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嵐が丘の娘  作者: ON
1章 〈嵐が丘〉からの逃走
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5.前兆

 ギディオンは意外と言うべきか案の定と言うべきか、町の人とよく知り合っていた。馬車で商店街を通りすぎるのだが、ちょっと進めばすぐ、声をかけられるのだ。


「ようギディオン! その子はどうした。隠し子か?」

「ふざけるな。こんなでかい子どもがいてたまるか」

「愛人か!」

「俺は結婚もしてないぞ」


 ギディオンは手綱を握りながら肩でため息をついた。


「この町の連中はどうしてこう下世話な話が好きなんだ」

「そういう文化なのよ」


 メイベルはほほえましくなって言った。ギディオンよりは町に馴染みがあったようだ。


「親しみの証よ。あなた、好かれてるのよ」

「好かれたって嬉しかないね」


 ギディオンは肩をすくめた。反応してくれるから面白がられているんだわ、とメイベルは心の中で思った。


「どうやら俺はお人好しらしいぞ。周りによると」

「わたしを拾ってくれたのもそうだものね」

「そういや、フクロウはどうした? もう喋ってるようには聞こえないか?」


 あー、とメイベルは上を向いて考えた。


「そうね。もう喋ってないかもしれないわ」

「ふうん、よかった」

「ところで、まじないをかける人なんかがいるの? わたしに声をかけたのは、まじないをかけられているからだと思ったんでしょう」


 メイベルはひざにヘンジーを抱えていた。ヘンジーは少し嫌そうな顔をしている。


「なんだ、町にいたくせに知らないのか」


 ギディオンはちらりと後ろを振り返った。


「安いまじないを売るやつがいる。たまにいたずらもかけるようだから、心当たりがないなら後者だろう。スリもいるから気をつけろよ」

「お金は盗まれてないわ」

「じゃ、いたずらだろう。ちなみにそのフクロウはペットか?」

「ええ」


 ヘンジーが怒って羽を広げたので、メイベルはあわてておさえ、言い直した。


「まあ、友達ね」

「どっかで拾ってきたなら、捨てちまえと言うつもりだったよ」

「ふん、いけ好かないやつ」

「ヘンジー!」


  いきなりヘンジーが口をきいたので、メイベルは焦った。


「おい、まだ喋ってるように聞こえるのか」


 ギディオンが反応して後ろを向く。メイベルはぎくりとして、ヘンジーを捕まえかけた体勢のまま固まったが、とっさに「そうね」と答えた。


「名前はヘンジーって言うの」

「ああ、そう。好きなだけ“ヘンジー”と喋っておきな」


  ギディオンは呆れたように前を向いた。


「まじないが切れないうちに楽しんでおけよ」


  メイベルはなんとなく腹が立ったが、言い返さずに「そうする」と言って座りなおした。





 馬車は町の人たちに挨拶されたり、野次を飛ばされたりしながら、大きな通りをまっすぐ進んで行った。小さな町とはいえ、なにかと騒がしかったが、町を抜けるとうってかわって静けさがおとずれた。町境の区切りの門を出ると、そこからは静かな土地が広がっている。きみどりの短い草が広がり、石畳の道も途切れて土がならされた道に切り替わった。土の道になってからは、馬車も不安定でがたがたとうるさくなった。ヘンジーはずっとメイベルの膝のうえにいたが、激しい揺れにぶすくれているのが、黙っていても伝わってきた。


「わたし、ここから先に進んだことがないの!」


 荷台から御者台に顔を出して、メイベルは叫んだ。


「うるさいな! おまえは見かけに反して騒がしいよな!」


 ギディオンは体をのけぞらせた。メイベルは頬を膨らませる。


「仕方ないでしょ! 馬車の音で聞こえないんだから。この先の山を進むの?」


 馬車の前方には、ゆるやかに登る細道が続いていた。その遠くには緑色の低い山が見え、あそこを超えると思うとメイベルは途方もない気がした。


「ばかいえ、遠回りするよ。だれが山越えなんかするんだ」

「どうして、楽しそうじゃない」

「山を舐めるな、世間知らず。山沿いの街道があるからそこに入る」

「ねえ、そいつに関所があるか聞きなよ」


 それまで大人しくしていたヘンジーが口をきいた。


「大丈夫、おれの言葉がわかるのは力のある人だけだから、そいつには聞こえない」


 メイベルはこくりとうなずいた。


「ねえ、ギディ。その街道に関所はあるの?」

「いや、そこにはないが、もっと奥に進んだところで、大きな道に入る。そこにはあるが、どうした。フクロウと喋れるくらいじゃ怪しまれないぞ」

「違うわよ」


 メイベルは言いながら、はじめて関所の危険さに気づいた。〈嵐追い〉は国の部隊なのだ。旅に浮かれている場合ではなかった。


「ねえ、どうにかして関所を避けられない?」

「あほか。不法侵入しろと?」

「ええっと、そうね。じゃあ、わたし関所の近くで降りる」

「どうしたんだ? お尋ね者じゃないだろう。関所になにがあるんだ」

「言えない」

「家族が犯罪者か?」

「違うったら」


 メイベルは急に焦りはじめた。〈嵐追い〉のことを思い出したからかもしれなかった。いやな感覚を思い出すと、心臓がばくばくと脈打ち、支配されかけた嫌悪感と憎悪で、心が乱れた。


「メイベル、落ち着いて」


  ヘンジーが軽く飛び、声をかけた。


「気持ちを鎮めて、メイベル」

「ありがとう、ヘンジー。だけど……」

「おい、お嬢ちゃん。思春期の女の子の事情は聞かないが、さすがに関所前の何もないない場所で降ろすのは後味悪いぜ」


 ギディオンが言う。


「今からでも家に帰るか?」


 ギディオンが馬の速度を落としたのを見て、メイベルは身を乗り出した。


「だめ、戻らないで! 関所を通らない方法なんてないわよね」


  ギディオンは黙って後ろのメイベルを見た。


「関所は通るぞ。おまえ一人のために犯罪おかすほど、世間は優しくないからな」


 メイベルはその言葉を聞いて冷静になった。


「わかったわ。ごめんなさい」

「いいよ」

「メイベル!」


  ヘンジーがとがめるが、どうしようもない。せめて捕まらないように祈るしかない、とメイベルは考えた。どうしようか考えあぐねているうちにも馬車は進み、そのうち雨がぽつりぽつりと降り始めた。


「雨か! 運が悪いな」


  ギディオンが叫んだ。馬車の帆の天井に、とつとつと雨の当たる音が響く。メイベルが空を見上げていると、ずっとそわそわしていたヘンジーが言った。


「メイベル。おれ、いやな予感がする。ちょっと見てくるよ」

「ちょっと、ヘンジー!」


  ヘンジーは馬車の横板に乗ると、さっと羽ばたいていった。


「フクロウ、逃げ出したか。残念だったな」

「違うわ。様子を見に行っただけよ!」

「そういうことにしておこう」


  ヘンジーが羽ばたくのは速く、あっという間に地平の向こうまで消えてしまった。雨がよりいっそうはげしくなり、これから土砂降りが始まることを予感させた。ヘンジーがいなくなるだけで、急に心細くなった。


「こりゃあ、まずいな。ちと、急ぐか」

「でも、ヘンジーが」

「放っておけ。おまえのペットなら、戻ってくるかもしれないだろう」


 ギディオンは戻ってくるとは思わないで言っているのがわかったが、メイベルは必ず戻ってくると思ってうなずいた。


「わかった。お願い」


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