の羽ペンや魔力流動とやらに関する資料を取り寄せてもらい、直ぐに必要な情報の検索を開始。少女の知識という強力なバックアップを受ける事が出来た彼は、瞬く間に構想していた道具を床から(・・・)作り上げる事に成功した。



 結論から言うと、彼の設計自体は完璧であった。

 距離と反射と屈折角を完璧に計算され尽くしたそのパラポラは、理想的な位置で魔力の焦点を合わせ、火の粉は計算通りきっかり10メートル先で上がったのである。



 ……しかし、例え火の粉を浴びようとも、にっくきヤツは微動だにしなかった。

 どう考えても出力が足りないのである。

 少女くらいの火力があるのならともかくとして、ライター以下の火でアレを動かすのは、仮に10メートルの飛距離が出せたとしても先ず不可能だという事実が判明した。

 そもそも10メートル先のコルク栓を飛ばす程の熱なんて、地球では火炎放射器とか無くては無理なんじゃなかろうか、なんて彼は冷静に分析してみたりする。


 ――そこまで考えた青年の脳は、直ぐに次の思考へと飛躍した。


「待てよ?

 よく考えると、そもそも火炎魔法じゃなきゃダメだとは言われなかったよな?

 容器内気体の熱膨張で栓を飛ばすのが難しいなら、何か別の――」


 その発想をもとに、再び資料室を訪れた青年。

 流石に書籍管理魔導師も訝しそうな顔をし始めていたが、“学者モード”の彼はそんな事を気にする様な人間性を持ち合わせてはいない。頼みに頼んで先ほどまで練習していた基礎火炎魔法と同じくらいの難易度の魔術が乗っている本を検索してもらい、意気揚々と受け取った。廊下へと戻った彼は、早速使えそうな魔法を順番に試してみる事にしたのだ。


 その結果は以下の通りである。

 先ず氷属性魔法は、火属性とは感覚が違い過ぎるらしく発動しなかった。

 次の地属性魔法は、低ランクの物は土が無くては使えないという事で試せなかった。

 最後に試した風魔法は有望だと思ったが、コレも青年程度の魔術では、手で扇いだ方が遥かにましなくらいの超微風しか起こせなかった。


 この頃になると、流石に半ば諦め始めていた青年。

 もしや少女は、自分を諦めさせる為だけに絶対に不可能な課題でも与えたのではないか、などと割と核心に近い邪推まで始めた程ではあったが、幼少の頃より天才と持て囃されてきた彼である。少女は自分ならソレが出来ると信じてこの課題を与えたのだと、その点に関して疑うのは、彼自身のプライドが許さなかった。そもそも、不可能だと言われた課題は、あらゆる手段を行使してその実現可能性を探らなくてはいられない、というのが科学者という生き物の習性でもある。


 自然科学に於いて、答えが出ない命題というのは、多くの場合設問の仕方が間違っている。

 設問を疑わないのであれば、その解釈の仕方を間違えている、というのが常である。

 そう考えた彼は、少女の与えた命題を再び深く考察してみる事にした。


「“魔術を使ってコルク栓を床に落とせ”、か。

 コルク栓とはあの物体。床は、まあ床だろうな。この条件は動かせない。

 落ちる。万有引力。ビンごと落とせば結果としてコルクも落とせるが、オレの魔術ではビンは動かない。あと考えられるのは……。

 不死鳥の羽ペン(インプロ―ジョン)を使って、床ごと階下に叩き落とす、とかか?

 ……いや、ダメだな。床の定義とは、建物の各階層を別つ板の下のヤツだ。

 崩落させてしまっては、ソレは最早床とは言わない。

 魔法。魔術。魔力。魔術の定義とは……。

 待てよ? 確か、魔力さえ使っていればそれは魔術(・・)だったはずだ。

 ――って事は、魔力を使った道具の使用、つまりは自然霊級魔術でも、ソレは魔術を使ってコルクを落とした、という事になるよな。

 という事は……」



 ――で、最終的にどうなったのかと言うと。



―――――



 本音を言うのであれば、アルテミア・クラリスは多少の罪悪感を覚えていた。


 自分の様には魔術を扱えないと納得し、それでもなお魔術を学びたいと言った彼。

 魔導師としての少女は、そういう無垢な向上心は尊重したいと思うし、本当ならば応援してやりたいとも思う。普通なら男相手には絶対やらない様な誘導を、羞恥心を押し殺してまでやってあげたのは、魔術を学んだ先達としての彼女が、芯の部分でそういう気持ちを大切にしてあげたいと思ったからだ。



 だからこそ、絶対に無理な課題を与えてしまった事に、彼女の胸はチクリと痛んだ。



 でも、仕方のないことだったのだ。

 だって、彼には明らかに才能が不足していたのだから。

 世界が違う、というのもあるのかもしれないが、彼にはどうにも、魔術を信じる意思というか、精霊に語る意思という物が欠けていた。

 その二つは、本来であれば魔導師にとっての生命線なのだ。

 ちょっとでも魔術や精霊に対する疑いを持っている人間は、意識を無意識に落とし込む“転換”が上手くいかず、精霊との疎通が乱れてしまう。

 ――彼は、その典型であった。


 魔導を学ぶのは優しい事ではない。毎日毎日、神経が焼き切れるような修練を繰り返して、毒に慣れる様にして前に進んでいくのが魔導師としての道なのだ。それは先に進むごとに苦しくなる事こそあれ、決して楽になる物では無い。


 才能のある魔導師である少女には、彼の才能なんか初めの魔術を見ただけで明らかだった。

 彼はおそらく、毎日腕が壊死する程に練習を積み重ねたとしても、魔導師を名乗れる日が来る事すら無いだろう。実らない努力である事がはっきりとしているのであれば、多少厳しい思いをさせたとしても、別の道を諭してあげるのが優しさである、と少女は思う。


 だから、少女に残された仕事はあと二つだけだ。

 彼のところに戻って、多分、こんなの絶対に無理だとか不満を言ってくる彼の後ろから、彼に教えた呪文と全く同じモノ(・・・・・・)であのコルク栓を弾き飛ばして見せる事。

 そしてその後、自分がコレを覚えたのは5歳の時であり、本を読んで一回試しただけで出来てしまったという事実を教える事。

 ……頭の回転の速いアイツの事だから、その意味を直ぐに理解してくれるに違いない。


 我ながら意地の悪いやり方だな、と少女は思う。

 アイツにだってプライドくらいあるだろうし、ここまで完全な差を見せつけられたら、凄く悔しくて傷つくのは間違いが無いと思う。

 でも少なくとも、身にならない魔導で身体をボロボロにしてから諦めるよりは、この方がずっと彼の為であり、そうする事が優しさなのだと少女は信じる事にした。

 彼のプライドを傷つけてしまう代わりに、ちょっとくらいなら、優しく慰めてあげてもいいかな、などと思っていたのだ。





 ――だからこそ、その光景を見た少女は放心する以外の対処法を知らなかった。





 とっくに諦めて、自分に泣き付いてくる筈だった彼。

 彼は、両腕を前方に突き出す様な姿勢を取りながら、何やらよく分からない事をしていた。

 その時は本当によく分からなかったので、少女はゆっくりと近づいてみた。

 近づいて、よく見ると、彼は千切れた水道管みたいなL字型の金属塊を両手で持って、ソレを目前のビンへと向けていた。

 そして、規則的に響くポスッ、ポスッ、という空気が抜けるみたいな音。

 ソレが響く度に、ビンの背後にある窓はひしゃげ、ガラスは砕け、粉々に飛び散った。

 唖然とする少女をよそに、5回目の、ポスッ、という音。

 それが少女の耳に届いた瞬間に、件のビンは無残にも砕け散り、粉々になりながら床へと崩れ落ちた。それはもう、ガッシャーン、という派手な音を立てて。

 ……約束のコルク栓は、自らを支えていた土台の崩壊と共に、コロリと床を転がった。


「――以上の実験結果より、魔術素人の地球人であろうとも魔術を用いて10メートル先のコルク栓を床に落とし得る。証明終了(Q.E.D)


「な……!!」


 その地獄絵図をちょっと誇らしげに眺めながら、彼は得意げに決め台詞を口にしやがった。

 少女は目の前の光景を理解する事が出来ず、未だ放心から立ち直る事が出来ない。

 しかし彼には、そんな彼女の魂の叫びが聞こえた様である。

 ゆっくりと、気が付いたかの様に振り返った。


「ん? アル、帰って来てたのか?

 言われた通り、一応アレを魔術で(・・・)叩き落としたが……」


 平然と、普段と変わらぬポーカーフェイスで出鱈目を言い放つバ科学者(・・・・)

 そんな彼の手にある金属塊を、ポカン口を開けながら、少女はプルプルと人差し指で指していた。



 ――少女は知る由もあるまい。

 これこそ青年の世界では武器の王様とまで謳われる、最もポピュラーな兵装の再現なのである。


 その道具が広く知られ始めたのは、1400年代後半にまで遡る。

 ソレを主力として用いたオスマン帝国は、強力無比なるイェニチェリ軍団を運用する事によって1473年に白羊朝軍を打ち破り、1514年にはサファヴィー朝のクズルバシュ軍を打ち破った。それ以前まで主流であった遠距離武器である弓やクロスボウに比べて、エネルギー的に見れば文字通り桁が違う破壊力を誇っていたその武器は、当時の技術に於ける様々なデメリットを抱えていたにも関わらず、直ぐに戦場に於ける主力兵器へと上り詰めた。


 日本にその武器の原型が初めて齎されたのは、1543年の種子島での事であったという。

 同島に漂着した中国船に乗り合わせていたという二人のポルトガル人、フランシスコとキリシタダモッタが所持していたソレの内2挺を島主の種子島恵時と種子島時尭の親子が買い取り、研究をしたのが始まりだと『鉄炮記』という書物には伝えられている。


 それから瞬く間に、その武器は戦国日本の主流兵器となってしまった。

 無論、ソレによる被害を防ぐ為には様々な道具や具足が考案されはしたものの、当時使用されていた物と全く同じ条件のソレですら鉄板製の具足を易々と貫通してしまったという実験データもあり、彼の時代その武器がどれほど強力なモノであったのかが垣間見られる。


 そして現代に於いて、その兵器は日々複雑に進化を遂げており、その構造の全てを完全に説明しきる事はマニアでもなくては不可能だろう。

 だがしかし、その基本構造を見ると、我々がソレをソレとして認識する為に必要な要素は、品の良し悪しを問わないのであればそう多い物では無い事に気が付く筈だ。具体的に言えば射出されるべき弾丸と、ソレを加速する為の銃身。そして弾丸に運動エネルギーを与える為の火薬さえ揃っていれば、それが手で扱える大きさである以上、我々はソレをソレとして認識するに違いない。


 ――無論青年は、あくまでソレをこの世界の常識を用いて再現しようと努めた。

 その目的が魔力を用いてコルク栓を落とす事であった以上、彼は運動エネルギー源として火薬を使う様な無粋はしない。彼が作り上げたその武器は、彼の世界の武器でありながらも、定義上どうしようも無いくらいに“自然霊級魔術”であった。


 彼が火薬の代わりに用いるのは空気である。

 アダマス鉱の内蔵魔力量に応じた体積の可変性に目を付けた彼は、ソレを利用して空気を圧縮・充填し、その気圧によって弾丸を射出する機構を思いついたのだ。少女からのバックアップによって、テキストに載っている術式などほぼ丸暗記し終えてしまった彼にとって、コレを制作する事自体は造作も無かった。銃身の上部に固定されたシリンダーに保持される空気の圧力は実に400気圧。一般的な競技用のソレが精々200気圧程度なのに比べると異常だとすら言えるその圧縮率は、異常な強度と加工の自在性を持つアダマス製だからこそ可能な数値であった。アダマスの弾丸は13発装填のマガジンから順次薬室へと送られ、その超気圧により加速されると共に銃身内でライフリングされ、確実に目標物を破砕するだろう。発砲に伴う可動部が少なく、それによる反動の少なさと命中精度の高さという点で言っても、素人かつ体格に恵まれない日本人である青年にとって、その形式を選択した事はやはりベストであったと言えるに違いない。



 ――アダマス膨張型プリチャージ式空気拳銃。

 魔力を使用して空気を圧縮し、ソレを解放する事によって弾丸を放つ、彼の世界の技術を再現した“自然霊級魔術”。

 それこそが、少女の与えた命題に対する物理学者・朝日 真也の解答であった。



「な……!!」


 さて。そんな事など露ほども知らず、同時に知る筈も無い少女は、バカみたいに口を開けたままに棒立ちしていた。

 取りあえず、彼の顔とその手元にある白銀のオモチャ、そしてその周囲に広がる凄惨な光景を交互に見比べてみたりしている。


 青年の周りの床は、それはそれはヒドい事になっていた。

 無計画に体積を奪われたアダマス鉱は歪み、凹み、辺り一面は見事なまでのジャガイモ模様を呈している。更にそのあちこちには、山の様な資料と青年の生み出した失敗作の数々が文字通りの意味で山を作り、薄暗い廊下を埋め尽くしている。



 ――コレ、全部直すとしたら、何時間くらいかかるんだろう。



 ――もし人を雇って直させたとしたら、一体いくらくらいかかるんだろう。



 ――なんでこのバカは、こんなバカみたいなコトをしでかしたのに、あんなバカみたいに誇らしげな表情(かお)でこっちを見てるんだろう。



 そんな取り止めのない思考と共に肺に空気を満たしていく少女をよそに、青年はコクリと首を傾げてみせた。



「――課題はクリア、だよな?

 それで? 次は、ナニをすれば――」


「クリアなわけ無いでしょナニよコレは!!

 何をどうやれば初歩火炎魔法の練習でこんな大惨事が引き起こせるのよ!?

 ナニすればいいって、先ずその物騒なオモチャをしまいなさいバカァァァアアア!!」



 ……本日何度目になるか分からない少女の叫びが、魔導研究所に木霊した。



 えーと、つまり結論から言うと、彼はある意味本気で少女の予想なんか裏切ってくれたワケで、国王陛下の嫌な予感は、ある意味ではやっぱり当たっていたかもしれないワケで――。




 ――天才とは、たった1つの才能と、99個の欠点である。

 by 朝日 真也

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