第三十四話:それぞれの道
ワイバーンの咆哮が遠くで響いていたのも、今はもうすっかり聞こえなくなっていた。
洞窟の中には静寂が戻り、ただわずかな水音と、遠くの風の気配だけが耳に届く。
赤髪の冒険者はしばし耳を澄ませると、小さく頷いた。
「……もう大丈夫そうね。そろそろ出ましょうか」
そう言って立ち上がると、アランもそれに続いて立ち上がり、隣にいるエルへと向き。
「エル、洞窟出る」
たどたどしいが真剣な眼差しでそう告げ、彼はエルフ語で手を差し出す。
エルは静かにその手を取り、頷いた。
三人は言葉少なに、慎重な足取りで洞窟の外へと歩を進めた。
曇天の下、森が広がっているが、もはやあの獣の気配はどこにもなかった。
洞窟を抜けたところで、赤髪の冒険者は立ち止まり、振り返る。
「ここでお別れね」
淡く笑みを浮かべ、二人を見つめるその瞳には、どこか誇りに似た温かさが宿っていた。
「あの荒野は危険だから、通らない方がいいわ。森の中を進めば、隣町に続く道がある。少し歩けば見えてくるはずよ」
アランは深々と頭を下げた。
「助けていただいて、ありがとうございました」
彼女は軽く片手を振って、笑う。
「礼なんていらないわ。それより、気をつけてね」
アランはふと思い出したように、尋ねた。
「そういえば……まだ名前を聞いていませんでした。教えてもらえますか?」
赤髪の冒険者は一瞬、にやりと唇の端を吊り上げた。
「ふふ、それは……今は秘密にしておくわ。あなたたちがもっと強くなって、立派な冒険者になった時――そのとき、きっと私の名前を知ることになる。そして、そのときに私を尊敬しなさい」
アランは肩をすくめて、少しだけ呆れたように息をつく。
「……はあ、わかりましたよ」
それでも口元には、自然と笑みが浮かぶ。
「それじゃあ、気をつけて」
そう言って、アランはエルの方を向いた。
「エル、行こう」
エルはまた静かに頷き、二人は森の方へと歩き出した。
背中越しに、明るく響く声が届く。
「ワイバーンには気をつけるのよ!」
アランは思わず苦笑しながら、後ろ手に手を振った。
彼女は剣を背に直し、別の道へと歩き出していく。
そして、しばらく進んだところでふと足を止めた。振り返ることなく、ぽつりとつぶやく。
「……不思議な子たちだったわね。あの子たち……いずれ伝説の冒険者になったりして」
その声に、自身で少し笑みを浮かべながら、再び歩き出す。
その足取りは軽く、どこか誇らしげだった。
森の風が、そっと彼女の背中を押すように吹き抜けていった。
赤髪の冒険者は、あの方の娘なので、話し方を変更しました。当初は男勝りな口調の設定でしたが、キャラクターとして違和感があったためです。
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