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嵐が丘の娘  作者: ON
1章 〈嵐が丘〉からの逃走
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8.ジャバ―ウォッキー

 その三日後、予想に反して来たのは本人ではなく、手紙だった。封筒の裏には、A・Aという文字が書いてある。祖父がよく使う頭文字だけの書き方だ。ルーカスはその場で封をあけて読んだ。




 親愛なる孫


  白髪翠眼の娘を強奪してこい。ヘーゼルも連れていくこと。殺されかけている娘だから必ず奪え。


   一 ウィンバー横の王路で待機。天候が悪くなってきたら警戒 

   二 黒い帆馬車と黒ずくめの集団が来るから襲え

   三 そいつらは国の軍隊だが気にするな

   四 本邸に連れ帰ること


  ではよろしく。おまえの父さんも了承済みである。犯罪にはならんぞ。たぶん。人助けだから心置きなくやってくれ。読んだら燃やすこと。

                                A・A




「今まででいちばんひどいな」


 げんなりした顔をして、一緒に連れていけと言われたヘーゼルにも見せる。

 ヘーゼルは読むなり、かなり動揺していた。


「これは……犯罪ではありませんか」


 不安げな顔で訴えるが、ルーカスにはどうしようもない。


「冗談だと思いたいけど、じいさんはこの方面で嘘をついたことがない」


 本当かもしれない、とは口が裂けても言いたくなかったが、ルーカスはうすうす察していた。きっと、近いうちに――


「ルーカス・エイマンさんはいるか?」


 玄関の扉を叩く音が聞こえた。ヘーゼルが扉を開けると、そこには馬車が一台停めてあり、四、五人の風体のよくない青少年たちが佇んでいた。その代表格とおぼしき、明るい茶髪の長身の青年がにこやかに言い放った。彼はルーカスよりいくつか年上のようだ。


「一緒に仕事をしろと、フレッドじいさんから頼まれてきた。ルーカスさんは?」

「僕だ」


 ルーカスはとくに驚きもせず、玄関から顔を出した。


「やあ、よろしく。ルーカスでいい?」


 青年はいきなりルーカスの片手をとると握手した。


「いいよ。きみは?」

「俺はジル。俺たちグループのことなら、〈ジャバーウォッキー〉と呼んでくれ」

「ジャバーウォッキー……」


 ルーカスは呆れた顔をしてグループ名をつぶやいた。そして、聞く。


「じいさんに、人をさらえって頼まれた?」


 青年はこともなげに答えた。


「そうだよ。さて、会って早々だけど、出発できそう?」

「すぐ発てる。彼女も連れていけと言われたから連れていくよ」


 ルーカスはヘーゼルのほうを見た。ヘーゼルはかたい顔をしていた。ルーカスには、彼女なりに覚悟を決めていることが伝わってきた。ジルはひらひらと手をふった。


「聞いてるから大丈夫。悪いことはしないさ」

「頼んだ」


 見知らぬ集団だったが、祖父の知り合いという点であまり心配はしていなかった。祖父は信頼できるものとできないものを見分けるのがうまかった。


「じゃあ、はい、これ」


ジルに渡されたのは、折りたたまれた服だった。


「背広じゃ人さらいはやれないからな。この服に着替えてくれ」


 渡されたのは、街中で青年たちがよく着ている、よれた茶色っぽいシャツと黒いベスト、深緑のズボンだった。


「気に入らないかもしれないけどさ」


 ジルが言うが、ルーカスは「いや」と答えた。


「むしろありがたいよ」


 ラフな格好は久しぶりだった。ルーカスも引き取られる前は、こういう格好のほうになじみがあった。


「なんだか、物怖じしないやつだな」


 ジルはルーカスの顔をみると、面白そうに言った。


「もっとお坊ちゃんって感じなのかと思ってたよ」

「僕は養子だしね。本来は田舎育ちだよ」

「にしても、もう少し驚いた方がいいと思うね」


 ジルは笑って肩をすくめた。


「あまり順応が早いから拍子抜けしちまったよ」

「あのじいさんに付き合って何年経つと思ってるんだ」


  ルーカスはあきれた声を出した。


「何か言われたらやるしかないんだよ。こっちは」


 ふうん、大変そうだな、とジルはよく分かっていなさそうな声で返事した。ルーカスは不思議になってたずねた。


「そういうあんただって、人さらいなんてどうしてやるんだ。赤の他人のじいさんに頼まれたわけだろう」

「なんでも屋だからしょうがないよ。仕事だ。それに、フレッドじいさんには恩がある。俺たちもあのじいさんを気に入ってるからさ。国も嫌いだからちょうどよかったんだ」


 ジルはにこやかに言ってみせた。


「それは……じいさんと気が合うな」


 アルフレッドも国が嫌いだった。正確には、国家だ。でなければこんなことはしていない。


「だろう? 俺、孫のあんたが羨ましいよ。みんな孤児だから、余計にあんたのこと羨ましがってるんだ」


ルーカスは返答に困った。


「さあ、着替えた、着替えた。早く出立するに越したことはない」


気まずい沈黙になる前に、ジルはルーカスの背中を押し出した。





 馬車はすぐに出発した。馬車はつくりこそ雑だったが、大きさは立派だった。固めの白い布がアーチ状に張られた馬車だ。中を見えなくしている代わりに、荷台と布の境目は完全に固定されておらず、そこから外を覗けるようにしていた。馬車が大きいせいで、ルーカスを含めた五人が乗っていても、そこまで狭く感じない。


「なあんだ。そんな格好でも二枚目じゃないか」


 ジルがルーカスの姿を見て言った。


「褒めてるのか貶してるのか分からないんだけど」


ルーカスは肩をすくめてみせた。ジルは笑顔をたやさない好青年だったが、どうにもうさんくささが抜けない。それに、二枚目と褒める彼のほうこそ女の子に人気がありそうな顔立ちをしていた。


「褒めてるのさ」

「坊っちゃんヅラするなよなー」


ルーカスの隣に座っていた少年が、ルーカスの頭をかき回した。


「してない」

「これで辛気臭さが抜けたぜ」


 少年はルーカスの顔をじろじろ見ると、満足そうにうなずた。ルーカスの黒髪はぼさぼさになっていた。ひゅう、と周りの少年たちがはやし立てに口笛を吹いた。ルーカスは肩を組んでくる少年の腕を無造作にはらうと、にやりと笑って言った。


「だれがいつ、坊っちゃんヅラをしたって?」


  同年代の少年たちと話したのはいつぶりだろうか。ルーカスが隣の少年に組みかかったのをきっかけに、馬車の中は大騒ぎになった。ひとしきり騒いだあと、少年たちはぼろぼろになって笑った。


「おまえ、金持ちのくせにやるなあ」


  ルーカスの髪をぼさぼさにした焦茶の髪の少年──チャドは歯を見せて笑った。


「すかした顔してるのにな」

「なんだと」


 ルーカスのほうも今度は屈託なく笑った。


「なんだ、あんたもガキで安心したよ」


 そう言ったのは、息を切らせたジルだ。彼も喧嘩に参加したものの、終わらせたのも彼だった。


「へえ、ガキがなんだって?」


ルーカスは含んだ笑いをしてジルを見上げた。ジルのほうもルーカスの目をみると、笑って肩をすくめた。今は互いに打ち解けた感じがしていた。


「ま、いいやつで安心したよ」

「こっちこそ」


ルーカスとジルは手を叩いた。意外にも、ルーカスは彼らと馴染んでしまった。



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