第三十八話:その一撃に覚悟を問う
アランは、しばらく迷った末、とうとうその疑問を口にした。
「その……推薦状には、何が書かれていたんですか?」
彼の声は、静かだが、確かな決意を含んでいた。隣で立つエルが、ちらりと彼を見上げる。
ギルドマスターは、一瞬だけ目を細めた。
まるで遠い記憶を思い出すかのように。
だがすぐに目を逸らし、低く唸るように言った。
「……それは聞くな。これは、先生との約束なんだ」
「先生……?」
アランは眉をひそめ、首を傾げた。
その問いに、ギルドマスターの顔がわずかに強張った。何か余計なことを口にしたと気づいたのだろう。彼は慌てたように手を振り、苦笑を浮かべる。
「あ、いや……何でもない。忘れてくれ。そういうことだ」
ごまかすような態度だったが、アランの心には、はっきりとした疑念が残った。推薦状を書いた「先生」とは何者なのか。なぜギルドマスターがそこまで固く口を閉ざすのか。
だが、その謎を追及する間もなく、ギルドマスターはあえて話題を変えた。
「……ともかく。お前たちは“推薦状”を持ってきたな。それを持つ者は、通常の冒険者志願者とは違い、通過試験を免除される」
「えっ、そうなんですか?」アランは意外そうに目を見開く。
「だがな!」ギルドマスターの声が突然、轟いた。
その怒鳴り声は、壁を反響し、アランは思わず肩を跳ね上げた。
「俺は、そんな制度には納得しねぇ!紙切れ一枚で冒険者になっていいわけがねぇだろう!」
言葉と同時に、ギルドマスターの拳が重々しく机を叩いた。鈍い音が響き、小物類が跳ねて転がる。
「これからの冒険では、命がけの戦いが待っている。戦場では、“推薦”なんて言葉は何の役にも立たん。力だ、覚悟だ、そして――生き残る意志だ」
「ええぇ……」
アランは情けない声を漏らしたが、反論はしなかった。否、できなかった。
ギルドマスターの言葉には、経験から来る重みがあった。そしてその言葉は、ただの規則を超えて、彼自身の信念を語っていた。
隣に立つエルは、依然として何も言わず、ただまっすぐギルドマスターを見つめていた。その金色の瞳には、不安と、それを覆い隠すような静かな決意が宿っていた。
やがてギルドマスターは席を立ち、大きく息を吐いた。
「よし、早速だが……試験会場に移動するぞ」
その声に、場の空気が一気に引き締まった。
「お前たちには、“俺の一撃”を受けても立っていられるか、それを見させてもらう」
「わ、わかりました!」
アランは気圧されながらも力強く頷いた。
エルは小さく首を傾げたまま、少しだけ不思議そうに彼を見ている。
その時、受付嬢がにこやかに前へ進み出た。
「では、お二人を試験会場までご案内しますね」
アランとエルは受付嬢の後に続き、廊下を進んでいった。
途中、アランは背負っていた荷物から、エルフ語辞書を引っ張り出し、慌ててページを繰った。
「エル、この試験……ギルドマスターの攻撃を受けて、それでも立っていれば合格なんだって」
指さして見せると、エルはぱちりと瞬きし、大きな目で彼を見つめた。驚きがそのまま表情に浮かぶ。だが、次の瞬間には、こくりと頷いてみせた。
やがて二人は、石造りの広い闘技場のような場所に通された。天井は高く、壁には過去の戦いの痕跡が刻まれている。
アランとエルは、その中央に立たされた。
静寂の中、重たい足音が響いた。ギルドマスターが現れたのだ。
その姿は堂々としており、まるで巨岩のような威圧感を放っていた。
「……覚悟はいいな!」
その言葉に、アランは剣の柄に手をかけ、音もなく抜き放つ。金属が擦れる音が、張り詰めた空気を震わせた。
エルもまた、静かに足を半歩引いて構えた。風も音も、すべてが止まったかのような静寂の中――
ギルドマスターが、拳を高く振り上げる。
「うおりゃあああああ!!」
咆哮と共に拳が振り下ろされる。
ドォン!!!
その瞬間、空気が爆ぜた。凄まじい衝撃波が試験会場を駆け抜け、風が竜巻のように二人を襲う。壁が揺れ、天井にひびが走る。
アランは全身に力を込め、剣を支えにしてなんとか踏みとどまった。
エルもまた、風に押されながらも、一歩も退かずに立ち続けた。
しかし――
その激しい衝撃に煽られ、彼女の帽子とベールがふわりと宙に舞い上がる。
陽の光を受け、金糸のような髪がこぼれ落ちた。透き通るような白い肌、鋭く輝く金の瞳、そして――長く、優雅に伸びるエルフの耳。
場の空気が凍りついた。
「う、うぇ!?」
ギルドマスターの目が見開かれる。
遠くで見守っていた受付嬢も、思わず口元を手で押さえる。
(な、なんて……美しい……!)
アラン達の前にいた二人が、言葉を失っていた。
―時間が、止まったかのようだった。
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