4.樹木の城
青い精霊に案内されたツリーハウスのウッドデッキに一人。
蔦の模様が彫られた重厚な両開きの扉の前で、暫しの逡巡の後に観念して扉をノックする。
―コンコン
誰の気配も感じないし誰も出てこない。
もう一度ノックしてみるが、やはりなんの返事も無いので少しドキドキしながらも蔦の装飾が施された扉を開く。
外観はお洒落なツリーハウス(1階建て)といった感じだったが、中はとても広くなっており、樹の中に入っているとしても明らかに奥行がおかしい。
玄関ホールの中央に存在感のある大きな階段が途中から左右へと伸び、上階にも部屋があるようだ。
天井からはカスミソウをひっくり返したような独特な形のシャンデリアの明かりがついている。
木の上という事を除けば、貴族のお屋敷や城といわれても納得出来る雰囲気がある建物にそっと足を踏み入れてみる。
「こんにちは~???」
奥に向かいビクビクしながらも呼びかけるがやはり答える人の姿も声もなく、あちらこちらに光源のわからない温かみのある明かりがあるだけで館の中はしんと静まり返っていた。
恐る恐る進みながら一先ず玄関ホール中程の所まで歩いていくと、急に背後から声がかかる。
「お迎えが遅くなり大変申し訳ございません、お帰りなさいませ我らの王よ」
「は、初めましてっ!えっと、あの、怪しいものでは…」
思わずビクっとしてしまい、恐る恐る振り返ると、そこには濃いグリーンの足首まであるワンピースにエプロン姿の人がスカートを軽く持ち上げてお辞儀をして居た。
一応第一村人ならぬ第一精霊?に案内されて来たわけだが、勝手に入ってはいけなかったかもと慌てて弁解をしようとして、そこでふと先程の言葉を反芻する。
「王??」
すると頭を下げたままのメイドさんらしき人がそのままの姿勢で答える
「はい、あなた様は我々精霊達の王にしてこの世界になくてはならない大切なお方でございます。皆があなた様のご降誕を心待ちにしておりました。」
「えっとその辺のお話を詳しく!というかもうお辞儀とか大丈夫ですからっ」
何か聞き捨てならないことを言っているメイドさんらしき人に慌てて近寄ろうとしたが、居住まいを正したメイドさんが軽く飛びながらこちらに来るほうが早かった。
正統派メイド服のメイドさん初めて見たなぁ⋯なんてくだらない事が頭をよぎるが、今はそれよりも自分の存在について知っていそうなこの人に情報を聞く方が先かと、とりとめもない思考は頭の隅に追いやった。
彼女はそのまま再度目の前までやってきて再び深くお辞儀をした後、「一先ずお部屋へ」と邸内を先導してくれたので有難くついていく。
メイドさんを前にしてホイホイついて行く以外の選択肢はありませんよ?
王と言われたのには困惑したけど、とりあえず不法侵入で捕まる事はなさそうで安心しましたしね。
「こちらが王の居室でございます。お気に召さない所が御座いましたら何なりとお申し付け下さいませ。」
案内された部屋は今まで暮らしていたアパートの部屋の3倍以上あり、今いる応接間のようなスペースの他、執務室、寝室、クロークに繋がる扉があるようだ。
一通り部屋の説明をしてもらい、最初に案内された応接間の高そうなソファーにぎこちなく腰かけると、ノックの音がして先程花畑で見た精霊よりやや大きい身長の、緑の服を着た精霊が一礼してワゴンを押してくる。
「どうぞ・・お召し・・あがり・・ください・・ませ」
先程の青色の子より少し大きいからか、単語のみだった先程の子よりは会話が出来そうだなって思ったけど、水差しからグラスへ甘い香りのする水を注いだら一礼して戻って行ってしまった。
「それで、私が王というのは‥というか此処は何処であなた方は…精霊?ですか??」
正直部屋の豪華さやそれが王の(自分の?)部屋と言われた事に圧倒されて流されていたけどそんな場合ではなかった。
そう思って改めて話始めようとするも、聞きたいことが多すぎて上手くまとまらない。
とにかく此処がどこか自分が誰なのか、そもそもいつから何故ここに居るのか、分からないことが多すぎて何からどう聞いていいやら。
しかもソファーセットの横に立っているこの女性を改めて見ると、濃いグリーンの髪に新緑の瞳、感情が殆ど見えない端正な顔立ちがとても美しくて、そんな人(?)が自分に傅いている事実に更にクラクラしてくる。
「私はこの“創成の樹”の精霊でございます。ここは創成の女神様がお造りになられた星、“アルリシャ”といいます。女神様はまずこのアルリシャの星を形成し、先代の精霊王様を生み出され、その後私共のような様々な属性を司る精霊を精霊王様の補佐として創造されました。」
「世界の維持?」
「はい。精霊王様のお力でこの星の内にある力を大気へと循環させることで、星に住まう全ての生き者達へ等しく分け与えるのです。また役割を終え、時に瘴気へと変質した星の力を再び星へと還す事で浄化を行います。星の力は生きとし生ける全ての者に必要な力であり、生き物を形作る基礎となります。更に星の力が同じ場所に滞留しますと、その場に徐々に力の淀みが生じます。我々精霊種はそういった星の力の停滞を防ぎ、星の力の循環を促す役割が御座います。」
なんだか壮大な話であるが…なんとなく精霊王は水槽に付いているろ過機のようなもので、精霊達は水流をサポートするものなのかと理解した。
我ながら発想が貧弱だが仕方ない。真っ先そんなイメージが浮かんだのは子供の頃に金魚すくいで残念賞に貰った金魚を10年以上世話していたのでその影響かしら。
金魚って意外と長生きするし大きくなるのよねぇ…水もすぐ汚れるし…家族が貰ってきたりして、毎年増えたり減っていた金魚だけど、最初に貰ったあの子だけが最後までしぶとく生きていたのよね。
結局何年生きていたのかしら?
って、そんな事はどうでもよくて!
「えっと、とりあえず私がその精霊王サマってこと?なんの力も感じないし、星に還すっていうのも全然分からないんだけど?」
つい脱線してしまう思考を切りかえて質問をすると、目の前の端正な顔立ちが少し困惑したような申し訳なさそうな顔になる。
「そちらに関しましては恐らく今代の精霊王様が生まれるに至る経緯が関係してくるかと…」
-少々長い話となりますが…そう言って創成の木の精霊さんはこの星の歴史を語り始める。