第四十話:決意の時
アランはその場に立ち尽くしていた。目の前で舞い上がったヴェール、風にさらわれた帽子、そしてあらわになったエルの正体。
金の髪、金の瞳、透き通る肌、そして何よりも隠しきれなかった尖った耳。
エルフ。
その言葉が頭に焼きつき、離れない。
(……バレた)
空気が凍りついたように感じ、時間が止まったかのような感覚に包まれる。すべてが静寂に変わる中、エルは小さく震えながら、帽子をかぶり直している気配だけが確かに感じられた。
アランはちらりとギルドマスターを見た。その眼差しは鋭く、深い。あの目は、数多の冒険者を見てきた目だ。そう簡単に誤魔化せる相手ではない。
(言い訳しても、意味がない)
覚悟を決めるしかなかった。
アランは静かにエルの肩に手を添え、低い声で囁いた。エルフ語で、ぎこちなく。
「……エル。もう……逃げられない。正直に話すしか……ないと思う」
エルはうつむいたままで動かない。肩がわずかに震えていたが、やがて小さく、静かに頷いた。
その仕草に、アランは覚悟を感じ取った。彼はゆっくりとギルドマスターに向き直り、真っすぐに頭を下げた。
「わかりました。正直に、すべてをお話しします」
張り詰めた静寂が場を包む。
「ですが……この場では少し……内容が内容です。誰にも聞かれないような、個室を、お願いできませんか?」
ギルドマスターは腕を組み、しばらく黙っていた。やがて、厳かな声が響いた。
「……いいだろう」
その返答は予想以上に柔らかかった。
「魔法陣で音漏れを防ぐ魔防音の部屋がある。そこでなら話してもいい。何、変なことはしないさ。正直に話す覚悟に感謝するよ。……もし何も言わなかったら、この興奮で一生眠れなかっただろうからな!」
ギルドマスターは豪快に笑い飛ばしたが、その瞳の奥には確かな真剣さがあった。
アランは少し呆れたように苦笑し、軽く頭を下げる。
「……はぁ、あ、ありがとうございます」
「お前もだ、受付嬢! 一緒に来い!」
ギルドマスターの突然の呼びかけに、受付嬢は驚き、目を丸くした。
「えっ、わ、私もですか!? ……わ、わかりました!」
顔を赤らめ、うっとりとした様子でペコリと頭を下げた。その目は、まだエルを見つめたままだ。
(……さすがギルドマスター。あの状況から即座に判断を下すなんて)
アランは心の中で感心した。
ふと隣を見ると、エルが帽子のつばをぎゅっと握りしめている。その指先には、わずかな震えが残っている。
アランはそっと近づき、優しく耳元で囁いた。
「大丈夫。……多分、悪い人たちじゃない。信じてみよう」
エルはしばらく沈黙していたが、やがてゆっくりと顔を上げ、アランを見つめた。その瞳には不安と、それでもどこかに小さな決意が宿っていた。そして、静かに頷いた。
ギルドマスターが先に歩き出し、受付嬢がその後に続く。アランはエルの手を取り、二人で歩き出した。
静まり返った試験会場を後にし、彼らは歩み始めた。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
もし物語を楽しんでいただけましたら、ぜひ高評価やブックマーク、感想などをいただけると嬉しいです。
皆様の応援が、次の物語を書く大きな励みになります。
また、告知はX(Twitter等)にて随時更新していますので、フォローしていただけると嬉しいです。