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嵐が丘の娘  作者: ON
1章 〈嵐が丘〉からの逃走
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3.移動

  ヘンジーはびっくりするほどおしゃべりだった。フクロウがこんなにしゃべっていいものなのかと不審に思うほどだった。これが逃げるような心細い旅でなければメイベルは耳を塞いでいたところだが、今のメイベルにはちょうどよかった。


「おれはとても力の強い使い手だよ。ひょっとしたら兄より強いかも。勇敢さととぶ速さは兄のほうが数倍も上だけどね」


ヘンジーはメイベルの肩の上で胸を張り、いばった。


「あら、肝心なところが負けてるじゃない」


 メイベルはヘンジーに、いたずらっぽく笑ってみせた。ヘンジーは器用に首を傾げた。


「とぶ速さ?」

「勇敢さのほうよ」


 聞くとヘンジーはふん、と鼻をならした。


「兄と比べたらって話だよ。おれだってじゅうぶん勇敢なんだから」

「ふーん、そう?」

「さては信じてないんだな」


 メイベルは、話の聞き手になっていることが新鮮だった。祖母といると、いつもメイベルが話し手になるので、聞き役になることがないのだ。小さな弟ができたようで楽しかった。


「それよりヘンジー、ペンターさんという人の家を探してるんだけど」


メイベルは何度目かわからない質問をした。聞いても聞いても、別のことに話が逸れていくのである。


「きみはしつこいなあ。もう着いたよ。あそこだ」


いちおう覚えてはいたらしく、ヘンジーは片方の羽で右側をさした。遠くに、黄色い屋根の家が立っており、メイベルは祖母と訪れた日々のことを思い出した。


(そうだわ。あの黄色い屋根だった)


黙り込んでしまったメイベルをみて、ヘンジーも黙った。メイベルは柵のうちへ入ると、小道をすすんで、家のドアの前に立つと、少しためらったのちノックした。


「ペンターさん、いらっしゃいますか。メイベルです。〈嵐が丘〉の、アデイラの孫です」

「どうしたのかね」


まだら髭の老人が、家の横から顔を出した。





「そうか。それは大変だなぁ」


  ペンターは声をはりあげてメイベルに言った。馬車のがたがたした揺れと、馬のひづめの音で聞こえなくなるからだった。馬車はペンターが御し、メイベルの周りの、山積みのニンジンや春キャベツ、名前のわからない葉野菜がはねた。ペンターには、仕事を探して町へ行くと説明した。メイベルのかたわらで、ヘンジーは目を回しそうにしていた。


「きみも働きに出る年頃か。そういえば、アデイラさんは元気かね」

「ええ……」


 メイベルはせいいっぱい元気に答えようとしたが、どうしても力が入らなかった。ペンターはそれを察してか、別の話に切り替えた。


「最近の人はみんな町へ出るからね。メイベル、きみも元気のある女の子だから、いつかは町へ出るのじゃないかと思っていたよ」

「そうなの?」


 メイベルは目をまるくした。町に憧れはあったが、丘を出るとしたらずっと先のことだと思っていた。 

 もっとも今は、丘にいた理由がちゃんとあることがわかったわけだが。


「若いうちは、こんな田舎にいたってつまらないだろう」

「そんなに感じたことはないわ」


 丘は平和だった。家事や祖母の稼業の手伝いをしていればそれなりに忙しかったし、ふもとから少し行けば町もあった。ペンターは朗らかに笑った。


「そりゃあ、町に暮らしたことがないからさ。出たらきっと戻れなくなるよ」

「おじさんは出たことがあるの?」


 ペンターはこくりとうなずいた。


「二十年くらい前までは、町で暮らしていたよ」

「そうなの。全然知らなかった」


  彼はずっとここにいるものだと信じ込んでいて、別のところに住んでいたことがあるなんて思いもしなかったメイベルは驚いた。


(丘だけが世界ではないんだわ)


 メイベルはそっとひざを抱えた。こんな当たり前のことに、今更気づいたことが悲しかった。馬車は延々とすすみ、いつの間にかメイベルは野菜の隙間に体を横たえて、眠りこんでしまった。メイベルの小さい頃から知る人と会って、気が緩んだせいもあった。


 どれくらい眠っただろうか。メイベルが目を覚まして体を起こすと、遠くに、低い石門と、その奥にオレンジ色の屋根がたくさん集まっている町が見えてきた。今走っている道が、そのまま門に続いており、もうまもなく到着するのがわかった。


「ちょうどよかった。起きたね」


 ペンターがやさしく声をかけた。


「メイベル、きみは町のどのあたりまで行くのかね。私は中央広場まで行くが、そんなに遠くなければ送っていくよ」

「いいわ、ありがとう。町の入口でおろして」


 ペンターは片手をあげた。


「気をつけてな。女の子ひとりだから気をつけるんだぞ」

「ひとりじゃないわ」


 メイベルは笑ってみせた。


「ヘンジーがいるもの」


 メイベルのかたわらで、酔って機嫌を悪くしたヘンジーがほう、と不満げに鳴いた。


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