3. コイバナと ウラバン2
相川の持ちだした話題はこの学校に存在する不文律のことだった。
「話が最初に戻っちゃうんだけどさ、二人はもうウラバン見た? ちょうどお昼休みが始まったときくらいに更新きてたんだけど」
「いいや。そういったものには疎くてな」
「わ、私も見てないです。どうせいつ見ても私が最下位なのは決まってますし……」
「ちょっとふたりとも、意識が低いんじゃないのー。私なんて校内政治が気になってしょっちゅう確認しちゃうよ」
ウラバンとは裏の番付。つまり非公式の生徒ランキングのことだ。確か本人の容姿や成績だけではなく、家柄や親しくしている人に加えその才能まで加味されて数値化されているらしい。
全く......下らないと一蹴したいところだが、何事にも順位づけをしたがるのはむしろ学生らしいと言えるだろうか。
「ほら見てよ! 小清水君、連休前のフラれ騒動の影響でがっつりpt減っちゃったっぽい。でも"花びら落ち"してないのは流石二年のキングって感じだね」
「ふむ......」
相川のスマホを覗きこむと、あいつをデフォルメした可愛らしいイラストが最上段ぎりぎりのところで踏ん張っていた。
「なぁ相川。私はウラバンの詳細を知らないのだが、最上段から落ちると何かまずい事でも起こるのか?」
「ふっふっふ。いい質問ですね篠本サン。その疑問、ウラバンマスターであるこの相川がお答えいたしましょう!」
そう言うと相川はノリノリでメモをちぎり、そこに三層に分かれた三角形を描いた。
「ウラバンのシステムはみなさんご存知の通り、生徒自身のいろんな要素が合算されて点数がつくんだよ」
「うむ。そこまでは私も把握している」
「暗黙の了解みたいになってますもんねぇ......」
「しかし! 重要なのはここからなのです。この点数を元に自分の順位が決まるんだけど、決まった順位の結果どのランクにいるかが大事なんだ!」
相川は頂点の近くに二つと、真ん中の段と一番下の段の間に一つ、計三つの丸を書き足した。
「この下の方の丸は私ね。私はいま343ptで、今の二軍ボーダーが370ptだからギリギリ届かず三軍って感じ。それで、しのちゃんは今ここ」
頂点の近くにある二つの丸の、より上の方にあるほうが指される。
「つまり私は一軍所属なのか」
「ふふ。まんまと引っかかったねしのちゃん。実は一軍にはまだ秘密があるのです!」
したり顔の相川は線を一本書き足した。私の少し下にある丸をちょうど通るような位置だ。
ここまできたら私にももう想像がついた。
「なるほど。これがいわゆる"花びら落ち"のボーダーラインというわけだな」
「ぴんぽんぴんぽん! 大正解だよしのちゃん~」
「しかし、なぜ一軍の中にもう一つ上の区分があるのだろうか」
「えっと、一番上のランクにいる方には何か特権が与えられるって聞いたことがあります……」
「そうなんだよ。一軍の中でもトップ五人は花冠の五人って呼ばれてて、普通の学校じゃありえないようなことが許されちゃうんだよ!」
花冠とは花びらによって形成される花そのもののこと。この学校の校章が桜の花だから、花冠の五人という称号もきっとそれが由来なんだろう。桜の花びらの数はちょうど五枚だからな。
「みんな各々の派閥を持ってるし、クラス分けを自由にできたり学校の設備も優先的に使えたり──ほかにも色々あるんだけどなにより卒業後の進路にすっごい影響するんだよ!」
ウラバンにそんな力があったとは、ただの非公式な評価システムと侮っていた。しかしそれにしてはあまりにも越権しすぎではないだろうか?
「うぅ......私がいつも予約図書の順番を後回しにされるのは、ただ嫌がらせをされてるんじゃなくて、ウラバンのランクが低いせいだったんですね......」
「そ、そう気を落とすな木々場。次からは私が代わりに借りるとしよう」
「又貸しになっちゃいますよぉ......」
う、確かにそうだ。
学校内のあらゆることに影響するシステムか。ランクが低い生徒は虐げられて当たり前。私が今まで不自由を感じなかったの初めから花冠の五人の一人に数えられていたから......高いランクにいたとしてもあまり手放しで喜べる話ではないな。
「そういえば相川よ。さっき花冠の五人は皆派閥を持っていると言っていたが、私はそんなものを組織した覚えはないぞ」
「え? ここにいるじゃん。私とー、ななちゃん」
「何? 相川と木々場が?」
「うん。一口に派閥って言ってもリーダーによって毛色が違うんだよ。私たち篠本派はしのちゃん含めて3人だけの仲良しグループって雰囲気だけど、例えば小清水のとこは長いものに巻かれます! って感じだし、一番勢力の大きい才波先輩のところは先輩のことを崇拝してるって人が多いかもね」
私が誰かと親しくなると相手の学校生活にまで影響を及ぼしてしまうのか。そしてその逆もまたしかり。私が誰かと険悪になると、私を慕ってくれている人に……。
「こうして親しくしてくれている二人のためにも、私も少しはウラバンに対して注意を払った方がいいかもしれないな」
「うーん、人それぞれでいいんじゃない? 私は校内政治を見るのは好きだけど巻き込まれるのはまっぴらごめんだし、だからしのちゃん派所属なわけで──って、違うからね! 派閥争いが面倒だからしのちゃんと仲良くしてるって意味じゃないからね!?」
取り乱す相川だったが、そんな打算的な理由で一緒にいるわけではないことぐらい付き合いの短い私たちでもとっくに知っていた。
「もしかしたら篠本さんって校内政治でも高嶺の花扱いなのかもしれませんね……」
と、こぼした木々場は私たちからの注目を集めてしまいとても焦った様子で話し始めた。
「え、えっとですね。その……篠本派が私たち三人だけということは、その分勢力の大きさは篠本さんのptに計上されてないのかなって思っただけで……だって、ウラバンって校内生徒の全員が対象ですもんね、だったら花冠一人当たり平均で約百人はその派閥に所属しているはずなんです……でも実際は小清水君を抑えて第三席にいるってことは、その分篠本さん自身が高く評価されてるってことですもんね……?」
私の隣で相川が大きなハテナを浮かべていた。確かに複雑な話だったが、要はこういうことだろう。
「ほかの花冠たちは自らの派閥の大きさも加味されているはずなのに、私が花冠の中で第三席にいるのは私自身のウラバン評価が異様に高いから、そういうことだな?」
「そ、それですっ。私ってば説明が本当に下手で、周りに迷惑ばっかりかけちゃってぇ……ごめんなさいぃ……」
「気にするな。それよりもその推論、かなり面白い着眼点だと思うぞ」
「確かにね、『ウラバンの聖域に迫る。暴かれたその秘密とは!』って感じだね。
「し、篠本さんの聖域!? それってもしかして──」
「おい相川。また木々場が妄想の世界へ旅立ってしまったぞ」
「ごめんよ、今のは私の言葉選びが悪かったっぽい」
私たちは木々場の止まらない妄想を聞き流しながら教室へと戻った。