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嵐が丘の娘  作者: ON
1章 〈嵐が丘〉からの逃走
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4.ギディオン

 ペンターと別れたあと、メイベルは追われている身ということを忘れて、町の雰囲気に酔いしれた。今日は休日らしく、道を行きかう人が多い。花を摘んだ馬車が通るとついそちらを見てしまうし、華やかなお菓子やパンが置いてあると欲しくなるのだった。


「メイベル、きみ、おれの努力をなんだと思ってるの」


 人がいるので静かにしていたヘンジーが、我慢できずに話しかけた。


「あんまり町って来れないのよ。楽しくて」


 ヘンジーはため息をついた。


「きみも年ごろだよなあ。だけど逃げた方がいいんじゃない。おれの術も万能じゃないからさ」

「そうね、ごめん」


 メイベルは後ろ髪引かれる思いで屋台から目を離した。


「だけど、どこに行けばいいのか見当つかないわ。北って、どうやって行くの?」

「知らないよ。それこそ、人にきけばいいじゃない」


 ヘンジーは呆れていた。


「アデイラはきみに何を教えたんだ」

「失礼ね。おばあちゃんはいろんなことを教えてくれたわよ」

「地理も移動手段も知らないくせに?」

「それは……丘からあまり降りなかったからよ」


 メイベルの声の勢いが落ちた。


「おれが言ってるのはそれさ。アデイラはきみを守りすぎだよ」

「たしかに……あまり丘から出させてくれなかったけど」


 ふもとまではよく降りたが、町へ行くことは滅多になかった。


「アデイラがきみを出さなかったのは、アンナのことがあったからだろうけどね」


 ヘンジーは肩をすくめた。


「アンナ? お母さんのこと?」


 メイベルは思わず反応した。母はメイベルを産んですぐに亡くなったらしい。顔も知らなかった。


「そうさ、アンナ。彼女は〈嵐追い〉に捕まった」

「そう」


 メイベルは押し黙った。生まれた時からいなかったから、母に特別な感情があるわけではない。かといって、まったく考えたこともないわけではなかった。


「……殺されたの」


 それだけ聞くと、ヘンジーは首をゆっくりと横にふった。


「詳しいことはおれにもわからない。でも、あいつらに捕まったんだから、ろくなことはされていないよ」


 ヘンジー羽をひろげてばさばさといわせ、首を振った。


「いまこの話はやめよう。おれにとってもつらいからさ」

「そう。ヘンジーはお母さんのことも守ったのね」

「そうだよ」


 ヘンジーは続けてなにか言おうとしたが、のみこんだようだった。しばらくふたりとも黙って町の通りを歩いた。おのおの、思いをはせることがあったからだ。やがてだいぶ歩いたところで、ヘンジーがご飯にしようと言いだした。


「私はいいけど、あなたは何を食べるのよ」

「なんでも食べるよ。肉だったらとてもいいけど」


 メイベルは屋台をながめて歩いていたが、めぼしいものを見つけて、道端にヘンジーを置いていくとそこにとんでいった。買ってきたのは、うすいパンに肉と野菜とタレをはさんだものだった。


「ちょっと! 動物商人に売り飛ばされるかと思ったよ」

「お肉、食べていいわよ」


 羽を広げて怒るヘンジーの声を無視してさしだすと、ヘンジーは目をまるくした。


「いいの?」

「うん。わたしはあまりお腹が空かないから、お肉がなくてちょうどいいの」


 ヘンジーはあっというまに肉をたいらげた。メイベルもパンを食べてしまうと、気分がよくなった。


「買い食いってけっこう楽しいのね」

「楽しんでる場合じゃないけどね」


 言いながら、ヘンジーの機嫌もよかった。


「また食べたいなあ」

「買ったときに、馬車を出してくれるところを聞いたの」


 メイベルは気を取り直し、スカートのポケットから小さく折りたたまれた紙を出した。


「もう少し歩いたところにあるって。ちょっとお金はかかるけど、仕方ないわね」

「馬車なら、うちのに乗ってくかい。そこの料金の半分だ」


 メイベルは、いきなり横にいた男に話しかけられ、びっくりして目をあげた。石壁に寄りかかり、帽子を顔にかぶせていた男だった。眠っているものだと思っていたが、立ち聞きしていたらしい。


「うん、場所もそこより近い」


 男はメイベルの持っている紙切れをのぞきこんだ。距離が近くなり、メイベルはあわてて身を引いた。男は、今度はメイベルの顔をのぞきこむ。茶髪で長身の、気安い雰囲気の男だった。年は三十前後にみえる。


「詐欺じゃないでしょうね?」

「まさか。俺は卸売の商人で、よく町を行き来するからついでに人の運搬もやってるのさ。だから安いんだ。荷台に乗ることになるから、座り心地はあまりよくないが」

「ちなみに、どこまで行くの」

「西の都市、ウィンバーまで」

「ウィンバーですって」


 メイベルは顔を上げた。男の、鳶色の瞳と目が合う。


「お、ウィンバーに用事?」

「いいえ……まあ、そうね」


 ウィンバーは、東の王都クアレールと対をなす、西の商業都市だった。メイベルは、大都市まで行けば何とか北へたどり着く手段もありそうだと考えた。


「ウィンバーまではどれくらいかかる?」

「一日もかからないさ。どうするかい。乗ってくかい」

「ええ。乗ってく」


 そばのヘンジーが何かいいたげな顔をしていたが、メイベルは見ないふりをした。何かあっても、ヘンジーがいればどうにかできるような気がした。


「そう。なら、来な。俺は親切だから、そっちのフクロウの料金はとらないことにするよ」


 彼はもたれかかっていた壁から起き上がると、歩き始めた。


「きみ、フクロウに話しかけていただろう。この辺には変なまじない師もいるから、それにひっかかったんだな」


 心配されたのだとわかって、メイベルは感謝していいのかどうか複雑な心境になった。


「そうなの……ありがとう」


一応礼を言うと、彼は手をひらひらとふった。


「あわよくば客になるかもしれなかったからな。実際そうなったし、気にするな」





 彼の名はギディオンと言うらしい。通りを歩きながら、メイベルは彼と話した。


「よくギディと呼ばれているよ。仕事してるのは大体ウィンバーだ」

「ウィンバーってどういうところ。賑やかなの?」

「俺は生まれた時からウィンバーにいるから、それが当たり前でどんなものか感覚的には分かりにくいんだが。でも、田舎に来ればウィンバーはでかい都市なんだなと実感するよ。お嬢ちゃんは、この町の生まれ?」

「そんなところよ」

「だったら、ウィンバーに来たら驚くかもなあ」


 ギディオンは空を仰いだ。


「良いとこもあれば悪いとこもあるが、だいたいは良いとこだよ」


 ギディオンはメイベルの顔を見ると、にやりと笑った。


「ほら、すぐ着いただろ。ちょっと支度をするから待っててくれ」

「手伝うわ」

「いい、いい。素人に手を出されちゃ困る」


 ギディオンがひらひらを手をふって消えていったのは、小さな倉庫のような場所だった。奥に荷物の入った木箱が積んであるのが見える。メイベルが倉庫の前で待っていると、ギディオンは馬の手網と、そこに繋げられた帆つきの大きな荷馬車を倉庫から運んできた。


「立派な馬車ね」

「田舎者だなあ。こんなの、ウィンバーじゃごろごろ走ってるし、これは小さい方だ。荷馬車ですまないな。だから賃金が安いんだ」


  馬車にはあまり荷物は積まれておらず、木箱が数えるほどしか乗っていなかった。


「あまり荷物はないのね」

「当然だよ。ウィンバーからこっちに卸したからな。中身は空だ。さて、乗り心地はあまり良くないが、乗ってくれ」


 馬車には薄い毛布が敷かれてあった。綺麗とは言い難いが、ありがたい。


「ありがとう」

「賃金分の働きをするまでさ」


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