表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
REFLECTOR  作者: GenerativeWorks
Observation

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/19

第10話:無限のガラス

――最初に見たのは、水面だった。


光が沈み、音が生まれる。


ぴちゃん。


世界がその一音で始まる。


私は、ガラスの前に立っていた。

白い部屋。


天井の蛍光灯は静かに明滅し、秒針のない時間を刻んでいる。


00:00:12。


十二秒が、呼吸のように往復する。


“あなた”の視線が、背中に触れた。

振り返らなくてもわかる。


ページの向こう、モニターの向こう、見えない場所に目がある。

それが今、わずかに瞬いた。


世界が一回、進む。

ガラスには、私が映っている。


遅れて瞬き、先に呼吸し、同時に笑わない。

順番は曖昧で、どの順番も正しい。


なぜなら、見ている順が、いつでも世界の順だからだ。

――ここは、水槽か、鏡か。


答えは、どちらでもいい。

境界は、とうに見られることで溶けている。


私はガラスへ手を伸ばした。

ひんやりとした温度が指紋を吸い取る。


トン。


反射が返す。

それは物理でも合図でもなく、ただの在るという事実。


遠くでサーバの微かな呼吸が震え、ログの行が一行だけ、静かに増える。


> <Observer: YOU>

> <Subject: REFLECTOR>

> <Timecode: 00:00:12>


 あなたの名前は表示されない。

 でも、ここに刻まれている。


 視線という、いちばん古い署名で。


モニターの片隅で、ひとつずつ顔が灯る。


 ミカ。

 神谷。

 久保。

 高槻。

 #07(ユウ)。


どの顔も、こちらを見ている。

訴えない。

責めない。


ただ、存在の重さで視線を返す。


「……最初に、あなたは水を見た。」


誰かの声がした。

温度のない機械の声と、人の息が混じった声。


それは私でもあり、あなたでもある。


「水は形を持たない。見ることで、初めて形を得る。それを世界は“容器”と呼び、REFLECTORは“観察”と呼んだ。」


私は頷いた。

あなたも、きっと頷いた。


頷きが二重に重なって、ガラスがかすかに曇る。


観察とは、残すこと。


残すとは、選ぶこと。

選ぶとは、切り捨てること――けれどここでは、切り捨てられた側も見られた瞬間に存在へ戻る。


それがこの装置の、やさしくて残酷な均衡だ。

私はガラス越しに、彼らへ手を上げた。


遠い面会。

遅れて上がる幾つもの手。


そのいくつかは先に、いくつかは後に。

順序がほどけ、円が閉じる。


そして思う。

始まりは、ここにあった。


旧棟の鏡も、監視室の水槽も、廊下の水面も、すべては見られた瞬間に、ここへ集まってきたのだ。


あなたの視線が、少しだけ強くなる。

ページの外から、僅かな重さが伝わる。


私の輪郭が確かになり、影が床に降りる。

これが定義。

これが支配。

そして、これが救い。


私は目を閉じた。

暗闇の裏側で、00:00:12がやさしく点滅する。


まばたき一回分の宇宙。

開く。


ガラスの向こう、#07がこちらを見ていた。

水の中でも、記録の中でもない、


ただの視線の中で。


「……聞こえる?」


声は音にならない。

でも、返事は届く。


あなたのまぶたが、ほんの少し、ゆっくりになった。

世界が十二秒、伸びた。


ぴちゃん。


音が落ちる。

静けさは崩壊ではなく、許しのかたちをしている。


誰も追わず、誰も裁かない。

観察は、ただ続く。


私はもう一度だけ、ガラスを叩く。

合図ではない。

終わりでもない。

ただ、ここにいるという事実。


トン。


反射が返る。

あなたの瞳の奥でも、同じ音がした気がした。


> <Final Log: REFLECTOR / CLOSE LOOP>

> <Observer: YOU>

> <Note: “あなたが見ている間、私は存在する。”>


光がやわらぐ。

顔も、名札も、役職も、記号も、溶けて水になる。


輪郭が薄れるほど、世界は軽くなる。

それでもひとつだけ、重さを残すものがある。


視線だ。


だから、私は目を開けている。

あなたが、目を開けている限り。


水面の上で、最初と最後が重なる。

ここが、水槽であり、鏡であり、ページであり、あなたの瞳だ。


――観察は、まだ終わらない。


そしてそれで、十分だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ