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第三十六話:ギルドの扉

街の門をくぐったアランとエルは、しばらく足を止めていた。目の前に広がる光景は、アランの育った故郷とはまるで違っていた。


石造りの建物が整然と並び、活気あふれる通りには、商人や旅人が絶えず行き交っている。香辛料の刺激的な香りと、熟した果実の甘い匂いが風に混ざり、鼻先をくすぐった。商人たちの呼び声、子どもたちの笑い声、遠くから聞こえてくる楽団の陽気な音楽――それらすべてが、この街の豊かさと賑わいを物語っていた。


アランは人々の波を見渡しながら、思わずつぶやく。


「……すごいな。まるで別の世界に来たみたいだ」


その言葉に、エルは静かにエルフ語で頷いた。整った顔立ちに浮かぶのは、どこか不安げな、寂しそうな表情だった。


「……なんだか、落ち着かない」


街の中に身を置いていながらも、エルはどこか場違いな感覚にとらわれていた。誰かに見られている気がする。しかし、それが本物の視線なのか、それとも自身の記憶の奥に眠る何かが揺れ動いているのか――分からなかった。ただ、胸の奥がざわついている。


アランはそんなエルの様子に気づき、ふと振り返って優しく笑った。


「まずは冒険者ギルドに行こう。情報も集められるし、これからのことも考えやすくなる」


そして同じ言葉を、今度はエルフ語でも繰り返す。


エルは小さく「うん」と返し、二人は再び歩き出した。


街の中心へと向かう道は、さらに整えられ、建物も規模を増していく。中央広場には美しい噴水があり、その周りでは旅人たちが地図を広げて休息をとり、吟遊詩人が竪琴を奏でながら小銭を集めていた。


その広場の一角に、ひときわ存在感のある建物がそびえ立っている。


冒険者ギルド。


灰色の石で堅牢に築かれたその建物は、他の建物とは一線を画す重厚な佇まいをしていた。入口の上には、剣と杖が交差する紋章が誇らしげに掲げられ、建物の前では鎧をまとった戦士とローブ姿の魔法使いが真剣な表情で言葉を交わしている。


「……あれがギルドか。思ってたよりもずっと立派だな」


アランは感心したように言いながら、しばし建物を見上げる。


「登録を済ませよう。エルの故郷に関する情報も見つかるかもしれないし、依頼を受けられれば金銭面でも余裕ができる」


(……ここで、僕がこの世界にいる理由が分かるかもしれない)


エルは心の中でそっとつぶやいた。はっきりした確信はない。それでも、何かが始まりそうな予感がしていた。


アランは頷き、重い扉に手をかける。


「きっと、何かが見つかる」


ギィ……と音を立てて扉を開けると、温かくにぎやかな空気が二人を包み込んだ。木の床を踏みしめる音、冒険者たちの笑い声、グラスのぶつかる音、交わされる談笑。そのすべてが、ここが冒険者たちの拠点であることを物語っていた。


室内はすでに多くの冒険者でにぎわっていた。掲示板を囲んで依頼を見定めている者、受付で声を荒げながら交渉する者。活気に満ちた空気の中にも、どこか緊張感が漂っていた。


アランとエルが中へ入ると、数人の冒険者がちらりと視線を向けたが、すぐにまた各々の作業に戻っていった。新入りの姿など、ここでは珍しくもないのだろう。


「……思ったより混んでるな」


周囲を見渡しながら、アランは受付へと歩き出した。


カウンターの奥には数人の受付嬢が並び、忙しそうに来客の対応をしている。その中の一人、明るい茶髪の若い女性が二人に気づき、にこやかに声をかけてきた。


「ようこそ、冒険者ギルドへ。ご登録のご希望ですか?」


「はい、二人とも登録をお願いしたいんです」


アランが答えると、受付嬢は笑顔で頷き、二組の書類を手元から取り出した。


「それではこちらに、お名前と出身地、簡単な経歴をご記入ください。登録には少し時間がかかりますが、奥の椅子でお待ちいただけますよ」


アランが書類を受け取りながら、ふと思い出したように言った。


「あ、そうだ。それと……推薦状があります」


「推薦状ですか? はい、拝見いたしますね」


彼女はにこやかに書類を受け取ったが、推薦状を開いた瞬間、その表情が固まった。


目をぱちぱちと瞬き、内容をもう一度確認する。その目には明らかに動揺が浮かび、そして口元が引き結ばれる。


「……っ、少々お待ちください!」


そう告げると、彼女は慌てて奥の扉を開け、そのまま中へと走り去っていった。


突然のことに、アランとエルは顔を見合わせる。


「……今の、なんだったんだ?」


ざわめく心を抱えたまま、二人は受付前に取り残されていた。

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