第七話:私の名前は、エル?
温かい……。
突然差し出された彼の服は、粗野な手つきながらも、彼の温かさが冷えた体にじんわりと染み渡るようだった。わずかながらも感じた人間の優しさに、私の心は小さな灯火が灯ったように、ほんのりと温かい。
金色の髪をそっとかき分けながら、彼の服に袖を通す。
少しばかり大きすぎるけれど、古代の森を出てからというもの、ずっとまとわりついていた寒さから、ようやく解放された。それにしても、この世界には警察のような機関はないのだろうか? 厄介な事態に巻き込まれるのは、どうしても避けたいものだ。
彼は両手を上げて、私に危害を加えるつもりがないことを示している。彼の瞳には、敵意は見えなかった。ただ、静かに、心配そうに私を見つめている。
(……この木こり、何を言ってるんだろう?)
彼は何かを話しかけてくる。けれど、言葉はまるで分からない。
それでも、私のことを気遣っているのは伝わってくる。
何度か、小さく息を吸い込み、彼の瞳を見つめ返した。伝えたい気持ちはたくさんあるのに、喉が乾いて、うまく声が出せない。
それでも、伝えなければならない。この異国のような場所で、私がひとりであることを。
緊張で声が震え、言葉にならない空気が喉を震わせる。
「……しら、ない……」
違う。伝えたかったのは、こんな中途半端な言葉じゃない。
もう一度、深く息を吸い込んだ。彼の優しい瞳が、私を励ましてくれるように見える。
「……しらない……せかいで……」
まだ、声は小さい。音にならない。
「……私は、エルフになっていた……」
そう言いかけたとき、彼の口から音が返ってきた。
「エル……?」
けれど、確かにそれは、私が知っているエルフの単語に聞こえた。
彼の言葉に、私の心臓は大きく跳ねた。彼の発音は、どこか独特だ。それでも、伝えたかった音が、彼に届いた喜びが、胸にじんわりと広がる。
(……伝わった?)
小さな光を宿した彼の瞳に、私は声を出した。
「……え、る……!」
言葉が、通じた……! 最後の音は、なぜか少しだけ高くなってしまったけれど。
まだ言葉は自由に操れない。けれど、初めて、自分の言葉で伝えることができた。それだけで、胸の奥にふわりと広がる喜びが、私の小さな体を満たしていく。