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第三十話:名もなき旅路

エルは青年と肩を並べ、教会をあとにした。外に出ると、ひんやりとした風が肌をなで、季節の移ろいを感じさせる。二人は静かに歩き出す。


その背中を、神父様が穏やかなまなざしで見送っていた。隣ではシスターが、去っていく二人の姿をじっと見つめている。


「行ってらっしゃーい、坊や、エル!」


その言葉に、エルはただ黙ってうなずいた。シスターが涙を流すのを見て、エルもまた目頭が熱くなる。今、彼女の心の中には新たな冒険への決意と、故郷を離れる不安が入り混じっていた。しかし、それでもエルは踏み出さなければならないことを知っていた。


ふと振り返ると、青年が隣を歩いていた。シスターと神父様に見送られたあと、彼はわずかにうつむき、感情を押し殺すような表情を浮かべている。


その姿に、エルは思わず目を見張った。いつもは照れ隠しばかりしていた彼が、こんなふうに素直な感情をにじませるなんて、少し意外だった。


「……大丈夫か?」


青年が何か言った。意味はわからなかったけれど、優しい声だった。

私は言葉の代わりに、そっとうなずいた。


二人は並んで歩き出した。

やがて、教会の敷地を出て、森へと続く小道を進んでいく。しばらくして、青年がふと立ち止まった。


彼の視線の先には、小さな墓石が一つ。青年はその前に立ち、静かに語りかけるように何かをつぶやいた。言葉は私には届かない。それでも―その背中が何を語っているのか、なんとなくわかった。


これは、彼なりの「行ってきます」なんだ。


私はただ黙って、その背中を見つめ続けた。

しばらくすると青年は立ち上がり何かをしゃべっている。しかし言葉がわからない、そして、すると、彼は思い出したようにポーチから一冊の本を取り出した。ページをめくり、何かを探している。そして、ゆっくりと私を見て、少しぎこちない口調で言った。


「……俺、の名前、は……アラン。アラン・ヴェリウスって言うんだ」


私は思わず息をのんだ。

今までずっと、彼のことを“木こりの青年”って心の中で呼んでいた。だから、本当の名前を知れて、なぜか少し嬉しかった。


(アラン……)


その名前を、そっと心の中で繰り返した。

すると、アランはまた本に目を落とし、続けて片言で言葉を紡いだ。


「あなた、の名前を教えてください。」


名前。

たったそれだけの質問なのに、私の中には、重たい霧のような記憶が渦巻いていた。


昨日見た夢の中で、誰かが私を呼んでいた。懐かしい声。でも、その名前は思い出せない。元いた世界の名前すら、霞がかかったように消えていた。


(私の名前……なんだっけ?)


どうしても思い出せない。焦れば焦るほど、霧は深くなる。


私はアランの顔を見た。待ってくれているのがわかる。でも、あまり待たせるわけにはいかない。だから、私は―


「エル」


そう口にした。


それは、彼と初めて通じた言葉。

それでいい。いつか、本当の名前を思い出すまでの仮の名前でも、今の私にとっては大切な名前だから。


アランは、私の答えに満足そうに微笑んだ。

そして、手を差し出してきた。


私はその手を見て少し戸惑った。


(握手……? この世界では、これが挨拶なのかな)


少し考えてから、私は両手でアランの手をそっと包み込むように握った。


彼の手は温かくて、少し荒れていて、でもすごく安心できた。

アランは照れたように笑い、その顔を見て、私もつられて笑った。


彼の手は温かくて、少し荒れていて、でもすごく安心できた。

アランは照れたように笑い、その顔を見て、私もつられて笑った。


彼となら、きっと乗り越えていける―そう思えた。


この握手が、二人の旅の始まりだった。

そして私はまだ知らない。この冒険の果てに、自分が「大聖女」と呼ばれることになる未来を。彼と共に、多くの試練を超えていくことを。


ただ今は―

この手の温もりだけを信じて、歩き出そうと思った。


挿絵(By みてみん)

これにて第一章は終わりです。本当は50話ほどの構想があったのですが、長すぎるため、区切りの良い30話でまとめました。神父様やシスター、商人、勇者の名前も考えていましたが、主人公たちよりも目立ってしまうと考え、今回はあえて触れませんでした。すでに主人公たちより目立っているので。いずれ、名前についても書くかもしれません。

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