妻の機嫌を直すのはほんっとうに大変だった
妻が死んだ。
長い闘病の果てに。
僕は泣いた。
空っぽになるまで。
だけど、一日で十分だった。
本当はもっともっと泣いていたかったけれど、生前に妻はよく言っていたんだ。
『いつまでも泣いていたら、私、あなたのことを嫌いになっちゃうと思う』
死期を悟った妻からの言葉。
彼女は僕が立ち止まってしまう事を本当に恐れていた。
「分かっているよ。僕はいつまでも泣きはしない。君に嫌われたくないから」
亡き妻の写真に告げて僕は前を向いて歩き出した――。
*
長い人生だった。
妻を失ってから何十年も生きた。
豊かな人生だったと思う。
でも妻が隣にいないから僕はいつだって辛かった。
僕は決して振り返りはしなかった。
生きている限りは決して。
だけど、死んだ今、僕はようやく足を止めて振り返った。
「待ちくたびれたよ」
相対する懐かしい妻の姿。
涙があふれる。
僕は若かった頃に戻ったかのように妻の体を思い切り抱きしめて泣き続けた。
空っぽになるまで。
で。
空っぽになった。
――んで、妻が何とも言えない顔をしているのに気づく。
「どうしたの?」
「いや、うーん。これ言っていいのかな……」
歯切れが悪いな。
そう思いながら彼女を見つめていると妻は観念したように一つため息をついて言った。
「いや。実はね。私、ずっとあなたの後ろにいたの」
胸が熱くなる。
そうか。
妻はずっと僕を見守ってくれていたのか……!
心が温かくなり、空っぽになっていたはずだった目からまた涙が落ちそうになる。
「まさか、一度も振り返ってくれないとは思わなかった」




