第二十八話:遠い日の記憶
神父様は二人を見送った後、過去を振り返っていた。あの日々が、まるで昨日のように鮮明に蘇る。まだ若かった頃の自分、その頃に起きた出来事。
それは今から数十年前のこと。神父様がまだ若い僧侶だった頃、教会の扉を開けた男がいた。その男は、かつてともに冒険した勇者だった。
ドン、と扉が開く音が響く。
その音と共に、男が教会に足を踏み入れた。片手には、赤ん坊を抱えている。その男の姿を見た神父は、思わず目を見開いた。
「おお、久しぶりだなぁ、僧侶!いや、今は神父様かな?」
勇者は軽くにやりと笑い、懐かしそうに言った。かつて共に戦った勇者の面影は、今でもその顔に色濃く残っていた。
神父はその言葉に、少し怒りながらも目を細めて言った。
「お前は……勇者か。何故ここに来た?あんたは王国で騎士団長をやっていたんじゃないのか?」
勇者は少し肩をすくめて言った。
「まあ、ちょっと事情があってな。辞めた。まぁ怒るな、色々あるんだよ。」
そう言いながらも、勇者は赤ん坊を片手で優しく抱き直した。神父はその様子を見つめつつ、疑念を抱かずにはいられなかった。
「その赤ん坊は何だ?まさか――」
神父の問いに、勇者は少しだけ息をつきながら答えた。
「ああ、俺の孫だ。息子とその嫁さんは内戦で死んじまってよ。だから俺が引き取ったんだ。」
その言葉に、神父様は驚きの表情を浮かべた。
「引き取るって……あんたの息子と王女の子だろう。王国が黙ってないぞ。」
勇者はその言葉に苦笑しながら答えた。
「馬鹿な連中さ。世界を救ったのに、今度は人間同士が争ってんだぜ。このままじゃ俺の孫も巻き込まれちまう。だから俺が引き取ったんだよ。」
その言葉に神父様は困惑した。勇者の意思を尊重しつつも、心の中で不安が広がる。
「……でも、これからどうするつもりだ?」
神父様は少し考えてから尋ねた。
勇者はしばらく上を見上げてから、にっこりと笑いながら答えた。
「だからよ、住む家と仕事をくれ!」
神父様は心の中で思った。ああ、この男は無計画なやつだったな、と。
一息ついて、神父様はさらに言った。
「…仕事って言っても、何をするつもりなんだ?」
勇者は少し考え込み、肩をすくめて言った。
「そうだなー……木こりとか、どうだ?」
神父はその答えを聞いて、もはや我慢できなくなった。
「この馬鹿野郎!」
怒りを込めて言うと、勇者は「がはは!」と豪快に笑った。
その思い出に浸っていると、突然シスターの声が聞こえてきた。
「神父様、何浸ってんだい?」
シスターはあきれた顔をして言った。
「おお、そうじゃった」
神父様は我に返り、少し笑いながら商人に向かって言った。
「商人よ、二人の冒険用の装備と隣町までの通行証をありがとうな」
商人は軽く頭を下げ、にっこりと微笑みながら答えた。
「礼には及びません。私も昔は冒険者でしたからね。こういう装備を整えるのは慣れっこです。でも、この時期に通行証の発行は少し手間取ったんですよ」
神父様はその商人の言葉に、思わず笑みを浮かべた。
「わはは、商人の腕前には感心するわい、ほんとに」
商人はにこやかに笑って言った。
「いえいえ、ただの仕事ですよ」
神父様は微笑んでその言葉を聞き入れ、笑っていた。