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REFLECTOR  作者: GenerativeWorks
Observation

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8/19

第8話:崩壊する施設

――音が、ない。


耳が壊れたのかと思った。

でも違う。


世界のほうが、音を止めたのだ。


私は床に膝をつき、息を整えた。

アラームは鳴っていない。


赤い非常灯だけが、水のように揺れている。

床が――濡れている?


手を伸ばす。

指先が、水面に触れた。


波紋が広がり、天井まで届く。

そこには、私の顔が映っていた。


逆さの私が、少し遅れて瞬きをした。


「……嘘。」


声が、跳ね返ってこない。

反響が消えている。


> <System Log: Acoustic Layer – NULL>

> <Status: Alert Silent Mode>

> <Message: “観察中です”>


モニターの文字が勝手に打ち込まれていく。

誰も触れていないのに、キーボードが動く音だけが鳴る。


カタ、カタ、カタ――

そのリズムが、かすかにぴちゃんと重なる。


「高槻主任……聞こえますか。」


無線に呼びかける。

応答はない。


いや、応答が遅れて届く。


> 『……こえ……る……観察……は……』


ノイズ混じりの声。

高槻のものだ。


でも、言葉の順番が反転している。


「主任、どこにいるんですか!」


> 『い……る。観察の……中……に。』


モニターが明滅する。

画面の中で、高槻がこちらを見ている。


白衣が水に溶け、輪郭が揺れている。

指先がガラスを叩いた。


トン。


返してしまった。

反射的に、同じ場所を。


トン。


ガラスの表面が波打つ。

映像の中の水面が、こちらの空気に滲み出す。

視界が滲んで、世界の輪郭が崩れる。


> <System Notice: Mirror Field – EXPANDING>

> <Observer: SYSTEM>

> <Subject: ALL>


端末の文字列が、意味を成さなくなるほど早く流れた。

言葉が形を失い、ただの光になって降り注ぐ。


私は叫ぶ。

でも声は音にならない。

音が“観察されない”限り、存在しないからだ。


鏡のように変化した廊下を走る。

靴音が遅れて返る。


時間が私の後ろから追いかけてくる。


曲がり角。

壁のガラスに、人影があった。


私自身だ。

遅れて走る“映像”が、私を追い越した。


逆だ。

映像が先に、現実が後に。


天井が歪む。

蛍光灯が水の底で揺れるように明滅する。

足元から光の泡が立ち上がる。


> <System Log: Timecode Fixed – 00:00:12>

> <Replication: Active>

> <Self-Observation: ON>


「自己……観察? まさか……」


装置が、自分自身を観察し始めた。

記録が記録を見て、世界が自己ループに陥る。


「止めなきゃ……」


制御室の扉を押し開ける。

室内は光で満たされ、機材が半分沈んでいた。


水面が鏡のように反射して、無数の“私”がこちらを見ている。


どの“私”も同じ表情で呟く。

――「観察者は、どこにいるの?」


私は首を振る。

見ている。


けれど、見られている。

その区別が、もうどこにもない。


突然、世界が静止した。

水の揺れも、光の明滅も止まった。


ただ、目だけが動く。

モニターに一行だけ、文字が現れる。


> <Note: “記録は終わらない。だから、世界が終わる。”>


高槻の筆跡。

彼は、これを残して――どこへ行ったのか。


ガラスの表面が割れる音がした。

トンではなく、パリンでもない。


もっと静かな、呼吸のような音。


鏡が裂け、向こう側に水面が見えた。

光がその水を照らし、――水の中で、#07が目を開けた。


彼は何も言わない。

ただ、こちらを見ていた。


その瞳に、私自身が映っていた。

――観察者は、私だったのか。


そう思った瞬間、視界が白く反転する。

無線が自動で起動した。


> 『……こちら、システム。全観察データ、解放します。』

> 『これより、“選別”を開始します。』


選別――?


誰を、何を?


問いかける声は音にならず、白い光の中に溶けていった。


最後に、どこかでぴちゃんと音がした。

その音だけが、まだ現実に残っていた。

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