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『天使はどっちだ』その後は‥?

天使はどっちだ

作者: なかな




「はぁー、なんて麗しいお姿なの!光を纏ったようなプラチナブロンドの髪に、夕暮れ空を写したような憂いを帯びた藍の瞳。ほっそりとした鼻梁から顎にかけての芸術的な曲線美。ふっくらと薔薇の花弁のように咲き誇る赤い唇。ふっふっふっ、全てが完璧でこの世に降りた天使様だわぁ!」


私こと公爵家の娘、アストリット バーンは声高にこの世に降り賜うた尊い存在について語りたいのだ。



全ては年初め、王太子の宣明が行われ姿絵が広まった事から始まった。

国民の間では王太子が描かれたポスターや、マグカップや絵皿などのグッズに至るまで、柔和な表情の麗しい王太子のお顔が付いたものが大流行りしていた。


公爵家の娘とはいえ、貴族のお茶会よりも市井を歩く事が好きな私は、お忍びで出かけた際にそのお姿に一目惚れをし、グッズを買い漁ったのだ。

私室ではサイドテーブルを利用して祭壇を作り、所狭しと王太子様のグッズを祀っている。


「今日1日の活力をありがとうございます、アヴェル様」

王太子様の御名をお呼びする事を心苦しく思いながらも、此処だけの事とニンマリと笑みを溢す。


「何気持ち悪い顔で笑ってるんだ」


2つ年上の兄、マーセルが意地悪い顔でこっちを見ている。


「気持ち悪いとは失礼じゃない?王太子様への敬愛が溢れているのに!」


次男のマーセルは今年の春にパブリックスクールを卒業し、今は文官の見習いをしている。在学時は寮に入っていたが、今はタウンハウスから時折登城するだけなので、妹に絡むぐらいには暇らしい。


「ああ、そういえば今日はウィルが来るんだった。アスターはどうする?」


アスターとは私が男装する時に使っている名前だ。

来客があると私は遠縁の幼馴染アスターとして振る舞い、何食わぬ顔で屋敷内で過ごすことにしている。令嬢らしく和かに微笑んでいると花だの何だのと貰いめんどくさい。


「アスターは行くよ。ちょっと準備がいるけど」


「そうか、よろしくな。ウィルもアスターに会いたいって言ってたからさ」


「そっか、それじゃ剣の準備もしておかなきゃね」


ウィルはマーセルがパブリックスクールに通っていた時からの友人だ。

在学時から長期休暇などは時折我が家に来て、カードゲームをしたりと遊んでいる。もちろんアスターとしての私もその際にはちゃっかり一緒に遊んでいるのだ。


王都で社交しようものなら、その後に届く手紙やプレゼントへのお返事が手間になる。気軽に会って話すだけとか遊ぶだけとか、子どもの頃の様には過ごせないのだ。


男装して気兼ねなく過ごせる時間が心地よい。


ウィルは剣の腕が立つので、来るたびに打ち合いの稽古をつけてもらっている。令嬢である私だが、幼い頃は領地にあるカントリーハウスで剣技に乗馬と兄たちに混ざって学んでいたので、武芸は得意だ。


お母様は呆れていたけれど、娘の扱い方が分からなかったお父様には丁度良かったらしい。お父様との剣の手合わせはよくやった。おかげで上のお兄様には勝てないけれど、マーセル兄様には勝てる自信がある。


ウィルもマーセルでは相手にならないので、室内の遊びに飽きてくるとアスターに剣の相手を頼んでくるのだ。


アスターとしての私が必要とされているのは正直嬉しい。



 ◇ ◇ ◇



若草色のドレスを脱いで、胸に布を巻きつける。細身の体には不釣り合いな大きさの胸だが、布を巻いてシャツを羽織れば立派な胸板に見えなくもない。


新緑の色だと言われる瞳の色も、長いまつ毛に縁取られた猫目を化粧さえしなければ男の子に見えるだろう。


緩くウェーブした、肩下までのヘーゼルカラーの髪を青いリボンで結ぶ。


焦茶色のトラウザーズと皮のロングブーツを履けば美少年の出来上がりである。



「お待たせ!ウィル、久しぶりだね」


「ご無沙汰してすまなかったね、アスター」


長い前髪の隙間から見える灰色の瞳が優しく揺れる。

ウィルは恥ずかしがり屋なのか前髪で顔を隠している。

栗色の髪がフワッと目元を隠しているだけなので、重苦しさは無い。


細身で中性的な容姿だが、剣技に優れている等日頃の鍛錬のせいなのか、近くにいると圧を感じる程には存在感がある。


「2ヶ月程領地を巡っていてね、視察や陳情を聞いたりと忙しくしていたんだ。これでしばらくは王都を離れずに落ち着けるよ」


ウィルは広い領地を持つ家の長男で、卒業後は領地を継ぐ為に勉強しているらしい。社交をしない令嬢の私は家名等聞いても分からないので、詳しく聞かないでいる。


「それは大変だったね。田舎貴族の僕には知らない事が多いけれど、ウィルは努力家だよね。家を継ぐ為にいつも頑張っているだろ?マーセルみたいに適当にサボるとかしないだろうし」


マーセルは最近、街の治安が悪い地域に足を頻繁に運ぶようになったのだ。

お忍びで街歩きを楽しむ私が目撃しているのだから間違いない。


「別にサボってなんかいねーよ。面倒な事を押し付けてくる奴が‥」


「アスター、暫くぶりに手合わせをしよう!」


マーセルの言葉を遮るように言うウィルの耳は何故か少し赤かった。



 ◇ ◇ ◇



「ちょっと腕が落ちたんじゃないか?動きも遅いし隙だらけだぞ」


私が打ち込む剣を薙ぐウィルは、汗ひとつかいていない。


「ウィルが暫く来なくて稽古相手がいなかった、から、です」


息も途切れ途切れに憎まれ口を叩いてみるが、何故かウィルの目元が赤く染まる。


「あー、休憩だ、ちょっと休憩にしよう」


手応えのない打ち合いに飽きてしまったのか、ウィルが止めとばかりに両手を前に出す。

仕方なく私も汗を拭いながら木陰のベンチに座った。


我が家の裏庭は季節毎の花が楽しめる庭園だが、その一角の馬屋に続く敷地には剣技の鍛錬が出来る程度の敷地がある。秋に咲く薔薇が庭を彩っているが、風の冷たさから見頃はもう終いだろう。


ベンチに並んで座ったウィルがこちらを見ずに話しかける。


「そういえば王太子様の近衛を新しく募っていたぞ」


王太子の名前に心臓がドクッと跳ね上がる。


「えええっっ!」


「なんだ、そ、そんなに意外だったか?近衛を増やすのはおかしな事ではないぞ。辞める隊員もいるし、補填が必要だろう」


王太子いうワードは私にとって禁句だ、平常心が保てない。


「どどど、どうしてそれを僕に?」


ど、どうして私に王太子様の話を?


「オスカーは剣の腕が立つし見た目も良いから近衛向きだと思っていたんだ」


「田舎貴族の僕に近衛なんて務まりませんよ」


「近衛は公募じゃなくて推薦なんだ。マーセルは侯爵家の人間だろう?身元保障と推薦するくらいは頼めるはずだ。私も推薦人となるよ」


「こ、近衛に推薦してもらったら、王太子様にはお目通りできるのでしょうか?」


「推薦された人物を一同に集めて選抜する際には王太子様もいらっしゃるからな。例え近衛にならなくともお目通りは叶うだろう」


お、王太子様にお会いできる、だとぉ。


「や、やりますっ。近衛、是非受けさせてくださいっ!」



 ◇ ◇ ◇



ウィルに近衛選抜のことを聞いて浮かれた私だったが、急に不安に襲われた。


私が男装している子娘だと知らないウィルは近衛に推薦してくれると言うけれど、もし採用されて女だとバレたらどうなるのだろうか?

王家を謀った罪でウィルと我が侯爵家が罰せられる事に恐怖を覚えた。


「マーセル兄様、私が近衛選抜に出たらお家罰せられますかね?」


マーセルの眉間に皺が寄る。


「まぁ、言い出したのはウィルだしな。そんなに心配しなくても良いと思うぞ」


ウィルは近衛に知り合いでもいるのだろうか?選抜の事も教えてくれたし。


「あと、近衛はみんな見栄えが良いからな。身長が高くないと採用されないはずだ。特に規定には書かれていないがな」


「近衛選抜だけ出て採用無しの逃げ切りを狙います!」


王太子様に会えると再び浮かれた私は、私室に戻り祭壇の前でニヤつくのであった。



 ◇ ◇ ◇



「ウィル君さぁ、うちの妹に何を吹き込んじゃってるの?」


カードを1枚捲りながらマーセルが不機嫌そうにぼやく。


「あぁ、近衛の隊服、似合うと思わないか?オスカーに」


長い足を組み、客間のソファーで優雅に寛ぎながらウィルがカードを1枚場に捨てる。長い前髪の片方が耳に掛けられ、いつもは隠れている額から鼻筋の美しい曲線が見える。


公の場以外では目立つ金髪は茶色に、王家独特の藍色の瞳は灰色に変えている。王家に伝わる秘薬はいくつかあるが、お忍び用としてよく使われる単純な色変え薬だ。


「一応、オスカーが侯爵令嬢だと知ってて言ってるわけだよね。見事に男の子に成り切っているけれど」


「そうだな。頑張って男装しているけれど、時折見せる柔らかな笑顔は今まで会ったどこの令嬢よりも可愛らしいな。相手を思いやる言葉を選べる所なんて正しく天使だ」


そう言い微笑む美丈夫こそが宗教画に描かれる大天使のようだ。


「だから、面白がってないで普通に求婚でもしてきたら良いんじゃない?うちは断れないんだからさ」


流石に妹を近衛に推薦したくないマーセルは止めたくて必死だ。


「私はただ、誰にも邪魔されずにオスカーである、アストリットと過ごしたいだけなんだ。婚約者に指名したら何処から横槍を入れられるか分からないし、そもそも剣の手合わせも出来ない」


「確かにバーン侯爵家が王家と懇意になって面白くない奴らはいるからな。アストリットも病弱と偽って領地に篭ったり夜会をサボったりして社交慣れしていないから、他家の令嬢から攻撃されたら一溜りもない、って剣の手合わせが理由ってなんなんだよ」


「剣を握って、必死な顔で見つめてくるオスカーが堪らないんだ。小さな唇から息をこぼして、時には強く口を引き結んで全神経を集中させて向かってくる。あの小さな体に懐へ踏み込まれた時のあの戦慄。しまったと思う気持ちと、このまま打ち取られてしまいたいと思う誘惑の間で、彼女の存在は唯一であると感じるんだ」


「そういうこと言うの、俺の前くらいにしてくれよアヴェル様‥」


いつもは冷静沈着なウィルの激白はマーセルを黙らせるくらいには効果があった。


「それはそうと、何故オスカーはあんなに近衛と聞いて騒いでいたんだ。近衛に知り合いでもいたのか?」


嫉妬を隠すことも無く、眼光を鋭くしたウィルが睨んでくる。


「あ、いや、知り合いとかじゃなくて。ウィルは知らない?最近のアストリットの流行り?って、あーそうか、知らないか祭壇とか」


マーセルはウィルに近づき、最近のアストリットの奇行とも言える王太子の姿絵への執着について話して聞かせるのだった。



 ◇ ◇ ◇



「そうか、だとすると強気に出ても大丈夫かな」


知的な灰色の瞳に怪しい光が輝く。


「もっと近くに置いても大丈夫かな。その方が身バレせずに囲えそうだし」


ブツブツと呟くアヴェルの言葉を聞きながら、既に囚われたも同然の妹に同情するマーセルだった。


「ま、両思いと言えなくも無いし何とかなるでしょ。精々驚いた妹に逃げられない様にしてくださいね、アヴェル王太子」


「逃げられないように手は打つさ。先にウィルの姿で出会って布石を打っていて良かったよ。崇められたままでは恋人になれないからな」


「お互いに正体隠してるのに余裕かよ」


呆れつつも上手くいくことを願うマーセルだった。



 ◇ ◇ ◇



王城の磨かれた床を鳴らして歩く。

今日は待ちに待った近衛騎士選抜の日だ。


本当は着飾って来たかったが、近衛選抜は実技試験で打ち合いを見せるものなので動きやすい軽装と言われてしまった。


いつも通りのブラウスにベスト、髪をまとめるリボンは王太子の瞳の色を意識して藍色を選んでみた。もうこれだけで気合いは充分。待っていてください王太子様っという感じだ。


案内された中庭に行くと、既に数人の若者たちが集まっていた。

王都の貴族にほぼ面識は無いので、先に来ていた人達が私を見てヒソヒソと話し合っている。家柄により序列があるので詮索をしているのだろう。


社交の場では上位貴族から声を掛けるのが普通だが、今回は近衛騎士になるべく集まった言わば同僚になるかもしれない相手同士だ。話しかけるのも失礼にはならないだろうと思ったのか、その若者たちが私を取り囲む様に近寄ってきた。


声を掛け挨拶でもしてくれるのかと待ち構えていたのだか、何故か皆が私を取り囲んだまま固まってしまっている。「あ、あっ‥。」言葉にならない声を飲み込んで、横目で隣とアイコンタクトまで取り始めた。


気がつけば背の低い私は皆に取り囲まれて因縁を付けられているような状態になっている。


このままでは選抜試験を受ける前に、王太子様に会う前に、不甲斐ない不適任な人物として追い出されてしまうかもしれない。


怯んではいけない、逃げては駄目だと己を奮い立たせ、先手必勝とばかりに元気よく挨拶を繰り出す。


「初めまして!バーン侯爵家からの推薦されたオスカーだ。よろしくね!」


美少年すぎるオスカーの笑顔は、無防備だった若者の心に早くも一撃を喰らわせてしまった。


オスカーの自己紹介を受けてから、我も我もと挨拶の先を争う若者達の醜い小競り合いが始まった。


騒々しい喧騒を一際通る声が遮る。


「今日はよく集まってくれた。私にも自己紹介をしてくれたまえ」


その声をウィルか、と思った。

何度も聞いた声。でもこんな声の張り方をウィルはしない。

もっと優しく笑って、語りかけてくる様にウィルなら話すから。


皆が注目する先にいた人物。

その人こそが金色の髪に藍色の瞳を持った、麗しい大天使のような人、王太子その人だった。



 ◇ ◇ ◇



先程から、音がよく拾えないでいる。


目の前にいる王太子の姿から目が離せず、聴力が疎かになってしまったようだ。


絵姿ではない本物の王太子は、存在するのも不思議なくらいに輝いて見えて、肌も髪の毛も、まつ毛の一本まで全ての曲線が美しく神々しかった。


目を離せないくらい見ていた筈のなのに、気がつくと涙で霞んでよく見えなくなっていた。


あ、会えて良かった。本当に、本当に尊い。

神様ありがとう。この世に、この時代に産まれて本当に良かった。


推しに会えた事を堪能しつつ、もう思い残す事はないと気合を入れる。

これからは、ある意味御前試合だ。無様な姿は晒したくない。


指揮官が読み上げていく対戦順の名前に耳を傾ける。

どうやら、トーナメント式らしく勝ち進んで行けば良いようだ。


私は読み上げられた名前に大きく返事を返して、前へと進み出た。


 ◇


日頃の鍛錬の成果で威圧感でも出ていたのか、私の対戦相手は私と目が合うと気を乱して小さなミスを連発した。


私のような小柄な体格の人物に追い詰められるのが屈辱なのか、皆赤い顔をして荒い息を上げていた。


途中、王太子が絶対零度の表情で試合を止めに来たことが意外だったが、剣の実力さえ分かれば良いのだろうし、トーナメント形式にはそれほど意味はなかったのだろう。


結局、その場で採用の表明はされず、結果は後に個別に伝えられる事となった。



 ◇ ◇ ◇



「えっ?侍従として採用?」


身長が低いと近衛の採用にならないからと聞いて受けたのに、まさかの従者としての採用とは。


「模擬戦を見ていた王太子様がアスターを気に入ったんだって。身近に使える従者が剣も使えるなら警備面でも良いからね」


「私が女だってバレちゃったら、推薦した公爵家もウィルにもお咎めがあるでしょ?何とかお断りはできないの?」


我が侯爵家だけでなく、ウィルにも迷惑をかけてしまうと慌てる私を前に真顔になったマーセル兄様がため息をつく。


「決定を覆すのは無理だよ。正式な採用通達がバーン侯爵家に来ているからね。バーン侯爵家宛に」


ヒラヒラと片手を上げて採用通達書を見せるマーセルに、絶望しかないアストリットだった。


「バーン侯爵家に宛名も無く王太子従者採用決定とだけの文面なんて、驚く程にガバガバ過ぎる通達だろ。アストリットにこんな書類見られたら間違いなく怪しまれる。書類は見せずに口頭で侍従採用とだけ伝えて来いって、本当に無茶振りが過ぎるだろ‥」


登城しても、自宅に居ても無茶な仕事を振ってくる王太子の顔を思い浮かべながら、1人呟くマーセルなのだった。


「実は、天使の仮面被った魔王だろアヴェルの奴」



 ◇ ◇ ◇



アヴェル王太子の侍従として働き始めて1週間、ひと通りの仕事を教えられた私は今、着替えの手伝いをしている。


王太子様のお姿が目に入ると眩しくて半径1メートル以内には近寄る事も出来ないので、今は頑張って薄目を開けてギリギリ見えるか見えないかの所での作業中だ。


もちろん粗相があってはいけないので、全神経を研ぎ澄まして、お邪魔にならないよう手早く動いてる。こんな所で武芸のセンスが役立つとは思わなかった。


「はははっ、くくくっ」


何やら笑い声が聞こえる。思わず目を大きめに開けてしまうと、絶世の美貌がこちらを向いて微笑んでいた、というか堪えるように笑っていた。


「一生懸命な所を笑っては失礼と思い堪えていたのだが、やはりこれは耐えきれない。私の顔はそんなに見られないかな?」


「申し訳ございません、その様な事はなく、私の不徳のいたす所にございます。心を強くし誠心誠意努めさせていただきます。ご容赦くださいませ」


私の不純な気持ち故、王太子様のお心を乱してしまったと青ざめる。


「そんなに畏まらなくて良いよ。そうだな、私が相手では君も働きづらいだろうからね、特別にね、見せてあげる」


そういうと、鏡台の引き出しから小瓶を取り出した。濃い緑色の液体が入っている。


「味は良くないんだけどね。僕に合わせて作ってもらっている薬さ」


眉間に皺を寄せつつ飲み干す姿までも美の極みと眼福していると、キラキラしい金の髪がくすみ、薄茶色に染まってきている。夜の闇を吸い込み始めた様な怪しささえある藍色の瞳も透明感がでてグレーの色で落ち着いた。


「この姿の方が、話しやすいでしょ?」


前髪を手櫛でグシャグシャっと乱し、鼻と口しか見えなくなった姿は。


「ウィ、ウィル?なの?」


「そうさ、黙っていてごめん。ウィルはお忍びの時の姿なんだ。マーセルも知っている。王家の人間は顔が知れているから、こうでもしないと外を自由に歩けないんだ」


「え、え?」


「これでオスカーも僕を見てくれるよね。今度、剣の手合わせもお願いして構わないかな?侍従の仕事に剣術の稽古も入れてくれる?」


「いいです、よ」


「あはは、オスカーの顔が真っ赤。なんか泣く寸前の子どもみたいな‥」


「わーんっっ」


「えええっっ!」


泣いた、激しく泣いた。子どもの頃にお父様の大事にしている壺を落として割ってしまった時と同じくらい涙が出た。


「推しが、推しが」


「お尻がどうしたって?」


「いやー、違うっ!天使様はお尻とか言わないもん、いやーっ天使様がいなくなってしまう。もう私の推しとの日々は消えてしまうっ」


取り乱してすっかりアストリットに戻ってしまった私は、失態を外部に晒さないよう、その日は王太子の部屋を出してもらえなかった。



 ◇ ◇ ◇



「まさか、推しというものがそんなに強烈な存在だったとはな」


「全くだ、私の姿を好んで絵姿を飾る程なら、ウィルの姿を晒せばより好感度が上がって馴染んでくれると思ったのに」


推しへの理解が足りなかった男2人、マーセルとアヴェルが深く溜め息をつく。


「まぁ、王家の薬の秘密を知ってしまった事で、私から離れることは出来なくなってしまったからな。悪手だったとは言い切れない」


「確かにそうだな。俺だってウィル姿の王太子を知らなければ、こんな厄介な仕事ばかりが回ってくる隠密的なポジションにはならなかったし」


「バーン家は兄妹揃って、王太子派という事だな。安心しろ、安泰だ」


「よく言うよ。既に若くして心労で禿げそうですけど」


「その時は王家の毛生え薬を使ってやる。安心だな」


「そんなものまであるのかよ」



推しを失ったアストリットだったが、やっぱりリアルな王太子様も悪くはない、むしろ良いと、アヴェルと共に仲良く暮らしましたとさ。


お読みいただき有難うございますっ。

評価や感想をいただけると嬉しいです。


この短編は、私がR6年秋から小説を書き始めて2作品目となります。

文字数限定のコンテストに向けて書き、ギリギリの文字数で最後で駆け足になってます。

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