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朝日真也の魔導科学入門  作者: Dr.Cut
第一章:イクリプス-2『最初の敵』
15/91

15. 刃物による裂傷の適切な処置に対する世界観と常識及び体構造の相違に端を発するとある魔導師と物理学者の考察と議論の記録

 青年は暗闇の中を駈けていた。


 瞼の開閉に意味は無く、彼の眼球に映る景色は何も無い。自身の眼球が潰れたのか、それとも太陽が消えてしまったのか。否、実はとうに死んでいて、精神だけが未だに世界を逃げ惑っているのか。


 それすらも、分からない。

 そのいずれも彼は経験した事が無いのだから、そも証明する術など持ち得ないだろう。



 ――そう、彼は経験した事など無かったのだ。

 彼の手はあんなに野蛮な鉄屑に触れた事など一度も無いし、増してやそれで斬り合えと言われた経験などある筈も無い。

 肉を抉る刃の感触も知らなければ、傷口から体内を侵す、焼鏝を押し当てられた様な熱も知らない。


 あまりにも異常な事態。

 あまりにも異常な恐怖。

 それ故に知覚は麻痺し、思考は飽和し、彼の意識は赤黒い闇の中へと沈んでいった。


 確かに感じる物、分かる事は一つだけ。

 自らの手を引く緩やかな体温。

 一生懸命に右手を引く、小さな柔らかい手の感触。


 それだけを頼りに、彼は漆黒の荒野を駆け抜けていた。



 身体は既に限界を訴えていた。

 心臓は破裂しそうな程に早鐘を拍ち、左腕から流れるヌメリ、とした生温かさが、まるで腐食毒の様に、ジクジクと彼の精神を犯していく。


 轟々とした耳鳴りは止まない。

 皮を削がれ、肉を抉られた左腕は秒単位で熱を増し、死の恐怖で茹だった脳を沸騰させてゆく。



 ――だが、彼の足は止まらない。


 立ち止まると、またあの風切り音が聞こえて来る。

 止まったら今度こそ致命傷を負わされる事は分かりきっていたし、何よりこの小さな手が自分を引いている以上は、音を上げる事など出来る筈もなかった。


 少し力を込めれば折れてしまいそうな、青年に比べてあまりにも細い手。柔らかい肌には汗が滲み、指先から感じる鼓動は青年の動悸よりも更に早く脈を打っている。

 それでもなお、少女は精一杯の力で青年の手を取り、上がった息を押し殺しながら彼を先導していた。


 ――たったそれだけの行為。

 ただ触れ合っているだけの手の平。

 だというのに何故か、青年はたったそれだけの事に、心臓を温められる様な錯覚を覚えていた。



「シン!! そこに座って!!」



 果たしてどれ程の距離を走ったのか。

 既に数キロも駈けた様に感じられるし、実は100メートルにも満たないのかもしれない。

 視界を奪われた彼にそれは分からなかったが、突き飛ばされる様にして座らされた場所には確かに椅子らしき物があり、この闇の中にも自分以外の物体が存在した事に安堵した。


 背後からは水音が聞こえる。

 雨でも降っているのか、規則性のある音響は湿り気のある冷風を運び、熱病に侵された様な彼の脳を申し訳程度に冷ましてくれた。


「――――っ!!」


 青年は、息を呑む様な音を聞いた。

 熱を持った傷口にヒタリ、という指先の感触を感じた後、左腕から何かが破れる音が聞こえてきた。


「ちょっと待て、何を……」


「動かないで!!

 傷口洗うから、ちょっと染みるけど我慢して!!」


「は? 染みるって……グッ!?」


 彼の疑問には答えを返さず、少女は彼の腕に何かをかけてきた。神経に痺れる様な違和感を感じ、激痛が脳を漂白する。

 しかし、傷口から伝わる刺す様な冷たさが、熱せられたフライパンみたいになった腕を、多少なりとも冷却してくれた。


 腕にかけられたものが、目が覚める程に冷たかったからだろうか。麻痺していた彼の眼球は、漸くその機能を取り戻し始めた。過剰な閃光により分解されきった色素が標準値に戻り、網膜がその機能を取り戻していく。


「――――」


 ぼんやりとした視界。

 未だに虚ろなその世界の中に、朧げながらもその姿はあった。真っ黒な影と、その下に覗く真紅の色彩。


「……アル?」


 名前を呼ぶ。

 少女は、まるで案じる様に青年の様子を伺っていた。未だに呼吸が整わないのか、その細い肩は激しく上下を繰り返し、紅潮した頬には一筋の汗が線を描いている。

 ――少女の容姿は、改めて見ると、呼吸も忘れて見入ってしまう程に可憐であった。

 翡翠の様な翠の瞳は微かに潤んでおり、痛ましそうに、或いは案じる様に青年の左腕へと向けられている。



「――って、待て!!」



 その視線の意味を理解した瞬間、青年の思考は吹き飛んだ。

 少女の視線を追い、咄嗟に左腕へと視線を落とす。

 悪夢の様な激痛と、夢だと思いたい様な刃の感触に魘されながら――。





 ――真っ赤だった。





 科学者たる彼を象徴する、純白の装束。

 それは上腕の中頃でパックリと裂けて、毒々しい色のペンキをだらしなく吐き出している。

 肘から下には、最早白衣という名称も当てはまらないだろう。布地が吸い切れなかった血糊はベタベタと垂れ流され、傷口に触れる少女の手は、赤黒い彩色で妖しくテカッていた。


「う……」


 強烈な吐き気に言葉を失う青年。

 見たことも無い程の出血量に、貧血に似た目眩を覚える。果たして傷はどれ程深いのか。抉られた傷口の酷さを想像すると寒気すらも覚えた。


 それ以上自らの傷を見ていられなかったのか。

 青年は、大きく息を吸いながら視線を上げた。

 視線の先には真紅の少女。

 彼女は傷を観察しながら、ホッとしたかの様に息を吐いていた。


「よかった。

 傷、そんなに深くない」


 心底安心した様に、穏やかな微笑を浮かべる少女。

 そのあり得ない言葉に、青年は耳の奥で金属音を聞いた。


「深くない? そんなわけが無いだろう!!

 動脈くらいは切れてるぞ!? これ!!」


「ちょ、ちょっと落ち着いてよ!!

 血が沢山出てるからそう見えるだけで、傷自体は、全然大した事ないんだから……」


「大した事ない傷から大量出血なんかするものか!!

 人体構造に対する冒涜だぞ!? それは」


 狼狽し、声を荒げる青年。

 しかしそれも、無理は無い事だろう。

 生物学の世界では、重要な器官ほど内側に守られるのが常識なのだ。血管も同様で、一部の例外を除いては、大量出血する様な血管は皮下の相当に深い所にしか存在しない。この出血量ならば上腕の半分くらいは切断されているだろうに、それを“大した事が無い”などと言われては、彼が激昂するのも当然だと言える。



 青年は証拠を見せ付けるかの様に腕を突き出しながら、問題の傷口に視線を落とした。



「……って、あれ?」



 間抜けな声が漏れた。

 大男に斬られた、グロテスクな肉の裂け目。

 よくよく見てみると、その幅は5cmにも満たなかったのだ。


 深さも大した事は無いようで、腕の半分どころか、パックリという表現を使えるかも怪しいくらいの規模でしかない。端的に言うと、ただのかすり傷である。




「アル。傷を治す魔法でも使ってくれたのか?」



 あまりにも拍子抜けな傷の大きさ。

 それがあまりにも信じられなかったからか、青年は目の前の少女が何らかの治療を施してくれた可能性に思い至った。

 少女は、呆れた様に眉を潜めている。


「そんな複雑な魔術使う暇なんか無かったし、そもそもあんたには効かないじゃない。

 ……そういうあんたこそ、本当はあたしをからかってるんじゃないの?

 あんたの世界の人間って、実はちょっと切っただけで大出血する習性があるとか……」


「…………」


 青年は首を傾げるしかなかった。

 体構造の異なるであろう、この世界の人間を比較対象にする事など出来ないし、そもそも彼は、よくよく考えると人体のどこを切ればどの位の出血をするのが一般的か、などという知識を正確には持ち合わせてはいなかったからである。


 ……取り敢えず分かるのは、少女が言うような習性を持つ生き物は、どこの世界でも真っ先に自然選択の犠牲になるであろうという事実だけであった。



「まあ、それじゃあこの傷は初めからこうだったって事か……。

 …………ん?」



 納得しかけた所で、青年は再び首を傾げた。

 傷はそんなに深くない。

 しかし少女の口振りからして、なんらかの治療を施した訳ではないのだろう。

 それはいい。

 それはいいのだが……。


「アル。それじゃ、さっき腕に掛けたのは何だったんだ?」


 青年は小さな疑問を口にした。

 少女は、傷の治療をした訳ではないらしい。

 それでは、果たして先程の刺す様な激痛は何によって齎された物なのだろうか。


「何って、傷口を洗っただけだけど。

 ほら、そこの水で」


 平然と答えながら、少女は青年の背後を指差した。

 背後からは水音が聞こえて来る。

 振り向く青年。

 彼は、じっくりとそのオブジェを観察した。



 それは、街のほぼ中心部に位置する噴水だった。

 彼は今になって気付いたが、どうやら少女が彼を連れて来たその場所は、先刻待ち合わせに使った噴水の広場だったらしい。


 どのような原理なのか。

 巨大なウェディングケーキの様な形に造型されたその装飾は、滝の様に止めど無く水を噴き出し、辺りに雨音を響かせながら下部のプールへと水を溜めている。



「…………」



 ……滅多に掃除されないのだろう。

 貯水槽には苔らしき物が生え、枯れ草みたいな物がポツポツと浮かんでいる。楠んだ水の表面には、アメンボみたいな生き物が、軽快にピョコピョコと跳ねていた。



「……傷口を洗ってくれたのか?」


「うん」


「……この水で?」


「……? うん」



 青年はその水を、恐る恐る手で掬ってみた。

 一応のところ透明と呼べるその液体は、低い気温の為なのか驚く程に冷たく、何故か少しペトペトとしていた。

 砂埃だろうか。水を落とした掌には、謎のざらつきが残っている。



「…………」



 彼は、静かに、息を吸った。



「何をしてくれてるんだ!! 君は!!

 こんな物傷口にかけたら病気になるだろうっ!!」


「へ? だ、だって、傷は洗わないと危ないし……。

 それに、どうせ守護魔はこの世界の感染症になんか罹らないんだからいいじゃない!!」


「感染症に罹らないならば何の為に洗ったんだ!!

 そもそも、洗浄するのは傷口に着いた砂やゴミを落とす為だろう!? ゴミだらけの水を掛けるとか、何がしたいんだ君はっ!!」


「仕方ないでしょ!?

 他に傷を洗える所なんて、王宮か魔導研究所くらいしか知らないし……。

 そ、それに……。

 あたし、誰かの傷を手当てするなんて初めてなんだから!!」


「待て!! 今の発言は問題だぞ!?

 この街の民衆の君への怯え方は尋常じゃないじゃないか!! 直ぐに癇癪起こして人を焼き殺そうとするくせに、自分で被害者の手当てをした事がないっていうのか!?」


「失礼な事言わないでよ!!

 人を魔術で吹き飛ばすなんて、精々1日に1回くらいなんだから!!」


「日課じゃないか!!

 どこの大怪獣だ!! 君は!!

 それともアレか!? 君には壊す機能しか無いのか!?

 創造とか修復っていう概念が遺伝子レベルで欠如してるんじゃないのか!?」


「な……っ!!

 ひ、人が折角心配して手当てしてあげたっていうのに、あんた何様なわけ!?

 大体、元はと言えばあんたが門の外になんか出るからこんな事になったんでしょ!?

 自業自得じゃない!!」


「あんなのが出てくるって知ってたら、誰がのこのこ門の外になんか出るか!!

 君の説明不足にも責任はあるし、元はと言えば君がオレを拉致したのが原因だろう!!」


「あんたなんかを呼ぼうとした訳じゃないって言ってるでしょ!?

 あんたこそ守護魔なら、あのくらい躱して、あんな連中くらい返り討ちにしてみなさいよ!!」


「どんな理屈だ!!

 大体、あんな化け物の相手を出来るのは怪獣くらいだろう!! 君こそ怪獣なんだから、あんな大男は鼻息一つで吹き飛ばしてみせろ!!」


「な、なんですって~~っっ!?」



 再三の様に不毛な口論を始める二人。

 真昼間の広場に悪口雑言の対人結界が出来上がり、雑談に興じていた母親達は泣き出した子供を連れて去って行く。街の中心たる憩いの場は、あっという間に無人の荒野へと変わり果てた。


 噴水のポチャポチャという音までもが何故か神経を逆撫でしている様な錯覚を引き起こし、沸騰した二人の脳にガソリンをぶっ掛ける。

 彼らの口論は、例の如くお互いの息が切れるまで続いた。


「はぁ……、はぁ……」


「はぁ……、ふう……」


 暫く揉めていた二人ではあったが、やがてどちらからとも無く矛を収めた。おそらく、口論などしている場合では無いという事実に気が付いた為だろう。

 少しばかり自覚が遅かったようだが、二人は静かに目を閉じながら、同時に大きく息を吐いた。


「……今はこんな事してる場合じゃなかったな。

 それで、あいつらは何者なんだ?

 なんか、武の国がどうのこうのって言ってたが……」


 青年の言葉に小さく同意の意志を示す少女。

 切り替える様に呼吸を整え、不機嫌そうに表情を曇らせた。


「何者もなにも、あいつが自分で言ってた通りよ。あの女はウェヌサリア・クリスティー。武装姫(ワルキューレ)の異名を持つ、武の国の大魔導。

 隣に居た大男は知らないけど……、多分あいつが呼んだっていう守護魔で間違い無いと思う。


 まったく……。

 召喚主になったとは聞いてたけど、まさかあんたを呼んだ翌日に攻め込んで来るなんてね。ホント、あいつどこまで暇なんだろ」


 飽きれたとでも言わんばかりに、溜息混じりに少女は語る。その口調はいつもにも増して棘があり、内心の嫌悪感が滲み出ていた。

 どんな遺恨があるのか。

 少女は女の行動を納得しているようだったが、青年には余計に謎が深まっただけであった。


「……分からないな。

 武の国って言えば、確か敵国だろう?

 いや、オレがこの国を発展させる為に呼ばれたならば、敵国の人間がオレを殺そうとするのは当然なんだろうが……。

 それにしたって、お姫様がわざわざ呼んだ“協力者”と一緒に、オレを殺す為だけに単身この国に乗り込んで来たっていうのか?」


 青年はどうにも納得がいかない様子である。

 少女は小さく溜息を返しながら返答した。


「そっか。そこら辺の常識も、この世界とあんたの世界じゃ違うんだ……。


 いい? この世界の国境は虹の橋(ビフレスト)って呼ばれててね、説明するとちょっと複雑なんだけど……。

 簡単に言うと、大人数での越境が難しいのよ。

 だから軍隊なんか滅多な事じゃ送れないし、あんたを殺す為に刺客を送り込むとしたら、必然的に少数精鋭にならざるを得ないの。

 でもほら、あんたに魔法は効かないでしょ?

 それに召喚主だって一流の魔術師なんだから、相応の戦力を送らないと、そもそも刺客になんかなり得ないじゃない」


「成る程な……」


 青年は顎に手を当て、思案する。


 国一番の魔法使いだという少女。

 この世界での戦闘がどういう概念なのかを未だに把握しきれていない彼ではあったが、それでも目の前の彼女が相当な戦力であろう事は理解できていた。


 ……何しろ、癇癪を起こしただけで火球を生み出す生き物である。ここが地球であれば真の意味での百獣の王になれるだろうし、青年も魔術が効かないという特性が無ければ、間違い無く昨夜の段階で消し炭にされていた事だろう。


「……なんか、失礼な解釈してない?

 今は気にしないであげるけど……。


 とにかく、召喚主は普通は一流の魔法使いがなるものだから、刺客も相当の魔法使いじゃないと意味がないって事。けど守護魔には魔法が効かないんだから、魔術師を単騎で送っても勝ち目が無い。


 つまりね、敵国の守護魔を殺す為には、自国の召喚主と守護魔を送るのがこの世界のセオリーなの。

 常理の外には常理の外を。

 他国の守護魔は自国の守護魔をもって打倒するべし、ってね」


 少女の言葉に、青年は先程の2人組を思い出した。

 成る程、あの大男は相当の手練れらしかったし、その上魔法が効かないとなれば、確かにこの世界の人間にはお手上げなのかもしれない。


 万が一、真也が大男を止める事が出来る程に戦闘に長けていたとしても、あのお姫様が少女と同格の魔法使いならば、彼女が少女を討つ事で結果として守護魔を殺す事が出来る……筈である。

 真也には確証が無かったものの、自らの左手の魔法円を維持しているのが少女である以上、その可能性は限りなく高いと思われた。



「…………ん?」



 一通り納得したところで、再びハタと首を傾げる。


「でもそれって、かなりの博打だよな。

 失敗すれば、貴重な協力者どころか強力な戦力まで失う事になる。増してや、さっきのは第一王女様なんだろ? やっぱり自分から攻め込んで来るなんて思えないし、さっきの理屈なら、あの大男だけをこの国に送り込んでも良い筈じゃないか」


 否、むしろそれこそが当然の判断だと思われた。召喚主が魔法円を維持しなければ守護魔は生存できないのであれば、召喚主を敵国に送り込むなんていうのは自殺行為以外の何物でも無い。

 増して守護魔とは、協力者の名を借りた奴隷の様なものである。死ぬ気で敵と相討って来い、などと言われても断れる立場には無いのだから、敵国の守護魔を殺させる事を躊躇する理由も無いだろう。


 少女は顎に手を当てて、何かを思い返す様な仕草をしていた。


「確かに、そういう手段を使う国も多いみたい。

 だから、ウェヌス本人が乗り込んで来たっていう事は……。


 ――きっと、自信があるんだと思う。

 単身で乗り込んでも、あたし達なんか敵じゃないっていう。

 まあ、最も武の国(あのくに)は強さが全てって感じの変態国家だから、あたし達の相手を守護魔だけにやらせるっていうのは、王族として許されないのかもしれないけど……」



 “嘗めてくれるじゃない”、と、少女は心底不快そうに舌打ちをした。その様子から真也は、どうやら少女が先程のお姫様に並々ならぬ嫌悪感を抱いているらしい事を再認識する。

 ――いや、敵国の王族を毛嫌いするのは当然なのかもしれないが、それにしても彼には、少女の敵意は少々行き過ぎているように感じられたのだ。



 真也は、話を変えるように腕を組んだ。



「まあ、ともかくとして、あいつらはオレを殺したがってるって事だな……。


 それで、これからどうするんだ?

 あんなのがいるならおいそれと街の外になんか出られないし、そもそもあいつらが街に乗り込んで来たらアウトだ。人混みの中で襲われたら逃げようが無いぞ?」


 やれやれ、といった様子で質ねる青年。

 そんな彼に対して、少女は得意気な笑みを浮かべていた。


「あの防壁が見えないの?

 アレは最高純度のアダマス鉱で、よっぽどの事をされない限りは破られる事なんかまず無いの。

 まあ、壁は壁だから絶対に破れないってわけじゃ無いんだけど、あんなの無理して破ったって、疲れきったところを王宮魔術団に囲まれる。

 まっ、要するにね。よっぽどのバカでもない限りは、たった2人でこの街に攻め込んで来たりは――」


 青年は、少女の言葉を最後まで聞く事は出来なかった。


 耳を潰す、劈く様な鐘の音。

 それが辺り一帯の音を津波の様に飲み込み、少女の声など跡形も無く掻き消したからである。


『敵襲!! 敵襲!! 敵は防壁を破り、正門前商店街に侵入!! 王宮魔術団は、即刻出撃準備を整えよ!!

 繰り返す!! 王宮魔術団は、即刻出撃準備を整えよ!!』


 果たしてどういう原理なのか。

 メガホンで拡張されたような声が天高く響き渡り、それで青年は、今の鐘の音が警鐘であったという事実を知った。



「……アル」


「……何?」



 小さく、溜息を吐く。



「どうやら、よっぽどのバカだったみたいなんだが……」


「…………」


 言葉を失う少女。

 その目は伏せられ、右手は飽きれ切った様に頭を抱えていた。


「……アル。

 一応確認しておくが、さっきの言葉に間違いは無いんだよな?

 あいつらは疲れ切ってて、今頃王宮魔術団とやらに囲まれてるんだよな?」


 淡々と、少女に言質を求める青年。

 彼女は乾いた声で笑いながら、苦笑としか形容出来ない表情を浮かべていた。


「えーと、ゴメン。

 まさか、こんなに速く防壁破れる生き物がいるなんて思ってなくてさ」


「……ああ、それで?」


「その……、多分、あいつらもちょっとは疲れてると思うし、今頃、詰所に居る警備兵とかに囲まれてるとは思うんだけど、多分ウェヌスなら1人で片付けちゃうし、王宮魔術団も“出撃準備”って言ってたから、隊列組むのにちょっと時間掛かると思うし……」


「…………?

 ああ、だから?」


「…………」


 少女は黙った。

 言い難そうに、ごにょごにょと何かを口籠る。

 少しした後、誤魔化す様な笑みを浮かべながら頬を掻いた。


「あはは……。

 その、ホントにゴメン。

 多分、あいつらここまで来ると思う」


「…………」


 固まった。

 青年は言葉を失い固まった。

 その表情は能面の様に色を無くし、顔色は末期ガン患者も真っ青なくらい青くなってゆく。彼の右手は無意識に左腕を掴み、両肩はプルプルと震えていた。


「ふざけ……」


 青年が何かを言おうとした瞬間、正門の方から響き渡った爆音が彼の声を遮った。それが何らかの戦闘による物だと悟り、彼の脳内は一瞬にして漂白される。


 少女はそれをどう感じたのか。

 先程までの、年相応な表情は成りを潜め、敵を見据える魔術師の顔付きで正門の方角を眺めていた。


跳躍(raidho)


 少女が何かを唱える。

 瞬間、少女の足元では旋風が渦を巻いた。

 瞬きの内に彼女の身体は一枚の羽根と同程度の重力しか受けなくなり、跳躍は小さな身体を数メートルも跳ね上げる。


 少女はそれこそまるで妖精の様に、止めど無く水を吐き出す噴水の上へと降り立った。


思考と記憶(ansur)二対(huginn)の翼(muninn)

 我が両肩(peorth)世界を語れ(wyn jara)


 それはどの様な魔術なのか。

 右腕に収束した魔力は少女を中心に燐光を撒き散らし、噴水をオレンジ色の靄で覆っていき――、


賢者の高座(フリズスキャルグ)


 銘の詠唱と共に、その全てが拡散した。


 少女の意識は街中へと四散し、同時に王都の全ての場所を覆っていく。街中に流れる魔力の波。その葉脈に走る水の如きか細い変化を、自らの魔力の波動によって寸分違わず把握する。


 ――位置は正門前に限定。建物、地脈、大気を満たす魔力の波動。変化の無い無機物は除外。魔力の乱れが見られる生命体に条件を限定。該当数345。内、総量が平均値に満たない存在を除外。火、氷、風、土。単純な四大元素の波動を消去。音を拾い、魔力の波を視覚化し、無関係なノイズをトリミング。


 砂場に紛れた、たった一本の針を拾い上げる――。


「見つけた」


 少女は微笑を浮かべた。

 彼女が見つめるのは遥か正門。

 建物の陰になって見えない筈のその場所に、彼女は確かに敵の姿を認めていた。

 その波動にピントを合わせ、外さない様に気を払いながら、少女は軽やかに噴水から飛び降りる。


「見つけたって、あいつらを?」


「正確にはウェヌスの魔力だけだけどね。

 取り敢えず、あんたはあの大男を抑えて。

 ウェヌスだけなら互角に戦えるけど、守護魔が出て来たら、魔術師(あたし)じゃどうしようもないから」


「……は?」


 青年の、空気が凍った。


 自分があの大男を抑える。

 彼自身そんな光景は想像出来なかったし、そもそもあの男がその気になれば、青年など視界に入った瞬間に殺せるのだ。


 即ちあの大男を抑えるというのは、遠回しに死ねと言っているのと変わらない。


「……別に倒せ、とは言ってないわよ。

 あんたじゃアレには敵わないって分かってるから。

 暫くしたら王宮魔術団も来ると思うから、それまで時間を稼いでくれればいいの」


 淡々と告げるその口調とは裏腹に、少女の面持ちは渋かった。内心では、それがどれ程無茶な注文か分かっている為だろう。

 しかしそれしか生き残る術は無いと、その翠の瞳が告げていた。


 門を見据える少女。

 目線はそのままに、懐から何かを取り出した。

 楠んだ色の、古ぼけた羊皮紙。

 何らかの設計図の様な物が描かれたそれを、少女は青年へと手渡した。


「王宮の隣に時計塔が見えるでしょ?

 ソレは、その中の見取り図。

 この街で一番高いあの建物ならこの街全体を見渡せるし、内部が入り組んでるから上手く立ち回れば撒けると思う。無茶だって分かってるけど、なんとか持ち堪えて」


 少女に言われて、時計塔を見上げる。

 文字盤に数字が20まで描かれたその塔は、まるで下界を見下ろす高座の様に聳えていた。

 位置は丁度、王宮の真隣。

 成る程、何かがあっても直ぐに王宮魔術団とやらに助けを求められる位置であると、青年は少女の気配りに感心した。


「いい? 戦え、なんていう贅沢は言わない。

 あんたは何とかあの大男の注意を引き付けて、王宮から魔術団が出てくるまで逃げ切る事だけを考えて」


 おびき寄せる作戦なのだろうか。

 少女はそれだけを告げると、慌ただしく街の奥の方へと駆けていった。


「……穏やかじゃないな」


 正門前からは、未だに戦闘の音が響いている。

 無人となった広場。

 青年は、誰にとも無くそんな呟きを零していた。



 -----



 門番の青年から敵襲の知らせを受け、いざ正門前に辿り着いた警備兵達は絶句した。


 ――銀の国王都・シルヴェルサイト。

 白銀の都たるその街を取り囲む防壁は強固にして絶対。龍種の爪や牙でも傷一つ付かず、帝霊級魔術の一撃ですらも跳ね返す。


 故にその壁は何者にも破壊する事など能わず、外界と内界を隔絶するが如きその偉容は、それこそ魔術大国・銀の国の絶大なる国力を示している。

 ――そう信じて疑わなかった彼らには、目の前の光景が到底信じられなかったのである。


 断っておくが、防壁には傷一つ無い。

 鏡の様な美しさを誇る壁面も、天に届く様なその高さも、何一つ変わらずにそこにある。


 違うのはただ一つ、小さな穴がある事だけだ。

 辛うじて人が通れる程度の大きさの穴が、まるでそこだけ絵でも描かれたかの様に、ポッカリと外界へ繋がっている。



 不可解だったのは、その穴の空き方である。

 警備兵達も、それが破壊による傷跡であったのならば納得したに違いない。いかに強固な防壁と言えども、所詮は壁に過ぎないのだから、衝撃を与え続ければいずれは壊れるのは道理であって、もしも破片が散らばり、壁面に皹が入り、粉塵が舞っている様な惨状であったのならば、単純に敵が防壁を打ち破るだけの魔術行使をしたに過ぎないと流しただろう。もしそうでさえあったのならば、そんな出鱈目の後で消耗し切っているであろう侵入者を捕らえるのは容易く、そんな相手を恐れる兵などいる筈も無かっただろう。



 ――だが、その穴は違っていた。

 穴の周囲には火炎魔法の後に残る焦げ目も無ければ、衝撃を与えられた壁に入るべき皹も無い。それどころか、そこには穴の部分を埋めていたであろう防壁の破片すらも存在してはいなかったのである。その穴は、まるで初めからそうであったかの様に、芸術的なまでの自然さでただそこにあった。



「貴方達が警備兵ですか。

 門番の方に呼びに行かせたのですが、随分と時間が掛かったのですね」


 穴の隣に居た女が言う。

 息を呑まずにはいられない程の美貌の女性は、隣の従者らしき男に寄り添う様にして立ち、その翠色の瞳をやって来た警備兵達へと向けていた。

 その優雅な佇まいは、ともすればこちらが侵入者なのではないかと勘違いさせられる程である。


 “何をしているのか”


 兵士の問いに、女はあくまでも上品に頷いた。


「ええ、貴方達を待っていました。

 折角訪れたのです。彼女との闘いの最中に手出しをされても興醒めですから」


 ――女に剣が向けられる。

 今の発言をどう取ったのか、警備兵達は皆一様に息を呑み、張り詰めた空気で女の挙動を伺った。

 女はあくまで涼し気に、空手のまま兵の敵意を受け流している。


「ネプト、下がっていて下さい。

 彼女と矛を交える前に、少しだけ肩慣らしがしたいのです。

 ええ、助力は無用ですよ。

 この街ならば、私は十二分に“先天魔術(ギフト)”を発揮する事が出来ますから」


 何のつもりなのか。

 女は武装していた従者を下がらせると、あろう事か素手のまま、総鎧を着込んだ兵士達と対峙した。武器を所持している素振りは無く、罠を張っている様子も無い。

 しかしそれにしては、余裕のある女の言動はあまりにも不可解であった。



 ――彼女の右手は、まるで撫でる様に防壁へと触れている。



「無駄とは思いますが、初めに断っておきましょう。戦闘の意思が無い方は退却なさって下さい。

 邪魔だてしないのであれば、私とて手荒な真似はいたしません」


 相手の身を案じる様な視線。

 その余りにも場違いな態度が合図になったのか、警備兵の一人が、女の眼前へと特攻した。


 女が纏う純白のドレスに向けて、槍状のロングソードが伸びる。剣戟は峰打ち。しかしその速度に慈悲は無く、まともに受ければ肋骨の数本が折れる事は必定だろう。

 仮に万が一躱す事が出来たとしても、これ程までに装備差があっては女に勝ち目などあるまい。結末など、女が警備兵に囲まれた時点で決まっていたのだ。




 ――だからこそ、その光景は異常だった。





 “…………!?”



 その様を見ていた警備兵から、疑問の声が上がる。

 突進した兵士は、何故か劈く様な悲鳴を上げながら崩れ落ちていたのだ。

 鎧の破片はまるで水飛沫のように飛び散り、糸が切れた人形の様に膝を折った兵士は、痙攣しながら地べたへと蹲る。幸か不幸か、ヘルムで隠されたその表情は伺えない。しかし覆面の下のその顔は、苦痛と驚愕で歪んでいるであろう事は明らかだった。



「この程度ですか。

 流石はひ弱な魔術師の国ですね。

 仮にも衛兵がこの程度の腕前では、国の戦力も知れるというものです」



 ――異常だった。

 一体どこから取り出したのか。

 先の瞬間まで確かに空手だった彼女の手には、刃渡り1メートルを超える両手剣が収まっている。総鎧を砕き、重装備の上からでもダメージを与える為に開発された破壊剣。バスター・ソードと呼ばれる武具であった。



 腹部の鎧を砕かれ、呻く兵士。

 その姿から正面の警備兵達へと視線を移し、女は凛とした声で告げた。


「戦意の無い者は武器を下げなさい。

 私が刃を交えたいのは、この国では1人だけです」


 怜悧な視線が、その場に居た全ての人間を震え上がらせた。



 -----



「……ったく、無茶苦茶しやがって。

 仮にも姫様なんだからよ、露払いは従者に任せるってわけにゃいかねぇのか?」


 民衆は建物の中にでも逃げ込んだのだろう。

 真昼間だというのに人通りの絶えた商店街を闊歩しながら、男は純白の姫にそう切り出した。


「仕方ないではありませんか。

 たまには実戦をしないと感が鈍るのです。

 ええ、その意味では、彼らの相手は大変意義のある肩慣らしになりました」


 凛とした、淀みの無い声。

 思慮深い女神を思わせる威厳と共に、女はそう返答した。


 ……もっとも、男は納得していない様子で表情を曇らせている。

 この二日の経験から、彼女の行動原理をとてもよく理解していた為だろう。


「……それだけか?」


「この街は魔術の発動が楽なので、つい試してみたく……。

 ……コ、コホン。

 いえ、敵地における自らの能力の把握は、時として何ものにも優先すべき事ですから。はい、先ほどの戦闘は必要な行為であったと考えています」


「…………」


 口籠りながら返答する女の言い分に、男は呆れた様に溜息を吐いた。


 なんの事は無い。

 要するにこのお姫様は、ちょっと面白そうな街であった為に、ついつい力を入れてはしゃぎ過ぎたと仰るのだ。


 ……普段娯楽という物に、あまり関心の無い彼女である。

 それくらいの事で楽しめるのであれば、それはそれで一行に構わないのではあるが、たったそれだけの理由で手加減を知らない彼女にボコボコにされた兵士達には、今更ながら同情を禁じ得ない男であった。


「先に剣を向けてきたのは彼方ではありませんか。

 ええ、あの程度の腕で私の前に立つ方が悪いのです。それに、命までは取っていないのですから、敵国の兵士に対する扱いとしては十分に過ぎるでしょう」


 男は肩を竦める。

 どうやら彼女には、目の前に立つ者には取り敢えず斬りかかる癖があるらしい。


 そんな彼の反応を、彼女はどう思ったのか。

 切れ長の視線が少しキツくなったのを感じ取って、男は話題を切り替える事にした。


「しっかし、何度見ても不思議なもんだな。

 確か、さっきのがお前の魔術なんだろ?

 ……いや、そりゃこの世界に魔法とかが普通にあるのは知ってるけどよ、それにしたって一瞬であんな馬鹿デカイ剣出すのは、流石に神がかってるっつーか化け物じみてるっつーか……」


「いえ、流石に私も、通常の魔術を扱おうと思えば詠唱や術式の構築は必要になるでしょう。

 しかし先程のものは別です。アレは私の“先天魔術(ギフト)”ですから」


「先天魔術?」


「はい」


 誇るでもなく、当然の様に告げる女。

 彼女は簡単に、先天魔術について彼に語った。



 ――魔術師の身体は、一つの神秘を成す為に存在する。嘗て魔術が一部の人間にのみ知られ、秘匿されていた頃の選民思想から生まれたこの格言は、今では魔導師達の誇りを示す不文律として定着している。


 魔導において魔術とは、世界を流動する魔力(マナ)を捕縛し、精霊へと与える見返りとして彼らの力を借り受けるものと説明されている。呪文の詠唱や術式の構築は、言わば彼らに自らの指示を告げる為の手段なのである。


 だが、そういった手順を必要とし、学習によって習得される魔術とは別に、大抵の人間には初めから行使出来る魔術がたった一つだけ存在する。

 それはこの世に生まれ出る以前に精霊から与えられた贈り物であり、人が扱う魔術の正しいカタチだ。

 何しろ魔術師の身体とは、その“一つの神秘を成し遂げる為だけに存在する”のだから。


 ……言ってしまえば、通常扱われる魔術とは正規の使用方以外で魔力を使うから手順が必要なのであって、初めから定められた魔術を行使する分には、わざわざ言霊や術式を用いて命じなくても精霊達は応じてくれるのである。


 故に、先天魔術(ギフト)

 それは魔術師達に与えられた、唯一無二にして最大の切り札であった。


「そうですね……。

 誰でも一つだけ持っている、一番楽に使用出来る魔術の事だとでも思っていて下さい。ともかくとして大魔導クラスの魔術戦では、大抵の場合この“先天魔術(ギフト)”の差が勝敗を分けます」


「成る程な。俺の世界にゃそんなモンねぇから、まあよく分かんねぇな」


 男はそんな、分かったのか分からないのかよく分からない様な返事を返していた。




 会話をしている内に、彼らは街の中心部へと辿り着いていた。広場には噴水が作られ、人気の無い領域に寂し気な雨音を響かせている。


 白い青年が座っていたのだろう。

 正門から続く血痕は噴水の淵へと続き、貯水槽の隣に血溜まりを作っていた。


「血痕は左の道に続いてるな。

 ……よし、そんじゃ行くか」


「左、ですか……」


 石畳に残された赤い道標を見据える男。

 そんな彼の言葉に、女は腑に落ちない様子で顎に手をやった。


「なんか気になる事でもあんのか?」


 小さく頷く女。

 確かめる様な仕草で、空中に手を這わせる。


「先程から広域の感知魔術が行使されています。

 私の魔力が捕捉されたので、こちらも逆探知を試みたのですが……。

 どうやら、術者は右手の道へと向かったらしいのです」


「ふん……」


 男は腕を組んだ。

 傷を負っているであろう白い青年と、それと逆方向に向かった真紅の少女。その意味を思案するかの様に――。


「どう見る?」


 警戒する様な男の問いに、女は暫し思案した。

 敵が二手に別れた理由。

 あっさりと行えた逆探知に、それをされても尚隠そうともしない魔力の波動。


「彼女は私を誘っていると見るべきでしょうね。

 おそらくは自らの守護魔では貴方に敵わないと悟り、貴方と私を引き離して私だけを仕留める、という魂胆なのでしょう。

 ……私だけならば相手になるとでも思っているのでしょうね。ええ、嘗められたものです」


 不愉快そうな口調で、しかし口元には不敵な笑みを浮かべつつ、女は右手の道を見据えた。

 男はそれ以上の問いを重ねない。

 既に女の返答など分かりきっているからである。


「無論、受けて立ちます。

 貴方は守護魔を追ってください」


 女はそれだけを言い残し、まるで台風の様に、真紅の少女がいるであろう道筋を追って行った。

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