1.(なんて退屈な)告白
夕日の差す放課後の教室。扉を開けて中へ入ると、一人の男子が私のことを待ち構えていた。
「凍ちゃん、来てくれたんだ。もしかしたら僕との約束忘れられちゃったのかなーなんて、思い違いでよかったよ」
「悪いな。想像より部活動が長引いてしまった」
そのまましびれを切らして帰ってくれていたらと、断る側の気持ちも考えてほしいと、そんな私の思考をよそにその男子はゆらゆらと近寄ってくる。
「ううん。全然気にしないよ。声かけたのはこっちだし──それで、どうかな? この前の話、考えてみてくれた?」
「あぁ……そうだな。申し訳ないが今回の件はなかったことにしてもらいたい。では、先に失礼する」
くるりと背を向けそのまま立ち去ろうとする私の手首を彼は不躾に掴み引き留めようとしてきた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。そんなすぐに帰らなくたっていいじゃん。せめて理由だけでもさ、聞いちゃダメかな」
「……」
「結構顔には自信あったんだけど、タイプじゃないとか? それとも他に好きな人でもいるみたいな?」
「……」
「だってさ、ホラ。わざわざ教室まで来てくれたってことはちょっとは俺に気があるとか、ギリギリまで迷ってるとかそんなとこでしょ。友達からでも、お試しでもいいから付き合ってみようよ。案外相性いいかもよ?」
中性的な顔に強い夕日が影を落として一見爽やかな笑顔が不気味に映る。
過大な自己評価からくる視野の狭さ、こういった手合いは引き際を知らない。経験則から導いたこの嫌な予感はまさに的中だった。
「確かに顔立ちは整っていると思うぞ。校内の女子たちからの評判も悪くないと聞くな」
「でしょ? こうみえて結構人気なんだよねー。まぁ普通の女子と付き合うのに僕はもったいない、というかもう飽きちゃったから今はフリーだけど。ていうか、その感じだと考え直して──」
「いや。それはないな」
「そっか......」
手首にかかる握力がだんだんときつくなってくる。
「なぁ、ちょっとは俺の気持ちも汲んでくれよ。もう周りには裏でこっそり付き合ってるって言っちゃっててさぁ......告白百人斬りだかなんだか知らないけど、お前もわかるだろ? スクールカースト上位の悩みってのがさ」
「.......」
「とりあえず話だけでも合わせてくれると助かるんだけど──わかるよな?」
変わらず爽やかな表情のまま強くなっていく語気。もう彼の態度はこちらに有無を言わさないものになりつつあった。
が、しかし。許せない。
彼の発言にはどうしても私の中で許せないものがあった。
「では聞くが、お前の目に私はどう映っているんだ?お前の言う取るに足らない女子達と比べて、何がそんなに魅力的なのだろうか」
「あーそっか。そう言えばすっかり忘れてたよ。ちゃんと僕の思いを伝えてなかったよね」
彼はパッと私の手首から手を離し、ヒラヒラと振って見せる。
「僕が凍ちゃんにひかれたのは、ただ可愛いからってだけじゃないよ。普段の凛々しい立ち振る舞いもそうだし、たびたび感じる責任感の強いところとか、あとは友達といる時にふと見せる笑顔とか......ともかく! 僕は凍ちゃんの全部が好きなんだよ!」
「そうか、ならば──」
「さっきのはさ、まぁちょっとした照れ隠しだったんだよ。やっぱり面と向かって『好きです』なんて恥ずかしくって、適当に理由をつけちゃっただけなんだ。悪かったよ。こういう──」
「いや、これ以上続ける必要はない。お前の気持ちがこれ以上ない程に伝わったからな」
「じゃあ.......付き合ってくれるってことでいいのかな?」
「答えはNOだ」
「はぁ? ざっけんなよテメェ! こっちが下手にでてりゃいい気になりやがっ......っと悪い。つい熱くなっちゃったね」
「いや、今更取り繕う必要はないぞ。何があろうと私の答えは変わらないのだからな」
「そうかよ。じゃあもう力ずくでいかせてもらおうか。こっちの方が話がはやくて楽なんだよなぁ!」
「それはお互い様だろう」
結果は見るまでもなかった。
胸ぐらを掴んできた腕をとり反転して背負い投げ。
圧倒的な実力差を理解したのだろうか、彼の目から戦意はとっくに消えていた。
「最後にはっきりさせておこう。お前に足りなかったのは魅力でも、言葉でも、力でもない。敬意だ」
「ハ、ハァ?」
「お前の言う普通の女子とは、具体的には誰のことを指しているんだ?」
「そんなの普通にクラスメイトとか、パッとしないやつのことだって......いちいち聞かなくてもわかんだろ」
「そうだな。ではその普通の女子の中に私の友人が含まれていることも、もちろん承知の上ということで相違ないか?」
「ッ......!」
「その皮を被ったような二面性はともかく、人を値踏みするような発言は聞き捨てならないな。あまつさへ私の友人をコケにするようなものは、特に」
ずいと一歩踏み出し尻もちをついたままの彼へと詰め寄る。
「お前はまず精神の鍛えなおしが必要なようだな。どうだ、うちの道場に来てみないか? 来るもの拒まずがうちの流儀でな、扱っている武道も多彩だからお前の気性に合ったものもきっとあるだろう。そこで健全な精神を身に着け、皮を脱いだお前とならばいい交友関係を築けるかもしれんぞ」
「くっ……さっきから皮皮言いやがって。皮は被ってねーよ! クソッ!」
彼はそのまま妙にあわただしく私の前から走り去っていった。
「ふむ……悪くない提案だと思ったのだが」
そんなひとり言と共に私は教室を後にした。