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スポドリ

作者: No-Kin

 おれが中学生の頃の話し。

 おれは陸上部に所属していて、あれは真夏の遠征のときだった。

 田舎の市民グラウンドでの練習。おれたちは木陰に荷物を置いて、各種目ごとに走り込みなんかをやってた。

 ほんとに暑い日で、親たちも応援? 当番?で、何人か来ていた。その親たちの差し入れで、スポドリがあった。

 名前を出したらアレだろうけど、一番有名なスポドリ。粉を水と氷の入ったでっかいウォータージャグに溶かして、それを休憩時間に飲めた。

 冷たくて、暑い日には最高にうまかった。おれもガブガブ飲んだ。


 部員に、同級生の女子がいた。(仮にA美とする)


 A美も、当然、差し入れのスポドリを飲んでた。

 おれは別にその様子を見てたわけじゃないんだけど、それを飲んでたA美が、突然、倒れた。

 熱中症か、と顧問が手当てしようとしたけど、その苦しみ方が尋常じゃなかった。

 泡ふいて、白目むいて、喉をかきむしってた。空っぽの胃の内容物を全部吐いたみたいな、水っぽいものを出しまくって、のたうち回って、そのせいで練習着が泥だらけになってた。

 顧問はパニックだった。震えて泣く女子や、悲鳴を上げる男子もいた。おれはそんなに苦しむ人間を初めて見た衝撃で呆然としてしまった。とにかく凄まじい形相でA美は苦しんでた。


 救急車が到着するころ、A美は少し落ち着いたようで、木陰でタオルで顔を覆って苦しそうに泣いてた。別の女子が顔を拭いてあげたりしてた。

 当然、それ以降の練習は中止になり、おれたちは帰ることになった。


 荷物をまとめてるとき、おれはふと気づいた。

 市民グラウンドは山麓にあって、おれたちが陣取ってた木陰はまさに山がすぐそこに迫ってた。

 その木陰の端に、祠? 石碑?みたいなものが、ひっそりとあった。目には入るだろうけど、だれも気にしないような、小さくて目立たないものだった。

 まだバスが来るまでは時間があり、おれは何気なく近づいてみた。


 やはりそれは、祠と、その所以が書かれた石碑だった。その内容はこうだ。

 昔、ここの裏山が嵐によって崩れ、鉄砲水で多くの犠牲者が出た。この祠はその水害犠牲者の慰霊のために建てられた、と。


 ちなみに、あれだけ苦しんだA美は、病院で検査したら、特に異常はなかったらしい。


 数週間がたって、夏の最後の遠征に、またあの市民グラウンドでの練習があった。

 前回とはだいぶ日にちが開いてたし、あんなことがあったってことも、みんな忘れかけてたと思う。何より、A美は翌日には元気になったそうで、それ以降、至って普通だった。

 おれたちは前回と同じ場所に荷物を置き、また親たちからの差し入れて、同じスポドリが出た。

 ちなみに、そのときの当番の親は、たまたまだが、うちのおかん、A美のおかん、そしてもうひとり、だった。

 前日の夜、うちのおかんはこういってた。


 A美さんも大変だったけれど、彼女のお母さんもすごく可哀想なのよ、って。

 なんでも、A美の父は建設作業員で、浮気癖なんかもあったみたいだけど、数年前に仕事中の事故で亡くなったらしい。

 A美母は、そんな大変な状況を乗り越え、今はシングルマザーとしてA美を育てながら、仕事とかPTAとかをがんばってるそうだ。

 そんなA美母をうちのおかんは、尊敬してる、と。

 おかんいわく、A美母は、前回あんなことがあった同じ市民グラウンドでの練習、ということで、今回の当番を志願したんだそうだ。A美が心配なのだろう、と。


 市民グラウンドでの残暑厳しい練習の横で、うちのおかんを含めた3人の親が共同で、差し入れのスポドリを作っていた。そしてできあがったものをA美母は味見したらしい。要するに毒見だろう。

 でも、毒なんて入っていないのは明らかだ。だって、前回は、おれを含めた部員全員があのスポドリを飲み、A美以外は何ともなかった。今回だって、3人もの人目があるなかで、何か細工なんてできっこない。


 それより気になるのは、ちょっと不気味な、あの祠だ。


 いつかA美とたまたま帰りのバスでしゃべったとき、彼女はいってた。

「あたし、霊感あるのかも」って。

 なんでも、A美父が亡くなった後くらいから、家の中にだれかの存在を感じることがあるらしい。それは父なのかもしれないが、道路や川とかでも、通りたくない、という嫌な場所ができてしまったのだとか。

「今朝も急に体調悪くなっちゃってさ… なんかお母さんが…」


 おれははっと我に帰った。またしてもA美が倒れた。

 喉の渇きに耐えられなかったのか、ごくごくっと飲んだ直後、まるで噴水のようにA美は吐いた。前のめりにうずくまり、獣のような声で唸った。地面に胃液がぶわーっと広がっていき、まるで内臓すべてを戻してしまいそうにほどに。

 A美母がパニックになった。金切り声をあげ、A美を抱きしめた。彼女も吐瀉物まみれになったが、A美のえずきは終わらない。白目をむき、いったいこの体のどこにこんなに吐くものがあったのかという位に。

 おれたち部員も大混乱になった。逃げ出す男子、泣き出す女子。過呼吸で倒れる者も。運の悪いことに、顧問はグラウンドの事務所に何かの手続きに行ってて不在だった。

 うちのおかんが救急車を呼んだ。A美は憑りつかれたような獣みたいな形相でのたうち回ってた。吐く、というより、吠えていた。人間とは思えなかった。

 おれも、今でこそこうやって書いてるが、人が死ぬ瞬間を目撃するようで、寒気に震えてた。でも目の片隅に、あの祠は入ってた。どうしてもそれが気になってた。


 救急車が来るまでが永遠のように感じた。隊員はやはり冷静だった。震えるばかりで何もできないおれたちをよそに、迅速に処置を施し、A美、付き添いの母親を乗せた救急車は行った。

 おれたちはぐったりだった。起こったことを理解できず、涙で腫らしたうつろな目で身を寄せあっていた。


 おれはどうしてもあの祠が気になっていた。水害犠牲者の慰霊のための祠…


 事態は警察沙汰にまでなった。A美母が通報したらしい。あのスポドリの中身が調べられることになった。おれたちも事情を聞かれたりし、帰ることができたのは夕方だった。

 後日。当然だが、スポドリの中身に不審点はなかったと判明した。事件性はどこにもなかった。A美は精密検査をされ、結局どこも悪いところが見つからなかった。

 うちのおかんは、A美さんも、お母さんも、本当に気の毒だ、と家で泣いていた。


 おれは密かに、あの祠について、またそのきっかになった水害事故について、ネットで調べてみたりもした。

 A美は、自分を、霊感が強いかも、といってた。

 水害犠牲者の霊が、スポドリを飲んだA美に何かの作用を働いたとしたら…


 後日、A美母が逮捕された。

 おれは信じられなかった。だってA美母は最初のときはグラウンドにいなかったし、二回目のときもA美を心配して付いてきて、スポドリの毒見をし、A美が倒れたら自ら警察に通穂したのだ。A美に何かするとは思えないし、そもそも不可能だ。現にA美は精密検査の結果、何も問題なかったじゃないか。


 ところが、その容疑は、亡くなった夫(A美父)に対する暴行容疑だった。

 建設作業員の夫に持たせていた水筒に、日常的に少量ずつ、毒を入れていた疑いだった。ちなみに、水筒の中身は、夫の汗をかく仕事上、決まってスポドリだったらしい。

 警察は、それで少しずつ体調を崩した夫が、建設現場で倒れて死亡した、と見立てたそうだ。浮気癖のあった夫を恨んでの犯行だった、と。


 ちなみに、A美は親戚に引き取られ転校し、いまはどうしているのか…


 あれから捜査や裁判で数年かかったが、結局、暴行のみで、殺人での立件はできなかった。何しろ夫が死亡したのはもう何年も前のことであり、殺人容疑にはできなかったそうだ。


 では、A美がスポドリを飲んで倒れたのは、なぜだったのか。

 A美母は、夫のスポドリには毒を混ぜていたが、陸上部員に差し入れたスポドリには混ぜていない。あれは全く無害の飲み物だったではないか。


 これはあくまでおれの推測だが、A美は、父のスポドリの水筒に毒を入れる母の様子を、幼いながらも見ていたのではないだろうか。

 それが毒、とは認識していなかっただろうが、体に良くないものではある、と本能的か直感的か、感じ取っていたとしたら?

 だから、中学生になってあのスポドリを飲んだとき、体が防衛反応を起こした?


 いまさらだが、もうひとつ思いだしたことがある。


 陸上部員だったころ、いつかのバスの車内で「あたし、霊感あるのかも」といったA美は、こう続けていた。

「今朝も急に体調悪くなっちゃってさ… なんかお母さんが…「やっと死んだ。やっと死んだ」っていいながら、あたしのお弁当作ってたもんだから…」

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