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第三十九話:舞い上がった秘密

――すごい拳だった。


寸止めとはいえ、その威圧感は桁違いだった。

あの瞬間、空気が震え、試験会場の空間ごと軋んだような錯覚さえ覚えた。

室内に、まるで嵐の中心にいるかのような風圧が巻き起こり、私の髪と服が大きくはためいた。


私は目をぎゅっと閉じて、ひたすら耐えた。


ギルドマスターの拳――

それはただの打撃じゃない。

年月を生き抜き、数多の修羅場をくぐってきた者だけが持つ、「覚悟の重み」が込められていた。


鼓膜が揺れ、心臓が跳ね、身体の奥まで衝撃が染み込む。

けれど、数秒後――

嘘のように、静けさが戻ってきた。


(……終わった、のかな?)


恐る恐る、目を開いた。


「帽子!」


アランの声が真っ先に飛び込んできた。

私の頭を指差して、必死に叫んでいる。しかも、エルフ語で。


帽子……?


反射的に手を頭にやった。


――ない。

あれほど深くかぶっていた帽子が、風で吹き飛ばされていた。

それだけじゃない。顔を覆っていたヴェールまでもが、どこかに消えていた。


ざわっ――

静かだった空気に、微細なざわめきが走った。


私は、そっと顔を上げた。


無骨で広々とした木造の試験会場。

高くそびえる天井から吊るされたランタンが、私の姿をはっきりと照らしていた。


舞い上がった金色の髪が、光を反射してやわらかくきらめく。

長く、しなやかな髪が肩を流れ、頬にかかる。

透き通るような白い肌は、光を淡く受け、まるで陶磁器のような質感を帯びていた。

そして、金色の瞳。

その瞳は、まっすぐに見つめるだけで、心を貫くような美しさを持っていた。


何より、決定的だったのは――

隠しきれなかった、長く尖った耳。


エルフの証。


ギルドマスターは、拳を振り下ろした体勢のまま石のように固まり、目を見開いて私を見つめていた。

息すら忘れているかのように、静止していた。


数秒後、彼の口から、絞り出すような声が漏れた。


「う、うぉぉぉおおお……エ、エルフだぁあああああ!!」


その声は、叫びというより――歓喜の咆哮だった。


「まさか……本当に……本当に、生きたエルフが……俺の目の前に……!」


彼は数歩よろけるように後ずさり、天井を仰いだ。

ランタンの光がその表情を照らし、年輪の刻まれた顔には、驚きと感動が色濃く浮かんでいた。


「この髪……この輝き……太陽の下でもないのに、これほどまでに美しいとは……!この肌、この瞳……本に載っていた伝説の挿絵よりも、現実の方が眩しいなんて……!」


ギルドマスターの目が潤む。


「……これが、本物のエルフか……! 俺の人生で、こんな奇跡に出会えるなんて……

 なんて、美しいんだ……!」


その声には、まぎれもない心からの賛美がこもっていた。


受付嬢もまた、試験会場の隅からゆっくりと前に出てきた。

両手を胸元で組み、まるで女神を目にしたかのように私を見つめていた。


「……信じられない……絵本の中の存在が……本当に……」


彼女の瞳がじわりと潤む。


「金の瞳、透き通る肌……金の髪が、光に染まって……。こんなに綺麗な人、私、見たことありません……。これは、伝説じゃない。現実……いえ、現実以上……」


その声には、敬意と憧れが滲んでいた。


全員の視線が私に注がれる。

そのどれもが、驚きと、戸惑いと、感動に満ちていた。


私だけが、異質な存在だった。

会場の空気が変わっていくのが、肌でわかった。


(……終わった。完全にバレた)


その時、アランが慌てた様子で駆け寄ってきた。

手には、私の帽子とヴェール。


「エル! 急いで! つけて、今ならまだ……!」


エルフ語で、早口にまくし立てながら、手渡してくる。


私は震える手でそれらを受け取り、急いで元の姿に戻ろうとする。

帽子をかぶり、ヴェールを被せた。けれど――

もう遅い。全ては見られてしまった。


アランはギルドマスターと受付嬢に言った。


「……今のは、なしってことで……ダメですか?」


静寂。


そして、二つの声が重なって響いた。


「なるかーーーっ!!!」

「なるわけないでしょーーっ!!」


ギルドマスターは拳を握りしめて叫び、


「なんでエルフがこのギルドにいるんだ!? どういうことだ説明しろ!!」


受付嬢も涙を拭きながら前に進み、


「私にも教えてください!これは歴史的事件です!!前代未聞です!!」


……もう逃げ場なんてなかった。


私は帽子のつばを、ぎゅっとつかんだ。


(これから……私、どうすればいいんだ……)

エルフの表現にいつも苦戦中、調べながら書き直しています。

エピソードも番号を修正しました。申し訳ないです。


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

もし物語を楽しんでいただけましたら、ぜひ高評価やブックマーク、感想などをいただけると嬉しいです。

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