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第四十三話:覚醒の光と決死の一撃

深緑の帳が森を覆っていた。まだ日が高いはずなのに、森の入り口に立つアランとエルの足元には、すでに夕暮れのような陰が伸びている。


背の高い樹々が天を突くように並び、枝葉は厚く絡み合って、わずかな陽光すら地面に届かせていない。涼やかというよりも、ひやりと肌を刺すような冷気が、森の奥から漂ってくる。


アランは無意識に肩をすくめ、小さく息を吐いた。緊張で強張った指先をほぐすようにして、手にした羊皮紙の地図を広げる。


「……それにしても、深い森だな。昼なのにこんなに暗いなんて……」


その声は自分に言い聞かせるようでもあり、隣にいるエルに向けられたものでもあった。


エルは無言で周囲を見渡していた。尖った耳がわずかに動き、瞳が鋭く森の奥へ向けられる。


ふと彼女は眉をひそめ、心の中で呟いた。


(……前の森と雰囲気が違う。これは、本当に初心者用の依頼なの?)


説明のつかない違和感があった。空気の重さ、異様な静けさ、そして森に漂う目に見えない圧力。

エルフとしての直感が、危険を告げていた。


二人は互いに視線を交わすと、小さくうなずき合い、ゆっくりと足を踏み入れた。


土は柔らかく、苔むした地面が足音を吸い込んでいく。森の奥へ進むほどに、木々の間を吹き抜ける風が冷たくなっていくように感じられた。


やがて、地図に記された目的地にたどり着いた。そこには、岩陰のそばに、小さくもどこか神秘的な気配を放つ薬草がひっそりと生えていた。


「これだ……!」


アランが思わず声を上げて駆け寄る。その背を追って、エルも素早く後に続いた。


アランは薬草を指差しながら、エルに向かってエルフ語で話しかける。


「これが、依頼に書かれてた薬草だと思う」


エルは膝をつき、薬草に顔を近づける。緑の葉の合間から、ほんのりと淡い光が漏れていた。それは、明らかに自然のものではなかった。


「……なんだろう、これ……何か、光が……」


光はかすかに脈打つように、呼吸するように瞬いている。だがアランには、その光が見えていないようだった。


彼が戸惑いの表情を浮かべたそのとき――


グォォォオオ――……!


森の奥から、地の底を震わせるような唸り声が響いた。


二人の体がぴたりと固まる。鳥のさえずりも、風の音も、その一瞬だけすべてが消え失せた。


「……なんだ、この声……!? この大きさ……まさか、魔獣……? この森は初心者向けじゃなかったのか!」


アランの声がわずかに震える。彼は即座に背中の剣を抜き、鋭い音を立てて構えた。エルも少し遅れて、ギルドマスターから渡されたばかりのメイスを取り出し、不慣れな手つきながらも両手でしっかりと握った。


次の瞬間、森の闇から飛び出した黒い影が、猛烈な勢いで二人へと突っ込んできた。


「避けろッ!!」


アランはとっさにエルの手を引き、地面に身を投げるようにして横へ跳んだ。


ゴッ――!


影が駆け抜けた後には、数本の太い木が根こそぎなぎ倒され、地面には深い傷が刻まれていた。


アランは息を切らしながら立ち上がり、黒影の正体を見極めようと目を凝らした。


「……間違いない。魔獣だ。依頼書には、こんなこと一言も書いてなかったのに……!」


エルも身を起こし、自分の手のひらを見つめていた。魔獣のただならぬ気配に、体の奥から冷たいものが這い上がってくるのを感じている。


(このままじゃ……二人ともやられる……)


魔獣が再び咆哮を上げ、突進してくる。アランとエルは無言で左右に分かれ、息を合わせて回避。アランの剣が魔獣の脇腹を切り裂こうとするが――刃は厚い皮膚に弾かれ、火花を散らした。


「……効いてない!? 皮膚が厚すぎる……!」


絶望がじわじわと迫る中、エルの目にひらめきのような光が宿る。それは記憶の彼方から聞こえた、やさしい声。


(……もしもの時は、こう唱えるのです……)


無意識のうちに唇が動き、呪文を紡ぎ始めた。その身体が淡く光を放ち始め、まるで森全体がその光に反応するかのようにざわめき始める。


「エル!? どうしたんだ!?」


アランが叫ぶ。だが、エルはただ静かに両手を魔獣へと向け、光を解き放った。


――閃光が走る。轟音と共に空間が揺らぎ、地面が裂け、魔獣が遥か彼方へと吹き飛ばされた。


「……よくわからないけど、やった! エル、すごいぞ!!」


だが魔獣は、煙の中から立ち上がってきた。満身創痍ながらも、その瞳はまだ獲物を捉えている。


次の瞬間、エルの膝が崩れた。


「エルッ!!」


アランは駆け寄り、彼女の身体を抱き上げる。呼吸は浅いが、傷は見当たらない。ただ力尽き、意識を失っているだけのようだった。


背後から、再び魔獣の気配が迫る。


(……守らなきゃ)


アランの脳裏に、祖父の教えが蘇る。


『アラン、手負いの獣は危険だ。冷静に、頭を使って仕留めろ』


その言葉を噛み締めるように、アランはそっとエルを地面に横たえ、静かに立ち上がった。


「――来いッ!」


剣を握る手に力を込め、迫りくる魔獣に向かって全力で駆け出す。


巨体が唸りを上げながら突進してくるなか、アランは恐怖を振り払い、森の中の倒木を踏み台にして跳躍した。

風を切るその一瞬、彼の瞳は一点を捉えていた。


(……眉間の、そこだけが弱点……!)


「――ここだッ!!」


渾身の叫びとともに、剣をその一点に突き立てる。硬い鱗を裂く手応え。刃が骨に届いたと確信した瞬間、魔獣が激しくのたうち回った。


アランの体が空中へ投げ出される。それでも彼は剣を離さず、片手で柄を、もう片手で剣の背を押さえ込み、全身の力で深く突き刺した。


剣が奥へと沈み込む。魔獣の動きが止まり、やがて――


 ドスン。


森が揺れるほどの重たい音を立てて、魔獣が地面に崩れ落ちた。


アランも転がるようにして地面に倒れ込み、しばらくの間、動けずに荒い息を吐き続けた。


ようやく立ち上がると、剣を引き抜き、亡骸を見つめる。


「……勝ったのか……?」


重たい沈黙の中、アランは足を引きずるようにしてエルの元へ戻る。


「エル、大丈夫か……!」


彼女はまだ眠っていた。だが、その表情はどこか安らかで、傷一つない。アランはようやく胸を撫で下ろした。


そして、気がつく。


森には、静寂が戻っていた――。

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