第三十七話:ギルドマスターの部屋
しばらくして、先ほどの受付嬢が、息を切らしながら戻ってきた。頬にはうっすらと汗が浮かび、瞳には緊張と、それ以上の高揚が宿っている。
「お待たせしました……アラン様、エル様。どうぞ、奥の扉からお入りください」
その一言が、ギルドの空気を一変させた。
冒険者たちのざわめきが、波紋のように広がっていく。
「あの扉の奥……ギルドマスターの部屋だぞ!?」 「は?新人がいきなり?嘘だろ」 「隣の女の子……顔は隠してるけど、スタイル抜群。絶対美人だな」
好奇、疑念、そしてわずかな敵意を含んだ視線が、次々に二人へと注がれていく。
アランはその空気に戸惑いながらも、隣のエルを見やった。彼女はベール越しに小さく首を傾げており、その仕草は愛らしくも、不安げにも見えた。
(……一体何が起きてるんだ?)
ざわつくギルド内の視線を背に、アランとエルは受付嬢に導かれるまま、奥の扉をくぐった。
――扉が閉じた瞬間、外の騒ぎが嘘のように消えた。
廊下は薄暗く、ひんやりとした空気が肌を撫でる。足音さえも吸い込まれていくような感覚があり、この場所が日常とは切り離された“境界”のように思えた。
やがて突き当たりに、重厚な扉が現れる。
受付嬢が静かにノックすると、ゆっくりと扉が開いた。
中に広がっていたのは、まるで戦場の司令室のような空間だった。
壁には古びた地図、伝説級の武具、数々の勲章、どれもがこの部屋の主の並ならぬ経歴を物語っている。そしてその中央、重厚な木製のデスクの奥に、ひときわ大きな男が座っていた。
その体格はまるで岩のよう。広い肩幅に、鍛え抜かれた胸板。無数の傷が刻まれた太い腕。そして、何よりも目を引いたのは、その鋭い眼差しだった。まるで獣のような威圧感が、部屋全体を支配していた。
(……この人、明らかに“格”が違う)
エルも、その存在感に気圧されたのか、わずかに肩をすくめた。アランは、彼女の指先がかすかに震えていることに気づく。
受付嬢が一歩前に出て、落ち着いた声で言った。
「どうぞ、おかけください」
アランは頷き、エルと並んで椅子に腰を下ろす。
そして、男がゆっくりと腕を組み直し、低く、重く響く声で口を開いた。
「よく来てくれた。俺が、この冒険者ギルドのギルドマスターだ。よろしく頼む」
その一言で、空気がさらに引き締まる。
「ど、どうも……」
アランはやや緊張気味に応じた。
エルも静かに、丁寧に頭を下げる。まるでアランの動きに合わせるように、しなやかに。
ギルドマスターの視線が、まっすぐに二人を射抜く。その眼差しは、表面だけでなく心の奥底にあるもの――過去も、覚悟も、そして“力”までも見透かすような、圧倒的な存在感を放っていた。
(……推薦状には、一体何が書かれていたんだ?)
胸の中に疑問が渦巻いていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
物語を楽しんでいただけたなら、ぜひ高評価やブックマークをお願いします。
それが次回作への励みになります。
また、告知はX(Twitter等)にて随時更新していますので、フォローしていただけると嬉しいです。