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第六話:森の妖精、名前を教えて

あの金色の髪と、吸い込まれるような瞳。まさか伝説のエルフが本当にいるなんて、理性では理解できても、心はまだバクバクと音を立てている。

見惚れていたのは事実だ。

あれほどの美しさを前にして、平静でいられる人間がいるのだろうか?


だが、今はそれどころではなかった。

目の前のエルフは、小さな体を震わせ、不安そうな目で俺を見ている。

言葉は通じなくとも、その表情だけで「困っている」ということが伝わってきた。

文化や種族は違えど、困っている者を放っておくなんて、俺の主義に反する。それに、祖父もよく言っていた。「困っている者を見過ごすな」と。


エルフの正装がどういうものかは知らない。

けれど、葉っぱだけの服では目のやり場に困るし、何より寒そうだった。きっと、何か事情があるのだろう。

とにかく、今できることをしよう。俺はそう決めて、自分の上着を素早く脱いだ。


「これ、着てくれ」


言葉は分からないだろうが、温かさは伝わるはずだ。

金色の髪に触れないように気をつけながら、上着を小さく肩にかけた。

エルフは、俺の予想外の行動に、さらに目を見開いた。驚いているのか、それとも警戒しているのか、判断はつかない。


上着は、エルフの小さな体には少し大きすぎる。まるで子供が大人の服を着ているみたいだ。それでも、わずかなりにも温かさを感じてくれたのか、かすかに表情が和らいだ気がした。

少しでも警戒心を解きたかった。俺は両手を上げ、脅威がないことを示す。


「お前さんの……名前は?」


エルフは、俺の発言を、不思議そうに見つめている。

金色の髪が、小さく首を傾げるたびに、キラキラと光を反射する。

この世の生き物とは思えないほど美しい。


どれくらいの時間が経っただろうか。

俺とエルフは、言葉もなく、ただ見つめ合っていた。お互いに、ほんの少しの気まずさを感じながら。空気には、鳥のさえずりと、木の葉が擦れる音だけが響いている。


もう言葉は通じないのかと、諦めかけたその時—

エルフが、ゆっくりと口を開いた。

聞いたことのない音だった。けれど、どこか音楽のように耳に心地よい。

長く続く音、途切れるような短い響き、まるで詩のようだった。


意味は分からない。それでも、俺は必死にその音を記憶しようとした。

これが、このエルフの「名前」なのかもしれない、そんな気がした。


もう一度、エルフは同じように音を繰り返した。俺は、それを真似するように、小さく声に出してみる。


「……?」


当然、うまく発音できた自信はない。けれど、俺の試みは、エルフの大きな瞳に、かすかな驚きと、ほんの少しの喜びの色を灯したように見えた。

そして、少し間を置いてから—

「……エル……」


それは、俺にも聞き取れる、人間の言葉だった。ふいに返ってきた言葉に、俺は思わず息を呑んだ。


言葉は通じなくても、心はわずかに通じ合えるのかもしれない。

そんな、淡い希望が、確かな光を帯び始めた。



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